六波羅蜜寺の歴史と見どころ|空也上人像や御朱印・アクセスも解説

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六波羅蜜寺

もぐたろう
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今回は京都の六波羅蜜寺ろくはらみつじについて、わかりやすく丁寧に解説していくよ!教科書でおなじみの「空也上人像」の本物や、平清盛との意外な関係、御朱印・拝観料・アクセスまでまるごとまとめたよ◎

この記事を読んでわかること
  • 六波羅蜜の意味と読み方(「ろくはらみつ」と読む6つの修行)
  • 誰が建てたのか(951年・空也上人が創建)
  • 平清盛との関係(六波羅は平家一族の本拠地だった)
  • 見どころ(空也上人立像・平清盛坐像・秘仏十一面観音)
  • 御朱印・拝観料・アクセス(修学旅行・観光で役立つ実用情報)

京都・東山。観光客であふれる清水寺のすぐ近くに、ひっそりと建つ小さなお寺があります。それが六波羅蜜寺です。「地味そう」「マイナーなお寺かな?」と思って通り過ぎてしまう人も少なくありません。

でも、実はこのお寺、日本の仏教史を大きく変えた名僧・空也上人が自ら建てた由緒あるお寺なんです。しかもここは、かつて平清盛をはじめとする平家一族が5,200棟あまりの屋敷を構えた一大拠点でもありました。教科書に必ず載っている、あの「口から6体の仏が飛び出した空也上人像」の本物を間近で見られるのも、この六波羅蜜寺だけ。小さなお寺に、これでもかと歴史が詰まっているんです。

六波羅蜜寺の本堂(重要文化財)
朱色が美しい六波羅蜜寺の本堂(重要文化財)/出典:Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

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六波羅蜜とは?その意味と読み方

六波羅蜜とは(3行まとめ)
  • 読み方は「ろくはらみつ」(お寺の名前は「ろくはらみつじ」)。
  • 仏教でさとりに至るための6つの修行のこと。
  • 6つとは「布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧」。これを修めるお寺だから「六波羅蜜寺」。

六波羅蜜(ろくはらみつ)とは、仏教において菩薩ぼさつがさとりに至るために実践する6つの修行のことを言います。「波羅蜜」はサンスクリット語の「パーラミター」を漢字に当てたもので、「向こう岸(=さとりの世界)へ渡る」という意味を持っています。

その6つとは、次のとおりです。

  • 布施ふせ……見返りを求めず人に施すこと
  • 持戒じかい……戒律を守り、正しく生きること
  • 忍辱にんにく……苦しみや屈辱に耐えること
  • 精進しょうじん……たゆまず努力を続けること
  • 禅定ぜんじょう……心を落ち着け集中すること
  • 智慧ちえ……真理を見極める正しい知恵を持つこと

つまり「六波羅蜜寺」という名前には、「これらの修行を実践し、人々をさとりへ導くお寺」という願いが込められているのです。

ゆうき
ゆうき

修学旅行で行くんだけど、そもそも「六波羅蜜寺」って読み方むずかしくない?なんて読むの?

もぐたろう
もぐたろう

「ろくはらみつじ」って読むよ!読みづらいけど、意味がわかると覚えやすいんだ。仏教の6つの修行=六波羅蜜を修めるお寺、だから「六波羅蜜寺」。漢字の意味とセットで覚えると忘れにくいよ◎

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六波羅蜜寺を建てた空也上人とは?

空也上人立像(六波羅蜜寺・康勝作)
教科書でおなじみの空也上人立像。口から6体の阿弥陀仏が出ている/出典:Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

空也上人くうやしょうにん(903〜972年)は、平安時代の中ごろに活躍したお坊さんです。当時の仏教は、貴族や一部のお寺だけのものでした。難しい経典を読み、お金をかけて立派なお堂を建てられる人だけが救われる——そんな時代だったのです。

空也上人は、その仏教を庶民のもとへ持ち出した人でした。京都の市中を歩き回り、「南無阿弥陀仏なむあみだぶつ」と念仏ねんぶつを唱えながら、誰でも実践できる救いを説いて回ったのです。難しい修行も、立派なお堂もいらない。ただ阿弥陀仏の名を唱えるだけでいい——。その教えは、文字も読めない多くの人々の心をつかみました。彼が「市聖いちのひじりいちのひじり)」と呼ばれたのは、市(まち)の人々のなかに身を置いて教えを広めたからです。

