東山文化とは?わかりやすく解説|特徴・北山文化との違い・テストに出るポイント

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東山文化

もぐたろう
もぐたろう

今回は東山文化について、わかりやすく丁寧に解説していくよ!銀閣・書院造・侘茶・雪舟の水墨画など、現代の日本文化の原点を一気に掘り下げていこう!

📚 この記事のレベル:中学歴史 / 高校日本史
📖 山川出版『詳説日本史』準拠
🎯 定期テスト・大学受験(共通テスト・国公立二次)に対応

この記事を読んでわかること
  • 東山文化とは何か(足利義政の時代に花開いた「わびさび」の文化)
  • 北山文化との違い(金閣の豪華さ vs 銀閣の侘び寂び)
  • 書院造・水墨画・侘茶の特徴と代表人物
  • 雪舟と村田珠光が日本文化に与えた影響
  • テストに出るポイント(年号・人物・用語を総整理)

実は、足利義政あしかがよしまさは「日本史上最悪の将軍」と呼ばれることもある人物です。応仁の乱という11年にもおよぶ大規模な内乱を招きながら、政治を投げ出して銀閣の造営に心血を注いだ——そんな「逃げた将軍」というイメージが長らく定着していました。

でも実は、彼のこの「政治放棄」がなければ、今の茶道・華道・和室・水墨画は存在しなかったかもしれません。義政が東山の地で育てた文化は、500年以上たった現代までずっと続く、日本の美意識の原点なのです。

この記事では、その「東山文化」とは一体どんな文化だったのか、北山文化との違いや代表的な作品・人物とあわせて、テストにも役立つかたちでわかりやすく整理していきます。

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東山文化とは?

3行でわかる東山文化
  • 室町時代後期、8代将軍・足利義政の時代に京都の東山で花開いた「わびさび」を基調とする文化
  • 銀閣・書院造・水墨画・侘茶など、現代の日本文化の直接の源流になった
  • 禅宗の影響を強く受け、豪華絢爛だった北山文化と対照的な「簡素で深い美」が特徴

東山文化ひがしやまぶんかとは、室町時代の後期、15世紀後半に栄えた文化のことです。中心人物は、室町幕府の8代将軍・足利義政。義政が京都の東山に造った別荘を拠点に文化人が集まり、新しい美意識が形づくられていきました。

東山文化の最大の特徴は、禅宗ぜんしゅう(座禅を重んじる仏教の宗派)の影響を強く受けた、簡素で奥深い美しさにあります。きらびやかさをあえて削ぎ落とし、静けさや余白の中に美を見いだす——この感覚は、のちに「わびさび」と呼ばれるようになり、茶道・華道・水墨画・和室など、現代まで続く日本文化の土台となりました。

あゆみ
あゆみ

「東山文化」って名前、東山というのはどこのこと?

もぐたろう
もぐたろう

義政が京都の東山(いまの銀閣寺のあたり)に造った別荘「東山山荘」が文化の中心地になったから、「東山文化」って呼ばれているんだよ。今でいう、文化人が集まる別荘地みたいなイメージかな!

東山文化の象徴である銀閣(慈照寺観音殿)
東山文化の象徴・銀閣(慈照寺観音殿)。著作者:KimonBerlin / 出典:Wikimedia Commons / ライセンス:CC BY-SA 2.0(https://creativecommons.org/licenses/by-sa/2.0/)/ 同一条件で共有

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足利義政と東山文化誕生の背景

東山文化を語るうえで欠かせないのが、中心人物である足利義政の存在です。義政は1449年、わずか14歳で室町幕府の8代将軍に就任しました。しかし彼が生きた時代は、各地の守護大名しゅごだいみょうが力を強め、幕府の権威がどんどん弱まっていく、たいへん不安定な時代でした。

そんな中、将軍家のあとつぎ問題や有力大名どうしの対立がからみ合い、ついに1467年、京都を主戦場とする応仁の乱が勃発します。京都の町は焼け野原となり、戦いは11年も続きました。義政はこの混乱をおさめることができず、政治への意欲を失っていきます。

そして義政は、政治の表舞台から退き、東山に山荘を構えて文化や芸術の世界にのめり込んでいきました。「政治家としては失敗した将軍」という評価がついてまわるのは、このためです。

