誰でもわかる観音菩薩!簡単にわかりやすく紹介するよ【千手観音とか三十三変化】

今回は、観音菩薩(かんのんぼさつ)ってなんぞや?というのをわかりやすく紹介してみようと思います。

 

観音菩薩と一言に言っても、千手観音だとか十一面観音だとか不空羂索(ふくうけんじゃく)観音だとか、実にいろんな呼び方をされる不思議な仏教キャラなのが観音菩薩。そのあたりの話も紹介しようと思います。

 

阿弥陀如来同様、観音菩薩は日本でも特に人気のある信仰対象です。おそらく最も有名なのは京都の清水寺でしょう。

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では、本題へ。

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観音菩薩って誰だ?

まず、観音菩薩(かんのんぼさつ)って一体何者なんでしょう?

 

観音菩薩は、「観音」と「菩薩」で意味が分けれています。

 

「菩薩」とは、

菩薩の正式名称は「菩提薩埵(ぼだいさった)」。

 

「菩提」は悟りの境地という意味。これはブッダが菩提樹の下で悟りを開き解脱したことに由来します。「薩埵」は生ける人々という意味。菩薩とは、これらの意味を合わせて「悟りの境地を求める者」という意味になります。

 

ブッダのように悟りを開いて困苦のない世界へ行った(成仏した)者を「如来」と呼びますが、如来の一歩手前の状態で、成仏しきれていない者のことを菩薩と呼びます。でも如来の一歩手前まで来ているから菩薩はとても凄い人たちなんです。

 

という意味です。以下の弥勒菩薩の記事から引用しました。

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では「観音」はと言うと、名前の由来は法華経というお経に書かれています。

 

観音菩薩は人々が辛い目にあった時に、その人が一心に観音菩薩の名を称(たた)えれば、観音菩薩はすぐにその声を聞き取り、救いの手をさし伸べます。観音菩薩は、人々のSOSの声を聞き逃さぬよう、常に世の音を観じている(知る、察する)。

 

 

法華経ではこのようなことが説かれており、それゆえに名が観音だと言うのです。

 

 

ちなみに正式名称は「世の音を観じる」の「世」「音」「観」の三文字をとって観世音と言います。観音は実は略称なんです。

 

これらをまとめると「人々を救うために常に世を音を観じている悟りを境地を求める者」が観音菩薩なんです。

 

ただ、観音菩薩の場合「悟りの境地を求める者」というよりも、限りなく悟りの境地に至った者として描かれることが多いです。

 

有名な般若心経なんかでは、仏教の根幹を成す智慧(ちえ)という概念の象徴として登場しています。なので、もっと正確に言えば「悟りの境地を求める者」というよりも「悟りを開けるけどあえて開かず、菩薩として人々を救っている者」という方が正しいかもしれません。

 

観音菩薩の特殊スキル「変化」

さて、上述のとおり観音菩薩は「助けて!」という人々のSOSの声を敏感にキャッチして人々を救いに行くわけですが、悩みや苦しみって人それぞれ。そこで観音菩薩は変化をします。

 

 

観音菩薩は、人々の苦しみや悩みを察知し、その人のために一番役に立つ姿・形で人々の目の前に現れるのです。

 

 

法華経によれば観音菩薩は33の姿を持っており、具体的には以下のように述べられています。わかりやすいサイトがあったので、その内容を引用してみました。長いので気になる方だけどーぞ!

