怨霊って一体何なの?平安時代の怨霊事情【菅原道真・平将門・崇徳天皇】

sutokuonryo

【崇徳天皇が怨霊になったところ。左上ね】

 

今回は、怨霊についての話です。

 

怨霊とは、不遇の死を遂げた人物の霊魂をいい、人に災いをもたらすものとされています。

 

怨霊は、日本人にとってとても身近(?)な存在。最近はあまり見ないけどTVでは心霊写真特集をやっているし、肝試しは日本の夏の風物詩です。

 

 

ちなみに、日本では次の3人が日本三大怨霊として有名です。

・崇徳天皇

・平将門

・菅原道真

すべて平安時代の人たちです。怨霊が本格的に世間に広まったのも平安時代なのです。

 

他にも、藤原広嗣なんかも怨霊として有名です。詳しくは以下の記事をどうぞ。

日本で最初の怨霊!?藤原広嗣の乱をわかりやすく解説!-聖武天皇はなぜ東大寺の仏像を造ったのか-3/4
今回の主役は、藤原広嗣(ひろつぐ)という人物。上の人物です。めちゃ強そう・・・。 藤原広嗣は、朝廷の人材登用に不満を抱き、乱を起こします。藤原広嗣は、乱そのものよりも日本で最初の怨霊として有名です。 藤原氏の儚い栄華 -天然痘の流行- 藤原不比等の息子らは、729年、長屋王の変により長屋王を討った後、父の不比等の頃のような藤...

 

これらの人物は、怨霊として有名なだけではなく、日本の歴史上でも重要な人物たちです。今回は、怨霊の起源について見ていきます。

スポンサーリンク
スポンサーリンク

変わっていく鎮魂祭

まずは、魂を鎮める儀式である鎮魂祭のお話。

 

昔々、ヤマト朝廷と地方豪族(地元の権力者)との激しい争いがありました。

(有名なのは雄略天皇です。あまり参考になりませんが、以下の記事の時代になります。

日本人のほとんどが知らない古墳時代の偉人。雄略天皇
雄略天皇は古事記に登場する天皇であり、大陸の史料で倭の5王と呼ばれていた讃、珍、斉、興、武のうち最後の武が雄略天皇と言われています。時期はおおむね500年前後になります。当時は天皇号は使われていませんでしたが、便宜上、雄略天皇と言うことにします。 雄略天皇は、大陸の最新文化・技術や宋の権威に依存していたそれまでの倭王権力の在り方...

 

その時に、ヤマト朝廷が敵の霊を弔ったのが鎮魂祭の起源と言われています。反抗者や被征服者の霊を鎮め、封じ込めることで災いを防ごうとしたものと考えられています。

 

鎮魂祭は、国に災いをもたらす霊を封じ込めるための儀式、という意味合いが大変強く、日本ではとても重要視されていた儀式でした。

 

これが、平安時代になると一変してしまいます。

平安時代の鎮魂祭は天皇の魂を鎮めるもの

時代が進み、平安時代になると天皇の権力強化や神格化により、本来、国を守るための儀式だった鎮魂祭は、天皇のための儀式へと変貌していきます。

 

そして、天皇のための儀式へと変貌していくに伴って儀式の意味合いも変わってしまいました。鎮魂祭は、亡き天皇たちの魂を鎮めるための儀式へ変わっていったのです。

 

対象が「国」から「天皇」に変化し、それまで漠然としていた「国に災いをもたらす霊」は「天皇個人の霊」と具体的な個人の霊へ変化していきます。

 

漠然としたイメージの霊が、天皇個人の具体的な霊へと変化していく点が重要です。

現代風の怨霊が誕生!

鎮魂祭は、天皇のための儀式へと変わりました。しかし、国に災いをもたらす怨霊自体は消えません。

 

そこで、鎮魂祭の代わりに霊を鎮めるために造りだされたのが御霊会(ごりょうえ)と言われる儀式です。

 

御霊会は、霊を鎮めることを目的としたものですが、ここでいう霊についても、鎮魂祭が天皇のための儀式となっていた過程と同様に、「国に災いをもたらす霊」から「誰々の霊」というような具体的な個人を指す霊へと変貌していくのです。

 

ここに登場する具体的な個人の霊というのが、現代に至るまで続く怨霊の原型となります。実は、怨霊と天皇という、一見関わりのなさそうな2者ですが、実は、意外と密接に結び付いた関係にあります。

国風文化の芽生え

唐を真似し続けていた日本ですが、平安時代初期になると少しずつですが、日本独自の文化、いわゆる「国風文化」的な動きが始まっていきます。

怨霊の登場もちょうど日本に国風文化が芽生えた頃でした。なので、この怨霊についても、国風文化により生まれた日本独自の信仰の1つと私は思っています。

 

最後に

今でこそ怨霊というのは、エンターテインメントや文化的な面が強いですが、当時は怨霊を恐れるあまり、国が大きく動いてしまうほどに政治的な要素が強いものでした。

 

