イスラム国(IS)とは?なぜ生まれて崩壊したのか【世界史でわかりやすく解説】

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もぐたろう
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今回はイスラム国(IS)について、世界史のテストにも役立つようにわかりやすく解説していくよ!なぜ生まれて、なぜ崩壊したのか——その全貌を一緒に見ていこう!

📚 この記事のレベル:高校世界史 / 現代史
🎯 共通テスト・大学受験対応

この記事を読んでわかること
  • イスラム国(IS)とは何か(目的・思想・名称の整理)
  • ISがなぜ生まれたのか(イラク戦争・スンニ派排除の連鎖)
  • 2014年カリフ制宣言から崩壊までの流れ
  • 日本人拉致事件と日本への影響
  • ISは現在もなくなっていない?残存勢力の実態

「イスラム国」と聞くと、ある日突然どこからともなく現れた謎の過激組織——そんなイメージを持っている人が多いかもしれません。

しかし実は、イスラム国が生まれたのには明確な「原因」がありました。2003年にアメリカが行ったイラクへの侵攻という、たった一つの外交的失敗。それがイスラム国誕生の土台を作ったのです。

テロ・宗教・国際政治が複雑に絡み合うこの問題を、この記事では「誰が」「なぜ」「何のために」という視点から、最初の一歩から順番に解きほぐしていきます。

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イスラム国(IS)とは?

イスラム国(IS)3行でわかるまとめ

① イスラム国(IS)とは、イスラム教スンニ派の過激思想にもとづき、独自の「国家」樹立をめざした武装組織のこと。
② 2003年のイラク戦争後の混乱を土台に勢力を伸ばし、2014年に「カリフ制国家」を宣言した。
③ 2019年に支配領域を失って事実上「崩壊」したが、組織と思想は今も残り、世界各地でテロを続けている。

イスラム国イスラムこく(IS)とは、イスラム教スンニ派の過激な思想をかかげ、シリアとイラクにまたがる地域を実力で支配して独自の「国家」をつくろうとした武装組織です。

ふつうのテロ組織と大きく違ったのは、ビルや人を攻撃するだけでなく、本当に広大な「領土」を奪い取り、そこに住む人々から税金を取り、学校や裁判所まで運営していた点でした。最盛期にはイギリス本国に匹敵する約30万km²もの地域を支配し、人口約800万人がその統治下に置かれたと言われています。

さらにISは、残虐な処刑の映像をインターネットで世界中に流し、人々を恐怖に陥れました。世界60か国以上から3万人を超える若者が「戦闘員」として集まり、まさに21世紀最大級の国際的脅威となったのです。

あゆみ
あゆみ

ニュースで「IS」「ISIS」「ISIL」「ダーイシュ」ってバラバラに呼ばれてたけど、これって全部同じものなの?

もぐたろう
もぐたろう

そう、ぜんぶ同じ組織だよ!呼び方が多すぎて混乱するよね。次の章で、この「名前が多すぎる問題」を一気にスッキリ解決しちゃおう!

ではまず、多くの人がつまずく「名前の混乱」から片づけていきましょう。

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IS・ISIS・ISIL・ダーイシュ…名前が多すぎる問題を解決する

イスラム国の解説でいちばん最初につまずくのが、この「呼び方の多さ」です。テレビや新聞でも「IS」「ISIS」「ISIL」「ダーイシュ」とバラバラに呼ばれていて、別々の組織だと勘違いしてしまう人も少なくありません。

結論から言うと、これらはすべて同じ一つの組織を指す呼び名です。なぜ複数あるのかというと、組織が名前を変えてきた歴史と、各国が「あえて違う呼び方を選んだ」事情が重なっているからです。一つずつ整理してみましょう。

① ISIS(アイシス)

「Islamic State in Iraq and Syria(イラクとシリアのイスラム国)」の頭文字。組織がイラクからシリアへ勢力を広げた段階で広まった、英語圏で最もよく使われた呼び名です。

② ISIL(アイシル)

