幕政改革と化政文化(1709〜1792)|江戸時代 STEP③

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改革
STEP 3 / 1709〜1792年

幕政改革と化政文化

享保の改革・田沼時代・寛政の改革が交錯した83年間。喜多川歌麿・平賀源内・蔦屋重三郎ら化政文化の担い手が江戸を彩る。

1716
享保の改革
1772
田沼時代
1787
寛政の改革
1716
享保の改革
1742
公事方御定書
1760
家治就任
1772
田沼老中就任
1776
エレキテル
1787
寛政の改革
Phase I — 享保の改革
1716〜1760年
1716
幕府改革
8代徳川吉宗 就任・享保の改革

紀州藩主から将軍に就任した吉宗は、幕府財政の立て直しを最優先に享保の改革を断行します。上米の制・足高の制・公事方御定書・目安箱の設置など、実務的な改革が幕政を刷新しました。

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享保の改革とは?吉宗の政策をわかりやすく解説
「米将軍」とも呼ばれた吉宗が推し進めた諸改革の全貌。幕府財政はどう変わったか。
享保の改革 相対済し令準備中 上米の制準備中
1720
文化・学問
漢訳洋書輸入制限の緩和 — 蘭学の芽生え

吉宗はキリスト教に関わらない漢訳洋書の輸入を認め、実学奨励の姿勢を示します。これが後の蘭学隆盛の端緒となり、青木昆陽らが蘭語習得に励みました。

蘭学準備中
1742
法制整備
公事方御定書の制定

上巻(法令集)・下巻(刑事法典)からなる公事方御定書が完成。幕府の司法基準が統一され、裁判の公平性が高まりました。享保の改革の総仕上げともいえる法典です。

公事方御定書準備中
Phase II — 田沼時代
1760〜1787年
1760
将軍交代
10代徳川家治 就任

徳川家治が10代将軍に就任。温厚な性格で政治より囲碁を好んだとも伝わる家治のもと、側用人から老中格に昇り詰めた田沼意次が実質的な幕政を主導していきます。

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徳川家治とは?10代将軍の生涯と田沼意次との関係をわかりやすく解説
田沼意次を重用した将軍・家治。その治世と幕府政治の実態に迫る。
1772
重商主義
田沼意次 老中就任・重商主義政策

田沼意次が老中に就任し、商品流通の活性化・株仲間の公認・印旛沼干拓・長崎貿易拡大など重商主義的政策を次々と推進。賄賂政治との批判も受けましたが、実は先進的な経済感覚の持ち主でした。

▶ 深く読む
田沼意次・田沼時代とは?政策と評価をわかりやすく解説
「賄賂政治家」のイメージを覆す、田沼意次の先進的な重商主義改革の実態。
田沼意次 株仲間準備中 印旛沼干拓準備中
1776
蘭学・発明
平賀源内 エレキテル完成

発明家・本草学者・戯作者として多彩な才能を発揮した平賀源内が、オランダ製摩擦起電機を復元・改良したエレキテルを完成。田沼時代の自由な文化的空気が生んだ江戸のダ・ヴィンチ的存在です。

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平賀源内とは?エレキテルや業績をわかりやすく解説
江戸のダ・ヴィンチ・平賀源内。その波乱の生涯と多彩な発明・著作の全貌。
1785頃
化政文化
蔦屋重三郎・化政文化の隆盛

出版プロデューサー・蔦屋重三郎が喜多川歌麿や東洲斎写楽を世に送り出し、浮世絵・黄表紙・洒落本が花開きます。庶民文化が成熟した化政文化の最盛期を迎えました。

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蔦屋重三郎とは?生涯と業績をわかりやすく解説
江戸のメディア王・蔦屋重三郎。歌麿・写楽を発掘した天才プロデューサーの実像。
蔦屋重三郎 喜多川歌麿 東洲斎写楽準備中
Phase III — 寛政の改革
1787〜1792年
1787
幕府改革
松平定信 老中就任・寛政の改革

田沼政治の腐敗への反動として、老中・松平定信が緊縮財政・風紀取締り・旗本御家人の救済(棄捐令)などを柱とする寛政の改革を断行。厳格すぎる統制は反発を招き、6年余りで退任となります。

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寛政の改革とは?松平定信の政策をわかりやすく解説
「白河の清きに魚も住みかねて」と詠まれた厳格な改革。田沼時代との違いとは。
寛政の改革 棄捐令準備中 寛政の遺老準備中
1792
対外危機
ラクスマン来航 — このあと STEP 4 対外危機へ

ロシア使節ラクスマンが根室に来航し、通商を要求します。幕府は長崎への入港を許可する信牌を与えて事実上拒否しますが、これ以降、外国船の来航が相次いで鎖国体制が揺らぎ始めます。
→ 次は STEP 4:対外危機と鎖国の動揺 へ続きます。

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