

今回は滋賀県の彦根城について、歴史・見どころ・アクセスをわかりやすく丁寧に解説していくよ!修学旅行や週末旅行の前にぜひ読んでみてね!
🏯 この記事について:観光・修学旅行向け解説記事
📅 掲載情報:2026年6月時点(拝観料・営業時間は彦根城公式サイトで要確認)
「国宝として大切に守られてきた城」——彦根城に対して、そんなイメージを持っていませんか?
実は彦根城は、明治時代に2度も取り壊されそうになっていたのです。明治政府の廃城令で破却リストに名前が載り、危うく解体寸前まで追い込まれました。ところが、北陸を巡幸していた明治天皇が彦根に立ち寄ったことで奇跡的に保存が決まり、現在は全国でわずか12城しか残らない現存天守のひとつとして国宝に指定されています。
この記事では、修学旅行・週末旅行で彦根を訪れる前に知っておきたい彦根城の歴史・見どころ・アクセス情報を、まるごとわかりやすく解説していきます。
彦根城とは?国宝に指定された現存天守の城
① 滋賀県彦根市にある江戸時代初期築城のお城(1604年着工・1622年ほぼ完成)
② 全国で12城しか残らない現存天守のひとつ。1952年に国宝に指定
③ 譜代大名の筆頭・井伊家の居城で、幕末の大老井伊直弼を輩出した
彦根城は、滋賀県彦根市にある近世城郭で、江戸時代を通じて井伊家が城主を務めた譜代大名の本拠地です。城のある金亀山から、別名「金亀城」とも呼ばれます。
もっとも有名なのは、城の中心にそびえる国宝・天守です。江戸時代以前に建てられた天守がそのまま残る城は、現存天守と呼ばれます。現存天守は全国でわずか12城。そのうち国宝に指定されているのは姫路城・松本城・犬山城・松江城・彦根城の5城のみです。彦根城は、その5つの国宝天守のひとつとして観光・修学旅行の定番スポットになっています。
また、天守だけでなく天秤櫓・太鼓門櫓・西の丸三重櫓・馬屋など多数の重要文化財建造物が現存しているのも彦根城の魅力です。江戸時代の城の姿をこれほどまとまった形で見られる場所は、全国でも数えるほどしかありません。

彦根城って、修学旅行で行くんだけど…結局どこがすごいの?ほかの城と何が違うの?

一番のポイントは、江戸時代に建てられた本物の天守がそのまま残っていること!大阪城や名古屋城は戦後にコンクリで建て直したんだけど、彦根城は400年前の建物がそのまま立ってるんだ。日本中で12城しかない超貴重なお城だよ!

彦根城の歴史:関ヶ原から幕末まで
彦根城は、江戸幕府が西国の大名(豊臣方の残党や外様大名)を抑え込むための前線基地として築かれました。関ヶ原で徳川家康に最大の貢献をした井伊家がこの地に置かれたのも、家康がいかにこの土地を戦略的に重視していたかを物語っています。
ここでは、関ヶ原から幕末・明治までの彦根城の歴史を、井伊家4人の主役人物に沿って追いかけていきます。
■ 井伊直政と関ヶ原の戦い
彦根城の物語は、井伊直政から始まります。直政は徳川家康の家臣として武功を重ね、「徳川四天王」の一人に数えられた猛将です。赤一色で揃えた軍装「井伊の赤備え」は、戦国時代でもっとも恐れられた精鋭部隊として知られていました。
もともと赤備えは、武田信玄の精鋭軍団のトレードマークでした。信玄亡き後、その部下の山縣昌景が率いた赤備えの強さに憧れた直政は、武田遺臣を大量に召し抱え、その戦法と精神を丸ごと受け継いだのです。武田の赤備えを継承した井伊の赤備えは、関ヶ原で戦場をまっ先に切り裂く「最強の突撃部隊」として恐れられ、敵に「あの赤い鎧の軍団が来た」と言わせるほどの存在感を放っていました。
1600年(慶長5年)、関ヶ原の戦いで直政は東軍の先鋒として大活躍。西軍の有力武将を次々と打ち破り、戦後その功績によって近江国佐和山18万石(のち石高は加増される)を与えられました。家康が西国を抑える要として、もっとも信頼する直政を据えたわけです。


