国風文化の平安文学作品一覧を簡単にまとめてみた【それぞれの魅力・特徴・内容がわかります】

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もぐたろう
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今回は、平安時代の国風文化を代表する文学作品について、わかりやすく丁寧に紹介していくよ。

この記事を読んで欲しい人
  • 国風文化で登場する作品が多すぎて覚えられない人
  • 国風文化で登場する作品を丸暗記するのではなく、どんな作品なのかまで知りたい人
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この記事で紹介する文学作品一覧

歌集・詩集
物語
日記
もぐたろう
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それぞれの作品について、簡単な紹介をしていくよ。

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古今和歌集

古今和歌集は、醍醐天皇の命令(勅令)によって制作された日本初の朝廷公式の和歌集(勅撰和歌集)のことです。

醍醐天皇

和歌の精鋭4人が集結し、紀貫之という人物を中心としたプロジェクトチームで制作作業が進められ、905年に完成しました。

当時、日本には空前の和歌ブームが到来しており、天皇自ら漢詩ではなく和歌集の製作を命じたという点で、古今和歌集はブームの象徴とも言えると思います。

ちなみに、紀貫之きのつらゆきは後述する土佐日記の著者でもあります。

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和漢朗詠集

生粋の詩の天才と言われた藤原公任ふじわらのきんとうの詩集のこと。1013年頃に成立しました。

漢詩・和歌の両方が収められていて、声に出して詩を詠む(朗詠)ために作られました。

藤原公任

当時、漢詩・和歌は、行事や催事の余興として詠まれることが多かったため、藤原公任は、季節や場面に応じて朗詠すべき詩を整理して、一冊の本にまとめようと考えたのです。

ちなみに、和漢朗詠集わかんろうえいしゅうの清書は、筆の達人で三蹟さんせきの一人でもあった藤原行成が行っています。

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竹取物語

竹取物語は、現在知られている日本最古の物語。著者は不明。成立時期もわかっていませんが、900年前後だろうと言われています。

内容は、月のお姫様を主人公にした恋愛ファンタジーでフィクション物。童話「かぐや姫」の原本でもあります。

竹取物語の特徴は、物語が漢字ではなくかな文字で書かれている点で、国風文化を代表する作品の1つとなっています。

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伊勢物語

日本史上屈指のプレイボーイ、在原業平をモチーフにしたとされる短編集。

著者は不明。成立時期も不明ですが、900年前後だろうと言われています。

平安時代は、女性を口説くのに和歌が多用された時代です。伊勢物語では、在原業平がそのルックスと卓越した和歌スキルで、次々と女性を口説き落とし、多くの女性と恋する物語が集められています。

