戦国・安土桃山時代
SENGOKU PERIOD / 1467〜1615年(応仁の乱から大坂夏の陣まで)
📚 テーマ別に深掘りする(準備中)
信長・秀吉・主要合戦など、テーマを絞った特集ページを順次公開予定です。
乱世の幕開け
応仁の乱によって将軍権威が崩壊し、「下剋上」の世が始まった。各地に戦国大名が割拠し、約100年に及ぶ戦国時代の幕が開く。
細川政元が将軍・足利義材を廃し傀儡の将軍を擁立した。「幕府を守る守護大名」が「将軍を操る戦国大名」へと変質した歴史的転換点とされる。
群雄割拠
鉄砲・キリスト教の伝来が戦国の版図を塗り替える。武田・上杉・毛利・今川——全国に群雄が割拠し、「天下人」をめぐる激突が激化する。
火縄銃が種子島に伝わり、堺・国友などで量産が始まった。合戦の戦術を根本から変える「革命的兵器」として急速に普及。1549年にはザビエルによりキリスト教も伝来した。
信濃の支配をめぐり武田信玄と上杉謙信が12年にわたって5度激突。特に1561年の第4次合戦は「戦国最大の激戦」として名高く、双方に多大な損害をもたらした。
信長の天下布武
足利義昭を奉じて上洛した織田信長が、比叡山焼き討ち・長篠の戦いで旧勢力を打倒。「天下布武」の印のもと、新しい権力秩序が生まれようとしていた。
「天下布武」の印を掲げた信長は足利義昭を15代将軍に擁立し京都に入城。事実上の天下人となったが、義昭はのちに各地の大名と「信長包囲網」を形成して対立した。
浅井・朝倉勢力を支援した延暦寺に激怒した信長は、坂本から山上まで焼き払い僧侶・住民を問わず多数を殺害した。「神仏をも恐れぬ」信長の性格を象徴する事件だ。
武田勝頼の精鋭騎馬軍団に対し、信長・家康連合軍は馬防柵と大量の鉄砲で応戦。「三段撃ち」の真偽には諸説あるが、鉄砲が戦場の主役に躍り出た決定的な合戦だ。
秀吉の天下統一
本能寺の変後、豊臣秀吉が山崎の戦いで光秀を討ち実権を掌握。太閤検地・刀狩で全国統一を成し遂げるも、晩年の朝鮮出兵が豊臣政権の衰退を招いた。
1587年にキリスト教宣教師の国外追放を命じ、1592年・1597年の2度にわたって朝鮮へ出兵。膨大な犠牲を出したまま1598年に秀吉は没し、豊臣政権は急速に動揺し始めた。
天下分け目
秀吉の死後、徳川家康と石田三成が対立。関ヶ原の一戦が東西の命運を分け、大坂冬の陣・夏の陣で豊臣家が滅亡。150年の戦国時代に幕が下りる。
収録武将 — 20名(順次追加予定)



