この近江の地は、徳川の西国を守る要じゃ。豊臣の残党どもが大坂で動き出せば、まずここで食い止めねばならぬ。命に代えても築城を成し遂げよ——。
しかし直政は、関ヶ原で受けた鉄砲傷が原因で1602年(慶長7年)に42歳で死去。彦根城を築く前に世を去ってしまいます。築城を実際に進めたのは、跡を継いだ息子の直継と、その弟の直孝でした。
■ 彦根城の築城(1604年〜1622年)
彦根城の築城が始まったのは1604年(慶長9年)。徳川家康・秀忠の命令により、近隣の7か国12大名が動員される天下普請(幕府主導の築城)で進められました。これは、彦根城が単なる一大名の城ではなく、幕府にとっての国家プロジェクトだったことを意味しています。
築城資材には、周辺の佐和山城(石田三成の旧居城)・大津城・長浜城・小谷城などの廃城から、石垣・木材・建物が惜しみなく転用されました。特に天守は、京極氏の大津城の4重5階天守を3重3階に縮小して移築したものと伝えられています。
大津城は関ヶ原の前哨戦で激しい攻撃を受けたにもかかわらず落城しなかった「縁起の良い城」。家康はその縁起にあやかって彦根城に天守を移したと伝えられています。建材を一から切り出すよりも、すでにある建物を解体して運ぶ方がコスト・工期ともに節約できたという事情もありました。
築城は20年近くにおよぶ大工事で、城下町の整備まで含めて1622年(元和8年)にほぼ完成。井伊家はこのとき近江・上野・下野などで合計30万石(のち35万石)を領する譜代大名最大の家となり、幕末まで続く彦根藩の基礎が出来上がりました。
■ 幕末の動乱と井伊直弼
彦根城主としてもっとも有名な人物が、幕末に大老を務めた井伊直弼です。彦根藩16代藩主であり、1858年(安政5年)に幕府最高位の大老に就任しました。

直弼は大老就任直後の1858年、勅許(天皇の許可)を得ないまま日米修好通商条約に調印。さらに将軍継嗣問題で一橋派を強硬に弾圧する安政の大獄を断行し、吉田松陰や橋本左内ら多数の志士・大名を処罰しました。

彦根城は、われら井伊家が徳川を守るために命をかけて築いた城じゃ。たとえ「独裁者」と罵られても、この国を異国から守るためには誰かが嫌われ役にならねばならぬ——。
強引な政治運営は反感を呼び、直弼は1860年3月3日、桜田門外の変で水戸藩の脱藩浪士らに襲撃されて暗殺されてしまいます。
1860年3月3日の朝は、江戸城桜田門の外に30センチもの雪が積もっていた。直弼の行列60名に対し、水戸・薩摩の脱藩浪士18名が四方から一斉に斬り込んだ。護衛の侍たちは雪よけのために刀に袋をかけており、とっさに抜刀できなかったといわれます。直弼は駕籠の中で刀を抜いて応戦しようとしましたが、乱戦のなかで首を取られてしまいました。大老の首が道端に転がるという、江戸時代を通じて前代未聞の衝撃的な事件は、幕府の権威失墜を全国に知らしめました。
江戸城のすぐ目の前で大老が斬殺されるというこの事件は、幕府の権威を大きく揺るがし、明治維新への流れを決定づけました。
※井伊直弼の生涯と桜田門外の変について詳しくは、井伊直弼の解説記事をあわせてご覧ください。
■ 明治の廃城令と2度の保存劇
明治維新後の1873年(明治6年)、新政府は廃城令を発布します。これは、軍事的に不要となった城を取り壊して土地を活用する政策で、全国の城の大半が破却対象となりました。彦根城も例外ではなく、一度は解体リスト入りを果たしてしまいます。
運命が変わったのは1878年(明治11年)。北陸・東海地方を巡幸していた明治天皇が彦根に立ち寄り、解体寸前の天守を目にしました。同行していた大隈重信がその文化的価値を訴え、天皇の意向を受けて彦根城の保存が決定します。あと一歩遅ければ、現在の国宝天守は永遠に失われていたわけです。
📝 「2度取り壊されそうになった」の2度とは?
【1度目】 明治6年(1873)の廃城令で破却対象に → 解体寸前まで進む
【2度目】 廃城令後、陸軍の管理下で本丸御殿などが実際に取り壊される中、天守も解体対象になりかけた → 明治11年(1878)の明治天皇の北陸巡幸と大隈重信の進言で保存が確定
彦根城は「2度の危機」を乗り越えて今に伝えられています。
当時、彦根城の建造物は「不用武器」として競売にかけられる寸前まで進んでいたといわれます。同じ時期、姫路城は10円で競売に付されたという記録が残っており(落札した男性が保存のために買ったとされる説もあります)、彦根城も同様の運命をたどる可能性があったのです。明治天皇の偶然の立ち寄りがなければ、国宝天守は今ここに存在していなかったかもしれません。
その後、1952年(昭和27年)に文化財保護法のもとで天守・附櫓・多聞櫓が国宝に指定。さらに天秤櫓・太鼓門櫓・三重櫓・馬屋などが重要文化財に指定されています。1956年には城跡全体が特別史跡に指定され、現在は世界遺産候補としても登録活動が進められています。

