古事記とは?わかりやすく解説!内容・あらすじ・日本書紀との違いまとめ

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古事記

もぐたろう
もぐたろう

今回は古事記(こじき)について、わかりやすく丁寧に解説していくよ!日本最古の歴史書ってどんな内容?誰が作ったの?日本書紀との違いは?テストに出るポイントも合わせてスッキリ整理しちゃおう!

📚 この記事のレベル:中学歴史 / 高校日本史
📖 山川出版『詳説日本史』準拠
🎯 定期テスト・大学受験(共通テスト・国公立二次)に対応

この記事を読んでわかること
  • 古事記とは何か(定義・成立年・日本最古の歴史書)
  • 古事記の作者(天武天皇・稗田阿礼・太安万侶の役割)
  • 上中下巻の内容・あらすじ
  • 日本書紀との違い(試験頻出ポイント)
  • 稗田阿礼の「男?女?」謎と現代語訳で読む方法

古事記って、なんとなく「難しい古典」「授業で習う退屈な歴史書」というイメージがありませんか?実はぜんぜん違うんです。古事記には、神様がケンカしたり、恋をしたり、嵐の中で英雄が旅をしたり…まるで少年マンガやラノベのような、ドラマチックな展開が詰め込まれています。日本最古の物語として今も根強いファンが多い理由がわかるはず。この記事では、古事記の内容・あらすじ・作者・日本書紀との違いを、中高生にもわかるようにやさしく解説します。

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古事記とは?

古事記 3行まとめ

古事記712年(和銅5年)に完成した、現存する日本最古の歴史書
② 天地創造から推古天皇まで、神話と歴史を一冊にまとめた書物。
稗田阿礼が暗誦し、太安万侶が書き記した。編纂を命じたのは天武天皇、完成時の天皇は元明天皇。

古事記こじきは、712年(和銅5年)に完成した、現存する日本最古の歴史書です。「ふることぶみ」とも呼ばれます。

全部で3巻あり、上巻は神話、中巻と下巻は天皇の系譜と事績がメインです。スタートは「世界はどうやってできたか」という壮大な天地創造の話。そこからイザナギ・イザナミの国産み神話へとつながり、天照大御神の天岩戸の物語、ヤマタノオロチ退治、神武天皇の建国、ヤマトタケルの英雄譚…とめまぐるしくドラマが展開していきます。

そして最終的には推古天皇(628年崩御)の時代までを記録して幕を閉じる、というのが古事記の全体像。神話と歴史を切れ目なく一冊にまとめている点が、何よりの特徴です。

古事記の最古写本「真福寺本」
現存する最古の古事記写本「真福寺本」(鎌倉時代・国宝)。原本は残っておらず、写本だけが現代に伝わっている。

ゆうき
ゆうき

歴史書って言うけど、神様の話がいっぱい出てくるよね?なんで?

もぐたろう
もぐたろう

いい質問!古事記が作られた目的は、ザックリ言うと「天皇家の正統性をアピールする」ことだったんだ。「天皇家は神様の子孫なんだよ」っていう物語を作ることで、天皇が日本を治めるのが当然だと示したかった。だから神話と歴史を一本につなげる必要があったんだ。

「日本最古の歴史書」ってなに?

古事記より前に書かれた歴史書(『帝紀(ていき)』『旧辞(きゅうじ)』など)はあったとされますが、原本も写本も伝わっていません。現在まで内容が伝わっている歴史書としては古事記が最古、というのが正確な言い方です。

古事記を作ったのは誰?〜稗田阿礼・太安万侶・天武天皇

古事記の編纂には、3人のキーパーソンが登場します。天武天皇稗田阿礼太安万侶。それぞれの役割を順番に見ていきましょう。

■ 天武天皇〜「歴史をきちんと残せ」と命じた発案者

すべての始まりは、天武天皇てんむてんのう(在位673〜686年、飛鳥時代)の問題意識でした。当時、邪馬台国時代から続いてきた各氏族の伝承や歴史記録は、家ごとにバラバラで内容も食い違っており、「これは正しい歴史なのか?」と疑わしいものが増えていたんです。

そこで天武天皇は「偽りを削り、真実を定める」(削偽定実 ※さくぎていじつ)という方針を打ち出します。バラバラだった帝紀ていき(天皇家の系譜記録)と旧辞きゅうじ(古い物語・伝承)を整理し直して、正式な国家の歴史として一冊にまとめる――これが古事記プロジェクトの出発点です。

