
今回は枕草子の名場面「上にさぶらふ御猫は」を、原文の全文+現代語訳で最初から最後まで読んでいくよ!そのうえで、品詞分解・重要古語・敬意の方向まで、この1記事でまとめて確認できるようにしてあるんだ。物語として読みたい人も、文法だけ確認したい人も、どっちでも使えるようにしてあるよ。
📚 この記事のレベル:中学歴史 / 高校日本史 / 国語(古典)対応
📖 原文は三巻本系の通行本文(高校の教科書で広く使われている本文)に準拠
「古典なんて退屈なだけ」――そう思っている人にこそ読んでほしい話があります。実は枕草子には、犬を島流しにして、その犬が涙を流して帰ってくるという、まるでドラマのようなエピソードが書き残されているのです。
きっかけは、ひとりの天皇の度を越した「猫愛」でした。愛猫に五位の位を授け、その猫をおびやかした犬に「島流し」を命じてしまった天皇――それが一条天皇です。
この記事では、その名場面「上にさぶらふ御猫は」を原文と現代語訳で通して読み、そのうえで品詞分解・重要古語・敬意の方向まで一気に確認していきます。笑えて、ちょっと泣ける平安の猫物語を、じっくり味わっていきましょう。
一条天皇ってどんな人?

この猫物語の主役のひとりが、平安時代中期の天皇・一条天皇です。986年、数え年でわずか7歳のときに即位し、1011年に位を譲るまで在位しました。25年近くにおよぶ長い在位です(986年の即位から1011年の譲位まで、1011-986=およそ25年になります)。
こんな幼い子どもが天皇になった背景には、藤原氏の権力争いがありました。一条天皇の祖父にあたる藤原兼家(藤原道長の父)が、花山天皇を策略によって退位させ、自分の孫を即位させたのです。
幼い天皇を立てれば、祖父である自分が摂政として政治の実権を握れます。こうして天皇の母方の祖父や父が政治を動かす仕組みを摂関政治といいます。この政変は寛和の変と呼ばれ、986年の出来事でした。

7歳で天皇って、さすがに政治できないですよね…?なんでそんな小さい子を無理やり即位させたんですか?

むしろ「政治ができない」ほうが都合がよかったんだよ。天皇が幼ければ、祖父が摂政として代わりに政治を動かせるからね。兼家にとって孫の即位は、自分が権力を握るための手段だったんだ。
ところが、操り人形になると思われていた一条天皇は、成長するにつれて立派な天皇へと育っていきます。強大な藤原氏との絶妙なバランスを保ちながら、見事に政治を行いました。温和な性格で、詩を愛し、笛の名手で、勉学にも励む――まさに理想の天皇だったのです。
一条天皇の時代は、文学の黄金期でもありました。清少納言の『枕草子』と紫式部の『源氏物語』という日本文学を代表する2作品が、どちらも一条天皇の在位中に書かれたとされています。両作品はのちに国風文化を代表する傑作として並び称されることになります。
清少納言が仕えたのは、一条天皇の后である中宮定子です。ちなみに紫式部が仕えたのはもうひとりの后・彰子で、ふたりは別のサロンに属していました。
なお、996年には定子の兄・藤原伊周が失脚する長徳の変が起こり、定子のサロンは大きな打撃を受けます。これから読む猫の物語は、そうした宮中の緊張のかたわらで起きた、ほっとするような出来事でした。

政務も学問も笛も、すべて真剣に取り組んできたつもりだ。…ただ、ひとつだけ、どうしても理性が保てぬものがあってな。それが――猫なのだ。
そう、このパーフェクトな天皇には、ひとつだけ人間味あふれる弱点がありました。それが猫の前では理性が吹き飛んでしまうという、なんとも可愛らしい一面です。次の章では、その猫愛がいかんなく発揮された名場面を、原文と現代語訳で読んでいきましょう。
上にさぶらふ御猫は|全文現代語訳

この段は『枕草子』のなかでも特に有名なエピソードです。ここでは章段の全文を八つの場面に区切り、原文と現代語訳を対照しながら読んでいきます。
なお、この章段は底本によって第六段・第七段・第九段などと数えられ、番号は一定しません。「〇段」という言い方は、使っている本によって変わるものだと思っておいてください。
この記事の原文について
本記事の原文は、高校の教科書で広く使われている三巻本系の通行本文によりました。『枕草子』は伝わる写本(伝本)によって字句が異なるため、お手元の教科書と語形が違う箇所がありえます。なお、三巻本の校訂本文は著作権が存続する刊本にしかないため、当サイトでは原本や影印による一次照合は行っていません。
■ 第一場面:猫に五位を授けた日
上にさぶらふ御猫は、かうぶりにて、命婦のおとどとて、いみじうをかしければ、かしづかせ給ふが、
【現代語訳】 帝(一条天皇)のおそばにお仕えする御猫は、五位の位をいただいて「命婦のおとど」と呼ばれ、たいそう可愛らしいので、帝が大切にお世話なさっていたのですが――。
「命婦のおとど」ってなに?
一条天皇が愛猫に与えた名前です。「命婦」とは本来、五位以上の位をもつ女官の称号。つまり一条天皇は、人間の女官に与えるはずの称号を猫に授けてしまったのです。「おとど」は貴人への敬称で、「五位の貴婦人さま」とでも呼ぶような、最上級の溺愛ネームでした。
ここで注目したいのが「かうぶりにて」という一語です。「かうぶり」は冠のことで、古語辞典ではこの語に「五位に叙せられること」という意味が立てられています。
つまり、原文が書いているのは「かうぶり」の一語だけで、「五位」というのは、その語をそう読み解いた解釈です。ただしこの読み方はかなり古くからのもので、江戸時代の注釈書『枕草子春曙抄』も同じ箇所に「叙爵せし也(=五位を授けられたのである)」と注を付けています。
平安時代、五位以上の者は「貴族」と呼ばれる特別な存在でした。多くの役人が生涯をかけて目指した地位です。それを、一匹の猫が、見た目と愛らしさだけで手に入れてしまったわけです。

