厳島神社とは?平清盛が造った海上神社の歴史・見どころ・アクセスをわかりやすく解説

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厳島神社のアイキャッチ画像

もぐたろう
もぐたろう

今回は厳島神社いつくしまじんじゃについて、歴史・見どころ・アクセス・御朱印まで、わかりやすく丁寧に解説していくよ!

📚 この記事のレベル:中学歴史 / 高校日本史 / 修学旅行・観光ガイド対応

この記事を読んでわかること
  • 厳島神社が「海に浮かぶ」理由と、平清盛の意図
  • 大鳥居がなぜ倒れないのか(基礎なしの秘密)
  • 見どころ(本殿・廻廊・能舞台・千畳閣)の解説
  • 修学旅行で役立つポイントと、友達に話せる豆知識
  • 拝観料・御朱印・アクセスの最新情報

海の上に堂々と立つ、あの朱色の大鳥居。実は、海底にコンクリートの基礎がひとつも打ち込まれていません。地面に固定されていないのに、なぜ何百年も倒れずに立ち続けているのでしょうか?

厳島神社いつくしまじんじゃは、広島県の宮島みやじまにある神社で、海の上に社殿が建つ独特の景観で知られています。平清盛たいらのきよもりが現在の規模に造り上げ、1996年にはユネスコの世界文化遺産に登録されました。天橋立あまのはしだて・松島とならぶ「日本三景」の一つでもあります。

この記事では、厳島神社の歴史から見どころ、修学旅行や観光で役立つ実用情報まで、まるごとわかりやすく解説していきます。

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厳島神社とは?3行でわかる基本情報

厳島神社を3行でまとめると
  • 広島県廿日市市の宮島にある神社で、御祭神は宗像三女神。創建は593年と伝わる
  • 平清盛が1168年ごろに現在の海上社殿に造営し、平家の守護神として崇敬した
  • 1996年にユネスコ世界文化遺産に登録され、「日本三景」の一つにも数えられる

厳島神社の御祭神ごさいじんは、宗像三女神むなかたさんじょしんと呼ばれる三柱の女神です。具体的には市杵島姫命いちきしまひめのみこと田心姫命たごりひめのみこと湍津姫命たぎつひめのみことの三女神で、古くから海上交通の守り神として信仰されてきました。

場所は広島県廿日市はつかいち市宮島町。瀬戸内海に浮かぶ宮島(正式名称は厳島いつくしま)に鎮座しています。宮島そのものが古来「神の島」とされ、島全体が信仰の対象でした。

ゆうき
ゆうき

修学旅行で宮島に行くんだけど、厳島神社ってそもそもどんなところなの?

もぐたろう
もぐたろう

いちばんの特徴は、社殿が「海の上」に建っていること。満ち潮になると、本殿も廻廊も海に浮かんでいるように見えるんだ。世界でもめずらしい「海の上の神社」で、外国からの観光客にもすごく人気のスポットだよ!

海上に浮かぶ厳島神社の社殿と大鳥居
海に浮かぶ厳島神社の社殿(宮島)

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平清盛が造った「海に浮かぶ神社」——厳島神社の歴史

厳島神社の歴史は、社伝によれば593年(推古天皇元年)にさかのぼります。地元の有力者佐伯鞍職さえきのくらもとが神託を受けて社殿を建てたのが始まりと伝えられています。ただし、これはあくまで言い伝えで、確かな史料で姿が見えてくるのは平安時代以降です。

そして厳島神社を一気に有名にしたのが、平安時代末期の武将・平清盛たいらのきよもりでした。

■ 創建と宗像三女神

厳島神社にまつられているのは、海の守り神である宗像三女神です。古代、宮島は「神が宿る島」と考えられ、人がむやみに足を踏み入れてはいけない聖地とされていました。

そのため、人々は島そのものを傷つけないよう、陸ではなく海の上に社殿を建てたと言われています。これが「海に浮かぶ神社」が生まれた、もともとの理由のひとつです。

■ 平清盛による大造営(1168年)

平清盛は、安芸守あきのかみ(現在の広島県西部の長官)として赴任したことをきっかけに、厳島神社と深い縁を結びます。実は清盛の父・忠盛ただもりもすでに安芸守を務めており、平家と宮島の縁は清盛の代より前から始まっていました。そして清盛は、神主・佐伯景弘さえきのかげひろの協力のもと、1168年ごろに現在の規模となる寝殿造しんでんづくり風の壮大な社殿を造営しました。

