鎌倉時代(1185〜1333)|武家政権の誕生と御家人社会

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鎌倉
鎌倉時代

鎌倉時代

KAMAKURA PERIOD / 1185〜1333年(武家政権の誕生と滅亡)

約148年
時代の長さ

鎌倉148年間 ─ 時代区分の比率

なぜ鎌倉時代は「武家政権の出発点」なのか

鎌倉時代は、日本に初めて「武士が支配する政権」を誕生させた148年間である

1185年の源頼朝による守護・地頭設置から1333年の鎌倉滅亡まで、約148年。御恩と奉公という双務的な主従関係、執権北条氏による摂家将軍擁立、2度のモンゴル来襲(元寇)、そして後醍醐天皇による倒幕——この特集では、複雑な鎌倉時代を6つの時代区分に整理し、各時代を深掘りできる構成になっています。

6 つの時代

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鎌倉148年を読み解く、六つの時代

テーマ別で学ぶ

4 Themes

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テーマ別で鎌倉を読み解く

武家政治のしくみ

守護・地頭から得宗専制まで——鎌倉幕府の権力構造

御成敗式目・評定衆・引付・六波羅探題など、武家政権が整備した統治制度を一気通貫で学ぶ。

御家人と封建社会

御恩と奉公・地頭請——武家社会の経済と社会構造

御恩と奉公の双務関係、惣領制、地頭請・下地中分など中世封建社会の基盤を構成する制度を追う。

御恩と奉公 地頭給与・本領安堵 惣領制 地頭請・下地中分 永仁の徳政令 悪党 御家人制度準備中 封建制度(日本中世)準備中

鎌倉新仏教

法然・親鸞・一遍・日蓮・栄西・道元——六宗派の誕生

末法思想を背景に生まれた6つの新仏教。専修念仏・坐禅・題目など各宗派の特徴と開祖を比較して学ぶ。

鎌倉文化

運慶・新古今集・方丈記——武家と貴族の融合文化

写実的な彫刻(運慶・快慶)、武家の気風を反映した軍記物、中世文学の傑作(方丈記・徒然草・平家物語)が生まれた文化史。

運慶・快慶 新古今和歌集準備中 方丈記準備中 徒然草準備中 平家物語準備中 金沢文庫準備中 似絵準備中

TIMELINE

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鎌倉史のハイライト年表

1185 守護・地頭の設置 壇ノ浦で平氏滅亡。頼朝が守護・地頭の設置権を獲得し武家政権の骨格が固まる。
1192 源頼朝が征夷大将軍に 正式な武家政権の首長として認められ、鎌倉幕府が名実ともに成立。
1203 北条時政が初代執権に 源氏2代将軍を廃して実権を掌握。以後、北条氏による執権政治が始まる。
1221 承久の乱 後鳥羽上皇の討幕計画を幕府が鎮圧。六波羅探題を設置し朝廷への優位を確立。
1232 御成敗式目制定 北条泰時が武家初の成文法を制定。御家人の行動規範を明文化。
1274 文永の役 モンゴル・高麗軍が北九州に上陸。集団戦法と火薬兵器(てつはう)に武士が苦戦。
1281 弘安の役 第2次元寇。石塁(防塁)と暴風雨で元軍を撃退。しかし御家人への恩賞不足が深刻化。
1297 永仁の徳政令 御家人の窮乏を救うため借金帳消しを命令。かえって金融が停滞し効果は限定的。
1318 後醍醐天皇即位 倒幕を志す異例の親政志向の天皇が即位。元弘の変(1331)へと発展。
1333 鎌倉幕府滅亡 新田義貞・足利尊氏の離反により鎌倉陥落。148年の武家政権に幕。

鎌倉史でよく出る疑問

1185年(文治元年)に守護・地頭の設置権を獲得した時点が実質的な成立とされます。従来の「1192年・頼朝が征夷大将軍」説は現在では採用されない場合も多く、教科書では「12世紀末」と曖昧に記されることもあります。
将軍(征夷大将軍)は幕府の名目上のトップ。執権は将軍を補佐する実質的な最高権力者で、北条氏が代々務めました。源氏3代の後は京都の貴族や皇族を将軍に迎え、北条氏が執権として実権を握り続けました。
1232年に北条泰時が定めた武家初の成文法(51ヵ条)。御家人の権利・義務・土地紛争の解決基準などを明文化しました。朝廷の公家法と並立して武家社会の法的秩序を支え、後世の武家法の手本になりました。
文永の役(1274年)・弘安の役(1281年)とも、台風(神風)と御家人の奮戦で撃退しました。ただし「神風」だけが原因ではなく、御家人が築いた石塁(防塁)や夜襲も重要な要因です。
主因は①御家人の経済的疲弊(分割相続・元寇の恩賞不足)、②永仁の徳政令の副作用、③後醍醐天皇の倒幕運動。足利尊氏・新田義貞の離反で一気に崩壊しました(1333年)。
浄土宗(法然)・浄土真宗(親鸞)・時宗(一遍)・日蓮宗(日蓮)・臨済宗(栄西)・曹洞宗(道元)の6宗が成立。念仏・題目・座禅など修行が簡略化され、武士や庶民に広まりました。
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