猫に官位を与えるって、今でいうとペットを会社の役員に任命するようなものだよ!しかも冗談半分じゃなくて、けっこう本気だったみたい。部下たちの困った顔が目に浮かぶね…!
教科書によって語形が違うことがある理由
『枕草子』は伝わる写本(伝本)によって字句が異なります。冒頭の「かうぶりにて」は三巻本系の形ですが、江戸時代の注釈書『枕草子春曙抄』では「かうぶり賜はりて」となっています。猫の名も、三巻本系は「命婦のおとど」ですが、明治期の刊本には「命婦のおもと」とするものがあり、春曙抄も欄外に「イおもと(=異本ではおもと)」と注記しています。章段の結びに至っては、三巻本系の「人などこそ人に言はれて泣きなどはすれ。」に対し、春曙抄は「人々にもいはれて、啼きなどす。」とまったく別の文です。手元の教科書と語形が違っても、必ずしもどちらかが誤植というわけではありません。
なお当サイトが原本画像で確かめられたのは春曙抄と明治期の刊本までで、能因本・前田家本・堺本そのものには当たっていません。
■ 第二場面:翁丸の「失態」
端に出でて臥したるに、乳母の馬の命婦、「あな、まさなや。入り給へ。」と呼ぶに、日のさし入りたるに、ねぶりてゐたるを、おどすとて、「翁丸、いづら。命婦のおとど食へ。」と言ふに、まことかとて、しれものは走りかかりたれば、おびえまどひて、御簾のうちに入りぬ。
【現代語訳】 その猫が縁側に出て寝そべっていたので、世話役の乳母である馬の命婦が「まあ、お行儀が悪い。お入りなさいませ」と呼びかけました。ところが猫は、日が差し込むなかで眠ったまま動きません。
そこで馬の命婦は脅かしてやろうと、宮中で飼われていた犬を呼び、「翁丸、どこにいるの。命婦のおとどを食べておしまい」と言ったのです。すると、本当に食べていいのかと思ったのでしょう、この愚か者は猫めがけて走りかかりました。猫はおびえて取り乱し、御簾の内へ逃げ込んでしまいます。

「あな、まさなや」ってどういう意味ですか? よく見かける言い回しですよね。

「あな」は「ああ」「まあ」という感動詞、「まさなや」は「みっともない・行儀が悪い」という意味だよ。だから「まあ、お行儀が悪い!」くらいのニュアンス。ちなみにこれを言ったのは天皇じゃなくて、猫の世話役の馬の命婦だからね。品詞分解はこのあとの「品詞分解・重要古語&敬意の方向」でくわしくやるよ。
■ 第三場面:一条天皇の激怒と犬島送り
朝餉の御前に、上おはしますに、御覧じて、いみじう驚かせ給ふ。猫を御ふところに入れさせ給ひて、男ども召せば、蔵人忠隆・なりなか参りたれば、「この翁丸打ち調じて、犬島へつかはせ。ただ今。」と仰せらるれば、集まり狩り騒ぐ。馬の命婦をもさいなみて、「乳母替へてむ。いとうしろめたし。」と仰せらるれば、御前にも出でず。犬は狩り出でて、滝口などして追ひつかはしつ。
【現代語訳】 ちょうど朝餉の間に帝がいらっしゃって、この騒ぎをご覧になり、たいそう驚かれました。帝は猫をふところに入れなさると、男たちをお呼びになります。
蔵人の忠隆となりなかが参上すると、帝は「この翁丸を打ち懲らしめて、犬島へ追いやれ。今すぐにだ」とお命じになりました。人々は集まって犬を狩り立て、大騒ぎになります。
帝は馬の命婦もお叱りになり、「乳母を替えてしまおう。まったく気がかりだ」とおっしゃったので、馬の命婦は御前に出ることもできなくなりました。犬は狩り出され、滝口の武士などに命じて追い払わせてしまったのです。
「犬島」「蔵人」「滝口」ってなに?
「犬島」は、宮中を追われた犬が送られる先として出てくる言葉です。ただし実在の島を指すのか、単に「追放する」という言い方なのかは決着していません。江戸時代の注釈書は備前国(現在の岡山県)の犬島と解し、近年には淀川にあった中州とする説も出されています。「蔵人」は天皇の側近として機密文書や日常の雑務を扱った役職で、その長官が蔵人頭。「滝口」は内裏の警備にあたった武士のことです。猫をおびやかしただけで犬が追放されるあたり、一条天皇の猫びいきの徹底ぶりがよくわかります。
■ 第四場面:翁丸を惜しむ声と、聞こえてきた犬の悲鳴
「あはれ、いみじうゆるぎありきつるものを。三月三日、頭の弁の、柳かづらせさせ、桃の花をかざしにささせ、桜腰にさしなどしてありかせ給ひし折、かかる目見むとは思はざりけむ。」などあはれがる。「御膳の折は、必ず向かひさぶらふに、さうざうしうこそあれ。」など言ひて、三、四日になりぬる昼つ方、犬いみじう鳴く声のすれば、「なぞの犬の、かく久しう鳴くにかあらむ。」と聞くに、よろづの犬、とぶらひ見に行く。
【現代語訳】 「ああ、かわいそうに。あんなに得意げに体をゆすって歩き回っていたのに。三月三日に、頭の弁が柳の鬘をかぶらせ、桃の花をかんざしに挿させ、桜を腰に挿させなどして歩かせなさったときには、まさかこんな目に遭うとは思わなかっただろうに」と、女房たちはしきりに気の毒がります。
「お食事のときには、必ず向かい合ってお仕えしていたのに、いないと物足りない」などと言い合っているうち、三、四日たった昼ごろのことです。犬がひどく鳴く声が聞こえてきました。「いったいどの犬が、こんなに長く鳴いているのだろう」と耳をすませていると、ほかの犬たちがみな、様子を見に行きます。