■ 稗田阿礼〜帝紀・旧辞を丸暗記した記憶の天才

天武天皇が白羽の矢を立てたのが、稗田阿礼ひえだのあれでした。古事記の序文によると、阿礼は「目で見た文章は声に出して読み、耳で聞いた話は心に刻んで忘れない」という、ずば抜けた記憶力の持ち主だったといいます。

天武天皇は28歳の阿礼に、帝紀と旧辞をすべて暗誦するように命じました。文字に書いてしまうと写し間違いが起きるけれど、頭の中に丸ごと記憶させれば「正しい一つのバージョン」を残せる――そんな狙いだったとされています。

稗田阿礼(AI生成)
稗田阿礼(ひえだのあれ)

すべて頭の中に入っております。帝紀も旧辞も、神々の名前も、天皇の系譜も、一字一句、まちがいなく――。

■ 太安万侶〜わずか4ヶ月で書き上げた筆録者

ところが、この壮大な計画は途中で止まってしまいます。686年に天武天皇が崩御してしまったからです。阿礼の頭の中には膨大な物語が残ったまま、文字にされない時間が30年ほど続きました。

計画を再び動かしたのが、女性天皇である元明天皇げんめいてんのう。711年(和銅4年)、元明天皇は学者の太安万侶おおのやすまろに対して、「稗田阿礼が暗誦している内容を文字に起こせ」と命じます。

そして翌712年(和銅5年)正月――命令からわずか約4ヶ月で、太安万侶は古事記を完成させて元明天皇に献上したのです。

太安万侶
太安万侶(おおのやすまろ)

元明天皇のご命令から、わずか4ヶ月で完成させました…。稗田阿礼の語りを聞きながら、ひたすら筆を走らせる日々でした。日本語の音をどう漢字で書くか、本当に苦労したものです。

もぐたろう
もぐたろう

「阿礼が頭の中に保存して、安万侶が文字に起こす」――今でいうと、ベテラン語り部のインタビューを書き起こしてドキュメンタリー番組を作るみたいな感じだね!しかも納期4ヶ月!安万侶さんの徹夜が目に浮かぶよ…!

太安万侶の墓は1979年に発見された

1979年、奈良市此瀬町(このせちょう)の茶畑から銅板の墓誌が出土し、太安万侶の墓であることが判明しました。墓誌には「養老7年(723年)7月6日に没した」と刻まれていて、これによって太安万侶が実在の人物だったことが考古学的に証明されたんです。古事記研究にとって決定的な発見でした。

太安万侶の墓誌
1979年に奈良市此瀬町で出土した太安万侶の墓誌(銅板)。「養老七年七月六日卒」と刻まれており、太安万侶の実在を考古学的に証明した決定的史料。

稗田阿礼の謎〜男?女?正体不明の天才

古事記の編纂で大活躍した稗田阿礼ですが、実はその正体には謎が多いんです。なんと、男性なのか女性なのかさえ確定していません

古事記の序文には、阿礼について「年は28、人と為り聡明にして、目に度(わた)れば口に誦(よ)み、耳に拂(ふ)るれば心に勒(しる)す」(28歳で聡明、見たものはすぐ口に出して読み、聞いたものは心に刻む)とだけ書かれています。性別についての言及は一切ありません

■ 男性説〜「舎人」という役職から

序文には阿礼が舎人とねりであったと記されています。舎人は天皇に仕えて雑務をこなす下級役人で、原則として男性が就く役職でした。ここから「阿礼は男性だったはず」と考える説が長く有力視されてきました。

■ 女性説〜稗田氏は猿女君(さるめのきみ)の血筋

一方、稗田氏は猿女君さるめのきみという、神事を司る女性集団の血を引く一族とされています。猿女君は天岩戸の前で踊った天宇受売命あめのうずめのみことを祖とする神事の専門家。「神話の語り部は女性が務めるのが伝統だった」という観点から、阿礼も女性だった可能性があると唱える研究者もいます。柳田國男ら民俗学者の一部はこの女性説を支持しました。