その内容が実話に基づいたものかは不明です。

竹取物語と同じくかな文字が使われており、和歌を中心として物語を進める歌物語というジャンルを確立させた作品でもあります。

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うつほ物語

うつほ物語は、楽器の「こと」を中心に、宮中で繰り広げられる政争や恋愛をテーマにした長編物語です。

著者は不明。成立時期もはっきりしませんが、980年頃だと言われています。

うつほ物語の最大の特徴は、現存する最古の長編物語であるという点です。

また、竹取物語と比べるとファンタジー要素が薄れ、宮中や政争の描写がより現実的(写実的)なものになっています。

「長編物語」「現実的(写実的)」という要素は、後述する源氏物語にも受け継がれていきます。

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落窪物語

落窪物語おちくぼものがたりは、日本版シンデレラ。

実母を失い、継母にいじめられていた悲劇のヒロインが、貴公子と出会い、苦難の末に幸せな生活を手に入れる・・・という物語です。

著者は不明。成立時期は900年代後半とされています。

「悲劇のヒロイン」という設定は、源氏物語でも採用されることになります。

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源氏物語

主人公である光源氏ひかるげんじの生涯を中心に、宮中での恋愛・政治闘争・政略婚、そして栄光と没落が交差する貴族社会を描いた超大作。

著者は紫式部。成立時期は1008年頃。

紫式部は、宮中で皇后(天皇の正妻)の藤原彰子に仕えていた経験もあり、描かれている貴族や朝廷の様子が非常にリアルなのが特徴です。

そのリアルさに、壮大なストーリーを重ねることで、まるで現実かのような錯覚を起こさせ、読み手を本の中へと引き込んでいきます。

源氏物語は現在に至るまで日本で絶大な人気を誇り、今では海外でも読まれています。源氏物語は、数ある日本の文学作品の中で最も多くの人に読まれている作品なんじゃないかと思われます。

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栄花物語

宇多天皇〜堀河天皇(887年〜1062年)の時代について書いた歴史物語。

著者は、赤染衛門あかそめえもん。男っぽい名前ですが、女性です。

赤染衛門(百人一首)

成立時期は、1025年頃。後半部分は、時間を少し置いて別の女性が書いたと言われています。

赤染衛門は、同時代に権勢を誇った藤原道長推しだったようで、藤原道長の話が内容の多くを占めています。

歴史物語と言っても、「歴史を後世に語り継ごう」という堅苦しい感じではなく、「藤原道長様の栄光と挫折を歴史を振り返って楽しみましょ」的な雰囲気です。

赤染衛門は藤原彰子に仕えていたので、紫式部とは同僚の関係にあり、栄花物語は源氏物語の影響を受けているとも言われています。

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土佐日記

古今和歌集の制作にも携わった紀貫之きのつらゆきが書いた日記です。930年頃に書かれました。

当時の貴族社会には、「仕事に関する日記を漢字で記す」習慣がありました。歌人でもあった紀貫之は、その日記を使って一つの文学作品を作ろうと考えます。

こうして、自分が土佐から京に戻るまでの旅路を、笑いあり・涙ありの物語にまとめたものが土佐日記です。

土佐日記の特徴は、当時の男性としては珍しく、かな文字で日記を書いている点です。

さらに、当時は「男は漢字を使うのが当たり前!!」という風潮だったので、紀貫之は偽名を使って、あえて女性のふりをして日記を書いています。

ただ、内容を読んでいると、紀貫之であることがバレバレで、本人も隠す気が0であり、土佐日記=紀貫之の作品として定着しています。

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蜻蛉日記

夫に対するヤキモチや不満をぶちまけた暴露日記。

著者名は不明ですが、藤原道綱ふじわらのみちつなという人物の母であることがわかっているので、藤原道綱母と呼ばれています。

成立時期は、975年頃。

夫の名は、藤原兼家。絶対な権勢を誇った藤原道長の父にあたります。

当時の貴族社会は妻問婚で、一夫多妻的な関係が当たり前。蜻蛉日記では、妻問婚における女性の苦悩・葛藤を垣間見ることができます。

「日記」と言いつつも、晩年になって人生を振り返って書いた本なので、内容として自伝に近いです。

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和泉式部日記

和泉式部という女性が、自らの恋愛談をまとめた本です。これも内容的には、日記よりも自伝に近いです。

和泉式部は、皇后の藤原彰子に仕えており、これまでに登場した紫式部・赤染衛門とは同僚でした。

紫式部からは「素行が良くない」、藤原道長からは「浮かれ女」と揶揄されるほど、和泉式部は恋多き女性でした。

和泉式部日記には、高貴な男性との禁断の恋の話や、ここでは書けない18禁の話が書かれています。

ちなみに、和泉式部は、和歌の達人でもあり、百人一首にも和泉式部の和歌が収められています。(きっと、この和歌の上手さが、多くの男性を魅了したのでしょうね)

