勘解由使って何?簡単にわかりやすく徹底解説【設置理由と仕事内容を確認しよう】

今回は、平安時代初期に登場する勘解由使かげゆしという職業についてわかりやすく丁寧に解説していきます。

勘解由使の概要だけ先に載せておきます↓

勘解由使とは

桓武天皇は積極的な政治改革を数多く実施し、国家財政悪化の原因になっていた地方政治を改革することに力を入れた。

その一環といて、勘解由使という令に定められていない令外官りょうげのかんを設けて、国司の交代の際に行う事務の引き継ぎを厳しく監視させた。

この記事を読んでわかること
  • 勘解由使はなぜ登場したの?
  • 令外官って何?
  • 「事務の引き継ぎ」って具体的に何をしていたの?
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そもそも国司って何?

勘解由使の仕事は、国司を監視することです。というわけで勘解由使の話に入る前に、国司こくしについて簡単に紹介しておきます。

国司は、朝廷から地方に派遣される役職のこと。地方の統括を任され、地方の最高権力者でした。

国司の仕事の1つに、「地方の民から税金を徴収する」というものがあります。当時の税金は、租・庸・調などの種類がありました。

しかし、743年に墾田永年私財法が制定されて以降、重税に耐えきれず浮浪・逃亡をする者が後を絶たず、朝廷は深刻な財政難になってしまいます。

そこで朝廷は国司にこんなことを言います。

朝廷「急で悪いんだけど、財政難で国司のお給料払えないから!あとは自分でなんとかしてな。地方で権力持ってるんだしなんとかなるでしょ。

朝廷「あっ、1つ言い忘れてた。給料は払えないけど、財政難だからちゃんと民から税金を徴収しろ。足りない分は、国司の力でなんとかしろよ。

こう言われて困った国司は、自分の給料や朝廷からの納税ノルマを達成するため、新しい財源を探すことになります。

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正税と租

そこで、国司が注目したのが租・庸・調のうちの租です。

租は稲の収穫高の3%を納める税金ですが、少し変わった税金でした。というのも、税金として徴収するくせに、各地方の倉庫に貯蓄されて、使われることがほとんどなかったのです。詳しくは以下の記事が参考になります。

租として徴収して倉庫に貯蓄している稲のことを正税しょうぜいと言い、国司はこの正税に注目しました。

国司
国司

使われていない正税を利用すれば、俺の給料も納税ノルマも全部解決できるのでは?

こうして国司は禁断の正税に手を出します。

とは言っても、ただ単に貯金を取り崩すだけではありません。取り崩すだけだと、いつか貯金は枯渇してしまいますからね。

そこで国司は、取り崩した正税(稲)を高利率で民に強制的に貸し付けることにしました。(これは歴史の専門用語で出挙すいこと言います)

そして、そこから得られる利息分の稲を自分のお給料や納税ノルマ達成のために使うことにしたのです。ちなみに、正税の出挙で得た利息分の稲のことを専門用語で公廨稲くがいとうと言います。(学校では習わないので覚える必要はありません)

専門用語がたくさん登場したので、ここで一度整理しておきます。

  • 正税:租を徴収して、長年貯蓄してきた稲のこと
  • 出挙:稲を農民に高利率で貸し付けること
  • 公廨稲:出挙で国司が得た利益のこと

国司は公廨稲を手に入れたことで、自分の給料を自由に設定できるようになりました。

極論を言ってしまうと、金持ちになりたければ、民の負担を無視して出挙しまくって公廨稲をゲットすればいいのです。実際、国司の重税に苦しむ農民はたくさんいました。

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解由状と不正・賄賂

この公廨稲が、国司の間で大きな問題を引き起こすことになります。

国司の任期は4年です。任期を終えると新しい国司にバトンタッチします。バトンタッチは新しい国司が前任の国司へ解由状げゆじょうという書類をやり取りすることで行われます。

しかし、公廨稲で甘い蜜の味を覚えた国司は、任期を終えた後もその蜜を吸い続けようと考えます。

前任の国司
前任の国司

新任の国司さん。俺、国司を辞めても公廨稲が欲しいんだよね。ちょっと分けてくれない?

新任の国司
新任の国司

は?何言ってんの?俺の利益になるものを簡単に渡すはずないじゃん。

そんなこと言ったら、解由状渡さないよ?もしそうなったらお前の出世にも響くぞ。それでもいいのか?

前任の国司
前任の国司

フフ、君はわかってないなぁ。俺がいつ、タダでお願いすると言った?

・・・これでどうだ。(大量のお金ドーン!!!)

新任の国司
新任の国司

・・・さっきの話はやっぱなし。

解由状すぐに出すから少し待っててください!

こんな風に、国司の間で不正や賄賂などが横行するようになり、社会問題となります。さらに、国司の不正・賄賂で一番苦しむのが誰かというと、農民たちです。国司が私腹を肥やせば肥やすほど民は重税で苦しむことになります。

民が重税で苦しめば、ますます浮浪・逃亡をする人が増えて、朝廷の税収が減るという悪循環に陥ります。

この問題を解決するために、作られたのが勘解由使という役職でした。

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勘解由使の仕事

797年、公廨稲をめぐる不正問題を解決するため、勘解由使が置かれました。勘解由使を考えたのは桓武天皇です。

平安遷都と東北の蝦夷戦争という2大事業を同時に進めていた桓武天皇は、ただでさえ民に負担を強いているのに、これ以上の負担を強いてはならないと国司の不正問題を深刻に受け止めていたのです。

勘解由使は桓武天皇が考えた役職で、本来の律令制度には存在しない役職です。そのような役職のことを令外官と言います。

律令制度は701年に完成しましたが、ここに書かれた役職だけでは時代の変化に対応することは不可能です。平安時代になると令外官が増え始め、平安時代末期には令外官だらけになってしまいます。

勘解由使の仕事は、解由状の調査や監視です。

勘解由使が登場する以前は、解由状は新任国司と前任国司の間で直接やりとりされていました。

しかし、勘解由使の登場後は、新任国司と前任国司の間に勘解由使が入って、何か不正なことがないかチェックが入ります。そして問題なしと認められれば、解由状が発行されることになります。

こうすることで、前任国司の不正や悪政、解由状のやりとり時に起こる賄賂などを防ぐことが可能になります。

勘解由使
勘解由使

うーん、君は不正に農民から搾取してるよね。改善するまで、次の役職になれない(出世できない)からそこんとこよろしく。

勘解由使
勘解由使

あなたは不正ばかりして、集めた税金を国へ納めていませんね?

そのお金(稲)を国に納めるまで、新任国司に渡す解由状は受け付けませんから。

そして、不正や賄賂が減れば、民の負担も減らすことができる・・・というわけです。

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勘解由使まとめ

勘解由使の登場で、国司になるためには厳しい審査が入ることになりました。

新しく国司になりたい人は、審査を認めてもらって解由状を受領することに必死です。そこで、平安時代に入ると国司は「やっと解由状を受領できた人」という意味で、受領ずりょうと呼ばれるようになります。

教科書や平安時代の本では、「受領」と「国司」という言葉が混在することも多いですが、言っていることは同じです。

勘解由使まとめ
  • 勘解由使は、国司の不正を正すために設置された。
  • 勘解由使は令外官。置いたのは桓武天皇
  • 勘解由使の仕事は「解由状の審査」



平安時代
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