本当に偶然の積み重ねなんだよね。明治天皇がたまたま立ち寄らなければ、いま僕たちが見ている彦根城は存在しなかった……そう思うとこの城を見上げる気持ちが変わるよね!
彦根城の見どころ:天守・重文建造物をひとつずつ解説
彦根城は「現存天守+重文建造物のフルセット」がそろう全国でも珍しい城です。多くの城が天守だけ残っている、あるいは復元天守だけ建てているのに対し、彦根城は天守・櫓・門・馬屋・石垣など、江戸時代の城の構造をひと通り見学できます。修学旅行で行く場合は「天守だけ見て終わり」ではもったいない、というのが現地での実感です。

彦根城って天守以外にも見るところがたくさんあるんですか?週末旅行で行く予定なんですが、どのくらい時間を見ておけばいいでしょうか?

天守だけなら30〜60分、城内全体なら1.5〜2時間はみておきたいかな。玄宮園・楽々園や博物館まで回るなら3時間くらいかかるよ!ここからは、特に必見の建造物を一つひとつ紹介していくね!
■ 国宝・天守
彦根城の象徴である国宝天守は、3層3階の比較的小ぶりな天守です。最大の特徴は、切妻破風・入母屋破風・唐破風といったさまざまな種類の屋根装飾と、最上階に並ぶ花頭窓(火灯窓)の優雅さです。シンプルなのに装飾性が高く、戦国期の実戦的な要素と桃山文化の華やかさが融合した姿は、姫路城とはまた違う「凝縮された美しさ」を持っています。
内部は実際に入ることができ、急な階段を上って最上階に到達すると、彦根の城下町と琵琶湖を一望できます。ただし階段は急で狭いため、混雑時は順番待ちが発生します。修学旅行など団体での見学は、平日の朝が比較的スムーズです。
■ 天秤櫓(重要文化財)

天秤櫓は、本丸へ向かう途中の通路にある独特な形の櫓です。中央に橋(廊下橋)を渡し、左右に2階建ての櫓を配したT字型・H字型の構造で、その形が天秤に似ていることから名付けられました。左右対称に見えてじつは細かい寸法が違うのがマニアックな見どころで、攻め込んできた敵を上から挟み撃ちできる仕掛けになっています。
非常時には橋を落として敵の侵入を防げる構造になっており、まさに「美しさ」と「実戦」を両立した櫓です。同じ形式の天秤櫓は全国でも彦根城だけといわれています。
■ 太鼓門櫓(重要文化財)
太鼓門櫓は、本丸の入口を守る最後の関門です。城内に時刻を告げる太鼓が置かれていたことから「太鼓門」と呼ばれます。櫓の背面が高欄付きの廊下になっており、外側からは見えない通路が確保されている珍しい構造です。これは別の城から移築されたものと考えられており、廃城になった城の建物を有効活用した江戸初期ならではの工夫が見て取れます。
■ 西の丸三重櫓・続櫓(重要文化財)
西の丸三重櫓は、本丸の西側を守る3層の櫓で、西側からの敵に備える要となる建物でした。続櫓と続塀が一体となって防衛ラインを構成しています。西の丸からは琵琶湖が遠くに望め、彦根城の中でも屈指の眺望スポットです。観光客が少ない穴場でもあるので、ゆっくり城を眺めたい人にはおすすめです。
■ 馬屋(重要文化財)