足利義政
足利義政

正直、戦をおさめる力は私にはなかった…。せめて、美しいものを静かに育てることに集中しようと思ったんだ。それが今の茶道や和室につながっていくなんて、当時の私は思いもしなかったよ。

ところが、ここに歴史の面白い逆説があります。応仁の乱で京都が荒れ果てたことで、都の貴族や文化人たちは戦火を逃れて地方へと散らばっていきました。その結果、それまで京都に集中していた高度な文化や教養が、皮肉にも日本各地へと広まっていったのです。戦乱が、文化の全国伝播を後押しするという、思いがけない現象が起きたわけです。

ゆうき
ゆうき

応仁の乱って超ぐちゃぐちゃの時代だったのに、なんでそんなときに文化が発達したの?

もぐたろう
もぐたろう

いい質問だね!京都の貴族や文化人が戦乱を逃れて地方に散らばったから、「都の文化」が全国に伝わっていったんだ。戦争が文化を広げるなんて、皮肉だけど歴史ってこういう逆説が面白いんだよね!

室町幕府8代将軍 足利義政の肖像画
室町幕府8代将軍・足利義政の肖像(伝土佐光信筆)。出典:Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

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東山文化の特徴 — 「わびさびの哲学」とは

東山文化のいちばんの特徴は、わびさびわびさびと呼ばれる独特の美意識にあります。これは禅宗の精神と深く結びついた感覚で、「派手さや完璧さよりも、簡素なものや不完全なものの中に、深い味わいと美しさを見いだす」という考え方です。

たとえば、ピカピカに磨かれた新品の茶碗よりも、少し歪んでいて使い込まれた茶碗のほうに趣を感じる。豪華な金箔の建物よりも、木と土だけでできた静かな庵のほうに心が落ち着く。こうした「引き算の美しさ」こそが、東山文化を貫く哲学なのです。

📌 禅と東山文化:禅宗は「余計なものをそぎ落とし、心を静めて本質を見つめる」ことを重んじます。この精神が、簡素な茶室・墨一色で描く水墨画・石と砂だけの庭(枯山水)など、東山文化のあらゆる分野に共通する「引き算の美」を生み出しました。

大切なのは、東山文化の各分野——建築・絵画・茶・文学——が、それぞれバラバラに発展したのではなく、すべて「禅の精神 → わびさびの美意識」という一本の太い軸でつながっているという点です。この記事でも、この流れを意識しながら一つずつ見ていきましょう。まずは、東山文化を象徴する建築「銀閣」と「書院造」からです。

もぐたろう
もぐたろう

「わびさび」をひと言で言うなら、「不完全なものや余白の中に美しさを見いだす感覚」だよ。金閣みたいにキラキラじゃなくて、むしろ古びたもの・質素なものに深い味わいを感じる——それが東山文化の核心なんだ!

銀閣と書院造 — 今の和室の直系ご先祖様

東山文化を代表する建築が、義政が東山山荘に建てた銀閣ぎんかくです。正式には慈照寺じしょうじ観音殿かんのんでんといい、義政の死後に寺となりました。北山文化の金閣がきらびやかな金箔で覆われていたのに対し、銀閣は黒っぽい木の質感をそのまま生かした、落ち着いたたたずまいが特徴です。まさに「わびさび」を体現した建物といえます。

■書院造とは?

銀閣とならんで、東山文化を代表する建築様式が書院造しょいんづくりです。武家の住宅様式として発達したもので、次のような要素を備えています。

  • 床の間(とこのま)…掛け軸や花を飾る一段高くなったスペース
  • 違い棚(ちがいだな)…高さをずらして取りつけた飾り棚
  • 付書院(つけしょいん)…明かり取りを兼ねた、出っぱった机のような場所
  • 畳・障子・ふすま…部屋全体に畳を敷き、障子やふすまで空間を仕切る

「床の間」「畳」「障子」と聞いて、今の和室そのものだと感じた人も多いはずです。そう、書院造は現代の和室の直系のご先祖様なのです。私たちが旅館や実家の和室で目にする空間は、500年以上前の東山文化の時代にその原型が完成していました。銀閣の敷地内にある東求堂とうぐどう同仁斎どうじんさいは、現存する書院造の代表例として知られています。

