空海「俺、天才で協調性もあって運も良すぎワロタww」【最澄と空海】4/4

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前回(最澄「法相宗は雑魚」徳一「天台宗(笑)」【最澄と空海、平安時代の偉人を知る】)は、最澄の話をしたので次は空海の話をしようと思います。

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天才空海の一言「虚しく往きて実ちて帰る」

最澄「天台宗マスターに俺はなる」ドン!【最澄と空海、平安時代の偉人を知る】という記事でちょっとだけ触れましたが、空海は、804年に仏教(特に密教)を学ぶため、唐へ留学をします。(この時、最澄も一緒に留学しました)

空海は、唐に渡り、驚くべき早さで密教を習得していきます。

どれぐらい早いかと言うと、

805年5月:恵果(けいか)という師と出会い、密教の伝授が開始される。

805年8月:密教の教えをマスターし、尊称を得る。

805年12月:師匠の恵果が亡くなる。空海は、弟子の代表者として碑文を起草する。

本格的に密教を学び始めてから、たった3か月で教えをマスターし、たった7か月で、数多くいる恵果の弟子の代表者となりうるまでの実力と信頼を持ち合わせていたのです。

日本のとある学生が、ハーバード大学へ留学して、たった1年で主席卒業してしまうようなものです。

これが、空海が天才と言われる所以の1つです。

空海は、本来、20年程度の留年期間を予定していましたが、「もう唐で学ぶべきことはすべて学んだ」と言わんばかりに、たった2年で日本に戻ってきます。806年のことでした。

そして、日本に戻ってきた空海が、口に出した言葉が、「虚しく往きて実ちて帰る」という言葉でした。

要約すると「唐へ行く前は、何も知らず虚しい状態だったが、今では唐で多くのことを学び充実した状態で日本に戻ってきた」といった感じでしょうか。

唐への留学が、空海の人生を180度変えたのでした。

強運の空海、嵯峨天皇に見いだされる

809年、嵯峨天皇が即位しますが、嵯峨天皇は空海の才能を見抜き、空海を平安京へ入京させます。(留学前の空海は、それほど有名でもない無名の僧侶でした)

一方の最澄は、桓武天皇から寵愛を受けていたものの、桓武天皇亡き後は、不遇の日々が続きました。

当時、仏教による政治腐敗の懸念から、平安京への僧の入京は容易ではなく、昔の都である平城京の仏教徒たちは、平安京への入京を禁じられていました。

(詳しくは、最澄「天台宗マスターに俺はなる」ドン!【最澄と空海、平安時代の偉人を知る】をどうぞ)

そんな事情があるなか、空海の入京が認められたということは、国から正式な僧であるとお墨付きを貰ったようなものです。

ここから、空海の出世コースが始まります。

高野山をゲット!

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816年、嵯峨天皇から真言宗のため高野山を賜ります。

高野山が真言宗の総本山として有名になったのは、嵯峨天皇のおかげと言っても過言ではありません。当時の仏教は、いかに国(天皇)とお近づきになれるかが重要だったのです。

東寺(教王護国寺)をゲット!

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823年、次は嵯峨天皇から東寺を賜りました。

遂に平安京の中に本格的な真言宗のお寺が出来上がったのです。

このようにとんとん拍子で力を付けていく空海。

実は、最澄と同じ問題にぶつかります。南都六宗との関わり方です。最澄も空海も宗派は違えど密教を信じ大乗仏教(だれでも悟りを開けるということ)を信仰しており、南都六宗とは考え方が真っ向から対立しています。対立する一方で、戒壇が東大寺にしかないため無下にもできないという難しい状況でした。

最澄は、南都六宗と真っ向からぶつかりました。法相宗の徳一という人物との論争が有名です。

(詳しくは、最澄「法相宗は雑魚」徳一「天台宗(笑)」【最澄と空海をわかりやすく】3/4をどうぞ))

空海は、この問題にどのように対応したのでしょうか?