犬に柳の輪をかぶせて、桃や桜まで挿して歩かせていたの…?なんだか現代のペットの服みたいで、かわいらしいわね。

三月三日は上巳の節句、いまのひな祭りにあたる日だよ。宮中の行事に合わせて翁丸も飾り立ててもらってたんだ。「頭の弁」は蔵人頭と弁官を兼ねた人のことで、この場面の人物は藤原行成を指すとされているよ。ここまで可愛がられていた犬だからこそ、島流しがつらく響くんだね。
■ 第五場面:打ち殺された翁丸と、腫れて戻ってきた犬
御厠人なる者走り来て、「あな、いみじ。犬を蔵人二人して打ち給ふ。死ぬべし。犬を流させ給ひけるが、帰り参りたるとて調じ給ふ。」と言ふ。心憂のことや、翁丸なり。「忠隆・実房なんど打つ。」と言へば、制しにやるほどに、からうじて鳴きやみ、「死にければ、陣の外にひき捨てつ。」と言へば、あはれがりなどする夕つ方、いみじげに腫れ、あさましげなる犬の、わびしげなるが、わななきありけば、「翁丸か。このごろかかる犬やはありく。」と言ふに、「翁丸。」と言へど、聞きも入れず。
【現代語訳】 御厠人が走ってきて、「まあ、大変です。犬を蔵人がお二人がかりで打っていらっしゃいます。死んでしまいます。追放なさった犬が帰って参ったというので、懲らしめていらっしゃるのです」と言いました。ああ、情けないこと、それこそ翁丸だったのです。
「忠隆と実房などが打っています」と言うので、やめさせようと人をやったところ、ようやく鳴き声がやみました。ところが「死んでしまったので、陣(宮中の警護の詰め所)の外へ引きずり出して捨てました」と伝えられ、みなでかわいそうに、と言い合っていた夕方のことです。
ひどく腫れ上がり、見るも無残な姿の、みすぼらしい犬が、ぶるぶる震えながら歩き回っています。「翁丸か。このごろこんな犬が歩き回っていただろうか」と言い、「翁丸」と呼んでみても、まったく聞き入れようとしません。
「それ。」とも言ひ、「あらず。」とも口々申せば、「右近ぞ見知りたる。呼べ。」とて召せば、参りたり。「これは翁丸か。」と見せさせ給ふ。「似ては侍れど、これはゆゆしげにこそ侍るめれ。また、『翁丸か。』とだに言へば、喜びてまうで来るものを、呼べど寄り来ず。あらぬなめり。『それは、打ち殺して捨て侍りぬ。』とこそ申しつれ。二人して打たむには、侍りなむや。」など申せば、心憂がらせ給ふ。
【現代語訳】 「あれが翁丸だ」と言う者もいれば、「いや、違う」と言う者もいて、口々に申し上げます。そこで「右近なら見分けがつくだろう。呼びなさい」とお召しになると、右近が参上しました。
定子さまが「これは翁丸か」とお見せになると、右近はこう申し上げます。「似てはおりますが、この犬はいかにも恐ろしげでございます。それに『翁丸か』と言いさえすれば喜んで寄って来るのに、呼んでも寄って来ません。別の犬でございましょう」。
右近はさらに続けます。「『あの犬は打ち殺して捨てました』と申しておりましたし、二人がかりで打たれたのでは、生きてはおりますまい」。これを聞いて、定子さまはたいそう気の毒にお思いになりました。
翁丸はなぜ呼ばれても無視したのか
ここは本文が理由を書いていない場面なので、断定はできません。ただ、正体がばれればまた打たれるかもしれない――そんな本能的な自己防衛だったのではないか、と読むことはできます。げんに人々は「別の犬だろう」と結論づけ、翁丸はほぼ「死んだことにされて」しまいました。この「気づかれないように耐えている」時間があるからこそ、次の場面の涙が効いてきます。
■ 第六場面:翁丸の涙
暗うなりて、物食はせたれど、食はねば、あらぬものに言ひなしてやみぬる、つとめて、御けづり髪・御手水など参りて、御鏡を持たせさせ給ひて御覧ずれば、さぶらふに、犬の柱のもとにゐたるを見やりて、「あはれ、きのふ翁丸をいみじうも打ちしかな。死にけむこそあはれなれ。何の身にこのたびはなりぬらむ。いかにわびしき心地しけむ。」とうち言ふに、このゐたる犬のふるひわななきて、涙をただ落としに落とすに、いとあさまし。さは翁丸にこそはありけれ、昨夜は隠れ忍びてあるなりけり、とあはれにそへて、をかしきことかぎりなし。
【現代語訳】 暗くなってから食べ物を与えてみましたが、食べません。それで「やはり別の犬だ」ということにして、その話は終わりました。
その翌朝のことです。定子さまの御けづり髪やお手水などを差し上げ、定子さまが鏡をお持たせになってご覧になっていたとき、そばに控えていた私(清少納言)は、例の犬が柱のもとに座っているのを見やりました。
そして、こう口に出したのです。「ああ、昨日は翁丸をずいぶん打ったこと。死んでしまっただろうと思うと、かわいそうでならない。今度は何に生まれ変わっているのだろう。どんなにつらい思いをしただろう」。
すると、そこに座っていた犬が体を震わせ、涙をぽろぽろとこぼしはじめたのです。これにはあきれるほど驚きました。ではやはりこれは翁丸だったのだ、昨夜は正体を隠して耐えていたのだ――そう思うと、しみじみと哀れで、それでいてなんとも興味深く、感慨はこの上ありませんでした。
この言葉を言ったのは誰?
「あはれ、きのふ翁丸を…」の話し手は、作者=清少納言自身です。決め手は敬語の有無。中宮定子の発言は、このあとの「かくなむ」と仰せらるれば、のように必ず尊敬語をともなって書かれます。ところがここは「とうち言ふ」で、敬語がまったく付いていません。主語が書かれていなくても敬語で判定できる――古文を読むときの基本の手つきが、そのまま使える場面です。