あゆみ
あゆみ

1300年も前の人なのに、性別さえ分からないなんてロマンがあるわね…。逆に「謎」が多いから今も語り継がれるのかも。

もぐたろう
もぐたろう

そうなんだよ!稗田阿礼って、いわば「日本史最初のミステリアスな天才」。後世の文学者にもインスピレーションを与えていて、たとえば飛鳥時代の歌人・額田王(ぬかたのおおきみ)と同一人物では?なんていう大胆な説まであったりするんだ。

古事記 上巻のあらすじ〜神々の誕生から国造り

ここからは古事記の中身に踏み込みます。まずは上巻。神々の世界が描かれる、もっともファンタジー色の強い巻です。縄文時代から続く日本人のアニミズム的な世界観が物語の土台になっていて、神様がやたらと人間くさい行動をとるのが面白いところです。

■ 天地創造と三貴子の誕生

物語は、まだ天と地が分かれていない混沌から始まります。やがて高天原(たかまがはら)に最初の神々が現れ、最後に登場した夫婦神がイザナギ伊邪那岐イザナミ伊邪那美でした。

二柱の神は天浮橋(あめのうきはし)から矛で海をかき混ぜてオノゴロ島を生み出し、そこで結婚。淡路島・四国・九州・本州…と次々に島を産み、さらに山・海・風・木の神様まで産んでいきます。これが有名な国産み神話です。

イザナギとイザナミの国産み(小林永濯)
矛で海をかき混ぜるイザナギとイザナミ。小林永濯の画(明治時代)。

ところが、火の神カグツチを産んだとき、イザナミは大やけどを負って亡くなってしまいます。妻を失ったイザナギは、死者の国・黄泉(よみ)の国へ会いに行く――というのが上巻最初の山場。「見るな」と言われた約束を破ってウジ虫だらけのイザナミの姿を見てしまったイザナギは、命からがら逃げ帰る…という、まるで日本版オルフェウス神話のような展開が繰り広げられます。

黄泉の国から逃げ帰るイザナギ
黄泉の国でイザナミの変わり果てた姿を見て逃げるイザナギ。古事記上巻のクライマックスのひとつ。

黄泉から戻ったイザナギは穢れを落とすために禊(みそぎ)をします。このとき、左目を洗うと天照大御神(あまてらすおおみかみ)、右目を洗うと月読命(つくよみのみこと)、鼻を洗うと須佐之男命(すさのおのみこと)が誕生しました。これが三貴子(さんきし)。日本神話の主役級キャラがここで揃います。

■ 天照大御神と天岩戸の物語

三貴子のうち、太陽の神天照大御神は高天原を治めることになりました。ところが弟のスサノオが「お母さん(イザナミ)に会いたい」と泣き叫んで地上を荒らし回り、姉のもとを訪ねてきたあげく、田んぼを潰したり神聖な機織小屋を汚したり、やりたい放題。

怒り悲しんだ天照大御神は、岩でできた洞窟天岩戸(あまのいわと)に閉じこもってしまいます。すると太陽が消えて世界は真っ暗闇に。困った八百万(やおよろず)の神々は岩戸の前に集まって、踊って笑って大騒ぎ――そう、有名な天岩戸の物語です。

天岩戸神楽の起源(歌川国貞)
天岩戸の前で踊るアメノウズメと、岩戸からのぞく天照大御神。歌川国貞 画(1844年頃)。

■ スサノオのヤマタノオロチ退治

姉を泣かせて高天原を追放されたスサノオは、出雲(いまの島根県)の地に降り立ちます。そこで出会ったのが、頭が8つ・尾が8つの大蛇ヤマタノオロチに毎年娘を食べられているという老夫婦と、その娘・クシナダヒメ。

月岡芳年が描いたスサノオ
ヤマタノオロチとスサノオ 月岡芳年「日本略史 素戔嗚尊」(出典:Wikimedia Commons / パブリックドメイン)

古事記 中巻のあらすじ〜神武天皇から応神天皇まで

中巻の主役は「神様の子孫」である人間(天皇)たち。物語の舞台はだんだん神話から歴史へと移っていきます。とはいえ、まだまだ神様の助けや不思議な出来事がたくさん登場する、半分神話・半分歴史のミックスゾーンです。

■ 神武天皇の東征〜日本建国の物語

神武天皇(弓の先に金鵄)
『神武天皇東征之図』八咫烏に導かれる神武天皇。

中巻のオープニングは、初代天皇となる神武天皇じんむてんのうの物語。天孫降臨で日向(いまの宮崎県)に降り立ったニニギノミコトのひ孫にあたる神倭伊波礼毘古命(かむやまといわれびこのみこと、後の神武天皇)が、「日本のまんなかで国を治めよう」と決意して、九州から大和(いまの奈良県)を目指す東征の旅に出ます。

