平安時代【院政】

院政とは具体的に何か?簡単にわかりやすく【院近臣、成功、院宣、院庁下文など】

前回の記事では、なぜ院政が始まったのか?について紹介しました。 今回は、院政とは具体的にどんな政治なのか?という点について紹介したいと思います。 絶対的君主「治天の君(ちてんのきみ)」 前回の記事でも説明したように院政の始まりは、強力な政治力が求められる諸問題を解決できなくなった堀河天皇が、出家し政治から離れていた白
平安時代【院政】

白河天皇(上皇・法皇)を簡単にわかりやすく紹介!【院政はなぜ始まったか?】

後三条天皇が1073年に亡くなった後、1072年に即位した後三条天皇の息子の白河天皇が活躍することになります。 白河天皇は、後に上皇として院政という日本独自の政治機構を造り上げた人物であり、日本史上でも有名な人物の1人です。前回の記事で紹介した後三条天皇は、延久の荘園整理令の実施などにより摂関政治により権力を掌握していた藤原氏の
平安時代【院政】

善政・有能?後三条天皇を簡単にわかりやすく紹介!【院政と摂関政治の衰退】

前回は荘園整理令の話をしました。 今回は有名な「延久の荘園整理令」を発令した後三条天皇という人物について紹介したいと思います。後三条天皇は、有能とか善政とか言うキーワードで語られることの多い比較的イメージの良い?天皇です。 疎まれる後三条天皇 後三条天皇が天皇即位する前の話です。実は、後三条天皇は時の権力者であった摂関藤原氏の藤原頼
平安時代【荘園整理令と税金】

延喜・延久の荘園整理令を簡単にわかりやすく解説!【醍醐天皇と後三条天皇】

前回は、不輸・不入の権について話をしました。 寄進地系荘園が増え、荘園が不輸・不入の権を掲げるようになると、朝廷は税収減や権利の乱用に悩まされるようになります。朝廷を牛耳っていた藤原氏などの有力貴族は、不輸・不入の権によって利益を享受していたので、強い危機感は抱かなかったようですが、特に天皇が強い危機感を抱きました。税収減や経済基盤を盤
平安時代【荘園整理令と税金】

不輸・不入権を簡単にわかりやすく解説【官省符荘と国免荘】

前回は、荘園公領制と寄進地系荘園という平安時代に形成された日本の土地制度の話をしました。 今回は、寄進地系荘園で盛んに行われていた不輸(ふゆ)・不入(ふにゅう)の権の行使について話をしようと思います。 不輸の権とは? 土地の私有を認めた墾田永年私財法では、私有地の保有を認める代わりに私有地に「輸租(ゆそ)」という税を賦課する
平安時代【荘園整理令と税金】

荘園公領制・寄進地系荘園を簡単にわかりやすく解説【平安時代の複雑な土地の仕組】

前回は、後三年の役という源氏が一躍有名となった戦の様子を紹介しました。 今回は、話を180度変えて平安時代中期〜後期の土地の仕組みについて説明しようと思います。正直、土地制度の話はつまらないし難しいし多くの人が敬遠しがちな内容です。このサイトではあえてそんなつまらない話をしようと思います。なぜかというと、平安時代末期の院政〜源平
平安時代【前九年・後三年の役】

後三年の役を簡単にわかりやすく紹介!【理由や経過など!】

前九年の役が終わったのが1062年。約20年後の1080年ごろ、東北地方は再び動乱の渦の中へと巻き込まれていきます。この時の一連の戦いのことを「後三年の役」と言います。 後三年の役は、その前に起こった前九年の役と密接に関わっています(同じ東北地方で起こった事件ですからね!)。後三年の役についてちゃんと知りたい方は、まずは以下の前九年の役
平安時代【前九年・後三年の役】

前九年の役を簡単にわかりやすく紹介!【理由や経過など!】

2記事に渡り、前九年の役と後三年の役について解説しようと思います。この記事では前九年の役について解説します。 前九年の役・後三年の役とは、簡単に言えば東北地方で起きた戦いです。なぜ、前九年の役・後三年の役が教科書に載るほど有名なのか?(歴史的意義は何か?)というと、概ね次の2つの理由にあろうと思います。 ・戦いを通じて、源
平安時代【藤原道長と摂関政治】

平忠常の乱を簡単にわかりやすく紹介【平定・鎮圧と歴史的意義】

今回は1028年に起きた関東地方の大規模反乱、平忠常の乱について解説してみようと思います。 当時の関東地方は、朝廷の力が強く及ばない無法地帯。940年頃にも平将門という人物が大規模な反乱を起こしています(平将門の乱)。平忠常の乱は、平将門の乱の後、約100年ぶりに起こった大規模反乱でした。 この記事を読む前に、平将
平安時代【藤原道長と摂関政治】

刀伊の入寇をわかりやすく解説【藤原隆家と無能な貴族たち】

さて、藤原道長の話ということで、延々と朝廷内の権力闘争の話をしてきましたが、朝廷内の話は一度やめて、地方で起こった出来事の話をしてみたいと思います。 今回は1019年起きた「刀伊の入寇」という事件について紹介します。刀伊の入寇事件は、当時の平安貴族たちがいかに地方統治に無関心で無能だったかがわかる象徴的な事件であり、平安貴族の権