摂
平安時代まとめ / 第2章
第2章 / 858〜969年
摂関政治の成立
藤原良房が人臣摂政を確立し、菅原道真が大宰府に流される。将門・純友の乱が地方を揺るがした激動の100年。
858
良房摂政
901
道真左遷
969
安和の変
858
良房摂政
888
阿衡紛議
901
道真左遷
935
将門の乱
969
安和の変
Phase I — 摂政・関白の確立
858〜900年頃
858
866
政変
応天門の変 — 良房が摂政への道を確実にした放火事件
平安宮の応天門が放火された事件。藤原良房が政敵・伴善男を犯人に仕立て上げ失脚させました。この事件で清和天皇の外祖父・良房が摂政就任を正当化し、藤原氏による他氏排斥が本格化しました。伴大納言絵詞にも描かれた著名な事件です。
880頃
関白就任
藤原基経の関白就任 — 阿衡の紛議と太政大臣
良房の養子・基経は884年に光孝天皇を擁立し事実上の関白として権力を握ります。887年に宇多天皇即位後、詔の文言をめぐる阿衡の紛議では基経が政務を停止させ、朝廷の実権を示しました。
Phase II — 菅原道真と延喜・天暦の治
901〜969年
901
政変・左遷
菅原道真の大宰府左遷 — 学問の神様の悲劇
藤原時平の讒言により右大臣・菅原道真が大宰府に左遷。903年に現地で没しました。道真の祟りを恐れた朝廷は北野天満宮に祀り「天神様」として崇敬。学問・書道の神様として今も信仰を集めます。
▶ 深く読む
菅原道真とは?左遷の理由・かわいそうな最期・学問の神様になった経緯
天才官僚が政争に敗れ大宰府へ。「飛梅伝説」や怨霊伝説の背後にある人間道真の実像を解説。
遣唐使の廃止(894)準備中
昌泰の変
905頃
935〜941
← ① 平安初期
③ 摂関全盛期(準備中)