平等院鳳凰堂の雲中供養菩薩の見どころ・豆知識を紹介!【極楽浄土の世界観を知ろう】

今回は、宇治の平等院鳳凰堂の彫刻で有名な雲中供養菩薩(うんちゅうくようぼさつ)についての見所や豆知識を紹介したいと思います。

雲中供養菩薩は、極楽浄土の世界を表現するために登場した菩薩様。この記事では、以下の点を中心にこの雲中供養菩薩についてお話をしていきます。

そもそも平等院鳳凰堂ってどんなお寺なの?
雲中供養菩薩が登場する極楽浄土ってどんな世界なの?
雲中供養菩薩ってどんな仏像なの?

上の2つが豆知識、最後の1つが見所って感じですね!

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雲中供養菩薩のある平等院鳳凰堂ってどんなお寺なの?

最初に雲中供養菩薩のある平等院鳳凰堂について簡単に紹介しておきます。ちなみに、平等院鳳凰堂については以下の記事でも紹介しているので気になる方は参考までに。

世界遺産!知らなきゃ損する平等院鳳凰堂の豆知識【その1】
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簡単にわかりやすく!誰でもわかる末法思想【浄土信仰の始まり】
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日本では悟りが開けなくなるのは1051年と考えられていて、多くの人たちが仏教が無力化してしまうことに絶望しました。

「悟りを開けない時代でも我々人間に救いの道はないのか・・・?」

そんな中、多くの僧たちが希望を捨てずにたどり着いた結論が、

「そうだ!お釈迦様の教えで悟りが開けないなら阿弥陀如来に極楽浄土へ連れてってもらう!!」

という思想。「阿弥陀如来に極楽浄土に連れていってもらうために頑張る!」っていう他力本願(たりきほんがん)の考え方です。

阿弥陀如来について書かれている仏教の経典は主に3つあって、

観無量寿経(かんむりょうじゅきょう)
無量寿経(むりょうじゅきょう)
阿弥陀経(あみだきょう)

の3つ。このうち阿弥陀経には、多くの人々が目指した極楽浄土の様子が描かれており、平等院鳳凰堂は、阿弥陀経に載っている極楽浄土を再現することを目的に建てられました。

まとめると・・・

平等院鳳凰堂は、悟りの開けない末法の時代の中で救いを求めるため、藤原頼通が極楽浄土を地上に再現しようと夢見て建立されたお寺

という感じです。そして雲中供養菩薩はこの極楽浄土と深い関係があります。

雲中供養菩薩と極楽浄土

極楽浄土はその名のとおり苦しみのない楽しみオンリーの世界。

困苦の中を生きる人間にとって、極楽浄土の世界は想像すらできない未知の世界ですが、阿弥陀経では、人間でも理解できるような例えを使って極楽浄土について紹介してくれています。

ザックリと説明すると

土地は七宝(金、銀、瑠璃、めのうなど)でできている。木々も宝石でできている。
池にはたくさんの宝が沈んでいて、蓮の花がたくさん咲いている。
珍しい鳥たちが合唱を奏で、天からは素晴らしい音色が流れてくる。

かなりテキトーですがこんな感じ。これはお釈迦様が人間にわかるように例えた極楽浄土の姿。難しいことはわからなくても、とても幸せな世界!ってことははっきりわかります。

ちなみに、平等院鳳凰堂自体も、極楽浄土にある阿弥陀如来の宮殿をイメージして造られています。

【極楽浄土の宮殿をイメージして造られた平等院鳳凰堂】

そして、極楽浄土の様子で雲中供養菩薩と関連してくるのが「天から音楽が流れてくる」という部分。

雲中供養菩薩はその名の通り雲の上に乗っている菩薩様。雲中供養菩薩は52体存在していて、それぞれの雲中供養菩薩がいろんな楽器を持っていたり、舞を踊っていたりしています。

連想ゲーム的にまとめると・・・

雲に乗った菩薩様(雲中供養菩薩)が楽器を奏でたり、踊ったりしている。

天から音楽の音色が流れてくる。

阿弥陀経に書いてある極楽浄土の再現!!

「天から音楽が流れている」という内容から雲中供養菩薩を想像した当時の人々の発想力には驚かされるばかりです。

雲中供養菩薩はどんな仏像?見所は?

雲中供養菩薩は1053年に造られました。

京都の仏像や寺院の多くは、平安時代末期の源平合戦と室町時代の応仁の乱で焼失しています。なので、源平合戦前に造られて今もなお残っている雲中供養菩薩はとても貴重な仏像です。

当初は、平等院鳳凰堂の本尊である阿弥陀如来像の周りに雲中供養菩薩が配置されていました。

【平等院鳳凰堂の阿弥陀如来像】

が、今は半数の雲中供養菩薩は、平等院鳳凰堂の付属施設である鳳翔館(ほうしょうかん)という施設に移されています。というか、基本的には雲中供養菩薩を見学するには、鳳翔館に行く必要があります。

雲中供養菩薩の最大の見所は、52体の雲中供養菩薩一体一体がそれぞれ違い表情やポーズを取っているところだと思います。単純に見ていて飽きないし面白いですよw(三十三間堂の千手観音菩薩と同じ面白さがある)

こうやってなんとも言えぬ表情で踊っている雲中供養菩薩とか・・・

なんだかガチそうな雲中供養菩薩とか・・・

雲の上で小さな銅鑼(どら)を叩いちゃってる雲中供養菩薩とか・・・

表情も同じように見えて、よーく見ると微妙にみんなの表情が違っていたりします。

阿弥陀如来は人々を救う時、人々の前に姿を現すと言われています。52体の仏像は、阿弥陀如来と共に人間界にやってきた雲中供養菩薩の様子を表現しているとも言われています。楽器を持たないで手を合わせたりしている雲中供養菩薩が数体いるのは、そのせいでしょうか。

平等院鳳凰堂の主要な見所は3点あると思っていて、それは・・・

十円玉の裏に描かれている平等院鳳凰堂の建物そのもの
定朝という一流仏師が作った現存する唯一の仏像、本尊の阿弥陀如来像
表現豊かで見ているものを飽きさせない雲中供養菩薩

だと思います。(源平合戦ファンなら源頼政のお墓巡りも忘れてはいけない・・・!)

今回は、その1つである雲中供養菩薩について紹介してみました。雲中供養菩薩からは、当時の人々の仏教信仰のあり方だけじゃなくて、当時の人々の美的センスとか芸術に対する想いみたいなものまで伝わってくるような気がします。雲中供養菩薩の繊細さと滑らかさなんかは、まさに日本人の美意識そのものです。

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