寝殿造しんでんづくりとは、平安時代の貴族の邸宅に用いられた建築様式のこと。回廊で建物どうしをつなぐ優雅なつくりで、厳島神社の海上に伸びる長い廻廊はまさにその雰囲気を伝えています。清盛は厳島神社を平家一門の守護神として厚く崇敬し、宮島を瀬戸内海の海上交通・大陸貿易の拠点としても整備していきました。

平清盛の肖像画
厳島神社を現在の規模に造営した平清盛

平清盛
平清盛

この宮島こそ、わが平家の繁栄を天下に示す最高の舞台じゃ!海に浮かぶ社殿ならば、満ち潮のときに神が舞い降りてくるように見えるであろう。

清盛は、当時の権力者である後白河法皇ごしらかわほうおうを宮島へ招待するほどの熱の入れようでした。1167年(仁安2年)、清盛は太政大臣だいじょうだいじんにまで昇りつめましたが、その栄華を神前に報告するかのように、翌年に壮大な社殿の造営を始めたのです。「わが平家の天下を、厳島の神に示す」——まさに政治的パフォーマンスでもありました。

清盛が厳島神社をどれほど大切にしたかは、平家一門が美しい経典を奉納した平家納経へいけのうきょうからもうかがえます。これは清盛をはじめ平家一族32人が、各自が分担して写した経典と装飾豊かな表紙を奉納したものです。金や銀をふんだんに使った装飾は「これ以上のものは作れない」と言われるほど華やかで、現在も国宝として厳島神社の宝物館に収蔵されています。

平清盛
平清盛

厳島の神は、わが平家を守る大切な守り神。一門32人、それぞれの祈りを込めて写経をした。この経典を神前に捧げることで、平家の繁栄と安泰を永くお守りいただきたい——そう願って奉納したのじゃ。

■ 平家滅亡後も続く崇敬——鎌倉〜江戸時代

治承・寿永の乱(源平合戦)で1185年に平家が滅亡したあとも、厳島神社の信仰はとぎれませんでした。鎌倉時代には源頼朝をはじめとする権力者が崇敬を続けます。1207年と1223年の2度の火災で社殿は焼失しますが、1240年代(仁治年間にんじねんかん)に現在に近い姿へと再建されました。

室町時代には足利将軍家が厚く保護し、中国地方の戦国大名・毛利元就もうりもとなりも宮島と深い縁を結びました。元就は1555年の「厳島の戦い」で、宿敵・陶晴賢すえはるかたをこの宮島の地で撃破する大勝利を収めます。毛利氏はのちに社殿や大鳥居の修繕を担い、厳島神社の守護者として深く関わっていきました。なお、清盛が厳島神社を崇敬した様子は平家物語にも描かれており、神社への参拝記録が今も残っています。

📌 厳島の戦い(1555年)は戦国時代の名勝負として有名です。毛利元就は宮島という地形を巧みに利用し、3,000人対20,000人という圧倒的な兵力差をひっくり返しました。「島全体が神域」という宮島のパワーを味方につけた、まさに奇跡の勝利でした。

厳島神社の廻廊と社殿
毛利氏が修繕を担い、現在まで受け継がれてきた厳島神社の社殿(CC0)

江戸時代になると、厳島神社への参拝「嚴島詣いつくしまもうで」が庶民のあいだで大流行します。「一生に一度は宮島へ」と言われるほどの人気スポットとなり、このころに「日本三景」の一つとしても広く知られるようになりました。江戸の旅行ガイドにも宮島は頻繁に登場し、全国から参拝者が船で瀬戸内海を渡ってきたのです。

明治時代に入ると、神仏分離令(1868年)の影響で、境内の仏教的要素が次々と撤去されました。なかには「社殿を焼却せよ」という過激な動きも起きましたが、神社を守る社家しゃけ(代々神社を司る一族)の必死の直訴によって難をまぬがれたと伝えられています。千年以上続く厳島神社の景観は、こうした人々の命がけの守護によって今日まで受け継がれてきたのです。

■ 1996年、世界文化遺産に登録

そして1996年(平成8年)、厳島神社はユネスコの世界文化遺産せかいぶんかいさんに登録されました。海と山と建築が一体となった独特の景観と、平安建築の様式を今に伝える歴史的価値が高く評価されたのです。

世界遺産の登録範囲には、本社・客神社まろうどじんじゃ・大鳥居といった社殿群に加え、背後にそびえる弥山みせんの原始林も含まれています。建物だけでなく、それを取り囲む自然までまるごと「文化的景観」として守られているのが特徴です。