知らんぷりを続けていた犬が、同情の言葉を聞いたとたんに泣き出す…。ちょっと胸が詰まる場面ね。

ここで清少納言が使う言葉が「あさまし」と「あはれ」なんだ。「あさまし」は驚きあきれること、「あはれ」はしみじみ心を打たれること。驚き→感動の順で気持ちが動いていくのがそのまま書かれてるんだよ。この2語の区別は読み違えやすいから、あとでしっかり整理するね。
■ 第七場面:正体が明かされる
御鏡うち置きて、「さは翁丸か。」と言ふに、ひれ伏していみじう鳴く。御前にもいみじうおち笑はせ給ふ。右近の内侍召して、「かくなむ。」と仰せらるれば、笑ひののしるを、上にも聞こしめして渡りおはしましたり。「あさましう、犬なども、かかる心あるものなりけり。」と笑はせ給ふ。
【現代語訳】 鏡を置いて「それではお前は翁丸なのか」と言うと、犬はひれ伏してひどく鳴きます。定子さまもたいそうお笑い崩れになりました。
定子さまが右近の内侍をお呼びになって「これこれこういうわけです」とお話しになると、みな声を上げて笑いさわぎます。その声を帝もお聞きになり、こちらへお越しになりました。そして「驚いたことだ。犬でも、こんな心を持っているものなのだなあ」とお笑いになったのです。
上の女房なども、聞きて参り集まりて、呼ぶにも今ぞ立ち動く。「なほ、この顔などの腫れたる、物の手をせさせばや。」と言へば、「つひにこれを言ひあらはしつること。」など笑ふに、忠隆聞きて、台盤所の方より、「まことにや侍らむ。かれ見侍らむ。」と言ひたれば、「あな、ゆゆし。さらに、さるものなし。」と言はすれば、「さりとも、見つくる折も侍らむ。さのみもえ隠させ給はじ。」と言ふ。
【現代語訳】 帝づきの女房たちも話を聞いて集まって来て、名前を呼ぶと、今度はちゃんと立って動きます。「それにしても、この腫れ上がった顔などに手当てをさせたいものだ」と言うと、「とうとう、その犬が翁丸だと口に出してしまいましたね」などと言って、みな笑いました。
それを忠隆が聞きつけ、台盤所のほうから「本当でございましょうか。その犬を見せていただきましょう」と言ってきます。「まあ、とんでもない。そんな犬などおりません」と人に言わせると、「そうはおっしゃっても、見つけ出すときもございましょう。そういつまでもお隠しになれますまい」と返すのでした。
翁丸を打った当人である忠隆に見つかれば、また処分されかねません。女房たちが必死にとぼける場面には、緊張とおかしみの両方があります。
■ 第八場面:赦されて、もとのように
さて、かしこまり許されて、もとのやうになりにき。なほあはれがられて、ふるひ鳴き出でたりしこそ、よに知らずをかしくあはれなりしか。人などこそ人に言はれて泣きなどはすれ。
【現代語訳】 そうして翁丸は、お咎めを許されて、もとどおりの身に戻りました。それでもなお人々にかわいそうがられて、そのたびに体を震わせて鳴き出したのは、いままでに経験したことがないほど心引かれ、しみじみと胸を打たれる光景でした。人間だからこそ、人に何か言われて泣いたりするものなのに――。
最後の一文は、「泣くのは人間のすることなのに、この犬は」という驚きを残したまま章段を閉じています。事実の報告ではなく余韻で終わるところに、清少納言の書き手としてのうまさが表れています。ここまでが章段の全文です。
「上にさぶらふ御猫は」の品詞分解・重要古語&敬意の方向
ここからは、古典文法の確認用のパートです。重要古語の意味、場面ごとの品詞分解、そして敬意の方向の三つを順番に整理していきます。
まず「ここだけは確実に」という頻出語を見たうえで、細かい逐語の分解は場面ごとに折りたたんであります。必要な場面だけ開いて確認してください。
■「あな、まさなや」の意味と品詞分解
「あな、まさなや」は、猫の世話役である馬の命婦が、縁側で寝そべる猫に呼びかけた言葉です。一条天皇のセリフではありません。一条天皇の言葉と取り違えやすいので注意してください。
品詞分解は次のようになります。「あな」=感動詞(ああ・まあ)。「まさな」=ク活用形容詞「まさなし」の語幹(よくない・みっともない・無作法だ)。「や」=間投助詞です。
ポイントは、形容詞の語幹+「や」で詠嘆を表すという古文特有の言い方だという点です。「まさなけれ」のような活用形ではないので、活用形を答える問題では「語幹」と書きます。口語訳は「まあ、お行儀が悪い」「ああ、みっともない」となります。
■「かしづかせ給ふ」の現代語訳と二重敬語
「かしづかせ給ふ」の現代語訳は「大切にお世話なさる」「大事にお育てになる」です。主語は一条天皇で、目的語は愛猫の命婦のおとどになります。
分解すると、「かしづか」=カ行四段活用動詞「かしづく」の未然形、「せ」=尊敬の助動詞「す」の連用形、「給ふ」=尊敬の補助動詞(ハ行四段)の連体形です。「せ+給ふ」で二重敬語(最高敬語)となり、天皇に対する最も高い敬意を表します。
この「せ」を使役と取る読み方もありますが、直後の「給ふ」とセットで最高敬語と見るのが一般的です。二重敬語が出てきたら、その動作主はきわめて身分の高い人――ここでは天皇だ、と見当をつけられます。
■「あさまし」と「あはれ」を混同しない
この章段の山場には、古文の超頻出語が2つ並んで出てきます。混同しやすいので、意味をはっきり分けて覚えましょう。
「あさまし」(シク活用形容詞)は、驚きあきれる・意外だという意味。現代語の「あさましい(下品だ)」とは意味が違います。犬が涙を流すのを見て「いとあさまし」と言ったのは、「なんとも驚きあきれたことだ」という意味です。
「あはれなり」(ナリ活用形容動詞)/「あはれ」は、しみじみと心を打たれる・かわいそうだという意味です。「あはれにそへて、をかしきことかぎりなし」は「しみじみとした感動に加えて、おもしろいことこの上ない」となります。
つまり清少納言の感情は、あさまし(驚き)→ あはれ(感動)→ をかし(興味深さ)という順に動いています。この流れを説明できると、内容理解の設問にも強くなります。
■ 場面ごとの品詞分解
ここからは場面ごとの逐語分解です。見出しをタップすると開きます。表記は「語/品詞・活用の種類・活用形/意味」の順です。
- 上/名詞/帝。ここでは一条天皇のこと
- に/格助詞/場所を示す
- さぶらふ/ハ行四段活用動詞「さぶらふ」の連体形/謙譲語。お仕え申し上げる・おそばに控える
- 御猫/名詞/「御」は接頭語
- は/係助詞
- かうぶり/名詞/冠。ここでは五位に叙せられること
- にて/格助詞/資格・状態を表す。「〜という身分で」(断定の助動詞「なり」の連用形+接続助詞とする説もあります)
- 命婦のおとど/名詞/猫に付けられた名前
- とて/格助詞/「〜という名で」
- いみじう/シク活用形容詞「いみじ」の連用形「いみじく」のウ音便/たいそう・非常に
- をかしけれ/シク活用形容詞「をかし」の已然形/かわいらしい・趣がある
- ば/接続助詞/已然形に接続して順接の確定条件(原因・理由)。「〜ので」
- かしづか/カ行四段活用動詞「かしづく」の未然形/大切に世話をする
- せ/尊敬の助動詞「す」の連用形
- 給ふ/ハ行四段活用の補助動詞の連体形/尊敬語。「せ給ふ」で二重敬語
- が/接続助詞/逆接または単純接続。「〜のだが」
- 端/名詞/建物の縁側に近いところ
- 出で/ダ行下二段活用動詞「出づ」の連用形
- 臥し/サ行四段活用動詞「臥す」の連用形/横になる
- たる/存続の助動詞「たり」の連体形
- 乳母/名詞/養育係
- あな/感動詞/ああ・まあ
- まさな/ク活用形容詞「まさなし」の語幹/よくない・みっともない
- や/間投助詞/詠嘆。「語幹+や」で「〜だなあ」
- 入り/ラ行四段活用動詞「入る」の連用形
- 給へ/ハ行四段活用の補助動詞の命令形/尊敬語。猫に対して使われている
- さし入り/ラ行四段活用動詞「さし入る」の連用形/日が差し込む
- ねぶり/ラ行四段活用動詞「ねぶる」の連用形/眠る
- ゐ/ワ行上一段活用動詞「ゐる」の連用形/座っている
- おどす/サ行四段活用動詞「おどす」の終止形/おどかす
- とて/格助詞/「〜しようと思って」
- いづら/代名詞/どこか。「翁丸、いづら」で「翁丸、どこにいるの」
- 食へ/ハ行四段活用動詞「食ふ」の命令形
- まこと/名詞/本当
- か/係助詞/疑問。「本当か」
- しれもの/名詞/愚か者・ばか者。ここでは犬の翁丸を指す