「Islamic State in Iraq and the Levant(イラクとレバントのイスラム国)」の略。「レバント」とは、シリア・レバノン・ヨルダンなど地中海東岸一帯を指す古い地域名です。シリアより広いエリアを意味するため、アメリカ政府や国連はこの「ISIL」を公式に使ってきました。

③ IS(アイエス/イスラム国)

2014年、組織が「カリフ制国家」を宣言したとき、自ら「Islamic State(イスラム国)」と名乗りました。「もうイラクやシリアだけの組織ではない、全イスラム教徒の国家だ」という主張がこめられた呼び名です。日本のメディアはこの「イスラム国」を使うことが多くなりました。

④ ダーイシュ(Daesh)

「ISIL」をアラビア語にしたときの頭文字をつなげた略称です。じつはこの呼び方を、IS自身はひどく嫌っていました。アラビア語で似た響きの言葉に「踏みにじる者」といった侮蔑的な意味が連想されるためです。そこでフランスなどは、組織の権威を認めないという意思表示として、あえて「ダーイシュ」と呼び続けました。

📌 呼び方まとめ:ISIS・ISIL・IS・ダーイシュは、すべて同じ組織の異なる呼び名。英語圏は「ISIS/ISIL」、組織の自称は「IS(イスラム国)」、組織が嫌う略称が「ダーイシュ」——と覚えればOK。この記事では一般的な「イスラム国(IS)」で統一します。

名前の混乱がほどけたところで、いよいよ核心です。なぜこんな組織が生まれてしまったのか——その「火種」を探りにいきましょう。

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なぜイスラム国は生まれたのか?—イラク戦争という「火種」

イスラム国誕生の最大のきっかけは、2003年に起きたイラク戦争でした。アメリカは「イラクが大量破壊兵器を持っている」として侵攻し、サダム=フセインの独裁政権をあっという間に倒します。

2003年4月、バグダッドのフィルドス広場で引き倒されるサダム=フセインの銅像
2003年4月、バグダッドで引き倒されるフセイン像。フセイン政権の崩壊が、のちのイスラム国誕生の土台となった(出典:Wikimedia Commons/パブリックドメイン)

独裁者を倒したのだから、これでイラクは平和になる——アメリカはそう考えていました。ところが現実は正反対でした。フセインという「重し」が消えたことで、イラク国内に巨大な権力の空白が生まれてしまったのです。

ゆうき
ゆうき

アメリカが悪い独裁者を倒したのに、それでなんでテロ組織が生まれちゃうの?

もぐたろう
もぐたろう

いいところに気づいたね。カギは、アメリカがやった「脱バアス党政策」っていう失敗にあるんだ。これでたくさんの人が職と居場所を失って、怒りの行き場をなくしてしまったんだよ。順番に見ていこう!

アメリカは戦後のイラクで、フセインを支えてきた政党「バアス党」のメンバーを政府や軍隊から一斉に追放しました。これをだつバアス党政策と言います。良かれと思っての改革でしたが、これが取り返しのつかない火種になります。

追放された人の多くは、イスラム教スンニ派の軍人・官僚たちでした。彼らは突然、職も誇りも奪われ、約40万人もの元兵士が武器を持ったまま路頭に迷うことになったのです。この「行き場を失ったスンニ派の怒り」こそが、イスラム国を生み出す原動力となりました。

ステップ①:2003年イラク戦争 → フセイン政権崩壊・権力の空白

ステップ②:脱バアス党政策 → スンニ派の軍人・官僚を排除・大量失業

ステップ③:怒れる元兵士が過激派に合流 → 「イラクのアルカイダ(AQI)」結成

このスンニ派の怒りに目をつけたのが、国際テロ組織アルカイダでした。2004年、アルカイダ系の過激派が「イラクのアルカイダ(AQI)」を結成し、アメリカ軍やシーア派への攻撃をくり返します。このAQIこそが、のちのイスラム国の「前身」となる組織です。