■枯山水の庭 — 石と砂が作り出す宇宙

建築とあわせて発達したのが、枯山水かれさんすいと呼ばれる庭園様式です。水を一滴も使わず、石と砂だけで山や川、大海原を表現する——きわめて禅的な、抽象的な庭です。砂に描かれた波紋が水の流れを、ぽつんと置かれた石が島や山を象徴します。

枯山水の代表例としては、龍安寺りょうあんじの石庭が特に有名です。なにも語らない石と砂の配置から、見る人それぞれが宇宙や心のありようを感じ取る——余白に意味を見いだす、まさに東山文化の美意識が結晶した庭といえます。

龍安寺の石庭(枯山水)
龍安寺の石庭。白砂に岩が配された枯山水で、禅の精神を体現した庭園。出典:Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

ゆうき
ゆうき

「銀閣」って名前なのに、銀が全然貼ってないって本当?テストにも出そうだけど…。

もぐたろう
もぐたろう

そう、銀閣に銀箔は貼られていないんだ!正式名称は「観音殿」で、「銀閣」という呼び名は後の時代についた愛称なんだよ。金閣に対して「銀閣」と呼ばれるようになった、という説が有力なんだ。

雪舟の水墨画 — 日本絵画の革命

東山文化の絵画の世界で、もっとも重要な人物が雪舟せっしゅうです。雪舟は禅僧でありながら画家でもあった人物で、墨の濃淡だけで風景を描く水墨画すいぼくがを日本で大成しました。

雪舟は、当時の中国(明)にわたって本場の水墨画を学びました。しかし、ただ中国の技法をまねるだけでは終わりませんでした。帰国後、日本の風景・湿り気をおびた空気・やわらかな光を、自分の目で見つめ直し、独自の力強い様式へと昇華させたのです。代表作には、京都府の名勝を一望して描いた「天橋立図」や、秋と冬の山水を描いた「秋冬山水図」などがあります。

雪舟の代表作 天橋立図
雪舟の代表作「天橋立図」。出典:Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

■狩野派の誕生と日本絵画の系譜

この時代には、のちの日本絵画に大きな影響を残す流派も生まれました。狩野正信かのうまさのぶと、その子・狩野元信かのうもとのぶが確立した狩野派かのうはです。狩野派は、水墨画の技法に日本の伝統的な大和絵やまとえの色彩や装飾性を取り入れ、力強くも華やかな様式を生み出しました。この狩野派は、のちの安土桃山時代から江戸時代まで、武家に重んじられる絵師の家系として長く続いていきます。一方で、伝統的な大和絵の流れをくむ土佐派とさはも、土佐光信とさみつのぶのもとで朝廷に仕える絵師として活躍しました。

あゆみ
あゆみ

雪舟の水墨画って、中国から学んだものでしょう?日本独自の部分ってどこにあるの?

もぐたろう
もぐたろう

技法そのものは中国仕込みだけど、雪舟がすごいのは「日本の風景」を描いたところなんだ。中国の山水じゃなくて、自分が実際に旅して見た天橋立みたいな日本の景色を墨で表現した。だから「日本の水墨画を完成させた人」って言われるんだよ!

茶の湯の誕生 — 村田珠光と「4畳半の革命」

東山文化が現代に残した、もっとも身近な文化のひとつが「茶の湯」、つまり茶道のルーツです。その出発点となったのが、村田珠光むらたじゅこうという人物が始めた侘茶わびちゃでした。

それまでの茶会は、広い部屋で高価な中国渡来の道具を見せびらかす、いわば権力や財力を誇示する社交の場でした。これを「書院茶」といいます。ところが珠光は、その流れにあえて背を向けます。わずか4畳半ほどの狭く簡素な茶室で、心静かに茶と向き合う——禅の精神に通じる、まったく新しい茶のあり方を生み出したのです。

村田珠光
村田珠光

この4畳半の茶室に入ったら、将軍も商人も関係ない。一杯の茶と静かに向き合う——その前では、皆が同じ一人の人間なのだよ。

この「4畳半の茶室」が、実は大きな社会的意味を持っていました。狭い茶室の中では、身分の上下を持ち込むことができません。将軍も、貴族も、商人も、同じ低い躙口にじりぐち(小さな出入り口)から頭を下げて入り、同じ空間で対等に茶を味わう。身分制度がきびしかった時代に、ひとときとはいえ身分の壁を取り払う——侘茶は、いわば「4畳半の革命」だったといえるのです。