馬屋は、藩主の馬を飼育していた建物です。城内に現存する馬屋は全国でも彦根城だけといわれる超貴重な遺構。L字型に長く伸びた建物の中に、馬を1頭ずつ繋ぐ仕切りが並んでおり、当時の様子をリアルに想像できます。表門のすぐ近くにあり、見学は無料。チケット売り場のそばなので、入城前にぜひ立ち寄ってみてください。
■ 登り石垣
登り石垣は、山の斜面に縦方向に築かれた石垣のことです。横方向に積む通常の石垣と違い、山頂の本丸まで斜面を這うように続いており、敵が斜面を横切って移動するのを防ぐ役割があります。もとは豊臣秀吉の朝鮮出兵の際に日本の武将たちが朝鮮半島で築いた技術で、国内に残る登り石垣は彦根城・松山城・洲本城など数えるほどしかありません。お城マニアにとっては垂涎の遺構です。
■ いろは松
いろは松は、表門に通じる中堀沿いの並木道です。江戸時代に47本の松が植えられ、「いろは47文字」にちなんで名付けられました。彦根城観光のスタート地点として、城の風情を最初に感じられる場所です。落ちた松葉が馬や駕籠の役人を傷つけないよう、葉に粘り気のない種類の松(土佐松)が選ばれた、というエピソードが残されています。

馬屋・天秤櫓・登り石垣は彦根城ならではの「全国でもここだけ」級の見どころ!修学旅行のしおりに書き込めるネタとして、テストで……じゃなくて現地で「これ知ってる!」と感動できるはずだよ!
玄宮園・楽々園:城内の大名庭園
彦根城を訪れたら、ぜひあわせて立ち寄りたいのが、城のすぐ北側にある大名庭園玄宮園と楽々園です。彦根藩主・井伊家が日常生活と賓客のもてなしに使った空間で、彦根城・玄宮園の共通券(一般1,000円)でそのまま入れます。
■ 玄宮園

玄宮園は、1678年(延宝6年)に彦根藩5代藩主・井伊直興が造営した池泉回遊式庭園です。中央の池に島々と橋を配し、水辺を歩きながら景色の変化を楽しむ江戸時代を代表する大名庭園のひとつ。名前は、中国の唐の玄宗皇帝の離宮「玄宮」にちなんで付けられました。
この庭園の最大の魅力は、なんといっても池越しに彦根城天守を望む借景です。手前に水面と松、背景に小高い山と天守がそびえる構図はまさに絵に描いたような美しさ。SNS映え・観光写真の定番スポットになっており、週末旅行で訪れる人にもっとも勧めたいビューポイントです。
春は新緑、夏は青々とした水辺、秋は紅葉、冬は雪化粧と、四季ごとに表情を変えるのも特徴。特に11月中旬〜12月初旬の紅葉シーズンには夜間ライトアップ「玄宮園ライトアップ」が開催され、漆黒の闇に浮かび上がる天守と紅葉のコントラストが幻想的です。
■ 楽々園
玄宮園に隣接する楽々園は、藩主の日常生活と政務に使われた書院・茶室・庭園からなる御殿エリアです。「楽々の間」「地震の間」などユニークな名前の部屋が残っています。「地震の間」は耐震構造を意識して作られたといわれ、彦根藩の建築技術の高さがうかがえます。
また、楽々園は井伊直弼が生まれた場所でもあります。後に幕府の大老となる人物が、ここで産声を上げ、幼少期を過ごしました。歴史好きにとっては、井伊直弼の人生のスタート地点に立てる貴重な場所です。

玄宮園の紅葉ライトアップが見たいんですが、見頃の時期はいつ頃ですか?混みますか?