ところで、ここまで何度も出てきた「スンニ派」と「シーア派」。この二つの対立を理解しないと、イスラム国の本当の姿は見えてきません。次の章で、イスラム教の根本にある分裂の歴史を解き明かしましょう。

スンニ派とシーア派の対立を知らないと理解できない

イスラム教には、大きく分けてスンニ派シーア派という二つの宗派があります。世界のイスラム教徒のうち、約85〜90%がスンニ派、残りの約10〜15%がシーア派です。

この分裂のきっかけは、なんと1400年近くも前にさかのぼります。632年、イスラム教を開いた預言者ムハンマドが亡くなったとき、「誰が後継者(指導者)になるべきか」をめぐって意見が真っ二つに割れたのです。

ゆうき
ゆうき

スンニ派とシーア派って、結局なにが違うの?なんでそんなに仲が悪くなっちゃったの?

もぐたろう
もぐたろう

ザックリ言うと「リーダーを誰にするか」の考え方の違いなんだ。スンニ派は『実力で選ばれた人でOK』、シーア派は『ムハンマドの血を引く子孫じゃなきゃダメ』って考えたんだよ。この初代リーダー選びの対立が、今でも尾を引いているんだ。

スンニ派は「ムハンマドの教えと慣習(スンナ)に従う者」という意味で、共同体の合意で選ばれた指導者を認めました。一方のシーア派は「ムハンマドの血統を継ぐ正統な後継者こそが指導者だ」と主張します。この最初の食い違いが、長い歴史の中で政治対立・差別・流血をくり返し、根深い溝になっていったのです。スンニ派とシーア派の違いについては、こちらの記事でさらにくわしく解説しています。

ここでイラクの事情が重要になります。イラクは国民の多数派がシーア派なのに、フセイン政権の時代はスンニ派が国を支配していました。ところがフセインが倒れて選挙が行われると、立場が一気に逆転。多数派のシーア派が政権を握り、今度はスンニ派が冷遇される側に回ったのです。

カリフ制って何?

カリフとは、預言者ムハンマドの「後継者」という意味で、全イスラム教徒を宗教と政治の両面から導く最高指導者のことです。これを国家のトップに置く仕組みを「カリフ制」と呼びます。

イメージとしては、ローマ教皇(宗教のトップ)と国王(政治のトップ)を一人で兼任するようなもの。歴史的にはオスマン帝国のスルタンが最後のカリフを担っていましたが、1924年に廃止されました。この制度を「現代によみがえらせる」と主張したのが、のちのイスラム国だったのです。

こうしてイラクのスンニ派は、「アメリカにも、新しいシーア派政権にも居場所を奪われた」という強い不満を抱えこむことになりました。その怒りを吸い上げて急成長したのが、AQIから発展した過激派です。彼らは本家のアルカイダよりもさらに残虐な方針をとり、やがて意見の対立からアルカイダとも決別。独自の道を歩み始めます。

そして2011年に隣国シリアで内戦が始まると、彼らはその混乱に乗じて一気に勢力を拡大。舞台はいよいよ、世界を震撼させた「2014年」へと進んでいきます。

2014年:カリフ国家の宣言と急速な拡大

2014年は、イスラム国の歴史で最大の転換点となった年です。組織はまず6月、イラク第2の都市モスルをわずか数日で陥落させ、世界に衝撃を与えました。イラク政府軍の兵士たちが戦わずに逃げ出し、大量の武器と装備がISの手に渡ってしまったのです。

勢いに乗ったISは2014年6月29日、ついに「カリフ制国家の樹立」を一方的に宣言します。指導者のアブー・バクル・バグダーディーが自ら「カリフ(全イスラム教徒の指導者)」を名乗り、世界中のイスラム教徒に「我々に従え」と呼びかけたのです。

「世界中のムスリムよ、急いで集まれ。これはお前たちの国家だ」
— バグダーディーがカリフ制宣言で発したとされる呼びかけ(2014年6〜7月)

最盛期(2015年ごろ)のISの支配領域は、イラクとシリアにまたがって約30万km²——これはイギリス本国にほぼ匹敵する広さでした。その下で暮らす人口は約800万人にのぼったとされ、もはや「テロ組織」というより一つの「国」のような規模に膨れ上がっていたのです。

最盛期(2014〜2015年):支配面積 約30万km²(イギリス本国とほぼ同じ)/ 支配下の人口 約800万人

あゆみ
あゆみ

わざわざ「国家」を宣言するって、ふつうのテロ組織とどう違うの?名乗っただけで何か変わるの?

