WORLD HISTORY ─ CHINA & EAST ASIA
中国・東アジア
紀元前1600年ごろ 〜 現代
38
解説記事
約3600年
あつかう時間
5
学びのフェーズ
甲骨文字の殷から始皇帝の統一、モンゴル帝国の大征服、そしてアヘン戦争・辛亥革命を経て現代の中国へ──中国・東アジアの歴史は約3600年におよぶ壮大な物語です。王朝の興亡と、そのなかを生きた人々の姿を、38本の解説記事とともに5つのフェーズでたどっていきましょう。
BC221
秦の統一
1206
モンゴル帝国
1840
アヘン戦争
1911
辛亥革命
1949
新中国成立
1966
文化大革命
なぜ中国・東アジアを学ぶのか
王朝交替のくり返しの先に、アヘン戦争・辛亥革命・新中国という激動──中国史は現代ニュースを読み解くための最強の教養。
中国史は「殷から清まで」の王朝史と、「アヘン戦争から現在まで」の近現代史の2部構成で考えるとぐっと見通しがよくなります。このページでは古代の統一帝国、分裂と再統一、モンゴルと明・清、近代の動揺、現代中国と東アジアの5フェーズで全体像を整理しました。香港・台湾・朝鮮半島の歩みもあわせて学べば、いまのニュースの背景が立体的に見えてきます。
Phase I ─ 古代中国(殷〜漢)
BC1600〜AD220
BC1600ごろ
BC221
中国統一
始皇帝、天下を統一する ─ 郡県制と万里の長城で築いた最初の統一帝国
紀元前221年、秦王の政が中国を初めて統一し「皇帝」を名乗りました。郡県制による中央集権や度量衡・文字の統一は、その後2000年つづく皇帝政治の原型となります。
Phase II ─ 分裂と再統一(三国〜唐・宋)
220〜1279
220
618
Phase III ─ モンゴルと明・清
1206〜1840
1206
1368
1644
清の全盛
満洲人の王朝・清 ─ 康熙・雍正・乾隆の三帝がきずいた最後の王朝の全盛期
明にかわって中国を支配した清は、康熙・雍正・乾隆の3人の皇帝の時代に最大領土を実現しました。一方で貿易をきびしく管理したことが、のちの欧米との衝突の火種となります。
Phase IV ─ 近代の動揺(アヘン戦争〜辛亥革命)
1840〜1912
1840
1856
Phase V ─ 現代中国と東アジア
1912〜現在
1919
1926
1949
新中国成立
毛沢東、中華人民共和国を建国 ─ 国共内戦を制した共産党の新国家
日中戦争後にふたたび始まった国共内戦を制し、1949年に毛沢東が中華人民共和国の成立を宣言しました。敗れた蒋介石の国民党は台湾にのがれ、中台分断が始まります。
02
Chronology
中国・東アジアのハイライト年表
BC1600ごろ
黄河流域に殷王朝が成立し、甲骨文字が使われる
BC221
秦の始皇帝が中国を初めて統一する
BC202
劉邦が漢(前漢)を建国する
220
後漢がほろび、魏・呉・蜀の三国時代が始まる
589
隋が中国を再統一する(618年には唐が成立)
960
宋が成立し、科挙官僚による文治政治が進む
1206
チンギス=ハンがモンゴル帝国を建国する
1368
朱元璋が明を建国し、モンゴル勢力を北へ退ける
1644
明がほろび、清が北京に入城して中国支配を始める
1840
アヘン戦争が起こる(1842年に南京条約)
1911
辛亥革命が起こり、翌年に中華民国が成立する
1949
毛沢東が中華人民共和国の成立を宣言する
1966
文化大革命が始まる(1976年まで)
1989
天安門事件で民主化運動が武力で鎮圧される
03
FAQ
中国・東アジアでよく出る疑問
大きな流れは、殷・周・秦・漢・三国・隋・唐・宋・元・明・清です。まずは「秦の統一(紀元前221年)」「モンゴル帝国(1206年)」「清の滅亡(辛亥革命・1911年)」の3つを軸に覚えると、全体が整理しやすくなります。
イギリスが清・インドとの三角貿易でアヘンを清に密輸し、清が林則徐を派遣して取り締まりを強めたことがきっかけです。1840年に開戦し、敗れた清は南京条約で香港島の割譲や5港の開港を認めさせられました。
1911年の辛亥革命によって清朝がたおれ、翌1912年にアジア初の共和国である中華民国が成立しました。秦の始皇帝から約2000年つづいた皇帝による政治が、ここで終わりをむかえたのです。
第二次世界大戦後の国共内戦で共産党に敗れた蒋介石の国民党が、1949年に台湾へのがれたことが直接の出発点です。以来、中華人民共和国と台湾は分断されたままで、この問題は現在の東アジア情勢を理解するカギになっています。