紅葉の見頃は例年11月中旬〜12月初旬!ライトアップは特に土日が混むから、平日夜が狙い目だよ。実施期間・時間は年によって変わるから、必ず彦根城公式サイトで確認してから出かけてね!
ひこにゃんに会おう!彦根城の人気キャラクター
彦根城に来たら絶対に外せない楽しみのひとつが、彦根市の公式キャラクターひこにゃんに会うことです。今や全国区の人気を誇るゆるキャラの元祖的存在で、修学旅行生にも社会人にも大人気。彦根城内・彦根城博物館前で毎日パフォーマンスを行っています。
■ ひこにゃんとは?誕生のきっかけと由来
ひこにゃんは、2007年(平成19年)に開催された彦根城築城400年祭のマスコットキャラクターとして誕生しました。デザインのモチーフは、井伊直孝(彦根藩2代藩主)を雷雨から救ったと伝わる「招き猫」と、井伊家の象徴である赤い兜(井伊の赤備え)。白い猫の頭に、井伊家ゆかりの朱塗りの兜をかぶった姿が、ひこにゃんのアイデンティティです。
築城400年祭の終了後も人気が衰えず、現在も彦根市が運営する公式キャラクターとして活躍中。「ゆるキャラブーム」の火付け役のひとりとして、地方公共団体のキャラクター戦略を変えた存在ともいわれています。
🐱 「招き猫伝説」って?
江戸時代、彦根藩2代藩主・井伊直孝が江戸の豪徳寺(東京都世田谷区)の前で雷雨にあった際、寺の白猫が手招きをして寺に招き入れた——そのおかげで雷雨を避けられた、という伝説があります。これが豪徳寺の招き猫の起源とされ、ひこにゃんのモチーフにもなっています。
■ ひこにゃんに会える場所と時間

ひこにゃんは、土日祝日を含めて毎日3回の登場スケジュールで活動しています。基本的な登場場所と時間は以下のとおりです(2026年6月時点)。
🐱 平日:彦根城天守前(10:30〜)/彦根城博物館前(13:00〜・15:00〜)
🐱 土日祝:彦根城博物館前(10:30〜・13:30〜・15:00〜)
※登場時間は約30分間。荒天時・行事のため変更・中止になる場合があります。最新スケジュールはひこにゃん公式サイトを必ず事前にチェックしてください。
ひこにゃん登場の15〜30分前から場所取りが始まり、特に休日は人気スポットの最前列を確保するのに苦労します。確実に最前列で写真を撮りたい場合は、登場の30分前到着がおすすめです。

修学旅行で行くんだけど、ひこにゃんに絶対会える?班別行動で時間が限られてるから、効率よく回りたいんだよね……。

修学旅行の班別行動なら13:00〜の彦根城博物館前パフォーマンスを狙うのがおすすめ!午前に天守を見て、お昼を食べて、13時にひこにゃんに会う——っていうルートが効率いいよ。当日朝に必ず公式サイトでスケジュールを確認してね!
■ ひこにゃんグッズの購入場所
ひこにゃんに会ったあとは、ぜひグッズ売り場にも立ち寄りましょう。城内の売店・四番町スクエア・夢京橋キャッスルロードの土産物店で多種多様なグッズが販売されています。ぬいぐるみ・キーホルダー・お菓子のほか、文房具・タオル・ファイルなど修学旅行のお土産にぴったりのアイテムがそろっています。後述する御城印にもひこにゃんバージョンがあり、コレクター人気の高い1枚です。
彦根城博物館・埋木舎・開国記念館
彦根城の楽しみは、天守と城内の建造物だけではありません。城のすぐ近くには本格的な大名文化を体感できる博物館や、井伊直弼の若き日の暮らしを伝える屋敷、幕末の開国に関する展示が点在しています。時間に余裕があれば、ぜひあわせて立ち寄りたい3つの施設をご紹介します。

■ 彦根城博物館
彦根城博物館は、表門から入ってすぐ左手にある博物館です。1987年(昭和62年)に、藩主の生活の場であった表御殿を復元する形で開館しました。能舞台や御座之間(藩主の居間)まで再現されており、建物自体が「歩いて入れる文化財」になっています。
展示の目玉は、井伊家に伝来した武具・甲冑・茶道具・能装束・絵画など約9万点。なかでも井伊の赤備え(赤い甲冑)の実物や、井伊直弼が愛用した茶道具は必見です。質・量ともに大名家の所蔵品としては全国屈指で、戦国時代から幕末までの井伊家400年の歴史を一度に体感できます。
入場料は一般700円・小中学生350円(彦根城とのセット券は一般1,500円・小中学生550円)。所要時間は40〜60分が目安です。修学旅行で行く場合は、城と博物館をセットで回ると「日本史で習った大名文化」が一気に立体的になります。
■ 埋木舎(うもれぎのや)
埋木舎は、井伊直弼が17歳から32歳までの15年間を過ごした屋敷です。場所は彦根城の中堀沿い、佐和口多聞櫓のすぐ前にあります。直弼は彦根藩主・井伊直中の14男として生まれましたが、当時は家督を継ぐ見込みがほとんどなく、ここでひっそりと暮らしていました。
「埋木舎」という名前は、「世に出る見込みのない埋もれ木のような自分にふさわしい家」という直弼自身の心境から付けたといわれます。世間からは忘れられたような立場でしたが、直弼はここで茶道・和歌・能楽・国学・禅などあらゆる文化を学び、後の大老・井伊直弼の知識と教養を培いました。

埋木舎ってどんな場所なんですか?大老になる前の直弼の暮らしぶりが見られるんでしょうか?