「それはねえ、どこかの国の人たちが仏さまに教えてもらえば救われる場合には、観世音菩薩はすぐに仏さまの姿になって教えます。
縁覚(えんがく)と呼ばれる孤高の聖者が救うのにふさわしい場合には、縁覚の姿になって教えるし、声聞(しょうもん)と呼ばれる知識の豊富な人が教えて救うのがよい場合には、声聞の姿になって教えます。
天の神の姿で、清浄なる法の守護神である梵王(ぼんのう)となって救うのがふさわしい場合には、梵王の姿で現われて教え、善行を喜ぶ法の守護神である帝釈天(たいしゃくてん)となって救うのがふさわしい場合には、帝釈天の姿で現われて教え、それとは逆に悪行に詳しい自在天(じざいてん)となって救うのがふさわしい場合には、自在天の姿で現われて教え、その首領である魔王の大自在天となって救うのがふさわしい場合には、大自在天の姿で現われて教え、軍神である天大将軍(てんだいしょうぐん)となって救うのがふさわしい場合には、天大将軍の姿で現われて教え、法をよく聞くので多聞天(たもんてん)とも呼ばれる毘沙門天(びしゃもんてん)となって救うのがふさわしい場合には、毘沙門天の姿で現われて教えるのです。
もっと日常的な人間の姿で、普通の王の姿で救うのがふさわしい相手には、普通の王の姿で現われて教え、徳のある富豪の姿をとって救うのがふさわしい相手には、徳のある富豪の姿で現われて教え、在家のまま修行する人の姿をとって救うのがふさわしい相手には、在家のまま修行する人の姿で現われて教え、役人の姿をとって救うのがふさわしい相手には、役人の姿で現われて教え、家柄のよい人の姿をとって救うのがふさわしい相手には、家柄のよい人の姿で現われて教えます。
お坊さんや尼さんや男子の在家信者や女子の在家信者などの姿がふさわしい相手には、各々それに応じた姿を現わして教えます。先ほどの富豪や在家の修行者や役人や家柄のよい人の妻や娘の姿となって救うのがふさわしい相手には、各々それに応じた姿を現わして教えます。男の子供や女の子供の姿をとって救うのがふさわしい相手には、その姿で現われて教えます。
また、天人でも、竜神でも、鬼神の夜叉(やしゃ)でも、天界の音楽師の乾闥婆(けんだつば)でも、戦いを好む鬼神の阿修羅(あしゅら)でも、巨大な鳥の迦楼羅(かるら)でも、天界の美声の音楽家の緊那羅(きんなら)でも、大蛇神の摩ゴ羅伽(まごらか)でも、その他いろいろな形をした生き物にでも、それぞれ相手を救うのに一番ふさわしい姿になって教えます。
手に金剛杵(こんごうしょ)という武器を持ち法を守護する執金剛神(しゅうこんごうじん)の姿となって救うのがふさわしい相手には、執金剛神の姿を現わして教えるのです。
無尽意よ。観世音菩薩は、こういうことが立派に出来るので、さまざまの姿になって、どのような場所にも自由自在に現われて、人々を悟りへを導いて行くのです。ですから皆さんは、一心になってこの観世音菩薩を大切にしなければなりません。」

(出典:http://chances.life.coocan.jp/aokyoukan/16.htm

 

この33という数字は、仏教世界では重要な数字と考えられていて、千体の千手観音で有名な京都の三十三間堂の33なんかは、観音菩薩の33変化に由来します。

 

観音菩薩と六観音

観音菩薩の変化については、法華経では33種類と説かれていますが、実は密教の世界では、観音菩薩の変化の種類は6種類と説かれます。非常にややこしい。

 

6種類の具体的な名前は以下のとおり

  1. 聖観音
  2. 十一面観音
  3. 千手観音
  4. 馬頭観音
  5. 如意輪観音
  6. 准胝観音(天台宗では不空羂索観音)

 

この6つを合わせて六観音と言ったりします。

 

寺院観光で見る仏像や、日常でよく聞く観音菩薩は基本的にこの六観音になります。特に千手観音なんかは、マンガなどのエンターテイメントでも登場するし、寺院観光で見る千手観音は超カッコいいです。

【唐招提寺の千住観音菩薩像】

 

ちなみに、なぜ6種類なのかというと「六道輪廻」という仏教思想に由来があります。

 

観音菩薩と六道輪廻

六道輪廻とは、人間は現世の行いによって死後、6つの世界を行き来する・・・という考え方です。6つの世界とは、

 

  1. 天道(てんどう)
  2. 人間道(にんげんどう)
  3. 修羅道(しゅらどう)
  4. 畜生道(ちくしょうどう)
  5. 餓鬼道(がきどう)
  6. 地獄道(じごくどう)

 

の6つを言い、下に行けば行くほど苦しみの多い世界。おそらく多くの人が聞いたことのあるであろう「悪いことをしたら地獄に落ちるよ!」っていうのもこの六道輪廻の思想によるもの。

 

ちなみに、六道輪廻の思想の根幹には古代インドのガッチガチに固定された身分制度であるカースト制度とバラモン教の影響が色濃く残っています。

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六観音は、それぞれ六道輪廻の6つの世界をそれぞれ担当していて、その区分は以下の表みたいな感じです。

天道如意輪観音
人間道准胝観音(不空羂索観音)
修羅道十一面観音
畜生道馬頭観音
餓鬼道千手観音
地獄道聖観音

 