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紫式部日記

紫式部が、皇后の藤原彰子に仕えている頃に書いていた日記です。

日々の宮中の様子、仕事の愚痴や悩み、同僚の評価(和泉式部いずみしきぶや赤染衛門など)、先輩に当たる清少納言せいしょうなごんへのライバル心などが書かれています。

まさに、紫式部が日々の心中を吐露したTHE日記と言える内容です。

紫式部日記を読んでみると、どうも紫式部は「負けず嫌いでストイックな反面、融通が効かず内気な性格」っぽいような気がする。(個人の意見です)

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枕草子

清少納言が、日々思ったことを書いたエッセイ。

エッセイとは

文学における一形式で、筆者の体験や読書などから得た知識をもとに、それに対する感想・思索・思想をまとめた散文

清少納言は、皇后の藤原定子に仕えていました。機転が効いてユーモアもある明るい女性で、周囲の男たちから大人気な存在でした。(後任の紫式部は、少なからず清少納言をライバル視していました)

そんな清少納言がエッセイを書けば、それがたとえよくある日常を描いたとしても、たちまちのうちに知的ユーモア溢れる作品となり、読み手を飽きさせない名作へと昇華されていきます。そんな作品が枕草子です。

何気ない日常(鳥のさえずり、雨の日の匂い・・・など)を鋭く観察し、そこから知的好奇心や美意識を感じることを、昔の人は「をかし」と言いました。枕草子は日本の「をかし」を代表する作品です。

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更級日記

源氏物語オタクが自らの生涯を書き綴った自伝です。

著者は、菅原孝標たかすえという人物の娘。略して藤原孝標女ふじわらのたかすえのおんなと言われています。

時代的には1020年〜1059年の約40年間をまとめたもので、ここで登場した文学作品の中では最も新しいです。

菅原孝標女は、源氏物語のような素敵な恋に憧れて田舎から上京し、宮中で仕事をこなします。しかし、現実は源氏物語のように上手くはいきません。結局、平凡な結婚生活を送りますが、晩年は夫が早世し、子供たちも独立したことで、菅原孝標女はひとりぼっちに。

孤独の中、夢見がちだった昔の自分を振り返って書いたのが更級日記です。

実は、菅原孝標女の母親は、先ほど紹介した蜻蛉日記の著者、藤原道綱母です。菅原孝標女も、その文才を受け継ぎ、後世に名を残す文学作品をこなしたのですね。

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御堂関白記

藤原道長が書いた日記です。日々の出来事や仕事に関するメモが書かれています。今で言うビジネス手帳のような感じです。

930年頃、紀貫之は、ひらがなを使って日記を書きたいが故に、女性のふりをして土佐日記を書きました。

ところが、1000年前後に書かれた御堂関白記みどうかんぱくきは、ひらがなと漢字が混在しています。

これは、時代が経つにつれて、ひらがなが世間に受け入れられてきた証拠です。御堂関白記は、まさに国風文化の移り変わりを象徴する日記となっています。

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紀貫之も、この時代に生まれていたら、女のふりをしなくて良かったかもしれないなぁ・・・。

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まとめ

古今和歌集和歌好きな醍醐天皇の命令で作られた朝廷公認の和歌集
和漢朗詠集詩の天才(藤原公任)による詩の朗読集
竹取物語日本最古の物語作品。月の姫を主人公にしたファンタジー物
伊勢物語チャラ男(在原業平)を題材にした歌物語
うつほ物語リアリティー溢れる日本最古の長編物語
落窪物語日本版シンデレラ
源氏物語プリンス光源氏による朝廷ラブロマンス。多くの女性ファンを生む。
栄花物語藤原道長推しな歴史物語
土佐日記紀貫之が書いたおもしろネカマ日記
蜻蛉日記夫への嫉妬・愚痴をまとめた日記
和泉式部日記自らの禁断の恋について書きまとめた自伝
紫式部日記朝廷での仕事で日々思ったことをまとめた日記
枕草子日本史上最高の神エッセイ。「をかし」の境地を味わえる
更級日記源氏物語オタが、現実の儚さを書き綴った自伝
御堂関白記藤原道長のビジネス手帳

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