そのとおり!若き日の直弼が茶道や能楽を学んだ屋敷で、書院や茶室がそのまま保存されているんだ。ここで磨いた教養が後の政治家・井伊直弼の人格をつくったといわれているよ。大老就任前と幕末の悲劇とのギャップを感じられる、井伊直弼ファンには外せない場所なんだ!
現在は大人300円・中高生250円・小学生100円で見学できます。開館は10:00〜17:00、休館日は月曜(祝日の場合は翌日)。建物の中は写真撮影不可ですが、庭園は撮影できます。彦根城観光のついでに30分ほど立ち寄るのにちょうどよい規模です。
■ 開国記念館(無料)
開国記念館は、二の丸佐和口多聞櫓の隣にある資料館です。井伊直弼が結んだ日米修好通商条約や、日本の開国にまつわる資料を展示しています。建物自体は佐和口多聞櫓を1960年(昭和35年)に復元したもので、当時の城郭建築の雰囲気も同時に味わえます。
嬉しいのは入場無料なこと。さらに後述する御城印の販売所にもなっているため、お城観光の最後に立ち寄って、御城印を購入しつつ幕末の歴史を復習する——という回り方がおすすめです。開館時間は8:30〜17:00、12月25日〜31日のみ休館なので注意してください。
彦根城周辺のおすすめスポット
彦根城を見学した後は、ぜひ周辺のスポットにも足を伸ばしてみてください。城下町の風情を残す商店街や、井伊家ゆかりの寺、大正レトロな街並みなど、半日では回り切れないほどの観光スポットが彦根城の周りに広がっています。修学旅行の班別行動でも、週末旅行でも、彦根の魅力をぎゅっと体感できる4つの場所をご紹介します。

■ 夢京橋キャッスルロード
夢京橋キャッスルロードは、彦根城の大手門から京橋を渡ったところに広がる江戸時代の城下町を再現した商店街です。白壁と黒格子の街並みが約350mにわたって続き、土産物店・カフェ・蕎麦屋・ひこにゃんグッズ専門店など約60店舗が軒を連ねます。
名物グルメは、近江牛を使った串焼きや糸切り餅、赤こんにゃくなど滋賀ならではの味。観光の合間にちょこちょこ食べ歩きできるのが楽しいポイントです。修学旅行のお土産も、ここでひととおりそろいます。城を出てすぐの場所にあるので、城観光の前後どちらでも立ち寄りやすい立地です。
■ 四番町スクエア
四番町スクエアは、夢京橋キャッスルロードから歩いて数分の場所にある大正ロマン風の商業エリアです。レンガ造り風の建物・ガス灯風の街灯・石畳の歩道が並び、城下町とはまた違うレトロモダンな雰囲気が漂います。
近江牛のレストラン・カフェ・雑貨店・洋菓子店などおしゃれな店舗が多く、女子旅・カップル旅で人気のエリア。ひこにゃんに会えるイベントがここで開催されることもあるので、彦根観光の途中に通り抜けるだけでも楽しめます。夜はライトアップされ、写真映えするスポットとしてSNSでも人気です。
■ 龍潭寺(りゅうたんじ)