もぐたろう
もぐたろう

これがすごく巧妙でね。「国家」を名乗ることで、ISは『単なるテロリストじゃない、理想を実現する正統な国だ』ってアピールしたんだ。その大義名分につられて、世界中の過激派や若者が次々に合流していったんだよ。

「国家」という看板は、ISにとって最強の宣伝道具でした。アフリカや東南アジアの過激派組織が次々と「忠誠」を誓い、ヨーロッパや日本を含む世界中から若者が「カリフの国で生きたい」と渡航してきたのです。では、その「国家」の内側では、いったい何が行われていたのでしょうか。

イスラム国の支配とは?—カリフ制の実態

ISの支配地域では、独自の厳格なイスラム法(シャリーア)が人々に強制されました。役所・裁判所・学校・病院まで自前で運営し、住民から税金を取り立てる——その姿は、たしかに一つの「行政機構」を備えていました。

しかしその統治の実態は、恐怖による支配でした。法に背いた者への公開処刑、異教徒や少数派への虐殺、女性への抑圧——逆らえば命がない世界が日常だったのです。さらにISは、こうした残虐行為の映像をあえて世界に発信し、恐怖そのものを「武器」として利用しました。

ISの主な収入源:① 支配地域の油田からの石油密売 ② 人質の身代金 ③ 銀行・文化財の略奪 ④ 住民からの税金・通行料

ISが他のテロ組織と決定的に違ったのは、その「資金力」でした。支配地域にあった油田を押さえ、原油を闇ルートで密売することで、一時は月数千万ドル規模の収入を得ていたとされます。豊富な資金が、武器の購入や戦闘員へのリクルートを支えていたのです。

そしてもう一つ、ISの大きな特徴が「ネット戦略」でした。彼らはSNSや動画サイトを駆使して、洗練された宣伝映像を世界中に拡散。これに引き寄せられ、世界60か国以上から3万人を超える外国人が戦闘員として集まったと言われています。

もぐたろう
もぐたろう

「石油マネー」と「ネット宣伝」の合わせ技——これがISを史上最強クラスのテロ組織にした正体なんだ。まるでブラック企業の宣伝部みたいに、巧みに人と金を集めていったんだよ…。

こうして「国家」として膨れ上がったイスラム国は、ついにその矛先を、戦場とは無縁だったはずの日本にも向けることになります。次の章では、日本中に衝撃が走った「あの事件」を見ていきましょう。


日本人拉致事件と国際社会の衝撃

遠い中東の出来事だと思われていたイスラム国の脅威が、日本人にとって一気に「自分ごと」になった事件があります。2015年に起きた、ジャーナリスト後藤健二さんと民間軍事会社経営者の湯川遥菜さんが、ISに拘束・殺害された事件です。

2人はそれぞれ別の時期にシリアでISに拘束されていました。2015年1月、ISは2人を並べた映像を公開し、日本政府に対して身代金として2億ドル(当時およそ200億円超)を要求します。その後、交渉は決裂。湯川さん、続いて後藤さんが殺害されたとする映像が次々と公開され、日本中に大きな衝撃と悲しみが広がりました。

📌 日本への影響:この事件を機に、日本でもISや中東情勢の報道が急増しました。「テロとどう向き合うか」「邦人の安全をどう守るか」といった安全保障・対テロ政策の議論が、一気に身近なものとして高まったのです。

あゆみ
あゆみ

でも、日本はアメリカみたいにイラクで戦っていたわけじゃないのに、どうしてISは日本人を狙ったの?