瀬戸内海を東へ進み、河内(大阪)で激しい抵抗にあって兄を失い、紀伊半島を回って熊野から大和へ侵入。途中で八咫烏(やたがらす)という三本足のカラスに道案内をされたり、剣の力で敵を眠らせたり――とにかく神様の加護フル稼働で大和入りを果たします。そして橿原宮(かしはらのみや)で初代天皇として即位。これが日本建国のはじまり、というのが古事記の語る建国神話です。こうして始まった大和王権(ヤマト王権)は、やがて豪族連合として日本列島に広がっていきます。

神武天皇 肖像(月岡芳年)
神武天皇の肖像。月岡芳年「大日本名将鑑」より(明治時代)。九州から大和へ東征し、橿原宮で初代天皇として即位した。

■ ヤマトタケルの英雄と悲劇

16歳のヤマトタケル(月岡芳年)
月岡芳年「大日本名将鑑」より。女装して熊襲建を討ち取った英雄の若き日の姿。

中巻のもうひとつの大スターが、第12代景行天皇の皇子・ヤマトタケル倭建命。父・景行天皇に九州・熊襲(くまそ)の征伐を命じられ、女装して敵の宴に潜入し、見事にクマソタケル(熊曾建の弟・弟建)を討ち取ります。このとき死に際のクマソタケルから「倭建(ヤマトタケル)」の名を贈られた、というかっこいいエピソードがあります。

その後、東国の蝦夷(えみし)討伐を命じられたヤマトタケルは、伊勢神宮で叔母の倭比売命(やまとひめのみこと)から草薙剣を授かって出発。駿河(静岡)で野原に火を放たれて窮地に陥るも、草薙剣で草を薙ぎ払って脱出。これが「草薙」の名の由来とされています。

燃える草原のヤマトタケル
燃える草原の中でヤマトタケルが草薙剣で草を薙ぎ払うシーン。草薙剣の名の由来とされる伝説的なエピソード。(月岡芳年 画)

しかし、英雄の物語は悲劇で終わります。伊吹山(滋賀・岐阜の県境)の神に油断して挑んだヤマトタケルは病に倒れ、故郷の大和を目前にした能煩野(のぼの・三重県)で亡くなってしまうのです。最期に「倭は国のまほろば(大和は素晴らしい国だ)」と望郷の歌を詠み、亡骸は白い鳥になって空へ飛び立った――というのが古事記の伝える結末。少年マンガでもここまでドラマチックな展開はなかなかありません。

古事記 下巻のあらすじ〜仁徳天皇から推古天皇まで

下巻になると、古事記はぐっと「歴史書」らしくなります。神様や不思議な力の出番は減り、代わりに天皇の事績や和歌、皇位継承のドラマなどが中心になっていきます。第16代・仁徳天皇から第33代・推古天皇までを扱う、いわば古代史パートです。

■ 仁徳天皇「民のかまど」のエピソード

仁徳天皇 肖像
仁徳天皇(第16代)の肖像。民のかまどの煙を気にかけた聖帝として後世まで語り継がれる。

下巻でいちばん有名なのが、仁徳天皇にんとくてんのう「民のかまど」のエピソードです。

ある日、仁徳天皇が高い山に登って都を見渡したところ、人々の家から立ちのぼるはずのかまどの煙が見えなかったそうです。「民が貧しくて、ご飯を炊くこともできていないのか」と気づいた天皇は、その場で宣言します。

「これから3年間、税と労役を免除する。民のかまどがにぎわうまで、宮殿の修理もしない!」

3年後、ふたたび山に登った天皇が見たのは、民家から立ちのぼる無数のかまどの煙――皇后も大喜びで、「これで国は豊かになりました」と言ったといいます。雨漏りする宮殿でじっと耐えた仁徳天皇は、慈悲深い「聖帝(ひじりのみかど)」として後世まで語り継がれるようになりました。