- 走りかかり/ラ行四段活用動詞「走りかかる」の連用形
- たれ/完了の助動詞「たり」の已然形
- ば/接続助詞/順接の確定条件。「〜ので」
- おびえまどひ/ハ行四段活用動詞「おびえまどふ」の連用形/おびえて取り乱す
- ぬ/完了の助動詞「ぬ」の終止形
- おはします/サ行四段活用動詞の連体形/尊敬語。いらっしゃる。直後の「に」が連体形につく接続助詞なので終止形ではない(四段は終止形と連体形が同じ形なので見分けにくい)
- 御覧じ/サ行変格活用動詞「御覧ず」の連用形/尊敬語。ご覧になる
- 驚か+せ+給ふ/カ行四段活用動詞「驚く」の未然形+尊敬の助動詞「す」の連用形+尊敬の補助動詞の終止形/二重敬語
- 入れ+させ+給ひ/下二段活用動詞「入る」の連用形+尊敬の助動詞「さす」の連用形+尊敬の補助動詞の連用形/二重敬語
- 召せ/サ行四段活用動詞「召す」の已然形/尊敬語。お呼びになる
- 参り/ラ行四段活用動詞「参る」の連用形/謙譲語。参上する
- 調じ/サ行変格活用動詞「調ず」の連用形/こらしめる・痛めつける
- つかはせ/サ行四段活用動詞「つかはす」の命令形/追いやれ・行かせよ
- 仰せ+らるれ/サ行下二段活用動詞「仰す」の連用形+尊敬の助動詞「らる」の已然形/二重敬語。おっしゃる
- さいなみ/マ行四段活用動詞「さいなむ」の連用形/責める・しかる
- てむ/完了(強意)の助動詞「つ」の未然形+意志の助動詞「む」/「きっと〜してしまおう」
- うしろめたし/ク活用形容詞の終止形/気がかりだ・不安だ
- ありき/カ行四段活用動詞「ありく」の連用形/歩き回る
- ものを/接続助詞/逆接の詠嘆。「〜だったのになあ」
- けむ/過去推量の助動詞の終止形/「〜だっただろう」
- さうざうし/シク活用形容詞/もの足りない・心さびしい。「騒々しい」ではないので注意
- こそ〜あれ/係助詞「こそ」+ラ変動詞の已然形/係り結び(こそ→已然形)
- なぞの/連語/どういう・何という
- とぶらひ/ハ行四段活用動詞「とぶらふ」の連用形/見舞う・様子を見に行く
- いみじ/シク活用形容詞の終止形/ここでは「たいへんだ・ひどい」
- べし/推量の助動詞の終止形/「死ぬべし」で「死んでしまいそうだ」
- 心憂し/ク活用形容詞/つらい・情けない
- からうじて/副詞/やっとのことで
- わななき/カ行四段活用動詞「わななく」の連用形/震える
- ゆゆし/シク活用形容詞/不吉だ・恐ろしい。ここでは「いかにも恐ろしげだ」
- 侍れ/ラ行変格活用動詞「侍り」の已然形/丁寧語。〜でございます
- だに/副助詞/最小限の限定。「〜さえ」
- まうで来/カ行変格活用動詞/謙譲語。参上する
- なめり/断定の助動詞「なり」の連体形の撥音便無表記+推定の助動詞「めり」/「〜であるようだ」
- 侍りなむや/「侍り」+完了(強意)「ぬ」の未然形+推量「む」+係助詞「や」/反語。「生きていられましょうか、いやいられまい」
- 暗う/ク活用形容詞「暗し」の連用形「暗く」のウ音便
- 食は+せ/ハ行四段活用動詞「食ふ」の未然形+使役の助動詞「す」の連用形/「食べさせる」
- ね/打消の助動詞「ず」の已然形/「食はねば」で「食べないので」
- あらぬ/ラ変動詞「あり」の未然形+打消「ず」の連体形/別の・ちがう
- 言ひなし/サ行四段活用動詞「言ひなす」の連用形/そういうことにして言う
- つとめて/名詞/早朝。ここでは「その翌朝」
- 参り/ラ行四段活用動詞「参る」の連用形/謙譲語。差し上げる
- 持た+せ+させ+給ひ/「持つ」の未然形+使役の「す」の連用形+尊敬の「さす」の連用形+尊敬の補助動詞/「(女房に)お持たせになって」
- 御覧ずれ/サ行変格活用動詞「御覧ず」の已然形/尊敬語。主語は中宮定子
- さぶらふ/ハ行四段活用動詞の連体形/謙譲語。主語は作者(清少納言)
- しか/過去の助動詞「き」の已然形/「打ちしかな」で「打ったことだなあ」
- な/終助詞/詠嘆。「〜たことだなあ」
- こそ〜あはれなれ/係助詞「こそ」+ナリ活用形容動詞「あはれなり」の已然形/係り結び
- らむ/現在推量の助動詞/「今ごろ〜しているだろう」
- わびし/シク活用形容詞/つらい・やりきれない
- うち言ふ/接頭語「うち」+ハ行四段活用動詞「言ふ」の連体形/ふと口に出す。敬語がないので主語は作者
- あさまし/シク活用形容詞の終止形/驚きあきれる
- ありけれ/ラ変動詞「あり」の連用形+詠嘆の助動詞「けり」の已然形/「こそ」の結び
- おち笑は+せ+給ふ/「おち笑ふ」の未然形+尊敬の「す」+尊敬の補助動詞/二重敬語。主語は中宮定子
- 聞こしめし/サ行四段活用動詞の連用形/尊敬語。お聞きになる
- 渡りおはしまし/「渡る」+尊敬語「おはします」/お越しになる
- ばや/終助詞/自己の願望。「せさせばや」で「手当てをさせたいものだ」
- え〜じ/副詞「え」+打消推量の助動詞「じ」/不可能。「お隠しになれますまい」
- かしこまり/名詞/お咎め・謹慎
- よに知らず/連語/またとないほど・この上なく
区切り方に注意したい一文
「なほ、この顔などの腫れたる、物の手をせさせばや。」は、原文にもともと句読点がないため、「この顔などの腫れたる/物の手をせさせばや」と切るか「この顔などの腫れたるものの/手をせさせばや」と切るかで読み方が変わりえます。本記事は複数の古文教材で共通する前者に従い、「腫れたところに手当てをさせたい」の意味で訳しました。ただし後者の区切りを実際に採用した注釈書は、当サイトでは確認できていません。区切り方で答えが変わる箇所なので、授業で扱った区切りを優先してください。
■ 敬意の方向をチェック
敬語の問題で問われるのは、ほとんどが「誰から誰への敬意か」です。考え方はとてもシンプルで、次の2つだけ押さえれば答えが決まります。
ひとつめは敬意の出どころ。地の文なら作者(清少納言)から、会話文ならその話し手からです。ふたつめは敬意の向かう先。尊敬語ならその動作をする人へ、謙譲語ならその動作を受ける相手へ、丁寧語なら聞き手・読み手へ向かいます。
| 敬語表現 | 種類 | 誰から | 誰へ |
|---|---|---|---|
| 上にさぶらふ御猫 | 謙譲語 | 作者 | 上(一条天皇) |
| かしづかせ給ふ | 尊敬・二重敬語 | 作者 | 一条天皇 |
| 入り給へ | 尊敬語 | 馬の命婦 | 猫(命婦のおとど) |
| 必ず向かひさぶらふに | 謙譲語 | 話し手(女房) | 上(一条天皇) |
| 上おはします/御覧じて | 尊敬語 | 作者 | 一条天皇 |
| 仰せらるれば | 尊敬・二重敬語 | 作者 | 一条天皇 |
| 御手水など参りて | 謙譲語 | 作者 | 中宮定子 |
| 御覧ずれば/さぶらふに | 尊敬語/謙譲語 | 作者 | 中宮定子 |
| 似ては侍れど | 丁寧語 | 右近 | 中宮定子(聞き手) |
この章段でとくに狙われるのが、同じ「さぶらふ」なのに敬意の先が違うという点です。冒頭の「上にさぶらふ御猫は」の「さぶらふ」は、猫がお仕えする相手=一条天皇への敬意。ところが第六場面の「御覧ずれば、さぶらふに」の「さぶらふ」は、作者がお仕えする相手=中宮定子への敬意です。どちらも謙譲語ですが、向かう先が入れ替わります。なお「さぶらふ」は章段に3回出てきます。残るひとつ、女房たちの会話のなかの「必ず向かひさぶらふに」は、翁丸が帝のお食事のお相手をしていたという意味なので、会話文なので敬意の出どころは話し手(女房)、向かう先は一条天皇です。
もうひとつの頻出ポイントが「入り給へ」です。馬の命婦は猫に向かって尊敬語を使っています。五位の女官として扱われている猫だからこそ成り立つ敬語で、この章段のおかしみそのものが敬語に表れているといえます。
なお「持たせさせ給ひて」は、使役の「せ」+尊敬の「させ給ふ」という組み合わせです。「せ給ふ」「させ給ふ」の形は二重敬語(最高敬語)であることが多いのですが、「給ふ」が続いていれば必ず尊敬、とは言い切れません。げんにこの「持たせさせ給ひて」の最初の「せ」は使役ですし、同じ章段の「ありかせ給ひし」も、頭の弁が翁丸を歩かせたという使役です。見分け方は「させられている相手が読み取れるかどうか」。鏡を持つ女房、歩かされる犬のように、動作をする別の人(動物)がいれば使役、いなければ二重敬語と考えてください。