もぐたろう
もぐたろう

きっかけは、安倍首相(当時)が中東訪問でISIS対策に2億ドルを支援すると表明したことなんだ。ISはそれを「自分たちへの敵対行為だ」と一方的に決めつけて、同じ2億ドルを身代金に要求してきた。日本を『敵』に仕立てて世界に宣伝する材料に使ったんだよ…。

ISが日本人を標的にしたのは、日本が直接戦争に関わっていたからではありません。むしろ「ISに敵対する国際社会の一員」という構図を作り上げ、自分たちの存在を世界中に誇示するための、計算された宣伝戦略だったのです。こうしてISの暴走に、ついに国際社会が本格的な反撃を開始します。次の章では、その崩壊への道のりを追っていきましょう。

崩壊への道—国際社会の反撃(2014〜2019年)

「国家」を名乗るまでに膨れ上がったイスラム国も、その急拡大が国際社会の本格的な反撃を招くことになります。あれほどの勢いを誇った組織は、いったいなぜ、わずか数年で崩壊へと追い込まれたのでしょうか。

まず動いたのはアメリカでした。2014年9月、アメリカが主導する有志連合がISへの空爆を開始します。空からの猛攻でISの拠点や石油施設が次々と破壊され、最大の資金源だった石油収入が大きく減っていきました。

地上では、少数民族しょうすうみんぞくクルド人の武装勢力が大きな役割を果たします。とくにシリアのクルド人部隊はISと激しい地上戦をくり広げ、有志連合の空爆と連携しながら支配地域を一つずつ奪い返していきました。さらにイラク政府軍も態勢を立て直し、反撃に転じます。

IS崩壊の主な要因:① 米主導の有志連合による空爆(2014年〜)② クルド人勢力・イラク軍の地上戦 ③ 石油収入の大幅減少 ④ 支配地域住民の離反

そして2017年10月、ISが「首都」と位置づけていたシリアの都市ラッカが陥落します。さらに2019年3月には、最後の拠点だったシリア東部のバグーズも制圧され、ISが支配していた「領土」は事実上すべて消滅しました。

追い打ちをかけるように、2019年10月には最高指導者バグダーディーが、アメリカ軍の特殊作戦によって追い詰められ死亡します。「国家」を宣言した張本人の死は、ISの一つの時代の終わりを象徴する出来事となりました。

もぐたろう
もぐたろう

ここで大事なのは、「領土を失った=完全に消えた」ではないってこと。実はISは、地上から姿を消したわけじゃなく、地下に潜って“別の形”で生き残っていくんだ。これが今も続くテロ問題につながっていくんだよ。

🌏 現代とのつながり:ISの「領土」は消えても、その思想に影響を受けた人々によるテロは、ヨーロッパや東南アジア、アフリカで今も続いています。湾岸戦争わんがんせんそうから続く中東の混乱が次々と過激派を生み出してきた歴史は、湾岸戦争イラン=イラク戦争の流れとあわせて見ると、より深く理解できます。「なぜ今もテロが終わらないのか」を考えるうえで、ISは欠かせないテーマなのです。

イスラム国はなくなったのか?—現在の状況

「2019年にイスラム国は崩壊した」——ニュースでそう聞いた人も多いはずです。それなのに、なぜ今もISがらみのテロが世界各地で報じられ続けているのでしょうか。ここに、この問題を理解するうえで一番重要なポイントがあります。

結論から言えば、ISは「国(領土)」としては消えましたが、「組織」としては今も存続しています。シリアやイラクの砂漠地帯に潜伏した残党は、正面からの戦争ではなく、爆弾テロや襲撃をくり返す遊撃ゆうげき(ゲリラ)組織へと姿を変えて活動を続けているのです。

📌 現在のISの状況:領土は消滅したが、組織はゲリラ組織として活動を継続。イラク・シリアでテロ攻撃をくり返すほか、アフリカ(サヘル地域・コンゴ・モザンビーク等)にも「支部」を広げ、活動範囲はむしろ各地へ拡散している。

あゆみ
あゆみ

「崩壊」って報道されたのに、今もテロのニュースが続いているのは、そういう理由だったのね。じゃあISの問題って、根本的には解決していないってこと?