あゆみ
あゆみ

平清盛って、なんでわざわざ海の上に神社を建てたのかしら?普通に陸に建てたほうがラクそうなのに。

もぐたろう
もぐたろう

さっき話したとおり、宮島は「島そのものが神様」とされる聖地だったんだ。だから地面を削って建物を建てるのは恐れ多い…ということで、海の上に社殿を作ったんだよ。それに、海に浮かぶ朱色の社殿はとにかく美しくて目立つ。「平家ここにあり!」と天下に見せつける、清盛の演出でもあったんだね。

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厳島神社の見どころ完全ガイド——大鳥居・本殿・廻廊・能舞台

厳島神社の最大の魅力は、潮の満ち引きで景色がガラリと変わること。満潮時には社殿も大鳥居も海に浮かんで見え、干潮時には大鳥居の足元まで歩いて近づけます。同じ場所なのに、訪れる時間帯でまったく違う表情を見せてくれるのです。ここでは、外せない見どころを順番に紹介していきます。

■ 大鳥居——なぜ倒れない?その秘密

厳島神社のシンボルといえば、海に立つ朱色の大鳥居です。高さは棟まで約16.6メートル、重さはおよそ60トン。現在の鳥居は1875年(明治8年)に再建された9代目で、主柱(東柱は宮崎県産・西柱は香川県産)には水に強いくすのきの自然木が使われています。

驚くのは、この大鳥居が海底に基礎を埋め込んでいないこと。地面に固定されていないのに、なぜ倒れないのでしょうか。

もぐたろう
もぐたろう

カギは「自分の重さ」なんだ。大鳥居は、鳥居そのものの約60トンという重さで、ずっしりと海底に乗っかって安定しているんだよ。さらに、屋根の部分(笠木)の中にはこぶし大の石が約7トンも詰め込まれているんだ。重しを足して、より倒れにくくしているんだね。テントを石やペグでしっかり固定するのと似たイメージだよ!

厳島神社の大鳥居
海上に立つ厳島神社の大鳥居(CC0 / Wikimedia Commons)

干潮の時間帯には、大鳥居の真下まで歩いて行くことができます。間近で見上げる大鳥居は迫力満点。柱に触れたり、根元をのぞき込んだりできるのは、干潮ならではの楽しみ方です。

大鳥居の材料と構造

現在の大鳥居(9代目・1875年再建)の主な材料は、水に強いくすのきの自然木です。東の主柱には宮崎県産、西の主柱には香川県産の楠が使われ、一本の木を丸ごと削り出しています。高さ約16.6メートル(海面から棟まで)、重さ約60トンという巨大な構造物ですが、これに加えて笠木(屋根部分)の中にはこぶし大の石が約7トン詰め込まれており、重心を下げて安定性を高めています。鳥居の耐久性を保つため、定期的に修理が行われています。

ゆうき
ゆうき

大鳥居って、近くで見られるの?せっかくなら間近で写真を撮りたいな。

もぐたろう
もぐたろう

うん、干潮の時間に行けば真下まで歩いて行けるよ!見上げるとめちゃくちゃ大きくて、いい写真スポットなんだ。班行動の前に、その日の干潮の時間を調べておくと完璧だよ。

■ 本殿・幣殿・拝殿——寝殿造りの海上回廊

厳島神社の本殿ほんでん幣殿へいでん拝殿はいでんは、清盛が造営した寝殿造風の建築を今に伝える社殿群です。これらをつなぐ朱塗りの廻廊かいろうは東西あわせて約275メートルに及ぶ長大なもので、満潮時には海面すれすれに浮かんでいるように見えます。

厳島神社の社殿と廻廊
朱塗りの廻廊が海の上に伸びる、厳島神社の社殿群(CC0 / Wikimedia Commons)

廻廊の床板には、わざと少しすき間が空けてあります。これは高潮や台風のとき、海水の力を逃がして社殿が壊れにくくするための工夫だと言われています。海の上に建てたがゆえの、先人の知恵が詰まった設計です。美しさの裏に、海と共生するための智慧が隠れているのです。

もぐたろう
もぐたろう

廻廊を歩くとき、足元の隙間から下の海が見えるんだよ!「下が海だ!」ってわかる瞬間は結構ドキドキするんだよね。それにちょっと揺れる感じがして、海の上を歩いている実感が湧くのが面白いよ。