空也上人
空也上人

わしが「南無阿弥陀仏」を民に広めたのじゃ。難しい修行も、ぶ厚い経典もいらん。ただ仏の名を唱えるだけでよい。それだけで阿弥陀さまが必ず迎えに来てくださる。貧しき者も、文字を知らぬ者も、誰一人として見捨てぬ——それがわしの願いじゃ。

もぐたろう
もぐたろう

「念仏を唱えれば救われる」という考え方は、このあと法然や親鸞、一遍といった鎌倉時代の名僧へと受け継がれていくよ。つまり空也上人は、のちの浄土信仰の大きな源流になった人なんだね。教科書で名前を見たことがある人も多いはず◎

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六波羅蜜寺の歴史をわかりやすく解説

■誰が建てた?空也上人と創建(951年)

六波羅蜜寺を建てたのは、先ほど紹介した空也上人です。創建は951年(天暦5年)。当初は「西光寺さいこうじ」という名前のお寺でした。

当時の京都では疫病えきびょうが大流行し、多くの人々が命を落としていました。空也上人は、人々を救うために自ら十一面観音像じゅういちめんかんのんぞうを造り、車に乗せて市中を引き回しながら念仏を唱え、病に苦しむ人々にお茶をふるまったと伝えられています。そうして開いたお寺が、現在の六波羅蜜寺の始まりです。空也上人の没後、977年(貞元2年)に比叡山延暦寺の僧・中信がこのお寺を拡充して「六波羅蜜寺」と改名し、天台宗の別院としました。以後も念仏の教えを伝える寺として大切に守られていきました。

空也の念仏茶(くうやのねんぶつちゃ)

空也上人は疫病の流行中、梅干うめぼし・昆布・砂糖などを入れた特製のお茶を病人にふるまいながら「南無阿弥陀仏」と念仏を唱え歩きました。これが「念仏茶」の起源とされています。この伝承は今も脈々と受け継がれており、毎年12月13日の「空也忌万灯供養くうやいきまんとうくようでは、六波羅蜜寺を参拝した人々に念仏茶が振る舞われます。1000年以上前に始まった習わしが、現代でも続いているのです。

平治物語絵巻(六波羅行幸巻)
平治物語絵巻「六波羅行幸巻」。平家軍が六波羅の地に集結する様子を描いた絵巻物/出典:Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

■平清盛との関係・平家の本拠地「六波羅殿」

平清盛の肖像
平清盛。六波羅一帯に平家一族の拠点を築いた/出典:Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

六波羅蜜寺のあるこの一帯は、「六波羅ろくはら」と呼ばれていました。そして平安時代の終わりごろ、この六波羅を一族の本拠地にしたのが、あの平清盛を中心とする平家へいけ一族でした。

平家はこの地に多くの屋敷を建て、その数は最盛期には5,200棟あまりにものぼったと『平家物語』は伝えています。一族の屋敷が立ち並ぶこの拠点は「六波羅殿」「六波羅第ろくはらだい」などと呼ばれ、平家の栄華を象徴する場所となりました。つまり、現在の静かなお寺のまわりは、かつて平家一門でにぎわう一大政治拠点だったのです。

平清盛
平清盛

六波羅は、わが平家一門の本拠地じゃ。5,200棟あまりの屋敷が立ち並ぶ一大拠点を、この地に築き上げた。時忠が「平家にあらずんば人にあらず」と豪語していたようだが——まさに我が一門の栄華を体現した場所よ。

しかし1185年、だんうらの戦いで平家は滅亡します。その後この六波羅の地には、鎌倉幕府が朝廷や西国を監視するための役所「六波羅探題」を設置しました。平家の本拠地が、今度は幕府の西の拠点になったわけです。歴史の表舞台に何度も登場してきた——それがこの六波羅という土地なのです。

平清盛の壮絶な最期

栄華を誇った平清盛も、最後は壮絶な死を迎えました。1181年(治承じしょう5年)、清盛は激しい熱病に侵されます。『平家物語』はその様子を「水をかければたちまち蒸発するほどの高熱で、近くに寄ることもできぬほど」と伝えています。名僧の読経も薬も効かぬまま、六波羅に栄華を築いた清盛は64歳で息を引き取りました。清盛の死からわずか4年後、1185年に平家は壇ノ浦で滅亡します。

■応仁の乱を生き延びた本堂(重要文化財)

六波羅蜜寺の本堂は、室町時代の1363年(貞治2年)に再建されたものです。そして注目すべきは、この本堂が応仁の乱(1467〜1477年)を生き延びたという点です。

