班田収授法とは?簡単にわかりやすく解説!【奈良時代の土地・税制度】

今回は、班田収授法(はんでんしゅうじゅのほう)について解説します。

 

飛鳥時代末期から始まった公地公民制。日本の軍事・財務の根幹を成す重要な制度の1つですが、公地公民制を支える最重要の仕組みが「戸籍」と今回紹介する「班田収授」でした。

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班田収授法はいつから始まった?

歴史上に最初に班田収授の話が現れるのは、大化の改新の際に発表された「改新の詔(みことのり)」とされています。しかし、これには異論もあって、実際に班田収授が実施された具体的な時期は定かではありません。しかし、少なくとも700年よりも前には、班田収授の仕組みは出来上がっていました。

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当時は租と言って、稲を収める税金がありました。当然、民が農地を持っていなければ稲を納めることはできませんよね。

 

というわけで、民にちゃんと税(稲)を納めてもらう大前提として、民に適切に土地を分け与える必要がありました。そこで考えられたのが、班田収授法(はんでんしゅうじゅのほう)という法律です。

班田収授法の仕組み

班田収授とは、その言葉の通り人々に土地を分け与える制度なんですが、どうやって土地を分け与えたのかというと、戸籍と計帳という2つの書類を使って分けました。

 

戸籍は、6年に一度更新され、各地の人々の年齢・性別・家族構成などを記録したもの。

 

土地(田畑)は、戸籍に基づいて人々に分け与えられます。基本的に子供と老人は少なめに、働き盛りの年代はたくさんの土地が与えられます。(そのほかにも細かな仕組みがあります)

 

 

そして、戸籍に基づいて土地を分け与えたら次はその土地から税を徴収しなければなりません。そこで使われたのが計帳。

 

計帳は、誰がどれだけ税を納めなければならないのかを記録した課税台帳みたいなもの。

 

そして戸籍と計帳をしっかりと管理し、それに基づいてちゃんと税金を徴収して国に収めるのが国司という地方役人の最高責任者の仕事でした。

班田収授法と税金

奈良時代の日本には、租、調、庸という3つ税目がありました。時代が進むにつれ、だんだんグチャグチャになっていくんですけどね・・・。

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租、調、庸のうち、調、庸は人頭税といって人に課す税。

 

租は、土地に課す税で、班田収授法により分け与えられた土地から租を税金として収める必要がありました。

 

「班田収授法によって税制度が成り立っていたんだ!」と思うかもしれませんが、班田収授法によって得られるのは租だけなんですよね。班田収授法が税の全てではないので勘違いしないように。

 

 

税制という面では、おそらく班田収授よりも戸籍の方が重要でした。戸籍がないと土地も分けれないわ、調・庸は誰から徴収すればいいかわからないわで、全てが崩壊します。というか、奈良時代後期になると本当に戸籍制度がメチャクチャになって、リアルに公地公民制が崩壊します。

班田される田んぼの種類

班田収授と一言に言っても、実は分け与えられる田んぼには様々な種類がありました大別すると2つに分けられて、「役人用」と「役人用じゃない」の2つがありました。

 

役人用以外の田んぼが一般的な田んぼで、メインは口分田(くぶんでん)と呼ばれる田んぼ。多くの民は口分田を分け与えられ、決められた租を納めました。

 

役人用の田んぼは、職分田(しきぶんでん)、公廨田(くがいでん)と呼ばれる田んぼ。この田んぼから採れた稲は、役人のお給料や経費に充てられました。実は、租っていう税金は、訳あって最初の頃は使えなかったんです。詳しくは以下の記事を読んでみてください。

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班田収授法まとめ

以上、班田収授法のまとめでした。ここまで読んでいただくとわかるかもしれませんが、班田収授法はかなり緻密な制度。それに戸籍が根幹にあるので戸籍が崩壊するとそれに合わせて使い物にならなくなります。

 

朝廷は、このような大掛かりで緻密な制度を長く維持することはできませんでした。奈良時代後半になると、戸籍を偽る農民や地方役人が増え、戸籍・計帳をちゃんと作れなくなります。

 

こうして公地公民制の税制度は少しずつ崩壊し、平安時代になるとジワリジワリと私有地が増え、税制のあり方や土地のあり方が大きく変わっていく。それが古代日本の税制度大きな流れとなります。

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