■ 能舞台・高舞台——平安絵巻のような舞の空間

境内には、海の上に組まれた能舞台のうぶたいがあります。海上に建つ能舞台は全国でもめずらしく、重要文化財に指定された貴重なものです。また、社殿の中心にある高舞台たかぶたいでは、平清盛が大陸から伝えたとされる舞楽ぶがくが今も奉納されています。

さらに夏には、瀬戸内海を代表するお祭り「管絃祭かんげんさい」が行われます。これは平安時代の貴族の遊び「管絃の遊び」を神様に捧げる儀式で、旧暦6月17日(新暦では7〜8月ごろ)に執り行われます。雅楽の演奏とともに御座船ござふねが松明で照らされながら海上を進む様子は、まるで平安絵巻がそのままよみがえったかのようです。

管絃祭ってなに?

管絃祭かんげんさいとは、平安時代の雅楽(管絃かんげん)を神に捧げるため、御座船に乗った雅楽の演奏者が宮島沖を航行する、全国でも珍しい海上の神事です。清盛が平安京の宮廷文化を宮島に持ち込んだのがルーツとされ、約850年続く伝統行事です。夜の瀬戸内海に松明の灯りと雅楽の音色が広がる光景は、見た人が「一生忘れられない」と言うほどの美しさです。

■ 千畳閣と五重塔——豊臣秀吉ゆかりの建物

厳島神社のすぐそばの高台には、豊臣秀吉ゆかりの千畳閣せんじょうかく(豊国神社)と、朱色の五重塔ごじゅうのとうが並んで建っています。千畳閣は畳857枚分という巨大な空間で、秀吉の死により未完成のまま現在に至ります。天井もなく、壁もない——柱がむき出しの素朴なつくりは、かえって独特の迫力があります。

一方、五重塔は室町時代の1407年(応永14年)建立で、国の重要文化財に指定されています。朱色の美しいシルエットは、宮島のシンボルとして観光ポスターにもよく登場します。千畳閣と並んでいるこの2棟は、神社の朱色社殿とはひと味違う「仏教文化の宮島」を伝えています。

千畳閣からは宮島の街並みと瀬戸内海が一望でき、隠れた絶景スポットとしても人気です。本殿の見学とあわせて、ぜひ立ち寄ってみてください。

■ 夕暮れのライトアップ——最高の撮影タイミング

日が暮れると、大鳥居と社殿はライトアップされ、朱色の建物が夜の海に浮かび上がります。とくに日没直後、空がオレンジから紺色へと移り変わる時間帯は、写真好きにはたまらない「黄金の瞬間」。昼間とはまったく違う、幻想的な厳島神社を楽しめます。

あゆみ
あゆみ

夕暮れのライトアップって何時まで見られるの?日帰りだと無理かしら?

もぐたろう
もぐたろう

大鳥居のライトアップは、日没から夜遅くまで点灯しているよ。ただし宮島とフェリーの最終便は時間が決まっているから、日帰りで夜景を狙うなら帰りの便を必ずチェックしておこう。ゆっくり夜景を楽しみたいなら、島内に泊まるのもおすすめだよ!

修学旅行で押さえたい!厳島神社の豆知識と楽しみ方

ここからは、修学旅行や観光で宮島を訪れる人に向けて、「現地で役立つ知識」と「友達に話せる豆知識」をまとめて紹介します。ちょっとした雑学を知っているだけで、見学がぐっと楽しくなりますよ。

ゆうき
ゆうき

修学旅行で厳島神社に行くんだけど、何を見ておけばいい?友達に話せる豆知識も教えて!

もぐたろう
もぐたろう

友達に話せるネタを5つ教えるね。①大鳥居は地面に固定されてなくて、自分の重さだけで立っている(しかも屋根に石7トン詰め込んでる)。②廻廊の床に隙間があって、下の海が見える。③宮島は昔、「出産・死・出血」が禁じられていた超神聖な島だった。④千畳閣は秀吉が死んで未完成のまま400年以上放置されている。⑤干潮になると大鳥居の真下まで歩いて行ける——この5つを覚えておけば、現地で「え、知らなかった!」って言われること間違いなしだよ!