大仙陵古墳(仁徳天皇陵)の航空写真
大仙陵古墳(仁徳天皇陵)の航空写真。全長486mの世界最大級の前方後円墳で、世界遺産にも登録されている。

■ 雄略天皇〜下巻屈指の暴れん坊

仁徳天皇の聖帝ぶりとは正反対のキャラクターも下巻には登場します。雄略天皇ゆうりゃくてんのうです。気に入らない皇族を次々に殺していく荒々しさで描かれていて、まさに古事記のヒール役。一方で『万葉集』の冒頭を飾る恋の歌を詠んだ天皇でもあり、激しさと情の深さが同居する人物として描かれています。

■ そして、推古天皇で物語は閉じる

下巻のラストを飾るのは、日本初の女性天皇・推古天皇すいこてんのう(第33代)。聖徳太子蘇我馬子と協力して仏教を広め、隋に遣隋使を送ったことで知られる天皇です。古事記は推古天皇までを扱って物語を閉じる構成になっています。

推古天皇の肖像画

もっとも、下巻の推古天皇のくだりは、上巻・中巻の神話に比べるとあっさりしています。エピソードは少なく、系譜情報が中心。「神話のドラマは終わった、ここから先は別の歴史書(=日本書紀など)にバトンタッチ」という雰囲気で、古事記は静かに幕を下ろすのです。

ゆうき
ゆうき

上中下巻ぜんぶ違う雰囲気だね。神話・建国・歴史って、まるでゲームのストーリー進行みたい!

もぐたろう
もぐたろう

まさにそう!上巻=神話編、中巻=建国・英雄編、下巻=古代史編、ってイメージで覚えておけばOK。

古事記と日本書紀の違い〜試験頻出ポイント

「古事記とセットで覚えなきゃいけないのが、もう一冊の歴史書――日本書紀(にほんしょき)です。完成は古事記の8年後、720年。両方とも飛鳥〜奈良時代の超重要史料ですが、その性格はかなり違います。

大きな違いは、「誰に向けて書かれたか」。古事記は天皇家の歴史を国内向けにまとめたもの。一方、日本書紀は中国や朝鮮半島を意識した「対外向けの正史」として書かれました。だから日本書紀は中国の歴史書と同じ純粋な漢文で書かれていて、古事記は日本語の語順を残した「変体漢文」と呼ばれる独特の書き方になっています。

項目古事記日本書紀
完成年712年(和銅5年)720年(養老4年)
編纂者太安万侶(稗田阿礼が暗誦)舎人親王(とねりしんのう)ら
命じた天皇天武天皇→元明天皇天武天皇→元正天皇
巻数全3巻(上・中・下)全30巻+系図1巻
文字変体漢文(日本語の語順)純粋な漢文
対象国内向け(天皇家の物語)対外向け(正史としての日本紹介)
内容神話中心・物語的歴史中心・年代記的
扱う期間天地開闢〜推古天皇天地開闢〜持統天皇

ゆうき
ゆうき

古事記と日本書紀、どっちが大事なの?テストはどっちを覚えればいい?

もぐたろう
もぐたろう

どっちも頻出!特に「古事記=712年・稗田阿礼・太安万侶」と「日本書紀=720年・舎人親王」のセットは絶対に取りこぼしちゃダメ。8年差の順番(古事記が先)も覚えておこう。

📝 試験でよく出るポイント:①完成年(古事記712年→日本書紀720年)②編纂者(古事記=太安万侶、日本書紀=舎人親王)③性格(古事記=国内向け神話、日本書紀=対外向け正史)


テストに出るポイント

ここまでの内容を踏まえて、古事記でテストに出るポイントBEST5を一気にまとめます。中学・高校・共通テストで繰り返し問われる定番ばかり。ここを押さえれば古事記の問題はほぼ完璧です。

テストに出やすいポイント
  • 完成年は712年(和銅5年)―日本最古の歴史書。日本書紀(720年)より8年早い。
  • 暗誦者は稗田阿礼(ひえだのあれ)―天武天皇の命で帝紀・旧辞を暗誦。性別は不明。
  • 筆録者は太安万侶(おおのやすまろ)―元明天皇の命でわずか4ヶ月で完成。1979年に墓が発掘された。
  • 編纂を命じた天皇は天武天皇→元明天皇―発案は天武、完成は元明の代。
  • 構成は全3巻(上・中・下)―上巻=神話、中巻=神武〜応神(15代)、下巻=仁徳〜推古。