📌 侘茶(わびちゃ)って何?:豪華な道具と広い部屋で行う「書院茶」に対して、簡素な道具と狭い茶室で精神性を重んじる茶のスタイルが「侘茶」です。村田珠光が始めたこの侘茶は、のちに武野紹鷗を経て千利休せんのりきゅうによって大成され、現代の茶道へとつながっていきました。

もぐたろう
もぐたろう

今でいうと、社長も新入社員も同じ小さなテーブルで肩を並べてお茶を飲む、みたいな感覚かな。狭い空間が、かえって人と人を対等にしてくれる——珠光はそこに美と意味を見いだしたんだね!

能楽・連歌・文学の花開き

東山文化が花開いたのは、建築や絵画、茶の湯だけではありません。舞台芸術や文学の世界でも、この時代に大きな実りがありました。とくに能楽・連歌・物語文学は、北山文化の時代に芽生えたものをさらに洗練させ、現代まで受け継がれる芸能や昔話の原型を残しています。

■能楽の継承と発展

能楽のうがく(能と狂言をあわせた呼び名)は、北山文化の時代に観阿弥かんあみ世阿弥ぜあみの親子によって芸術として大成されました。東山文化の時代には、世阿弥の娘婿である金春禅竹こんぱるぜんちくらがその芸を受け継ぎ、能をさらに深い精神性をもった舞台芸術へと育てていきます。あわせて、能の合間に演じられる狂言きょうげん(こっけいな庶民劇)も発展し、人々に親しまれました。

能楽の舞台を描いた絵画(尾形月耕「能楽図」1891年)
能楽の舞台(尾形月耕「能楽図」1891年)。出典:Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

■連歌の黄金時代 — 宗祇と山崎宗鑑

この時代に大流行したのが連歌れんがです。連歌とは、和歌の上の句(五・七・五)と下の句(七・七)を、複数の人が交互に詠みつないでいく文芸のこと。今でいうと、何人かでバトンをつなぐように一つの作品を作り上げる、共同制作の言葉遊びのようなものです。

連歌を芸術の域にまで高めたのが宗祇そうぎです。宗祇は全国をめぐりながら連歌を広め、格調高い「正風連歌」を確立しました。一方、山崎宗鑑やまざきそうかんは、より自由でこっけいみのある俳諧連歌はいかいれんがを生み出します。この俳諧連歌は、のちの江戸時代に松尾芭蕉らが大成する「俳句」のルーツにあたります。

ゆうき
ゆうき

連歌って、けっきょく何人かでリレーして歌をつくる遊びってこと?テストにはどう出るの?

もぐたろう
もぐたろう

そのイメージでOK!テストでは「連歌を大成した人物=宗祇」がよく問われるよ。あと「俳諧連歌の山崎宗鑑」とセットで覚えておくと完璧だね!

■御伽草子と公家文学

物語の世界では、御伽草子おとぎぞうしと呼ばれる短い絵入りの物語が、庶民の間で広く読まれました。実はこの御伽草子こそ、私たちが子どものころに親しんだ昔話の原型なのです。「浦島太郎」「一寸法師」「物くさ太郎」など、今も語り継がれる物語の多くが、この時代に文字としてまとめられました。

また、公家(貴族)の世界では、一条兼良いちじょうかねよしが活躍しました。兼良は当代きっての学者で、『源氏物語』の注釈や、有職故実(朝廷の儀式やしきたりの研究)に関する数多くの著作を残し、戦乱で失われかけた貴族文化を後世に伝える役割を果たしました。

もぐたろう
もぐたろう

「浦島太郎」や「一寸法師」が室町時代の御伽草子から来てるって、ちょっと驚きだよね!500年以上前のお話を、私たちは今でも絵本やアニメで楽しんでいるってわけ。文化のつながりってすごいよね!