応仁の乱では京都の大部分が焼け野原となり、多くの寺社が灰になりました。そんななかで六波羅蜜寺の本堂は焼失をまぬがれ、創建から数えれば実に1000年以上、この地に建ち続けています。その価値が認められ、現在は国の重要文化財に指定されています。境内に入って真っ先に目に入る、朱色の美しいお堂——それが、この本堂です。

あゆみ
あゆみ

あの本堂、応仁の乱でも焼けずに残ったんですね…!週末に行く予定なんですが、それを知ってから見るとありがたみが違いそうです。

もぐたろう
もぐたろう

そうなんだよ!京都の多くのお寺は、応仁の乱で一度焼けて建て直されているんだ。だから戦火をくぐり抜けた本堂が今も残っているのは、本当にすごいこと。参拝するときは、ぜひこの朱色のお堂をじっくり眺めてみてね◎

六波羅蜜寺の見どころ

六波羅蜜寺の見どころは、なんといっても宝物館「令和館」に納められた仏像の数々です。空也上人立像や平清盛坐像など、教科書級の名宝が間近で見られます。令和館の拝観には600円(大人)が必要ですが、その価値は十分。境内には、銭洗い弁財天やなで牛など、無料で楽しめる見どころもたくさんあります。順番に紹介していきましょう。

■空也上人立像(令和館)

空也上人立像(康勝作・六波羅蜜寺)
教科書でおなじみの空也上人立像。口から6体の阿弥陀仏が飛び出す独特の造形/出典:Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

六波羅蜜寺といえば、この空也上人立像です。教科書や資料集でおなじみの、あの像。口元から細い針金が伸び、その先に6体の小さな阿弥陀仏が連なっている、独特の造形で知られています。

これは、空也上人が「南・無・阿・弥・陀・仏」と6文字の念仏を唱えると、その一声一声が阿弥陀仏となって口から現れた——という伝承を、目に見える形で表現したものです。手に鹿しかの角のついた杖を持ち、胸に金鼓きんこを下げて市中を歩いた在りし日の姿が、生き生きと刻まれています。作者は、運慶の四男・康勝(こうしょう)。鎌倉時代を代表する仏師の一人で、写実的で力強い作風が高く評価されています。国の重要文化財です。

康勝が込めた「念仏の奇跡」

口から伸びる針金の先に6体の阿弥陀仏を吊るすというデザインは、鎌倉時代の彫刻として異例の発想です。「南無阿弥陀仏」の6文字それぞれが仏に化身するという伝承を、そのまま立体的に表現した。康勝の技術と信仰心が一体となった傑作とも言えます。像は空也上人が70代の頃の姿を想像して制作されたとも伝わり、しわ・筋肉・表情のリアルさは見る者を圧倒します。

ゆうき
ゆうき

これ、教科書で見たやつだ!口から小さい仏様がいっぱい出てるやつ。あの本物が、ここで見られるってこと…!?

もぐたろう
もぐたろう

そう、まさにあの像の本物!写真でしか見たことがない人がほとんどだから、令和館で実物を目の前にすると感動するよ。間近で見ると6体の仏様の細かさにびっくりするはず。修学旅行のクラスメイトにもぜひ教えてあげてね◎

■平清盛坐像(令和館)

平清盛像(天子摂関御影)
平清盛(天子摂関御影より)。六波羅を拠点に栄華を極めた平家の総帥/出典:Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

令和館でもう一つ見逃せないのが、平清盛坐像です。出家後の清盛が、経巻きょうかんを手に静かに座る姿をあらわした像で、鎌倉時代の作と伝えられています。きりりと引き締まった表情、衣のしわまで丁寧に彫り込まれた写実的な造形は見ごたえ十分。教科書で「平清盛」の名前を知っていても、その姿をかたどった像を間近で見られる機会はそうそうありません。空也上人立像とあわせて、令和館の二大名宝といえる存在です。

■12年に1度だけ見られる!秘仏・十一面観音菩薩

六波羅蜜寺の本尊は、空也上人が自ら造ったと伝わる十一面観音菩薩立像です。これは国の重要文化財に指定されていますが、ふだんは公開されていません。12年に1度、辰年(たつどし)のときだけ御開帳される、いわゆる「秘仏ひぶつ」なのです。