📝 覚え方のコツ:人物は「稗田阿礼が話して、太安万侶が書く」と役割をペアで覚える。「お命じになったのは天武と元明」と2人の天皇がいることに注意(天武の代では完成しなかった点が出題されやすい)。

もぐたろう
もぐたろう

テスト直前は、この5つだけ頭に入れてから教室に行こう!特に「712年・稗田阿礼・太安万侶」の3点セットはほぼ100%出る。あとは「日本書紀との違い」を1〜2点ぶつけられるくらい。逆に言えば、ここを落とすと一気に失点しちゃうよ。

古事記が今も読まれる理由〜日本人のルーツを探る旅

1300年も前に書かれた古事記が、いまも書店の棚に並び、現代語訳がベストセラーになる――この「不思議さ」、考えてみると面白くないですか?古事記が現代まで生き残っている理由は、単に「日本最古の歴史書だから」というだけではありません。

第一の理由は、古事記が日本の神道の原典であること。伊勢神宮の天照大御神、出雲大社の大国主神、八幡神社の応神天皇――いま全国にある神社の祭神の多くが、古事記に登場する神々です。お正月に神社に初詣に行く、七五三でお祓いをしてもらう…そうした日常の習慣の根っこに、古事記の世界観が息づいています。

第二の理由は、「日本人とは何か」を考える原点になっていること。江戸時代の国学者・本居宣長は古事記を読み込んで『古事記伝』を著し、「日本人らしさ」を古事記に見いだしました。現代でも「日本人のアイデンティティ」「神話のルーツ」を語るとき、古事記は必ず参照される存在です。

📝 現代とのつながり:神社の祭神(伊勢神宮=天照大御神、出雲大社=大国主神)、初詣、七五三、地名(淡路島・出雲・橿原など)、アニメ・マンガ・ゲーム(『ノラガミ』『鬼滅の刃』『ペルソナ』『大神』ほか多数)、人気観光地(出雲大社・伊勢神宮・橿原神宮)――現代日本人の生活と娯楽の至るところに古事記の世界が顔を出している。

第三の理由は、ここまでの章で見てきたとおり、古事記の物語そのものが純粋に面白いこと。神々の恋、嫉妬、ケンカ、英雄の旅、悲劇の最期…現代のアニメやマンガにそのまま使えそうなネタが満載です。実際、『ノラガミ』『天穂のサクナヒメ』『大神』など、古事記をモチーフにした人気作品は数えきれません。

古事記ゆかりの地を訪ねる

伊勢神宮(三重県):天照大御神を祀る、日本でもっとも格式の高い神社。
出雲大社(島根県):大国主神を祀る縁結びの聖地。「国譲り」の舞台。
橿原神宮(奈良県):神武天皇が即位した橿原宮の伝承地。
太安万侶の墓(奈良市此瀬町):1979年に発見された墓誌により実在が証明された。
高千穂峡(宮崎県):天孫降臨の地として伝わる神話の里。

もぐたろう
もぐたろう

古事記って、テスト用の暗記材料だけじゃもったいない。神社・お祭り・アニメ・ゲーム…身の回りのあらゆるところで顔を出すから、知っておくと「あっ、これ古事記の○○だ!」って世界の見え方が変わるよ。現代語訳なら中高生でもサクッと読めるから、夏休みの読書感想文ネタにもおすすめ◎

古事記についてもっと詳しく知りたい人へ

もぐたろう
もぐたろう

古事記をもっとじっくり読みたいなら、現代語訳の本がおすすめだよ!入門書から原文に近い完全版まで、読む目的に合わせて選んでね。

①速習したい人なら|現代語訳付きで読みやすい定番

新版 古事記 現代語訳付き

中村啓信(訳注) 著|角川ソフィア文庫


②深く読み込みたい人なら|物語としてのリズムが秀逸

口語訳 古事記 神代篇

三浦佑之 著|文春文庫


③読み物として楽しみたい人なら|神様の会話が生き生きと描かれる

現代語古事記 決定版

竹田恒泰 著|学研プラス

よくある質問(FAQ)

A. 古事記は712年(和銅5年)に完成した、日本最古の歴史書です。天地創造の神話から推古天皇までの天皇家の系譜と物語を、上・中・下の全3巻にまとめています。稗田阿礼が暗誦した内容を太安万侶が書き記し、元明天皇に献上されました。

A. 天武天皇が「諸家に伝わる帝紀(天皇家の系譜)と旧辞(伝承)を整理し、誤りを正したい」と考えたのがきっかけです。天皇家の正統性を、神々のルーツにつなげて確かなものにするという政治的な目的がありました。天武天皇の死後いったん中断しましたが、元明天皇の代に再開され、712年に完成しました。

