荘園制度を超わかりやすく解説【浮浪人と公地公民制の崩壊】1/2

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前回は、主に墾田永年私財法のお話でした。

↓前回の記事

前回(平安時代の農民が税金で苦しんだ理由とは【鬼畜すぎるその手口】)は、租(稲の収穫高の一定割(おおむね3%)を収める税)に...

墾田永年私財法のおさらい

墾田永年私財法は、人々に自ら開墾した土地の私有を永遠に認めるという法律です。

当時の日本は、公地公民制と言われ、人々は国(天皇)から与えられた田地を耕して、そこから得られる稲から一定割合(おおむね3%)を租という税として納めていました。人々に土地を与えることを班田収授と言ったりします。

しかし、班田収授が進むにつれて土地が不足し始めます。さらに、人々は国に言われたとおりに田んぼ耕しているだけなので、自ら土地を開墾しようとする動機がありません。

そこで、税収を増やすため、人々に率先して土地を開墾してもらおうと発案されたのが、墾田永年私財法でした。

これまで通り国が与えた土地は口分田(くぶんでん)と呼ばれそこから租が徴収され、人々が開墾して手に入れた土地は輸租田(ゆそでん)と呼ばれここにも税金がかかりました。

国としては、土地を増やし、輸租田から税を徴収し、税収を増やすことができたので公地公民制とは矛盾してますが墾田永年私財法は成功したかに見えます、ですが墾田永年私財法で私有地を増やすことができたのはほとんど裕福層の人々であり、墾田永年私財法は結果的に貧富の差を拡大させてしまいました。

今回は、この貧富の差が班田収授に立脚した公地公民制を破壊していく様子を見ていきます。

そして、公地公民制が崩壊した後、日本の土地制度が荘園制度と呼ばれるものです。荘園制度は金持ちが所有する広大な土地を「荘園」と言うことに由来します。

この土地制度の変革は、国政の仕組みはもちろん、地方に住む人々の暮らし方にまで強い影響を与えているため、ちゃんと理解するのはなかなか難しいですが、なるべくわかりやすいよう説明していきたいと思います。

逃げる農民、浮浪人(ふろうにん) -戸籍の崩壊-

平安時代の農民が税金で苦しんだ理由とは【鬼畜すぎるその手口】という記事の中で、正倉の稲が不正にお役人に搾取され、さらに稲の強制高利貸し(公出挙)により農民が租税に苦しんでいるというお話をしました。

農民を苦しめたのは税だけではありません。奈良時代の2大事業である、平城京遷都と奈良の東大寺の大仏建立により多くの民が労働に駆り出され、多くの人が苦しみました。(労働自体と労働により田地を耕せないことが民を苦しめた理由!)

【平城京遷都については以下の記事をどうぞ】

前回(素朴な疑問。なぜ日本人は平城京へ遷都した?-遣唐使派遣-【その1】)は、遣唐使たちが長安を見て衝撃を覚えたお話をしました。「な...

【奈良の大仏建立については以下の記事をどうぞ】

前回は、日本初の怨霊となった藤原広嗣の話をしました。聖武天皇は、長屋王の変、天然痘の流行、そして藤原広嗣の乱...

さらに、平安時代には平安京遷都に加え、坂上田村麻呂を筆頭にした東北遠征がありました。

耐えきれなくなった農民たちの中には、国から与えられた田地(口分田)を放棄して逃亡してしまう人がいて、その数は次第に増えていきました。

農民たちが勝手に逃げてしまうため、人と土地を管理する戸籍も次第に機能しなくなっていきます。

戸籍を捏造する農民

国司とは、地域ごとに配置された税徴収などを総括する地方役人のことをいいます!一応、地方では一番偉い人。

朝廷は、国司のことを税収により評価していました。つまりたくさん税を納める国司は優秀な人材とみなされていたのです。国司は、戸籍に登録されている人々の人数や家族構成に応じて徴税ノルマが課されましたが、浮浪人の増加や人々の脱税意識によりその戸籍がメチャクチャになっていきます。脱税のための戸籍の偽装も増えるようになります。

当時の日本の税制では、青年・壮年期の男性の税が一番重く、老人や女性の税は軽めに設定されていました。そこで、人々は戸籍を偽装し、老人や女の人数を多めに国司へ報告するようになります。こうすることで、実際よりも賦課される税額が減るわけです。

一方の国司も、これを積極的には改善しなかったはずです。なぜなら、偽装された戸籍に基づいた方が朝廷へ納める税額が少なくて済むから。(露骨すぎたら、朝廷にバレて怒られるかもしれませんが・・・)

こんな感じで、戸籍が実態とかけ離れたものになっていきます。戸籍がでたらめになると、班田収授も上手くいきません。そして、こんなことをすると、農民はますます逃亡してしまいます。こうして公地公民制は次第に崩壊していくことになります。

逃げ出した農民はどこへ行ったか?

逃亡した浮浪人はどこへ逃げたのでしょうか?

実は、墾田永年私財法により多くの私有地を得た貴族や寺院へ逃げ込んでいったのです。

膨大な私有地を得た裕福層の人々は、私有地を運営するため人を欲していたのです。

一方で、「こんな税を納めて苦しむぐらいなら土地なんていらない。売って金にしてしまいたい」と有力者に土地を売る貧困層の現れる始末でした。

こうして、貴族や寺院は、土地に加え、人を大量に雇うようになり力を強めていきます。この点はすごい重要で、荘園制度の成立に際してのキーポイントになります。

富豪浪人 -脱税する金持ち-

逃亡をしたのは、苦しむ農民だけではありません。富裕層の人たちも、税金から逃れるため、戸籍の登録地から脱走します。

国としても、脱税を見過ごすわけにはいきません。こうして、国VS富裕層の税をめぐる対立が始まります。

公地公民制の崩壊

こうして、戸籍制度は瓦解し、公地公民制も崩壊していきます。

次回は、裕福層の人々の脱税の様子をもう少しだけ詳しく見ていくことにします。

次:荘園制度を超わかりやすく解説【脱税対策?返挙と里倉】2/2

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