北山文化との違い — 金閣 vs 銀閣で覚えよう

東山文化を理解するうえで欠かせないのが、ひとつ前の時代に栄えた北山文化との比較です。テストでも、この2つの文化を対比させる問題がもっともよく出ます。両者の違いは、それぞれの将軍と代表建築をセットでおさえると、すっきり整理できます。

比較項目北山文化東山文化
時期14世紀末〜15世紀初め15世紀後半
中心の将軍足利義満(3代)足利義政(8代)
代表建築金閣(鹿苑寺)銀閣(慈照寺)
雰囲気豪華絢爛・きらびやか簡素・わびさび
文化の融合公家文化+武家文化+禅宗禅宗を中心とした精神性重視
性格国際的・権力の誇示内省的・静けさの追求

ゆうき
ゆうき

テストで北山と東山を混同しないための、いちばんカンタンな覚え方ってある?

もぐたろう
もぐたろう

「北山=キラキラの金閣・義満」「東山=わびさびの銀閣・義政」でワンセット!「3代目が金、8代目が銀」と数字でも覚えておくと、どっちがどっちか迷わなくなるよ!

現代日本文化への影響 — 東山文化はどこへ続いた?

ここまで見てきた東山文化のすごいところは、それが「昔の話」で終わっていない点にあります。私たちが当たり前のように親しんでいる日本文化の多くが、実はこの東山文化を直接の源流としているのです。

  • 茶道…村田珠光の侘茶が、武野紹鷗を経て千利休せんのりきゅうによって大成され、現代の茶道へ
  • 華道(生け花)…床の間を飾る花から発展し、池坊などの流派が成立
  • 和室…書院造の床の間・違い棚・畳・障子が、現代の和室の原型に
  • 水墨画・庭園…雪舟の水墨画や枯山水は、今も日本美術・造園の基礎
  • 能・狂言…ユネスコ無形文化遺産として、今も舞台で演じられている

もし義政が政治に専念し、東山に山荘を構えていなかったら——今の日本の「和」のイメージそのものが、まったく違うものになっていたかもしれません。「逃げた将軍」が残したものは、それほどまでに大きかったのです。

あゆみ
あゆみ

「わびさび」って、最近インテリアや海外でもよく聞くよね。あれって東山文化が原点ってこと?

もぐたろう
もぐたろう

そのとおり!今、世界中でブームの「WABI-SABI」っていうデザイン哲学は、まさに義政が東山で育てた美意識の直系なんだ。「最悪の将軍」が500年後に世界中でリスペクトされてるって、なかなかすごい逆転劇だよね!

テストに出るポイント

ここからは、定期テスト・共通テスト・大学受験で押さえておきたいポイントをまとめます。試験直前の見直しにも使ってください。

テストに出やすいポイント
  • 東山文化の成立(15世紀後半):8代将軍・足利義政の時代に成立
  • 雪舟:水墨画を大成した禅僧・画僧。代表作「天橋立図」「秋冬山水図」
  • 村田珠光:侘茶(わびちゃ)の創始者。茶道のルーツ
  • 書院造:床の間・違い棚・付書院を持つ武家建築→現代和室の原型
  • 銀閣(慈照寺観音殿):東山文化の象徴。銀箔は貼られていない
  • 宗祇(連歌)・御伽草子:文芸・物語文学の代表として頻出
  • 北山文化との対比:足利義満(北山・金閣)vs 足利義政(東山・銀閣)

📌 暗記のコツ:北山=金ピカ(義満・3代・金閣)、東山=わびさび(義政・8代・銀閣)でセット暗記。「3代目=金、8代目=銀」の語感で覚えると混同しにくいです。人物は「雪舟(水墨画)・村田珠光(侘茶)・宗祇(連歌)」の3点セットで押さえましょう。

ゆうき
ゆうき

「東山文化」って書いたら、義政・銀閣・書院造・雪舟・村田珠光って、ぜんぶセットで答えられるようにしないとダメ?

もぐたろう
もぐたろう

そこが超重要!「東山文化=義政・銀閣・書院造・雪舟・村田珠光」の5つは必ずセットで覚えよう。とくに北山文化との比較問題が一番よく出るから、さっきの比較表を丸ごと頭に入れておくのがオススメだよ!

東山文化についてもっと詳しく知りたい人へ

もぐたろう
もぐたろう

東山文化についてもっと深く知りたい人に、おすすめの本を紹介するよ!足利義政の人物像から茶の湯の歴史まで、これを読めばさらに理解が深まるはず!