天才なのに協調性もあるパーフェクト空海

空海は、最澄とは真逆で南都六宗の人々とは協力的な立場をとります。

どのような経緯で協力関係となったかはわかりませんが、南都六宗たちと空海が協力する理由は確かにあったのです。

空海:東大寺に真言宗用の戒壇を造ってほしいなぁ・・・

南都六宗:空海を通じて俺らも天皇が気に入っている密教というのを知りたいなぁ。もしかしたら平安京へ入ることも許されるかもしれないし・・・。

と一応、お互いの利害が一致します。これを空海は巧みに利用します。

正直、空海は心の底では、最澄と同じく南都六宗を真言宗よりも劣った宗派であると考えていたはずです(思想的に南都六宗を同等の立場で認められるはずがない)が、友好的な関係を結び東大寺に真言宗用の戒壇を設けることに成功します。

空海は、最澄と異なり戒壇の場所に強いこだわりはなかったようです。空海はかなり柔軟性にも長けた人物だったのです。

実は空海については、別に記事を書いていますので、気になる方はこちらもご覧ください。(その1、その2は真言宗の内容がメインなのでその3がおススメ)。

2015年は高野山開創1200年!弘法大師空海のことを知って高野山に行こう!その1

2015年は高野山開創1200年!弘法大師空海のことを知って高野山に行こう!その2

2015年は高野山開創1200年!弘法大師空海のことを知って高野山に行こう!その3

次:誰でもわかるぞ!摂関政治とは【藤原道長だけじゃない摂関政治の真実】1/4

前:最澄「法相宗は雑魚」徳一「天台宗(笑)」【最澄と空海をわかりやすく】3/4

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コメント

  1. ともぞう より:

    超おもしろい空海さん解説、ほんとにありがとうございます。
    拙ブログでも紹介させていただきました。

    高野山行ったのに空海さんがどういう人かよくわかってなかった…(;´д`)トホホ…
    次に日本でどこか行くときにはこのサイトを参考にさせていただきます。

    • mogutaro より:

      ブログを読んでいただきありがとうございますm(_ _)m
      読んでいただいた方にそう言って頂けると本当に嬉しいです!
      日本の歴史って日本人でも知らないことが意外と多いな!と個人的に実感しています。
      仕事もあるので更新は不定期ですが、日本の歴史のことを少しでも知ってもらえる・楽しんでもらえるよう記事を書いていくつもりなので、何かの機会がありましたらまたこのブログを見てもらえると嬉しいです。

  2. あーろん より:

    どのサイトより読みやすくて 詳しく説明してくださって
    今 歴史に夢中です。
    子供のころにこんなサイトがあったら 歴史好きになっていただろうと思います。
    今までつながらなかったものが 線になり 自分の子供にも教えてあげれる
    ようになりましたし ゆかりのある建物なんかはワクワクしながら
    見るようになりました。
    特に天武天皇が好きになりましたね^^琵琶湖一周してきましたw
    一つ作るだけでもものすごい苦労だと読めば読むほどわかります
    お仕事の合間に大変だとは思いますが これからも続けていってくれたら
    うれしいです ではノシ

    • mogutaro より:

      返信遅くなりました(汗
      そういっていただけるととても嬉しいです。実は、私も昔に歴史に興味を持ちいろんなサイトを見て回りました。
      しかし、あまりわかりやすいサイトはありませんでした。多分、個別の出来事・人物にピックアップした内容が多く時代背景や歴史の流れがわからないのと詳しく書いてあるサイトは、内容が難しすぎて理解できないためだと思います。個人的に一番わかりやすいサイトはwikipediaという結論に至りました(笑)。
      そこで、wikipediaよりも精度が落ちても構わないので、もう少しわかりやすいサイトが欲しいと思ったので自分で作ることしたのがこのサイトです。
      そして、そのわかりやすさの目安として漠然と思っていたのが「大人がこのサイトを見て、他人にそれを教えれるような内容」だったので、あーろん様が子供に教えているというお話を聞いてとても嬉しいです!
      このようなコメントは本当に励みになります。ありがとうございます!
      亀の歩みとなりそうですが、室町時代(戦国時代前)までは続けていく予定ですので、今後も引き続きご覧いただければ幸いです。

  3. Corvallis より:

    アメリカの大学で日本文化を教えています。
    仏教についても少し触れることになり、最澄と空海の資料を探していてこのブログに辿り着きました。今風のタイトルで面白かったですし、内容もとても分かりやすかったです。

    ありがとうございました。

    • mogutaro より:

      ブログを読んでいただき本当にありがとうございます。そして、コメントありがとうございます!
      アメリカの大学でも日本文化について教わる場がちゃんとあるんですね。初耳でした。
      日本の歴史でいえば外国だと「BUSHI」が有名なんでしょうけど、それ以外にも日本の歴史についてもっと知ってもらえたらなぁと漠然と思っています。
      至らぬ点も多々あるブログですが、今後もチマチマと更新していきますので、何かありましたらまたご覧いただければと思います。