奈良時代
NARA PERIOD / 710〜784年(律令国家の完成と揺らぎ)
なぜ奈良時代は「律令国家の完成期」なのか
奈良時代は、律令国家・日本が完成に向かいながら矛盾を深めた、政治・文化・制度の激変期である
710年の平城京遷都から794年の平安京遷都まで、約84年。藤原氏の台頭・聖武天皇と東大寺大仏・律令の揺らぎ——約75年の間に政治・文化・制度が同時進行する複雑な時代を、「時系列」と「テーマ」の2つの視点から整理しています。学びの目的に合ったタブを選んで使ってみてください。
元明天皇が平城京(現在の奈良市)へ遷都し、奈良時代が幕を開けた。唐の長安をモデルにした碁盤の目状の都城で、最盛期には約10万人が暮らした。
太安万侶が元明天皇に献上した日本最古の歴史書。稗田阿礼が暗誦していた帝紀・旧辞をもとに編集し、神話から推古天皇までを記す。
平城京遷都後、藤原不比等が大宝律令を整備し養老律令を起草。租・調・庸による税制や防人制度など、律令国家の制度的基盤を完成させた。
舎人親王らが編纂した日本初の正史。古事記が和語中心なのに対し、日本書紀は漢文で記された国家公認の歴史書。神代から持統天皇までを記す。
左大臣・長屋王が謀反の疑いをかけられ自害。四兄弟が仕組んだ政変とみられ、これにより朝廷の実権を掌握した。長屋王邸跡から出土した木簡は今も奈良で展示されている。
四兄弟の遺児・藤原広嗣が政敵の排除を求めて北九州で挙兵。朝廷軍に鎮圧されたが聖武天皇を恐怖させ、「彷徨五年」(恭仁京・難波京・紫香楽宮への転々遷都)のきっかけとなった。
聖武天皇が全国60余国に国分寺・国分尼寺の建立を命じた。仏教の力で天変地異・疫病・反乱から国を守るという鎮護国家思想の実践で、東大寺が総国分寺に位置づけられた。
大仏造立の詔で東大寺大仏の建立を命じると同時に、墾田永年私財法を制定し新たに開墾した土地の永久私有を認めた。この法が初期荘園の形成を促し、班田収授の形骸化を招く律令の転換点となった。
752年、東大寺大仏(廬舎那仏)の開眼供養が盛大に行われた。インド・ペルシャ・唐の文物が集まる国際色豊かな「天平文化」の象徴。正倉院に残る宝物がその国際性を今に伝える。
唐の高僧・鑑真が6度目の渡航でついに来日し、聖武上皇へ正式な戒律(受戒)を授けた。盲目になりながらも渡来した鑑真は、日本仏教に正式な戒律制度をもたらした。
橘諸兄の息子・橘奈良麻呂が、孝謙天皇の信任を独占する藤原仲麻呂(恵美押勝)打倒を図るも発覚・処刑された。
孝謙上皇と道鏡に権力を奪われた藤原仲麻呂(恵美押勝)が反乱を起こすも敗死。称徳天皇(孝謙の重祚)が即位し、道鏡が法王として最高権力を握る前代未聞の状況が生まれた。
政治と権力闘争
藤原不比等から道鏡まで——誰が権力を握ったか
藤原不比等
律令整備と皇族との縁組で藤原氏の基盤を築いた政治家。不比等なしに藤原摂関政治は語れない。
藤原四兄弟
不比等の4人の息子・武智麻呂・房前・宇合・麻呂。長屋王を陥れ権勢を握るも、天然痘で全滅した。
長屋王の変
729年、藤原四兄弟が皇族・長屋王を呪詛の罪で自殺させたクーデター。奈良政界の転換点。
藤原広嗣の乱
740年、大宰府で藤原広嗣が吉備真備・玄昉の排除を訴えて挙兵。聖武天皇の相次ぐ遷都のきっかけ。
橘諸兄