この段で「おはします」「仰せらる」と敬われておるのは、たいていは余のことだ。…もっとも、翌朝の「御覧ずれば」や、右近の内侍を召して「かくなむ」と仰せらるるあたりは中宮のことでな。そして余の猫までが「入り給へ」と敬われておるのだ。

敬語の種類は覚えたんですけど、本番だと「誰から」がいつも書けなくて…。コツはありますか?

まずカギカッコの中かどうかだけ見るといいよ。中なら「話し手から」、外なら「作者から」。これだけで「誰から」は半分決まるんだ。そのうえで、尊敬語なら「動作をしている人へ」、謙譲語なら「動作の相手へ」と矢印を書き込むクセをつけると、迷いがぐっと減るよ!
一条天皇の猫愛、実はもっとヤバかった
「上にさぶらふ御猫は」のエピソードだけでも十分すごいのですが、一条天皇の猫好きは『枕草子』以外の史料にも残されています。なかでも知られているのが、生まれたばかりの子猫を祝った「産養い」の記録です。
長保元年(999年)9月19日、宮中で飼われていた猫が子を産み、その子猫のために産養いが行われた――と、当時の貴族の日記に記されています。「産養い」は本来、人間の赤ちゃんの誕生を三日目・五日目・七日目などに祝う儀式。乳母を付け、貴族が祝いの品を贈る、れっきとした宮中行事です。
それが子猫のために開かれ、しかも産養いを行ったのは、天皇の母である東三条院詮子、左大臣の藤原道長、右大臣の藤原顕光だったと書かれています。ペットの誕生祝いを一族の重役が取り仕切るようなもので、当時の驚きが目に浮かびます。
同じ記事には、猫の乳母役に任じられたのが「馬の命婦」だったことも記されています。『枕草子』で猫を叱り、翁丸をけしかけてしまうあの人物です。
この産養いを書き残したのは、有力貴族の藤原実資です。その日記『小右記』の長保元年9月19日の記事には、猫に乳母を付けるとは「奇怪の事なり」、世間の人はこれを笑っている、けものに人の乳を用いるなど聞いたこともない――と、かなり冷ややかな筆致で書きつけられています。
つまり一条天皇の猫愛は、文学作品だけの話ではありません。貴族の日記という別系統の史料にも裏づけられているのです。一人の作者の誇張ではなく、複数の記録が同じ方向を指しています。