龍潭寺は、彦根城の北東、佐和山のふもとにある井伊家の菩提寺です。井伊家がもともと拠点としていた遠江国(静岡県浜松市引佐町)の龍潭寺を、井伊直政が彦根に移転して開いたお寺で、井伊家代々の位牌が祀られています。
このお寺の最大の見どころは、江戸時代初期の名作とされる2つの庭園です。書院前の方丈南庭は、白砂と石を組み合わせた枯山水庭園で「ふだらくの庭」と呼ばれます。さらに書院東庭の「鶴亀蓬莱の庭」は、池泉式庭園として国名勝級の美しさ。観光客が少なめで、紅葉の時期は特に静かに庭を楽しめる隠れた名所です。
拝観料は大人500円・中高生200円・小学生100円。彦根駅から徒歩約25分、または彦根駅から無料シャトルバス・タクシーでアクセスできます。「井伊家の歴史をより深く知りたい人」には外せないスポットです。
■ 清凉寺(せいりょうじ)
清凉寺は、龍潭寺のすぐ隣に建つ井伊家2代目藩主・井伊直孝が開いた曹洞宗の禅寺です。境内には井伊家代々の墓所があり、井伊直政・直孝・直弼など歴代藩主の墓石が静かに並んでいます。井伊直弼の墓も、東京の豪徳寺・世田谷区とともにここ清凉寺にもあります。
境内には「七不思議」と呼ばれる伝説(雨夜の悲しみ松・木娘・洗濯井戸など)が残り、お寺の境内を歩きながらその物語をたどる楽しみも。龍潭寺と合わせて30〜40分で見学できるので、井伊家ファンには「セットで巡る」のがおすすめです。拝観無料なのも嬉しいポイントです。

夢京橋キャッスルロードでお土産&食べ歩きを楽しみつつ、時間があれば龍潭寺・清凉寺で井伊家ゆかりのスポットもぜひ巡ってみてね!特に龍潭寺の庭園は、彦根城の天守と並ぶ「もうひとつの主役」だよ!
アクセス・拝観料・御城印ガイド
ここからは、彦根城に行く前にチェックしておきたい実用情報をまとめてご紹介します。アクセス・拝観料・営業時間に加えて、御城印やスタンプ情報もカバーしました。すべて2026年6月時点の彦根城公式サイト掲載情報を元にしています。
📍 場所:滋賀県彦根市金亀町1-1
🕘 営業時間:8:30〜17:00(最終入場16:30。開国記念館のみ16:45まで受付)
🏯 休館日:年中無休(開国記念館のみ12月25日〜31日休館)
💴 拝観料(2024年10月1日改定)
彦根城・玄宮園共通券:一般1,000円 / 小中学生300円
彦根城博物館:一般700円 / 小中学生350円
セット券(城・玄宮園・博物館):一般1,500円 / 小中学生550円
玄宮園のみ:一般400円 / 小中学生150円
開国記念館・馬屋:無料
団体(30名以上):一律2割引
※ 彦根城公式サイトより(2026年6月確認)
🚃 電車でのアクセス
JR琵琶湖線「彦根駅」西口から徒歩約15分。
京都駅 → 彦根駅:新快速で約46分(1,170円)
名古屋駅 → 彦根駅:東海道本線で米原乗換、約60〜70分(1,980円)
大阪駅 → 彦根駅:新快速で約1時間20分(1,520円)
🚌 バス・車でのアクセス
湖国バス「彦根ご城下巡回バス」で彦根駅から城周辺を循環(土日祝中心の運行)。
🚗 名神高速「彦根IC」から約10〜15分。
🅿️ 彦根城周辺に有料駐車場あり(二の丸駐車場・桜場駐車場・大手前駐車場など。各1日1,000円目安)。繁忙期は混雑するため電車利用がおすすめ。
⚠️ 上記の拝観料・営業時間・アクセス情報は2026年6月時点の情報です。最新情報は彦根城公式サイトでご確認ください。料金改定・臨時休館などの変更がある場合があります。
■ 御城印・スタンプ情報
近年、お城めぐりの新定番として人気なのが御城印(お城の御朱印)です。彦根城では3種類の御城印が販売されており、コレクター人気の高いラインナップになっています。
📜 彦根城版:500円(井伊家家紋・井桁橘紋入り)
🐱 ひこにゃん版:600円(ひこにゃんイラスト入り・人気No.1)
🐱 いいのすけ版:600円(井伊家のキャラクター「いいのすけ」入り)
📍 販売場所:大手門チケット売り場・開国記念館
※ 「日本100名城スタンプ」は開国記念館で押せます。

御城印って初めて知った!修学旅行のお土産にちょうどよさそうだね。彦根城版とひこにゃん版、どっちがおすすめ?

