中国・東アジア|世界史まとめ・記事一覧

WORLD HISTORY ─ CHINA & EAST ASIA
中国・東アジア

紀元前1600年ごろ 〜 現代

24
解説記事
約3600年
あつかう時間
5
学びのフェーズ

甲骨文字の殷から始皇帝の統一、モンゴル帝国の大征服、そしてアヘン戦争・辛亥革命を経て現代の中国へ──中国・東アジアの歴史は約3600年におよぶ壮大な物語です。王朝の興亡と、そのなかを生きた人々の姿を、24本の解説記事とともに5つのフェーズでたどっていきましょう。

BC221
秦の統一
1206
モンゴル帝国
1840
アヘン戦争
1911
辛亥革命
1949
新中国成立
1966
文化大革命

なぜ中国・東アジアを学ぶのか

王朝交替のくり返しの先に、アヘン戦争・辛亥革命・新中国という激動──中国史は現代ニュースを読み解くための最強の教養。

中国史は「殷から清まで」の王朝史と、「アヘン戦争から現在まで」の近現代史の2部構成で考えるとぐっと見通しがよくなります。このページでは古代の統一帝国、分裂と再統一、モンゴルと明・清、近代の動揺、現代中国と東アジアの5フェーズで全体像を整理しました。香港・台湾・朝鮮半島の歩みもあわせて学べば、いまのニュースの背景が立体的に見えてきます。

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Phase I ─ 古代中国(殷〜漢)

BC1600〜AD220
BC1600ごろ
思想の誕生

黄河文明の王朝と諸子百家 ─ 甲骨文字の殷から孔子・孫子の思想の時代へ

黄河流域に成立した殷は、甲骨文字を残した最古の王朝とされます。周の力がおとろえた春秋戦国時代には、孔子や孫子をはじめとする諸子百家が登場し、中国思想の土台が築かれました。

論語 孫子の兵法 殷と周準備中 春秋戦国時代準備中 諸子百家準備中
BC221
中国統一

始皇帝、天下を統一する ─ 郡県制と万里の長城で築いた最初の統一帝国

紀元前221年、秦王の政が中国を初めて統一し「皇帝」を名乗りました。郡県制による中央集権や度量衡・文字の統一は、その後2000年つづく皇帝政治の原型となります。

BC202
漢帝国

漢の四百年とシルクロード ─ 武帝の時代に東西をむすぶ交易路が開かれる

劉邦が建てた漢はおよそ400年つづき、武帝の時代に最盛期をむかえます。張騫の西域派遣をきっかけにシルクロードの交易がさかんになり、東西の文化が行きかいました。

シルクロード 漢王朝準備中
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Phase II ─ 分裂と再統一(三国〜唐・宋)

220〜1279
220
分裂と再統一

三国の動乱から隋の再統一へ ─ 魏・呉・蜀の抗争と南北朝の分裂をこえて

後漢がほろぶと魏・呉・蜀が争う三国時代となり、その後も南北朝の分裂がつづきました。589年に隋が中国を再統一し、律令や科挙といった新しい統治のしくみを整えます。

三国時代準備中 隋の統一準備中
618
唐の全盛

国際都市・長安がかがやく唐 ─ 遣唐使も学んだ東アジア文化圏の中心

唐は律令にもとづく統治で栄え、都の長安にはシルクロードを通じて世界中から人とモノが集まりました。日本も遣唐使を送り、制度や文化を熱心に学んでいます。

シルクロード 準備中
960
宋の繁栄

科挙官僚が支えた宋の時代 ─ 経済発展と火薬・羅針盤・印刷術の三大発明

宋は科挙で選ばれた官僚が政治を担う文治主義の国家でした。商業と都市が大きく発展し、火薬・羅針盤・印刷術が実用化されるなど、文化と技術が成熟した時代です。

準備中 科挙準備中

Phase III ─ モンゴルと明・清

1206〜1840
1206
モンゴルの世紀

チンギス=ハン、モンゴル帝国を建国 ─ ユーラシアをおおう史上最大級の帝国へ

1206年、チンギス=ハンがモンゴル高原を統一し、モンゴル帝国が誕生しました。孫のフビライは国号を元と定めて中国を支配し、マルコ=ポーロが訪れるなど東西交流が大きく進みます。

チンギス=ハン モンゴル帝国 マルコ=ポーロ準備中
1368
明の時代

朱元璋の明と李氏朝鮮 ─ 朝貢体制で東アジアの秩序をつくり直す

1368年、朱元璋が明を建国してモンゴル勢力を北へ退けました。明は周辺国と朝貢の関係を結んで東アジアの秩序を再建し、朝鮮半島では1392年に李氏朝鮮が成立します。

