防人とは?その役割とかを簡単にわかりやすく!【ブラックすぎる単身赴任の実態とは!?】

今回、飛鳥時代末期に置かれた九州北部警備隊「防人(さきもり)」について紹介してみたいと思います。

 

 

これからするお話は、古代日本で起こったとある超絶ブラック労働のお話

 

実は防人は・・・、

強制単身赴任!
給料なし!
経費はもちろん自腹!

 

 

というブラック要素が三拍子揃った鬼畜な仕事だったのです。

 

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なぜ防人は登場したの?

なぜこんな悪魔のような仕事が日本に登場したのか?

 

 

これにはちゃんとした理由があって、663年に起こった白村江(はくすきのえ)の戦いにその原因があります。

 

 

実は日本、当時超大国だった唐に戦争を仕掛けていました。朝鮮にあった百済(くだら)という友好国が唐に滅ぼされようとしているのを助けるため、百済に援軍したんです。

 

 

結果、日本は敗北。海戦で大敗北を喫しました。

白村江の戦いはなぜ起きた?簡単にわかりすく解説!【日本・百済連合VS新羅・唐連合】
前回までは、大化の改新の話でしたが、時代を少し進めます。 今回は、663年に起こった白村江の戦いの話をしていきます。白村江の読みは、「はくそんこう」または「はくすきのえ」です。 白村江の戦いは、朝鮮半島で起こった戦いであり、日本にとってはその後の国のあり方にも影響した大変重要な戦いでした。まず、白村江の戦いに至るまでの時代...

 

 

喧嘩を売って敗北したのですから、その仕返しに唐が報復攻撃をしてくるかもしれない・・・。

 

 

そして唐からの報復攻撃に怯える中、創設されたのが防人制度だったんです。

 

 

アジア大陸から日本に攻めようとすると海を渡る必要がありますが、今も昔も一番安全かつ短い航路は、

 

朝鮮半島→対馬→壱岐→九州北部

 

っていう航路。

 

 

というわけで、日本も「唐が攻めてくるなら九州北部からだ!」と考えていたわけです。

防人は過酷な単身赴任!

防人は過酷な単身赴任の始まりでもありました。というのも、その任に従事する者の多くが東国の人だったんです。

 

 

さて、ここで疑問が1つ生じます。

 

「なんで現地の人に任せないの?わざわざ東国の人に重い負担を課すこともないんじゃない?」という疑問です。

 

 

 

この辺の事情ははっきりとはわかっていませんが、その理由の1つとして東国の人たちは屈強で強いことで有名だったことが挙げられます。

 

 

朝廷はその強さを頼りにしていたか、逆に東国の人の力を恐れ、力を削ごうと東国の人々を防人に選んだ可能性があります。

 

 

後述するように、防人の扱いはあまりにも酷いので後者の可能性が高いのかなと個人的には思っています。

防人の惨状

冒頭でも話しましたが、防人というのは地獄のような単身赴任の始まりを意味します。

 

 

まずお給料が貰えないし、移動にかかる経費も全て自腹。おまけに、地元で納めるべき税(多くの場合は稲)はその間もちゃんと納めろ!っていう無茶ぶり。頭おかしい。

 

 

さらに、任期は形式上3年ほどと決まっているものの、上の意向で延期されることもしばしば。要は一回防人に選ばれたら、いつ愛する妻子がいる地元に戻れるかわからないんです。

 

 

しかも!運よく任期を終えて地元に帰れるとしますよね。でも、帰り道に必要な食べ物とかお金とかは一切与えられないんです。「自力でなんとかして帰れやw」ってわけ。なので、帰路の途中で命を落とす者も多くいたよう。

 

 

 

おそらく、途中で逃げ出す者もいたことでしょう。こんな悲惨な福利厚生ですから、防人のモチベーションは相当低かっただろうと言われています。というか、ほぼ確実に低かったでしょうね。

 

 

せめて、任期を明確にして終わりが見えるようにして、任期満了の際に何か褒美みたいなものがあればみんなやる気の少しぐらいは起こったんでしょうけどね・・・。

 

 

結果的に唐から大規模な報復攻撃はありませんでしたが、もしあったとすればこんなブラック労働を強いられている防人に唐を撃退する力はおそらくなかったことでしょう。

 

 

今でこそ日本国憲法によって人権は尊重されていますが、当時のお偉い方の庶民に対する扱いなんてこんなもんだったんです。

防人の歌

さて、実は防人の人たちが歌った悲しい歌が今でも多く残されています。少し紹介しようと思います。

 

父母も 花にもがもや 草枕 旅は行くとも 捧げていかん

【現代語訳】

父と母がもし花であったなら、手に捧げていつも持っていくのになぁ

 

 

ひなくもり 碓氷の坂を 越えしだに 妹(いも)が恋しく 忘らえぬかも

【現代語訳】

薄日のさす碓氷の坂を越えるとき、妻が恋しくて忘れられぬ・・・

 

 

こんな感じで、妻子や父母、そして恋人との別れを悲しむ歌が今でも万葉集という歌集に数多く残っています。

 

 

先ほど話したように防人の任に当たった者は、地元に戻ることもできず亡くなっていくことを考えてみれば、防人というのは東国の人々にとっては悲劇以外の何ものでもありませんでした。

 

 

もしかすると、上のように妻との別れを歌った当の本人は、妻と二度と会うことができず、九州で命を落としているかもしれません。

防人まとめ

以上、防人についてサクッとまとめてみました。

 

 

超絶ブラック労働なわりにはモチベーションが超低いせいで、それほど強さを感じられない防人。頑張れば頑張るほどダメになっていく、現代のブラック労働そのものです。

 

 

これは完璧なる持論なんですが、確かに防人は必要だった。しかし、さすがにこの待遇で国を守れ!は酷い・・・というか、政策としておかしいと感じてしまいます。

 

 

劣悪な環境でモチベーションも低かったであろう防人ですが、先ほどお話しした「東国の人々の力を削ぐ」という意味ではとても効果的だったようにも思います。やっぱり防人の真の目的は、国土防衛という大義名分を隠れ蓑にした東国の影響力排除だったのでしょうか。

 

 

うーん、考えれば考えるほど奥が深いです。防人とは一体なんだったのだろうか・・・。

 

 

以上、現代のブラック労働に通ずるところの多い防人のお話しでした!

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