藤原四兄弟の死後に台頭した皇族系貴族。吉備真備・玄昉を重用し奈良前期の政治を主導した。
吉備真備
遣唐使として唐の文化・制度を持ち帰り朝廷に貢献。晩年は右大臣にまで昇った学者政治家。
聖武天皇
鎮護国家思想のもと東大寺大仏・国分寺を建立した天皇。政情不安の中、数度の遷都を行った。
孝謙(称徳)天皇
聖武天皇の娘で二度即位した女帝。道鏡を寵愛し仏教政治を推進、奈良時代を締めくくった。
淳仁天皇
藤原仲麻呂(恵美押勝)に擁立された天皇。仲麻呂失脚後、孝謙上皇に廃位・流罪とされた。
橘奈良麻呂の変
757年、橘諸兄の子・奈良麻呂が藤原仲麻呂打倒を企てた未遂の変。橘氏没落の決定的事件。
恵美押勝の乱
764年、大きな権力を握った藤原仲麻呂が孝謙上皇に反旗を翻した反乱。速やかに鎮圧され処刑。
道鏡
称徳天皇に寵愛された法相宗の僧。皇位禅譲まで望んだとされるが天皇崩御後に失脚・配流。
伊治呰麻呂の乱
780年、陸奥で起きた蝦夷系豪族の反乱。東北支配の困難さを露呈し、平安遷都の遠因ともなる。
天平文化と仏教
東大寺・国分寺・鑑真——鎮護国家の世界
聖武天皇
東大寺大仏建立・国分寺建立と仏教文化を力強く推進した天皇。天平文化の最大の後援者。
大仏造立の詔
743年に聖武天皇が発した東大寺大仏(毘盧遮那仏)建立の詔。鎮護国家思想を象徴する大事業。
国分寺建立の詔
741年、全国に国分寺・国分尼寺の建立を命じた詔。仏教で国を守る体制を全国規模で整えた。
行基
民衆へ布教しながら橋・灌漑など社会事業を推進した民間僧。東大寺大仏建立でも聖武天皇に協力。
鑑真
五度の渡航失敗・失明を乗り越え753年に来日した唐の高僧。戒律を伝え唐招提寺を創建。
天平文化
聖武天皇時代に栄えた唐の影響を受けた国際的仏教文化。東大寺大仏・正倉院宝物・万葉集が代表。
準備中
古事記
712年成立。稗田阿礼の誦習を太安万侶が記した日本最古の歴史書で、神代から推古天皇を記す。
準備中
日本書紀
720年成立の官撰歴史書。漢文体で神代から持統天皇まで記し、律令国家の正統性を示した正史。
準備中
正倉院
東大寺に附属する宝庫。聖武天皇の遺品を中心にシルクロード経由の工芸品を現代まで伝える。
準備中
万葉集
8世紀後半成立の日本最古の歌集。天皇から庶民まで約4500首を収録し、大伴家持が編纂に携わった。
準備中
律令制度・経済
税制から荘園の萌芽まで——律令の光と影
平城京
710年に元明天皇が遷都した奈良の都。唐の長安を模した碁盤目状の都市で、約84年間都が置かれた。
租・調・庸
律令制の三税。租=口分田の稲・調=地方特産品・庸=労役の代替布。班田収授と一体の税制。
防人
北九州防衛を担った東国の農民兵。家族と離別する悲哀を詠んだ万葉集の「防人歌」が残る。
三世一身法
723年制定。新開墾地を三世代(本人は一代)に限り私有を認めた法律。荘園拡大の第一歩。
墾田永年私財法
743年制定。開墾地の永久私有を認めた法律。貴族・寺社の荘園拡大を促し律令制崩壊の遠因に。
初期荘園
墾田永年私財法後に拡大した私的農地。公地公民制を侵食し、後の荘園制につながる萌芽。
遣唐使(奈良期)
奈良時代の遣唐使は吉備真備・玄昉など多くの人材を唐へ送った。鑑真の来日も含む文化交流の軸。
準備中
よくある質問(FAQ)