正統派なら彦根城版(井伊家家紋入り)、写真映え&ご当地感ならひこにゃん版がおすすめだよ!3種類コンプリートする人も多いから、御朱印帳(御城印帳)を1冊用意していくとテンション上がるよ!「日本100名城スタンプ」も無料で押せるから、開国記念館にぜひ立ち寄ってね!
彦根城についてよくある質問
最後に、彦根城を訪れる人からよく寄せられる質問にお答えします。修学旅行の班別行動の計画や、週末旅行の準備の参考にしてください。
A. 天守・天秤櫓・馬屋など主要な見どころを巡るだけなら約1〜1.5時間が目安です。玄宮園・楽々園を含めると2時間、さらに彦根城博物館や開国記念館までじっくり見ると2.5〜3時間ほどかかります。修学旅行の班別行動や週末旅行の場合は、最低でも2時間以上を確保しておくと安心です。
A. はい、30名以上の団体は一律2割引になります。彦根城公式サイトには「学生団体用のご案内PDF」も用意されており、事前申し込みでスムーズに入場できます。修学旅行担当の先生・引率者は、来訪の数週間前までに公式サイト掲載の申込フォームから連絡しておきましょう。
A. ひこにゃんは原則として毎日3回のパフォーマンスを彦根城内・彦根城博物館前で行っています。ただし荒天時や行事の都合で時間・場所が変動することがあります。確実に会いたい場合は、来訪当日の朝に必ずひこにゃん公式サイトでスケジュールを確認してください。
A. 彦根城周辺には二の丸駐車場・桜場駐車場・大手前駐車場など複数の有料駐車場があります(1日1,000円目安)。ただしGW・紅葉シーズン・桜の時期は午前中で満車になることが多いため、電車(JR彦根駅から徒歩15分)でのアクセスを強くおすすめします。車で行く場合は朝早めの到着を心がけてください。
A. 2026年6月時点で世界遺産には登録されていませんが、世界遺産の暫定リストに1992年から登録されています。国宝(天守・付櫓・多聞櫓)と特別史跡(彦根城跡)には指定済みで、現存12天守のひとつとして高い文化的価値を持ちます。今後の本登録に向けた取り組みが続いています。
A. 御城印は大手門チケット売り場と開国記念館で購入できます。彦根城版(500円)・ひこにゃん版(600円)・いいのすけ版(600円)の3種類があり、無料の「日本100名城スタンプ」も開国記念館で押すことができます。彦根城観光の最後に開国記念館に立ち寄れば、両方一度に楽しめます。
まとめ:彦根城は歴史とキャラクターが融合した唯一無二のお城
彦根城は、関ヶ原の戦い直後に井伊家が築いた江戸幕府の西国の要であり、井伊直弼が大老として日本の開国を決断した幕末政治の舞台であり、さらに明治の廃城令で2度も取り壊されかけながら奇跡的に生き残った国宝の城です。そしていまは、ひこにゃんが「日本一会いやすい殿様」として観光客を迎えてくれる、歴史とキャラクターが融合した唯一無二のスポットになっています。

以上、彦根城の歴史・見どころ・アクセスのまとめでした!2度も取り壊されそうになった城が今も国宝として輝いているのは本当に感動的だよね。井伊家の物語、ひこにゃんとの出会い、夢京橋キャッスルロードの食べ歩き——どれも一日では味わいきれない魅力ばかり!修学旅行や週末旅行でぜひ現地を訪れて、自分の目で彦根城のドラマを感じてみてね!下の記事でも井伊家・幕末・他の名城についてまとめているから、あわせて読んでみてください!
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1600年関ヶ原の戦いで井伊直政が活躍
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1601年井伊直政、近江18万石を拝領(後代に35万石へ加増)
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1604年彦根城 築城開始(直継・直孝が主導)
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1622年彦根城・城下町がほぼ完成
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1860年大老・井伊直弼、桜田門外の変で暗殺される
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1873年廃城令施行。彦根城も破却候補に
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1878年明治天皇の北陸巡幸をきっかけに天守保存が決定
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1952年彦根城天守が国宝に指定される
📅 最終確認:2026年6月 / 情報元:彦根城公式サイト(hikonecastle.com)
彦根城公式サイト「hikonecastle.com」(2026年6月確認)
ひこにゃん公式サイト「hikone-hikonyan.jp」(2026年6月確認)
Wikipedia日本語版「彦根城」「井伊直政」「井伊直弼」「ひこにゃん」「龍潭寺(彦根市)」(2026年6月確認)
コトバンク「彦根城」「井伊直弼」(デジタル大辞泉・日本大百科全書)
山川出版社『詳説日本史』
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