準備中 李氏朝鮮準備中
1644
清の全盛

満洲人の王朝・清 ─ 康熙・雍正・乾隆の三帝がきずいた最後の王朝の全盛期

明にかわって中国を支配した清は、康熙・雍正・乾隆の3人の皇帝の時代に最大領土を実現しました。一方で貿易をきびしく管理したことが、のちの欧米との衝突の火種となります。

準備中

Phase IV ─ 近代の動揺(アヘン戦争〜辛亥革命)

1840〜1912
1840
近代の幕開け

アヘン戦争、清をゆるがす ─ 三角貿易のひずみが招いた近代中国の転換点

イギリスは清・インドとの三角貿易でアヘンを密輸し、取り締まりを強めた清と1840年に開戦しました。敗れた清は1842年の南京条約で香港島の割譲と5港の開港をのまされます。

1856
内憂外患

太平天国の乱とアロー戦争 ─ 内乱と列強の圧力が同時におそった清の危機

国内では洪秀全がひきいる太平天国の乱が清をゆるがし、対外的にはイギリス・フランスがアロー戦争を起こしました。清は天津条約・北京条約でさらなる開国を強いられます。

1911
王朝の終焉

戊戌の変法から辛亥革命へ ─ 二千年つづいた皇帝政治がついに終わる

日清戦争の敗北後、光緒帝による戊戌の変法は西太后の政変でわずか100日余りで挫折しました。1911年の辛亥革命で清はたおれ、翌年に孫文を臨時大総統とする中華民国が成立します。

戊戌の変法 辛亥革命 孫文準備中

Phase V ─ 現代中国と東アジア

1912〜現在
1919
民族運動

五・四運動と三・一独立運動 ─ 民族自決の波が中国と朝鮮をゆさぶる

パリ講和会議への不満から、1919年に北京で五・四運動が起こりました。同じ年、日本統治下の朝鮮でも三・一独立運動が広がり、民族自決を求める声が東アジアをおおいます。

1926
国共対立

北伐と上海クーデター ─ 手を結んだ国民党と共産党が一転、内戦の時代へ

五・三〇運動で反帝国主義の気運が高まるなか、蒋介石は軍閥打倒をめざす北伐を進めました。しかし1927年の上海クーデターで国共合作は崩れ、国民党と共産党の内戦が始まります。

1949
新中国成立

毛沢東、中華人民共和国を建国 ─ 国共内戦を制した共産党の新国家

日中戦争後にふたたび始まった国共内戦を制し、1949年に毛沢東が中華人民共和国の成立を宣言しました。敗れた蒋介石の国民党は台湾にのがれ、中台分断が始まります。

1966
現代への問い

文化大革命から天安門事件へ ─ 現代中国と香港・台湾をめぐる問い

1966年に毛沢東が発動した文化大革命は、中国社会に深刻な混乱をもたらしました。毛の死後は改革開放へ転じますが、1989年の天安門事件で民主化運動は鎮圧され、香港・台湾をめぐる問題は現在もつづいています。

02
Chronology

中国・東アジアのハイライト年表

BC1600ごろ 黄河流域に殷王朝が成立し、甲骨文字が使われる
BC221 秦の始皇帝が中国を初めて統一する
BC202 劉邦が漢(前漢)を建国する
220 後漢がほろび、魏・呉・蜀の三国時代が始まる
589 隋が中国を再統一する(618年には唐が成立)
960 宋が成立し、科挙官僚による文治政治が進む
1206 チンギス=ハンがモンゴル帝国を建国する
1368 朱元璋が明を建国し、モンゴル勢力を北へ退ける
1644 明がほろび、清が北京に入城して中国支配を始める
1840 アヘン戦争が起こる(1842年に南京条約)
1911 辛亥革命が起こり、翌年に中華民国が成立する
1949 毛沢東が中華人民共和国の成立を宣言する
1966 文化大革命が始まる(1976年まで)
1989 天安門事件で民主化運動が武力で鎮圧される
03
FAQ

中国・東アジアでよく出る疑問

大きな流れは、殷・周・秦・漢・三国・隋・唐・宋・元・明・清です。まずは「秦の統一(紀元前221年)」「モンゴル帝国(1206年)」「清の滅亡(辛亥革命・1911年)」の3つを軸に覚えると、全体が整理しやすくなります。
イギリスが清・インドとの三角貿易でアヘンを清に密輸し、清が林則徐を派遣して取り締まりを強めたことがきっかけです。1840年に開戦し、敗れた清は南京条約で香港島の割譲や5港の開港を認めさせられました。
1911年の辛亥革命によって清朝がたおれ、翌1912年にアジア初の共和国である中華民国が成立しました。秦の始皇帝から約2000年つづいた皇帝による政治が、ここで終わりをむかえたのです。
第二次世界大戦後の国共内戦で共産党に敗れた蒋介石の国民党が、1949年に台湾へのがれたことが直接の出発点です。以来、中華人民共和国と台湾は分断されたままで、この問題は現在の東アジア情勢を理解するカギになっています。