もぐたろう
もぐたろう

そうなんだ。建物(国家)は壊せても、人々の心に植えつけられた「思想」までは消せない。ここがISのいちばん怖いところでね。スンニ派の不満や中東の混乱という“根っこ”が残っているかぎり、似たような組織はまた生まれてしまう。だから世界はずっと警戒を続けているんだよ。

さらに国際社会を悩ませているのが、「帰還外国人戦闘員」の問題です。世界中からISに合流した戦闘員のうち、生き残った者が自分の母国へ戻り、各地でテロを起こすリスクが指摘されています。ヨーロッパで相次いだテロ事件の中には、こうしたIS関連の事件も含まれていました。イスラム教そのものは平和を尊ぶ宗教ですが(預言者ムハンマドの教えはISの主張とは大きく異なります)、その教えを過激にねじ曲げた思想が今も世界に影を落としているのです。

つまりイスラム国は、「終わった過去の出来事」ではなく、形を変えて今も続いている現在進行形の問題なのです。ここまでの流れを、いよいよ試験対策の視点から整理していきましょう。

イスラム国の理解を深めるおすすめ本

もぐたろう
もぐたろう

IS・中東問題についてもっと深く知りたい人に、読みやすくておすすめの本を紹介するよ!

①イスラム世界の背景から学びたいなら|池上彰の定番入門書

20歳の自分に教えたいイスラム世界

池上彰+「池上彰のニュースそうだったのか!!」スタッフ 著|SBクリエイティブ


②イスラム国の実態をもっと知りたいなら|東大教授による専門解説

イスラーム国の衝撃

池内恵 著|文藝春秋

テストに出るポイント

ここからは、定期テスト・共通テスト・大学受験で押さえておきたいポイントをまとめます。イスラム国は世界史の現代史でねらわれやすいテーマなので、試験直前の見直しにも使ってください。

テストに出やすいポイント
  • イラク戦争(2003年)との因果関係:フセイン政権崩壊後の脱バアス党政策でスンニ派が排除され、その不満がISの土台になった
  • カリフ制宣言(2014年)とバグダーディー:指導者バグダーディーがカリフを名乗り、一方的に「国家樹立」を宣言した
  • スンニ派とシーア派の対立:ISはスンニ派過激主義の立場で、シーア派を敵視した
  • シリア内戦(2011年〜)との関係:内戦の混乱に乗じてISが勢力を急拡大した
  • 崩壊(2017〜2019年)と「その後」:ラッカ・バグーズ陥落で領土は消滅したが、組織はゲリラ化して活動を継続している

📌 暗記のコツ:「イラク戦争(2003)→スンニ派排除→AQI→シリア内戦(2011)→カリフ制宣言(2014)→崩壊(2019)」という流れを時系列でセット暗記するのがコツ。そのうえで「スンニ派 vs シーア派」の構図を押さえると、中東情勢の問題が一気に解きやすくなる。

比較項目イスラム国(IS)アルカイダ
主な目的カリフ制「国家」の樹立・領土支配欧米へのテロ攻撃が中心
領土支配イラク・シリアに広大な支配地域明確な領土は持たない
象徴的事件2014年カリフ制宣言2001年アメリカ同時多発テロ
関係もとはアルカイダ系→過激化し決別ISの「源流」だが後に対立

ゆうき
ゆうき

世界史の現代史でISが出るとしたら、どんな問われ方をするの?

もぐたろう
もぐたろう

共通テストだと「イラク戦争のあとに台頭した」という因果関係を問う正誤問題が定番だよ。あとは「2014年にカリフ制を宣言した組織は?」みたいな用語問題や、シリア内戦・アラブの春と絡めた時代整序問題も出やすい。年号と『なぜ生まれたか』をセットで覚えておけば安心だね!