女院さまや大臣が猫の産養いを取り仕切るなんて…。当時の人から見ても、さすがにやりすぎだと思われていたのかしら?

実資がわざわざ「世の人が笑っている」と書き残してるくらいだからね。当時は大陸渡来の唐猫が珍重されて、猫は貴族の高級なペットだったんだ。それでも「人間と同じ儀式まではやらないでしょ…」というのが、まわりの受け止め方だったみたいだね。
📝 この年、中宮定子は出産を控えていました。第一皇子の敦康親王が生まれるのは、同じ長保元年の11月です。宮中が新しい命の話題でいっぱいだった時期に、子猫の誕生祝いまで重なった――そんな巡り合わせだったことは押さえておくとよいでしょう。ただし、天皇がなぜここまでしたのか、その理由そのものは史料に書かれていません。
こうして見ると、翁丸が犬島へ送られた事件も、この徹底した猫びいきの延長線上にあったことがわかります。では、その翁丸が最後に見せた「涙」は何だったのでしょうか。
翁丸の涙は本当だったのか?

この章段の山場は、やはり翁丸が涙をこぼす場面です。とはいえ、犬が人間のように泣くことなどあるのでしょうか。
現代の動物行動学でも、犬が「悲しみ」や「同情」を理解して涙を流すのかどうかは解明されていません。犬の目から液体があふれること自体はありますが、その多くは目への刺激や体調によるものと考えられています。
2022年には、麻布大学の菊水健史教授らの研究グループが、数時間ぶりに飼い主と再会したイヌで涙の量が増えることを報告しています(国際的な科学誌『Current Biology』に掲載)。ただしこれは「感情が高ぶると涙腺のはたらきが変わる可能性がある」という段階の話であって、翁丸が自分への同情を理解して泣いた、と言い切れる根拠にはなりません。
📝 史実 vs 読み物としての演出:『枕草子』の日記的な章段は、出来事をそのまま写した記録ではなく、清少納言が印象的に組み立て直した文章だと考えられています。翁丸の涙も、実際の出来事を核にしつつ山場として際立つように書かれた可能性があり、「本当にあったか」と「どう書かれたか」は分けて読むのが安全です。
そこで大事になるのが、清少納言がその瞬間をどう見つめ、どう書き残したかという視点です。彼女は驚きの語と感動の語を重ね、驚き→感動→おもしろさと動いていく気持ちの順番まで文章に刻みました(それぞれの語の意味は「品詞分解・重要古語」の章で整理しています)。

犬にも、これほどの心があったとは…。あれほど厳しく罰した余が言えた義理ではないが、翁丸の罪は許してやろう。もとの暮らしに戻してやるがよい。
平安時代の人々は、動物にも「物の心」――感情や情趣を解する心があると感じていました。事実かどうかを超えて、「動物にも心が通う」と信じたそのまなざしが、この一段を時代を超えて愛される名場面にしているのでしょう。

清少納言自身は、あれを本当に涙だと信じていたのかしら?