宮島の禁忌——かつての「神の島」ルール

宮島はかつて「島そのものが神」とされた聖地でした。そのため、以下の厳しい禁忌がありました。

  • 出産・死の禁止:人が生まれたり亡くなったりすることは「穢れ(けがれ)」とされ、島内では禁じられていました。そのため妊婦や危篤の患者は、出産・死去の前に島外へ移されていたのです
  • 土葬の禁止:埋葬は島外で行われ、宮島内には墓地がありませんでした
  • 農業の制限:「神の島を耕すのは罰当たり」として農業が長く制限されていました

これらの禁忌の多くは明治時代以降に緩和されましたが、現在も宮島では「島の自然を傷つけない」という精神が大切にされています。

■ 拝観の順路と所要時間の目安

フェリーの宮島桟橋に着いたら、海沿いの参道を歩いて厳島神社へ向かいます。おすすめの順路は、大鳥居をながめる → 本殿・廻廊を拝観 → 能舞台 → 千畳閣・五重塔の流れです。厳島神社の社殿だけなら所要時間は約1時間。背後の弥山(ロープウェーあり)まで含めて宮島をしっかり楽しむなら、3〜4時間ほどみておくと安心です。

ゆうき
ゆうき

班行動で回るんだけど、厳島神社だけならどのくらい時間をみておけばいい?

もぐたろう
もぐたろう

社殿の拝観だけなら1時間くらいでサッと回れるよ。でも宮島は商店街でもみじ饅頭を食べたり、鹿に出会えたりするから、班行動なら2〜3時間はみておくと余裕をもって楽しめるよ!

■ 宮島訪問税(100円)について

2023年10月から、宮島を訪れる人には宮島訪問税(1回100円)がかかるようになりました。これは島の自然や環境を守るための税金で、フェリーの乗船料金とあわせて支払う仕組みです。

💡 宮島訪問税(100円)は、島の環境保全のために使われます。フェリー乗船時に運賃と一緒に徴収されるため、厳島神社の拝観料とは別に用意しておきましょう。

■ 干潮・満潮で変わる見え方

宮島観光でいちばん大事なのが、潮の時間を事前にチェックしておくことです。満潮時は社殿と大鳥居が海に浮かんで見える幻想的な風景、干潮時は大鳥居の真下まで歩いて行ける体験——どちらも厳島神社ならではの魅力です。

どちらが良い・悪いということはなく、両方の時間帯に立ち会えれば最高です。潮の時刻は、気象庁や宮島観光協会の潮汐(タイドグラフ)情報で事前に確認できます。修学旅行や日帰り旅行で訪れる前に、ぜひチェックしておきましょう。

厳島神社の御朱印・お守り——種類・料金・受付場所・時間

旅の記念に御朱印やお守りを集めたい人も多いはず。ここでは、厳島神社で授与される御朱印とお守りの情報をまとめます。

■ 御朱印の種類と料金

厳島神社の御朱印は、「嚴島神社いつくしまじんじゃ」の墨書きに神紋の朱印が押されたものが基本です。初穂料(料金)は300円。受付は本殿そばの授与所(有料拝観エリア内)で行われ、受付時間は8:00から閉門までが目安です。※御朱印の受付時間・初穂料は変更される場合があります。最新情報は公式サイトでご確認ください。

また、春・夏・秋・冬の四季をテーマにしたオリジナルの御朱印帳も人気です。季節限定のデザインもあるため、御朱印コレクターのあいだでは「集めたい一冊」として知られています。

あゆみ
あゆみ

御朱印はどこで受け取れるの?閉門ギリギリに行っても大丈夫かしら?

もぐたろう
もぐたろう

御朱印は有料拝観エリアの中の授与所でもらえるよ。閉門間際は授与所も早めに閉まることがあるから、ギリギリよりも余裕をもって行くのがおすすめ。とくに混雑する日は並ぶこともあるから、時間に余裕をもって計画してね!

■ お守りの種類

授与所では、厳島神社ならではのお守りも授かれます。海の守り神である宗像三女神をまつることから、交通安全・航海安全のお守りが定番です。そのほか、縁結びや学業成就など、目的に合わせたお守りも用意されています。旅の記念や、家族・友人へのおみやげにもぴったりです。

厳島神社へのアクセス・拝観情報

基本情報

📍 場所:広島県廿日市市宮島町1-1(厳島神社)
💴 拝観料:大人300円・高校生200円・中学生・小学生100円(宝物館は別途300円。宮島訪問税100円も別途)
🕐 拝観時間:6:30〜17:00〜18:30(時期により変動。3〜10月中旬は〜18:00、冬季は〜17:00が目安。元日は0:00〜18:30)
⏱ 所要時間:厳島神社の社殿のみ約1時間/宮島全体(弥山含む)3〜4時間

