軍国主義の台頭(1926〜1936年)|昭和100年特集

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昭和100年特集 / テーマ①
テーマ① / 1926〜1936年

軍国主義の台頭

昭和恐慌が政党政治を崩壊させ、軍部が「下剋上」で実権を握る。満州事変・政治テロを経て、日本は取り返しのつかない道へと踏み込んでいきます。

10年
激動の期間
1929
昭和恐慌
1936
二・二六事件
1927
金融恐慌
1929
昭和恐慌
1931
満州事変
1932
五一五
1933
国連脱退
1936
二二六
Phase I — 恐慌と政治危機
1927〜1932
1927
経済危機
金融恐慌 ─ 銀行の連鎖倒産が始まる

若槻内閣の失言「某銀行倒産」から取り付け騒ぎが連鎖。田中義一内閣のモラトリアムで収束しましたが、この金融不安が農村を直撃し、軍部台頭の土壌を準備しました。

1929〜30
経済直撃
世界恐慌→昭和恐慌 ─ 農村疲弊と政党政治の崩壊

1929年の世界恐慌が日本に波及。浜口内閣の金輸出解禁が裏目に出てデフレ恐慌を加速し、農村では娘の身売りが相次ぐ惨状に。政党政治への国民の信頼は地に落ちました。

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昭和恐慌 ─ 経済崩壊はいかに軍国化への道を拓いたか
世界恐慌直撃・農村疲弊・首相暗殺未遂——連鎖する危機の中で政党政治はなぜ崩壊したのか。
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1930
外交・政治
統帥権干犯問題 ─ 軍部が議会を圧倒する

ロンドン海軍軍縮条約への調印に対し、海軍強硬派が「統帥権の干犯」と攻撃。政府の外交権限が軍部に侵食される前例を作り、政党政治は決定的に弱体化しました。

Phase II — 下剋上・テロの時代
1931〜1933
1928〜31
大陸進出
張作霖爆殺・満州事変 ─ 関東軍の「下剋上」

1928年の張作霖爆殺事件で関東軍の独断が露わに。1931年9月18日、柳条湖で南満州鉄道を自ら爆破した関東軍は政府方針を無視して満州全土を占領しました。

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満州事変 ─ 関東軍の「下剋上」が変えた昭和史
偽旗作戦で始まった満州占領。政府方針を無視した独断行動がなぜ黙認されたか——軍部台頭の決定的転換点を読む。
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1932
政変
五・一五事件 ─ 政党内閣の終焉

海軍青年将校が首相官邸を襲撃し、犬養毅首相を暗殺。「問答無用」の一言が最後の言葉に。この事件で政党内閣の時代が終わり、軍主導の「挙国一致内閣」へ移行します。

1933
外交孤立
リットン調査団・国際連盟脱退

満州国の実態調査に来たリットン調査団が「侵略」と認定。国際連盟が非難決議を採択すると、松岡洋右代表団が退場する形で日本は連盟を脱退。国際社会から孤立しました。

Phase III — 軍国体制の完成
1935〜1936
1932〜35
恐怖政治
血盟団・滝川・天皇機関説 ─ 言論への弾圧

血盟団事件・滝川事件で政財界へのテロが続発。1935年には美濃部達吉の天皇機関説を軍部・右翼が攻撃し、政府は「国体明徴声明」で学問への統制を本格化しました。

1936.2.26
クーデター
二・二六事件 ─ 失敗が軍国体制を完成させた

陸軍皇道派の青年将校1,500名が首相官邸・警視庁などを占拠。岡田内閣の大臣らを殺傷しましたが4日後に鎮圧。逆説的にこの事件が統制派の台頭を招き、軍部の政治支配を完成させます。

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二・二六事件 ─ 失敗したクーデターが完成させた軍国体制
1,500名の反乱はなぜ軍部の力を強めたのか。事件の経緯から昭和史最大の政変の構造を読み解く。
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