半信半疑だったと思うよ。でも「信じたい気持ち」と「見たままを書きとめる目」の両方があったからこそ、こんなに生き生きした場面になったんだ。そこが清少納言のすごいところだね!
枕草子をもっと楽しむためのおすすめ本
この章段を読んで「ほかの段も読んでみたい」と思った人のために、原文と現代語訳をあわせて読める本を紹介します。古典が苦手でも入りやすいものを選びました。
もっと多くの選択肢から比べたい場合は、枕草子のおすすめ本をレベル別にまとめた記事もあわせてどうぞ。
2024年3月刊行の光文社古典新訳文庫版です。訳者は佐々木和歌子。全編を1冊にまとめ、「超」「映える」といった今どきの言い回しも交えながら、テンポよく読み進められる現代語訳が特徴です。巻末には宮廷生活を知るためのガイドや関連図版、解説・年譜も収録されています。まずは物語として一気に読み通したい人、古文に苦手意識がある人の入り口として向いています。
現代の言葉でテンポよく全編を読み通したい人。「上にさぶらふ御猫は」以外の段も気軽に楽しみたい人。
原文の一語一語を品詞分解しながら確認したい人には、現代語訳中心のこの本より、原文つきの②のほうが向いています。
2024年3月刊行の角川ソフィア文庫版(上巻)です。編注は河添房江・津島知明。陽明文庫本を底本に諸本で校訂した原文に、ていねいな脚注・補注、本文に忠実な現代語訳、鑑賞(評)までを収めた学習向けの構成です。上巻は冒頭から一三八段までを収め、今回取り上げた「上にさぶらふ御猫は」の場面も収録範囲に含まれます(段の数え方は底本や注釈書によって異なります)。原文の語順のまま古語や品詞を確認しながら読みたい人に向いています。
原文と現代語訳を見比べながら品詞分解や古語の意味を1つずつ確認したい人。本文に直接あたって読み込みたい人。
まずは物語として気軽に読みたい人には、原文・脚注つきで情報量がやや多く感じられるかもしれません。上巻のみのため全段を読みたい場合は下巻もあわせて必要です。
よくある質問
「みょうぶのおとど」と読み、一条天皇が可愛がっていた猫の名前です。「命婦」は本来、五位以上の位をもつ女官の称号で、「おとど」は貴人への敬称。名前そのものが、猫が人間の女官と同じ扱いを受けていたことを示しています。伝本によっては「命婦のおもと」とする本も。
世話役の馬の命婦にけしかけられ、愛猫「命婦のおとど」に走りかかって御簾の中へ追い込んでしまったためです。それを見た一条天皇が激怒し、「犬島へつかはせ」と命じました。翁丸に悪意があったわけではなく、言われたとおりに動いただけという点が、この場面の切なさにつながります。
口語訳は「まあ、お行儀が悪い」「ああ、みっともない」です。「あな」が感動詞、「まさな」が形容詞「まさなし」の語幹、「や」が詠嘆の間投助詞という組み立てになります。
言ったのは猫の世話役である乳母の馬の命婦で、一条天皇の言葉ではありません。ここを取り違えたまま覚えている人が多いので注意してください。
一つに決まりません。底本や注釈書によって数え方が違い、第六段・第七段・第九段などと分かれます。当サイトが本文照合に使ったテキストだけでも、この三通りがありました。
段数を答える必要がある場合は、授業で使っている教科書の番号に従ってください。「命婦のおとど」と「翁丸」が登場する章段、と内容で覚えておくほうが確実です。
断定はできません。『枕草子』には涙をこぼしたと書かれていますが、これは清少納言が見たままを記した文章であり、別の史料で裏づけられているわけではありません。犬が悲しみで涙を流すかどうかは、現代の動物行動学でも解明されていません。この場面は「事実かどうか」よりも、その様子を作者がどう受け止めたかを読むところだと考えておくとよいでしょう。
いずれも地の文なので、敬意の出どころは作者(清少納言)です。向かう先は語によって変わり、冒頭「上にさぶらふ御猫は」の「さぶらふ」は謙譲語で一条天皇へ、第六場面の「御覧ずれば、さぶらふに」の「さぶらふ」は中宮定子へ向かいます。
「おはします」「御覧ず」「仰せらる」はいずれも尊敬語ですが、向かう先は一条天皇とはかぎりません。第三場面の「上おはしますに」「御覧じて」「仰せらるれば」は一条天皇への敬意ですが、第六場面の「御覧ずれば」と第七場面の「右近の内侍召して、『かくなむ。』と仰せらるれば」は中宮定子への敬意です。同じ語でも、その動作をしているのが誰かで向かう先が変わります。また会話文の敬語は話し手からの敬意になるため、「入り給へ」は馬の命婦から猫へという珍しい形になります。
史料に理由そのものは書かれていないため、はっきりしたことはわかりません。当時は大陸から渡ってきた唐猫が珍重され、猫が貴族の高級なペットだったという背景は指摘されています。ただし、そこから先の動機は推測の域を出ません。
まとめ:犬を島流しにした天皇の猫愛と、翁丸の感動の帰還
『枕草子』の名場面「上にさぶらふ御猫は」を、原文・現代語訳・品詞分解・敬意の方向まで通して読んできました。
猫に五位を授け、子猫の誕生には女院や大臣までが産養いを行った一条天皇の猫愛。そのとばっちりで宮中を追われながら、涙とともに正体を明かして帰ってきた犬・翁丸。笑えて、少し泣けて、平安の宮廷が一気に身近に感じられる一段でした。
そして敬語の一つひとつが、この物語の距離感――誰が敬われ、誰が誰に仕えているのか――をそのまま映しています。文法を押さえることが物語を深く読むことに直結する、その好例といえるでしょう。
- 986年(寛和2年)一条天皇が7歳で即位する
- 999年(長保元年)9月19日宮中の猫が子を産み、東三条院詮子・左大臣藤原道長・右大臣藤原顕光による「産養い」が行われる。猫の乳母には馬の命婦が任じられる(『小右記』の記録)
- 年次不明猫が「かうぶり」=五位を授かり、「命婦のおとど」と呼ばれるようになる(『枕草子』の記述)
- 1000年(長保2年)3月ごろか翁丸が猫に走りかかり、「犬島」へ追放される(この章段の出来事と推定されている)
- 追放から三、四日後戻ってきた翁丸が打たれ、いったん別の犬とされるが、涙によって正体が判明し罪を許される
- 1011年一条天皇が譲位し、同じ年に亡くなる

以上、枕草子「上にさぶらふ御猫は」のまとめでした!古典って堅苦しいイメージがあるけど、こんなに人間(と動物)くさいエピソードが詰まってるんだ。下の記事で枕草子のほかの名場面や、清少納言・平安時代の宮廷文化もあわせて読んでみてね!
📅 最終確認:2026年9月 / 原文は三巻本系の通行本文(高校の教科書で広く使われている本文)に準拠
「古典の改め」『枕草子』全文(底本:岩瀬文庫蔵柳原紀光自筆本=三巻本系)(2026年9月確認)
「フロンティア古典教室」「上に候ふ御猫は」現代語訳・解説・品詞分解(2026年9月確認)
「減点されない古文」「上にさぶらふ御猫は」(2026年9月確認)
北村季吟『枕草子春曙抄』(池田亀鑑校訂、岩波書店〈岩波文庫〉、昭和22〜23年)/国立国会図書館デジタルコレクション(2026年9月確認)
赤間恵都子「翁丸事件――長徳の変の記憶」(三省堂「ことばのコラム」/『枕草子日記的章段の研究』発刊に寄せて)(2026年9月確認)
奥山景布子「平安時代のペット事情」(集英社「学芸の森」連載)(2026年9月確認)
名古屋刀剣ワールド「平安時代のペットは猫が人気?」(『小右記』長保元年9月19日条の書き下しを掲載)(2026年9月確認)
ヒストリスト(山川出版社)「一条天皇」(2026年9月確認)
コトバンク「命婦」「敦康親王」(デジタル大辞泉・日本大百科全書)(2026年9月確認)
Weblio古語辞典「かうぶり」(2026年9月確認)
麻布大学プレスリリース「イヌが飼い主との再会時に情動の涙を流すことを発見」(2022年8月23日・『Current Biology』掲載)(2026年9月確認)
Wikipedia日本語版「一条天皇」「枕草子」「命婦の御許」「小右記」「犬島(犬の流刑地)」「藤原行成」「敦康親王」(2026年9月確認)
なお三巻本の校訂本文は著作権が存続する刊本にしかないため、本記事の原文は原本・影印による一次照合を経たものではなく、教科書と主要古文サイトで一致する三巻本系の通行字面に拠っています。
記事の誤りを発見された場合はお問い合わせください。確認後、修正します。
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