※嚴島神社公式サイトより(2026年5月確認)。変更になる場合があります。

🚃 電車でのアクセス
JR広島駅 → JR宮島口駅(山陽本線・約30分・運賃420円ほど)
宮島口旅客ターミナル → 宮島桟橋(JR西日本宮島フェリーまたは宮島松大汽船・約10分・片道200円ほど)
※宮島訪問税100円は行きのフェリー乗船時に支払い

🚌 バス・路面電車でのアクセス
広島市内(広島駅・紙屋町方面)→ 広島電鉄(路面電車)宮島線で「広電宮島口」電停へ(約1時間〜1時間15分)
「広電宮島口」下車後、徒歩すぐの宮島口旅客ターミナルからフェリーで宮島桟橋へ

📅 上記の拝観料・拝観時間・アクセス情報は2026年5月時点の情報です。変更になる場合がありますので、最新情報は嚴島神社公式サイトでご確認ください。

あゆみ
あゆみ

週末に行く予定なんだけど、混まない時間帯っていつ?あと、宮島って鹿が放し飼いって本当?

もぐたろう
もぐたろう

日中は団体客でかなり混むから、ねらい目は早朝のフェリーで渡る朝いちばんか、日帰り客が帰ったあとの夕方以降だよ。鹿は本当に放し飼いで、あちこちで出会えるんだ。ただし、紙やパンフレットを食べられちゃうことがあるから、荷物の管理には気をつけてね!

厳島神社についてよくある質問

「いつくしまじんじゃ」と読みます。正式な表記は旧字体を使った「嚴島神社」です。所在地である島の名前「厳島(いつくしま)」に由来します。

海底に基礎を打ち込まず、鳥居自体の自重(約60トン)で安定しています。さらに屋根(笠木)の中に多くの石を詰めて重しにすることで、より倒れにくい構造になっています。

大人300円・高校生200円・中学生・小学生100円です(宝物館は別途300円)。これとは別に、宮島を訪れる際は宮島訪問税100円もかかります(フェリー乗船時に徴収)。

満潮時は社殿や大鳥居が海に浮かんで見える幻想的な景色、干潮時は大鳥居の足元まで歩いて近づける体験が楽しめます。両方の時間帯に訪れるのが理想です。潮の時刻は気象庁や宮島観光協会の潮汐情報で確認できます。

本殿そばの授与所(有料拝観エリア内)で受け取れます。受付時間は8:00から閉門までが目安で、初穂料は300円です。閉門間際は早めに受付が終わることもあるため、余裕をもって訪れましょう。

厳島神社まとめ

厳島神社のポイントまとめ
  • 御祭神は宗像三女神。創建は593年と伝わり、平清盛が1168年ごろに現在の海上社殿を造営した
  • 大鳥居は海底に基礎がなく、約60トンの自重と笠木に詰めた石で安定して立っている
  • 1996年に世界文化遺産に登録。日本三景の一つで、干満で景色が大きく変わるのが魅力
  • 拝観料は大人300円。御朱印は300円。アクセスは広島駅→宮島口→フェリーが基本ルート

もぐたろう
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以上、厳島神社のまとめでした!平清盛や平家の歴史をもっと知りたい人は、下の関連記事もあわせて読んでみてね。宮島の歴史を知ってから行くと、現地の景色が何倍も楽しくなるよ!

厳島神社の歴史年表
  • 593年(推古1)
    佐伯鞍職が神託を受け創建したと伝わる
  • 1168年ごろ(仁安3)
    平清盛が現在の規模に寝殿造風の大社殿を造営
  • 1207年・1223年
    2度の火災で社殿が焼失
  • 1240年代(仁治年間)
    焼失した社殿が再建される
  • 1587年
    豊臣秀吉が千畳閣の建立を命令(秀吉の死で未完成)
  • 1875年(明治8)
    現在の大鳥居(9代目)が再建される
  • 1996年(平成8)
    ユネスコ世界文化遺産に登録される
  • 2023年(令和5)
    宮島訪問税(100円)の徴収が始まる

📅 最終確認:2026年5月 / 参照:嚴島神社公式サイト(itsukushimajinja.jp)・Wikipedia日本語版・コトバンク

参考文献

嚴島神社公式サイト(itsukushimajinja.jp)(2026年5月確認)
宮島観光協会公式サイト(2026年5月確認)
Wikipedia日本語版「厳島神社」(2026年5月確認)
コトバンク「厳島神社」(デジタル大辞泉・日本大百科全書)
山川出版社『詳説日本史』

記事の誤りを発見された場合はお問い合わせください。確認後、修正します。

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この記事を書いた人
もぐたろう

教育系歴史ブロガー。
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