いくつかの記事で怨霊が登場したのを機に、今回の記事を作成してみました。

怨霊に関しては、

桓武天皇が平安京に遷都した理由とは?超丁寧に解説してみる。
前回は、桓武天皇即位のお話をしました。 桓武天皇の即位は、天武天皇の血統を断絶させたまさに革命とも言える出来事でした。考え方によっては、天皇家が一度断絶したと言うこともできるかもしれません。 桓武天皇は、天皇に即位してすぐに平城京からの遷都を決定します。今回は、なぜ平安京へ遷都したのか?という点を見ていきます。 桓武天皇...
薬子の変とは。超わかりやすく解説【平城上皇と嵯峨天皇の戦い】
【↑嵯峨天皇】 前回は、802年に坂上田村麻呂とアテルイ無双の話を2記事に渡ってしました。 その4年後の806年、桓武天皇が亡くなり、次期天皇は平城(へいぜい)天皇となり、新しい時代がやってきます。 今回は、平城天皇とその次に天皇となった嵯峨天皇の話をします。 平城天皇、怨霊にビビって天皇を辞める ...

という記事の中で触れています。

日本三大怨霊の一人:菅原道真の活躍

菅原道真について記事を書きました!

菅原道真はなぜ左遷せさられ祟りを起こしたか?わかりやすく解説1/3
【菅原道真】 学問の神様で有名な菅原道真。 菅原道真はなぜ学問の神様と呼ばれるようになったのか? 実は、菅原道真は学問の神様と言われる一方で、日本3大怨霊としても有名です。 神様と怨霊。まるで正反対な呼ばれ方をされるミステリアスな人物こそが菅原道真なのです。そんな2面性を持つ菅原道真についてわかりやすく丁寧に解...
遣唐使廃止の理由とは?【菅原道真のすべてを解説!】2/3
お 今回は、「894(白紙)にしよう遣唐使廃止」というフレーズで有名な894年の遣唐使廃止について話をしようと思います。 実は遣唐使を廃止したちゃんとした理由はわかっていない いきなりですが、実は遣唐使が廃止されたはっきりした理由はよくわかっていません。 というか、学校で習う「白紙(894年)にしよう遣唐使廃止」という...
菅原道真の左遷と学問の神様になった理由【昌泰の変】3/3
【怨霊となった菅原道真が朝廷を襲う様子】 さて、 菅原道真はなぜ左遷され祟りを起こしたか?超丁寧に解説する。1/3 遣唐使廃止の理由とは?【菅原道真のすべてを解説!】2/3 という2つの記事で菅原道真という人物について見ていきました。 今回は、菅原道真の話の中で一番気になる 「菅原道真って優...

日本三大怨霊の一人:平将門の活躍

平将門について記事を書きました!

平将門の乱をわかりやすく丁寧に説明してみる【平家の家族喧嘩】1/3
いきなりですが、平将門(たいらのまさかど)って知ってますか? 平将門は、平安時代に今でいう関東一帯で超大規模な反乱を起こした武士です。 平将門の凄いところは、「私が関東一帯の支配者になる。(俺が関東の支配する天皇になる)」と宣言したこと。日本の歴史の中で、「別の天皇を擁立してやるぞ!」というクーデターはあっても、「...
平将門の乱をわかりやすく丁寧に説明してみる【受領との争い】2/3
前回(平将門の乱をわかりやすく丁寧に説明してみる【平家の家族喧嘩】1/3)は、平将門が親族同士の争いにより関東一体を手に入れ、強大な力を手に入れたというところまで話しました。 強大な力を手に入れた将門はさらなるトラブルに巻き込まれていきます。  武蔵国の紛争に巻き込まれる平将門 938年、武蔵国でトラブルが起こります。武蔵国というの...
平将門の乱をわかりやすく丁寧に説明してみる【新皇になる将門】3/3
【平将門】 今回は、将門が乱を起こしてから乱が鎮圧されるまでのお話。 常陸国の争い -有力土地保有者と受領の戦い- これまでの揉め事を少しおさらい。 935年:平家一門のお家騒動。将門が勝者に。平国香が滅び、将門が力を得る。 936年:平国香の復讐戦。将門VS貞盛・良兼・良正。将門が勝つ。 938年:武蔵国...

 

次:承和の変(じょうわのへん)とは?超わかりやすく【淳和天皇と嵯峨上皇】1/2

前:薬子の変とは。超わかりやすく解説【平城上皇と嵯峨天皇の戦い】

楽しく学ぶわかりやすい日本の歴史講座一覧へ戻る

スポンサーリンク
日本史好きにやってほしい運営者おすすめの育成RPGアプリを紹介するよ
ヤマタノオロチが封印され幾千年
平和な時代に影が差し、
『ケガレ』が人びとを苦しめていた。
そこに立ち上がるは、
神侍 ―カムライ―
八百万の神々の力を受け継いだ戦士たち
日本神話をモチーフにした漫画を読みながらゲームもできる新感覚育成RPG!ストーリーが面白くて課金なしでもドンドンハマれる運営者一押しのアプリ!ダウンロードはこちらから↓
神式一閃 カムライトライブ

神式一閃 カムライトライブ

Applibot Inc.posted withアプリーチ



平安時代【前半】
mogutaroをフォローする
大人になってから学びたい日本の歴史

コメント