①テスト前に速習したい人なら|足利義政と東山文化を一冊で総まとめ

足利義政と東山文化

河合 正治 著|吉川弘文館


②室町時代全体を深掘りしたい人なら|経済・社会・文化を総合的に理解できる中公新書

室町時代

脇田 晴子 著|中央公論新社


③茶の湯・侘茶の成り立ちを読み物として楽しみたい人なら|村田珠光から千利休まで通して読める

茶の湯の歴史

神津 朝夫 著|KADOKAWA

東山文化についてよくある質問

室町時代後期(15世紀後半)、足利義政が8代将軍として活躍した時代を中心に栄えた文化です。応仁の乱(1467〜77年)の前後が中心的な時期とされています。

北山文化は足利義満(3代将軍)の時代に栄えた豪華絢爛な文化(代表:金閣)。東山文化は足利義政(8代将軍)の時代の、わびさびを基調とした文化(代表:銀閣)です。将軍名と代表建築のペアで対比するとわかりやすいです。

武家社会で発達した住宅建築様式で、床の間・違い棚・付書院・障子・畳敷きが特徴です。現代の和室の直接の原型であり、日本の住宅文化に深く根ざしています。

中国(明)で水墨画を学び、帰国後に日本の風景を独自のタッチで表現した、日本水墨画の大成者です。「天橋立図」「秋冬山水図」などの代表作で知られ、後の日本絵画に多大な影響を与えました。

それ以前の「書院茶」が、豪華な道具と広い部屋で行う権力誇示的な茶の儀式だったのに対し、村田珠光が始めた侘茶は4畳半ほどの狭い茶室で簡素な道具を使う「精神性重視」の茶です。身分の差を超えた人間同士の交流を重んじる思想が革命的でした。

現代に続く茶道・華道(生け花)・和室の書院造様式・水墨画・能楽は、いずれも東山文化を直接の起源とします。世界的に注目される「WABI-SABI」デザイン哲学も、この時代に確立された美意識が源流です。

まとめ — 義政の「政治放棄」が生んだ日本の美意識

東山文化のポイントまとめ
  • 東山文化は足利義政(8代将軍)の時代に、禅宗の影響のもと「わびさび」の美意識が花開いた室町後期の文化
  • 銀閣(慈照寺)と書院造が象徴的な建築。現代の和室の直接の原型
  • 雪舟が水墨画を大成し、村田珠光が侘茶を始めた
  • 連歌(宗祇)・御伽草子など文芸・物語文学も発展した
  • 北山文化(金閣・義満)と東山文化(銀閣・義政)の対比が最頻出のテストポイント
  • 現代の茶道・華道・和室・水墨画はすべて東山文化を源流とする

もぐたろう
もぐたろう

以上、東山文化のまとめでした!「最悪の将軍」と呼ばれた義政が、実は500年後の日本文化の礎を築いていた——って、歴史って本当に面白いよね!下の記事で足利義政の生涯や北山文化についても、ぜひあわせて読んでみてください!

東山文化 関連年表
  • 1436年
    足利義政、誕生
  • 1449年
    足利義政、8代将軍に就任
  • 1467年
    応仁の乱が勃発(〜1477年)
  • 1473年
    義政、将軍職を子の義尚に譲る
  • 1482年
    東山山荘(のちの銀閣)の造営を開始
  • 15世紀後半
    雪舟が水墨画の独自様式を確立
  • 15世紀後半
    村田珠光が侘茶を始める
  • 1490年
    足利義政、死去

関連記事もあわせて読んでみてください。

📅 最終確認:2026年5月 / 参照:山川出版『詳説日本史』(2022年版)

参考文献

Wikipedia日本語版「東山文化」(2026年5月確認)
Wikipedia日本語版「足利義政」(2026年5月確認)
Wikipedia日本語版「雪舟」(2026年5月確認)
Wikipedia日本語版「村田珠光」(2026年5月確認)
コトバンク「東山文化」(デジタル大辞泉・日本大百科全書)
山川出版社『詳説日本史』(2022年版)

記事の誤りを発見された場合はお問い合わせください。確認後、修正します。

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この記事を書いた人
もぐたろう

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