聖観音は、観音菩薩の基本形。そして十一面観音と千手観音は、個別にお経があったりもして多くの寺院で見ることができます。

観音菩薩と阿弥陀如来

悲華経というお経の中で、観音菩薩は阿弥陀如来の息子だとされています。「法華経」ではなくて「悲華経」です。仏教ってお経がたくさんあって複雑なんですが、それゆえに奥が深いのが面白いところ。

 

 

阿弥陀如来がまだ菩薩だった頃、阿弥陀如来は一国の王で、観音菩薩はその息子であると言われています。この他にも観音菩薩は人々を救いたいと願う阿弥陀如来の化仏とも言われることがあるほど。阿弥陀如来と観音菩薩には深い結びつきがあるわけですね。

 

 

阿弥陀如来の仏像は多くの寺院で見ることができますが、その両脇には観音菩薩と勢至菩薩っていう菩薩が置かれていることが多いのもその証拠。

 

 

個人的なイメージでは、阿弥陀如来は極楽浄土を構え、人々を救いたいという強い願いを持つボス。そして観音菩薩は阿弥陀如来の願いを実行すべく、人々を救う実働部隊。そんなイメージ。

観音菩薩まとめ

日本の観音菩薩信仰の歴史は古くて、仏教が伝来したてホヤホヤの飛鳥時代からその信仰があったと言われています。

 

 

観音菩薩の上司である阿弥陀如来の信仰が本格的に始まったのは末法思想という考え方が流行った平安時代末期から。上司よりも古い歴史を持っているんですね観音菩薩って。

 

 

観音菩薩は、人々が悩み・苦しむときの救いの信仰対象として民衆や貴族にとても人気のある菩薩でした。その人気や歴史の古さから、観音菩薩は多くの寺院で観ることができます。

 

 

以下の阿弥陀如来の話と合わせて観音菩薩の話を知っておくと寺院観光がより楽しくなること間違いなしです!やっぱ漠然と「スゲー!」って仏像観るよりも、如来様や菩薩様の由来や思想の話を知っている方が寺院観光は楽しいし、胸熱な気持ちになりますよ。

 

 

最後に少しだけに観音菩薩の仏像紹介をしておきます。六観音の中でもよく目にする聖観音・十一面観音・千手観音!

聖観音菩薩

【観世音寺の聖観音菩薩像】

(出典:wikipedia「聖観音」Author:Michael Gunther

聖観音菩薩は、観音菩薩のいわば基本形態。だけど、六道の中でも最も過酷な地獄道を担当する変化形態なのでポテンシャルは凄い。

 

基本的に、阿弥陀如来の脇に立っている観音菩薩はほとんどの場合、聖観音菩薩。単体で造られた仏像に関しては聖観音菩薩ってあまり多くないような気がしています。

十一面観音

【室生寺の十一面観音菩薩像】

 

十一面観音菩薩のどこが十一面かというと頭!頭に11の顔が付いているんです。

 

 

最初の方でお話ししたように、観音菩薩って困っている人を逃さず見つけ出して救うのが仕事です。なぜ11個の顔が付いているのかというと、困っている人を逃さず見つけ出すためなんです。

 

 

ただ、十一面観音菩薩以上に、人々を救うために全力を捧げている観音菩薩もいます。それこそが、おそらく数ある形態の中でも一番人気であろう千手観音菩薩です!

千手観音

【三十三間堂の千手観音菩薩像】

(出典:wikipedia「千手観音」、Author:Bamse

千手観音は、十一面観音に千本の手が生えた形態。本体の顔、そして頭の11面で救いを求めている人をすかさずキャッチし、千本の手を使って人々を救います。

 

 

実際に寺院で仏像を見るとわかりますが、千手観音は千本の手で色んなものを持っています。これはどんな人でも救えるよう様々な道具を持っているからです。

 

 

ちなみに、仏像として造られたほとんどの千手観音には、千本も手はありません。だいたい本体の通常の腕をのぞいて左右に20本づつ、計40本。これは仏像としての一本が実際の25本分の腕を表現している・・・と考え、40✖︎25=1000本と考えます。

 

 

なぜこんなことをするかというと、25という数字は仏教的に意味のある数字だから何ですけど、実際のところは「千本も手なんか作れねーよ!!」っていう仏師達の妥協の結果なんじゃないのかな?と個人的には思っています。

 

ただ、本当に千本の手を造り上げている仏像も全国にはちゃんとあります。個人的には鑑真が建立した唐招提寺の千手観音の千本の手が壮観な感じで好きだったり。

 

以上、観音菩薩の紹介でした!

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