直近では2024年(辰年)に御開帳されました。つまり次にこの本尊を拝めるのは、12年後の2036年ということになります。ふだんは厨子の扉が閉じられているため、参拝のタイミングによっては「秘仏に会えなかった」となることも。逆に言えば、御開帳の年に参拝できれば、それはとても貴重な体験になります。

次の御開帳は2036年(辰年)の予定。12年に1度しか会えない秘仏なので、御開帳の年に参拝できたらかなりラッキーです。御開帳の有無や日程は変わることもあるため、訪れる前に公式サイトで確認しておくと安心です。

■弁財天堂と都七福神まいり

弁財天(厳島神社・七福神)
著作者:Fabio from Rome, Italy / 出典:Wikimedia Commons / ライセンス:CC BY 2.0(https://creativecommons.org/licenses/by/2.0/)

六波羅蜜寺は、京都の「都七福神まいり(みやこしちふくじんまいり)」の一つに数えられています。都七福神まいりとは、京都にある七福神をまつる7つの寺社をめぐる、福を授かるための巡礼のこと。そのなかで六波羅蜜寺は弁財天べんざいてん(弁天さま)を担当しています。弁財天は財福・芸能・知恵をつかさどる神さまとして親しまれています。

特に毎年1月の正月期間は、都七福神まいりの参拝者でにぎわいます。元旦から授与される初稲穂はつほ(はつほ)は数量限定のため、三が日には本堂前に列ができるほどの人出になります。お正月に京都で福を授かりたい人にはおすすめのスポットです。

■銭洗い弁財天・なで牛・阿古屋塚

境内には、参拝とあわせて楽しめる見どころが点在しています。

  • 銭洗い弁財天……ザルに入れたお金を弁天さまの水で洗うと、金運がアップすると伝わります。洗ったお金は使ってこそご利益があるとされ、財布に入れて大切に使うのがおすすめ。
  • なで牛……自分の体の悪いところと牛の同じ部分をなでると、病気が治るといわれる撫で牛。健康祈願のスポットです。
  • 阿古屋塚あこやづか……『平家物語』ゆかりの遊女・阿古屋を供養するためのものと伝わる塚。阿古屋は平景清たいらのかげきよの愛人とされ、壇ノ浦の後に景清の行方を問い詰められた際、琴・三線さんしん胡弓こきゅうを弾いてその心中を証明したという伝説が残ります。歌舞伎「壇浦兜軍記(だんのうらかぶとぐんき)」の名場面としても知られ、六波羅と平家との深い縁を感じさせる史跡です。

■開運推命おみくじ

六波羅蜜寺で人気なのが、ちょっと変わった開運推命おみくじです。一般的なおみくじは引いて運勢を占いますが、こちらは自分の生年月日をもとに、その年の運勢や開運のアドバイスを教えてくれる占い形式のおみくじ。受付で生年月日を伝えると、一人ひとりに合わせた内容を授けてもらえます。「当たる」と評判で、わざわざこのおみくじを目当てに訪れる人もいるほど。参拝の記念にもぴったりです。

あゆみ
あゆみ

銭洗い弁財天って気になります!お金を洗うと本当に増えるんでしょうか…?生年月日で占うおみくじも面白そう。

もぐたろう
もぐたろう

「洗ったお金は貯めこまず、使ってこそご利益がある」っていわれているよ。お賽銭にしたり、お守りを買ったりするのが定番。開運推命おみくじとあわせて、ちょっとした楽しみとして体験してみるのがおすすめだよ◎

御朱印情報|種類・受付場所・時間

六波羅蜜寺は御朱印の種類が豊富なことでも知られ、御朱印集めが好きな人に人気のお寺です。複数の霊場れいじょうの札所を兼ねているため、いただける御朱印が何種類もあります。

  • 西国三十三所第17番(十一面観音)
  • 洛陽三十三所第15番
  • 都七福神(弁財天)
  • 御詠歌 ほか

御朱印の受付は、本堂内の納経所で行っています。受付時間は8:30〜16:30が目安(境内閉門に準じる)。オリジナルの御朱印帳も用意されています。複数の霊場を兼ねているので、どの御朱印が欲しいかを受付で伝えるとスムーズです。

あゆみ
あゆみ

御朱印がこんなに種類あるんですね!都七福神の御朱印も、ここで一緒にいただけるんですか?