A. ①完成年が違います(古事記=712年/日本書紀=720年)。②編纂者が違います(古事記=太安万侶/日本書紀=舎人親王ら)。③性格が違います(古事記=国内向けの神話的な物語/日本書紀=対外向けの正史で漢文の年代記)。④巻数も違います(古事記3巻/日本書紀30巻+系図1巻)。「古事記が先で、8年差」は試験頻出ポイントです。

A. 史料からは確定していません。古事記の序文には「舎人(とねり)」と記されていることから男性とする説が有力ですが、「天宇受売命(アメノウズメ)の子孫=女系氏族」という記述や、近世以降の研究から女性説も提示されてきました。「男性だった」「女性だった」と断言するのは誤りで、テストでは「不明」が正解です。

A. 712年(和銅5年)に完成し、元明天皇に献上されました。太安万侶が筆録を命じられたのが711年9月、完成・献上が翌712年1月。実質わずか約4ヶ月で書き上げられた驚異的なスピード編纂でした。日本書紀(720年完成)より8年早く、現存する日本最古の歴史書です。

A. 年号は語呂合わせで「な(7)い(1)に(2)の古事記」、日本書紀は「な(7)に(2)を(0)の日本書紀」。人物は「稗田阿礼が話して、太安万侶が書く」と役割をペアで覚えます。命じた天皇は「天武が発案、元明で完成」と2人セットで暗記。構成は「上巻=神話、中巻=建国、下巻=古代史」とジャンルで分けて頭に入れるのがコツです。

まとめ

古事記 関連年表
  • 673年頃
    天武天皇が古事記の編纂を命じる
    稗田阿礼に帝紀・旧辞を暗誦させる。「削偽定実」の精神で正しい天皇家の歴史をまとめる方針を打ち出す。
  • 686年
    天武天皇崩御。編纂作業はいったん中断
    稗田阿礼の暗誦は完了していたが、それを文字に書き留める作業は止まっていた。
  • 711年9月
    元明天皇が太安万侶に筆録を命じる
    稗田阿礼の暗誦をもとに、太安万侶が筆録を開始する。
  • 712年1月
    古事記 完成・元明天皇に献上
    和銅5年。命令から約4ヶ月の超スピード編纂。日本最古の歴史書となる。
  • 720年
    日本書紀 完成(古事記の8年後)
    舎人親王らが編纂。対外的な正史として漢文で記される。
  • 1979年
    太安万侶の墓が奈良市で発掘
    奈良市此瀬町で墓誌が出土し、古事記編纂者・太安万侶の実在が考古学的に証明された。

もぐたろう
もぐたろう

以上、古事記のまとめでした!日本最古の歴史書である古事記は、神々のドラマチックな神話から始まり、神武天皇の建国、ヤマトタケルの英雄譚、仁徳天皇の聖帝伝説…と、推古天皇までの長い物語を一冊に詰め込んだ「日本のはじまりの本」なんだ。下の関連記事でイザナギ・イザナミや天照大御神の神話、そして日本書紀との違いもあわせて読んでみてください!

📅 最終確認:2026年5月 / 参照:山川出版『詳説日本史』(2022年版)

参考文献

Wikipedia日本語版「古事記」(https://ja.wikipedia.org/wiki/古事記)(2026年5月確認)
Wikipedia日本語版「太安万侶」(https://ja.wikipedia.org/wiki/太安万侶)(2026年5月確認)
Wikipedia日本語版「稗田阿礼」(https://ja.wikipedia.org/wiki/稗田阿礼)(2026年5月確認)
コトバンク「古事記」(https://kotobank.jp/word/古事記-64668)(デジタル大辞泉・日本大百科全書)(2026年5月確認)
山川出版社『詳説日本史』

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【大事なお知らせ】YouTube始めました!!

2024年2月、YouTubeチャンネル「まなれきドットコムちゃんねる」を開設しました。

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もぐたろう

教育系歴史ブロガー。
WEBメディアを通じて教育の世界に一石を投じていきます。

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飛鳥時代古事記の話【日本神話】
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