よくある質問(FAQ)

すべて同じ組織を指す異なる呼称です。「IS」は組織自称の略、「ISIS」「ISIL」は英語圏での呼称(それぞれ「イラクとシリア/イラクとレバントのイスラム国」の略)、「ダーイシュ」はアラビア語の略称です。IS側は「ダーイシュ」と呼ばれることを嫌うため、各国政府やメディアがあえてこの呼称を使う場合もあります。

最大の原因は、2003年のイラク戦争後にアメリカが行った「脱バアス党政策」です。これによりスンニ派のエリート(元軍人・官僚)が一斉に権力と職を失いました。彼らの不満が過激派組織(AQI)に流れ込み、2011年に始まったシリア内戦の混乱に乗じて勢力を急拡大し、ISへと発展しました。

米主導の有志連合による空爆・クルド人勢力の地上作戦・イラク軍の反撃が重なったためです。2017年に「首都」ラッカ、2019年3月には最後の拠点バグーズが陥落し、領土支配は終わりました。空爆による石油収入の激減と、過酷な支配に苦しんだ住民の離反も大きな要因です。

領土は消滅しましたが、組織は今も存続しています。シリア・イラクの砂漠地帯に潜伏し、爆弾テロや襲撃を行うゲリラ組織として活動を継続。さらにアフリカのサヘル地域・コンゴ・モザンビーク等にも「支部」を広げています。「崩壊」とは領土支配の終わりであり、組織や思想が消えたわけではありません。

イスラム教が、創始者ムハンマドの死後(632年)に後継者問題で分裂した二大宗派です。スンニ派は多数派(全体の約85%)シーア派は少数派(約15%)とされます。ISはスンニ派の過激主義に基づき、シーア派を「異端」として敵視・攻撃しました。両者の対立は中東情勢を理解するうえで欠かせない前提知識です。

2015年に起きた、後藤健二さんと湯川遥菜さんがISに拘束・殺害された事件です。安倍首相(当時)の中東訪問でのISIS対策2億ドル支援表明を、ISが「敵対行為」と一方的に解釈し、同額の身代金を要求しました。交渉は決裂し、2人が殺害されたとする映像が公開され、日本社会に大きな衝撃を与えました。

まとめ

イスラム国(IS)の歴史年表
  • 2003年
    イラク戦争・フセイン政権崩壊
  • 2004年
    イラクのアルカイダ(AQI)結成
  • 2011年
    シリア内戦勃発・ISILへ拡大
  • 2014年6月
    カリフ制国家宣言・モスル陥落
  • 2014年9月
    米主導の有志連合による空爆開始
  • 2015年1〜2月
    日本人拉致・殺害事件
  • 2017年10月
    「首都」ラッカ陥落
  • 2019年3月
    最後の拠点バグーズ陥落・領土消滅
  • 2019年10月
    バグダーディー死亡(米軍作戦)
  • 2020年代〜
    ゲリラ活動・アフリカへの拡散が継続

もぐたろう
もぐたろう

以上、イスラム国(IS)についてのまとめでした!中東問題は複雑だけど、「誰が・なぜ・何のために戦っているのか」を整理すると、バラバラに見えたニュースが全部つながってくるよ。下の記事で、ISの源流になった戦争や中東の歴史もあわせて読んでみてね!

📅 最終確認:2026年6月 / 参照:山川出版社『詳説世界史』ほか

参考文献

Wikipedia日本語版「ISIL」「アブー・バクル・アル=バグダーディー」「後藤健二(ジャーナリスト)」(2026年6月確認)
コトバンク「イスラム国」(デジタル大辞泉・日本大百科全書)
公安調査庁「国際テロリズム要覧」(イラクのアルカイダ/ISIL関連項目)
山川出版社『詳説世界史』

記事の誤りを発見された場合はお問い合わせください。確認後、修正します。

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この記事を書いた人
もぐたろう

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