もぐたろう
もぐたろう

うん、六波羅蜜寺は都七福神の弁財天を担当しているから、ここで弁財天の御朱印がいただけるよ。西国三十三所をめぐっている人にとっても外せない札所なんだ。御朱印は参拝のあとにいただくのがマナーだから、まずはお参りをすませてから納経所へ向かおう◎

六波羅蜜寺についてよくある質問

「ろくはらみつじ」と読みます。「六波羅蜜」は仏教の6つの修行を意味し、それを修めるお寺という意味の名前です。

951年に空也上人(くうやしょうにん)が建立しました。当初は「西光寺」という名前で、のちに「六波羅蜜寺」と改名されました。

境内の宝物館「令和館」で見ることができます。拝観料は大人600円・高校〜大学生500円・小学生400円です。教科書でおなじみの本物を間近で鑑賞できます。

専用駐車場はありません。周辺のコインパーキングを利用するか、公共交通機関でのアクセスがおすすめです。東山エリアは道が狭く混雑しやすいため、電車・バスが便利です。

本尊の十一面観音菩薩立像は、12年に1度・辰年のときだけ御開帳される秘仏です。直近は2024年に公開され、次回は2036年の予定です。

本堂内の納経所で、8:30〜16:30を目安に受け付けています(境内閉門に準じる)。西国三十三所・洛陽三十三所・都七福神(弁財天)など複数の御朱印をいただけます。

清水寺から徒歩約15分ほどです。建仁寺や安井金比羅宮とも徒歩圏内にあるので、東山エリアをまとめて散策するセット参拝がおすすめです。

まとめ:六波羅蜜寺のアクセス・拝観料

最後に、六波羅蜜寺の基本情報とアクセスをまとめておきます。清水寺・建仁寺と徒歩圏内なので、東山観光のルートに組み込みやすいお寺です。

六波羅蜜寺の基本情報
  • 寺院名:六波羅蜜寺(ろくはらみつじ)
  • 住所:京都府京都市東山区轆轤町81-1
  • 拝観料:境内無料/令和館(宝物館)大人600円・高校〜大学生500円・小学生400円
  • 拝観時間:開門8:30〜閉門16:30/令和館9:00〜16:15(受付16:00まで)

※六波羅蜜寺公式サイト(rokuhara.or.jp)より(2026年6月確認)

【電車でのアクセス】
京阪電車「清水五条駅」下車 → 徒歩約7分
阪急電車「京都河原町駅」下車 → 徒歩約15分

【バス・駐車場】
市バス「清水道」バス停下車 → 徒歩約7分(206系統が便利)
専用駐車場なし(周辺のコインパーキングを利用)

拝観料・拝観時間は変更になる場合があります。本記事は2026年6月時点の情報です。お出かけ前に、必ず六波羅蜜寺公式サイト(rokuhara.or.jp)で最新情報をご確認ください。

六波羅蜜寺の年表
  • 951年
    空也上人が西光寺(現・六波羅蜜寺)を創建
  • 972年
    空也上人が没する
  • 977年
    延暦寺の僧・中信が「西光寺」を「六波羅蜜寺」に改名、天台宗別院とする
  • 12世紀
    平清盛ら平家一族が六波羅に拠点「六波羅殿」を構える(最盛期で屋敷5,200棟余)
  • 1185年
    壇ノ浦の戦いで平家が滅亡する
  • 1221年
    承久の乱後、鎌倉幕府が六波羅に「六波羅探題」を設置
  • 1363年
    現在の本堂が再建される(のちに国の重要文化財に指定)
  • 1467〜1477年
    応仁の乱で京都の大部分が焼失するが、本堂は焼け残る
  • 2022年
    宝物館「令和館」が開館(空也上人立像・平清盛坐像などを展示)

もぐたろう
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以上、六波羅蜜寺のまとめでした!小さなお寺だけど、空也上人の念仏・平家の栄華・教科書級の名宝と、見どころがぎゅっと詰まっているんだ。清水寺や建仁寺とあわせて回れば、東山観光が1日で充実するよ。下の記事もあわせて読んでみてね◎

参考文献

六波羅蜜寺公式サイト(rokuhara.or.jp)(2026年6月確認)
Wikipedia日本語版「六波羅蜜寺」「空也」「平清盛」(2026年6月確認)
コトバンク「六波羅蜜寺」「空也」「六波羅蜜」(デジタル大辞泉・日本大百科全書)(2026年6月確認)
山川出版社『詳説日本史』

記事の誤りを発見された場合はお問い合わせください。確認後、修正します。

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この記事を書いた人
もぐたろう

教育系歴史ブロガー。
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