三種の神器(テレビ・洗濯機・冷蔵庫)と3Cとは?高度経済成長期の消費革命をわかりやすく解説

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もぐたろう
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今回は「三種の神器」と「3C」について、わかりやすく丁寧に解説していくよ!白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫が昭和30年代の家庭にどう入ってきて、そのあとカラーテレビ・クーラー・カーへと時代が変わっていく流れを、当時の生活シーンも交えて見ていくね。テスト対策にも役立つから、最後まで読んでみてね!

📚 この記事のレベル:中学歴史 / 高校日本史
📖 山川出版『詳説日本史』準拠
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この記事を読んでわかること
  • 三種の神器(白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫)とは何か、なぜ「神器」と呼ばれたのか
  • 3C(カラーテレビ・クーラー・カー)が1960年代にどう登場したか
  • 高度経済成長期に家電がどれだけ急速に普及したか(普及率データ付き)
  • テストに出る三種の神器・3Cのポイントがまとめて確認できる

「三種の神器って、高度経済成長で日本が豊かになったから、そのおこぼれで普及したんでしょ?」——そう思っている人は多いかもしれません。

でも実は、話は逆でした。三種の神器の急速な普及こそが、高度経済成長を加速させたエンジンだったのです。「テレビが欲しい!洗濯機が欲しい!」という日本人の消費意欲が、家電メーカーの設備投資を呼び、雇用を生み、さらに所得を増やす——この好循環こそが、わずか20年で焼け野原から世界第2位の経済大国へと日本を押し上げた原動力でした。

この記事では、なぜ「神器」と呼んだのかという命名の謎から、昭和30年代の生活がどう変わったのか普及率の具体的な数字まで、当時の空気感ごと解説していきます。

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三種の神器とは?3行でわかる意味と由来

3行でわかる「三種の神器」まとめ
  • 三種の神器=1950年代に普及した「白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫」の3つの家電
  • 神器」の名は、皇室の三種の神器(剣・鏡・玉)になぞらえた当時のキャッチコピー
  • 1960年代には「3C(カラーテレビ・クーラー・カー)」に進化し、大量消費社会の象徴となった

三種の神器さんしゅのじんぎとは、1950年代後半(昭和30年代前半)の日本で「これを手に入れたら人生勝ち組!」と言われた3つの家電のこと。具体的には白黒テレビ・電気洗濯機・電気冷蔵庫の3点を指します。

そもそも「三種の神器」という言葉は、皇室に代々伝わる3つの宝物——八咫鏡やたのかがみ八尺瓊勾玉やさかにのまがたま天叢雲剣あめのむらくものつるぎ(草薙剣)——を意味する古来の用語です。歴代天皇が皇位のしるしとして受け継いできた、日本でもっとも神聖な宝。

それを、戦後の家電ブームのなかで「庶民にとってのいちばんの宝物」という意味にひっかけて、新聞・広告業界・家電メーカーが使い始めたのが「家電の三種の神器」の始まりです。

ゆうき
ゆうき

なんで「神器」なんて大げさな名前にしたの?天皇陛下の宝物と関係あるの?

もぐたろう
もぐたろう

いい質問だね!直接の関係はないんだけど、「皇室の宝になぞらえるくらい価値があるすごいもの」っていう言葉のパワーを狙ったマーケティングなんだ。今でいう「最新iPhoneを買うのがステータス」みたいなものを、もっと神々しく表現した感じ。新聞の見出しにも使いやすくて、あっという間に世間に広まったんだよ!

ちなみに「三種の神器」という言い回しが最初に使われたのは1956年頃とされ、1956年(昭和31年)の『経済白書』が「もはや戦後ではない」と宣言した時期とぴったり重なります。焼け野原からの復興が一段落し、「次は豊かな暮らしだ!」という気運が一気に高まったタイミングで、この3家電はまさに「夢の象徴」になったのです。

戦後の日本人は、どんな暮らしをしていたのか

三種の神器の話に入る前に、ひとつ想像してみてください。洗濯機も冷蔵庫もテレビもない家で、あなたは暮らせるでしょうか?

1945年(昭和20年)、日本は太平洋戦争に敗戦。東京・大阪・名古屋など主要都市は空襲で焼け野原になり、食料も住む場所も足りない状況から戦後がスタートしました。そこから約10年——1955年頃の日本の家庭の暮らしは、今の私たちから見るとまるで別世界です。

あゆみ
あゆみ

昭和30年代ってどんな暮らしだったの?洗濯機がない時代って、ちょっと想像できないわ…。

もぐたろう
もぐたろう

じゃあ昭和30年頃の主婦の朝を想像してみよう。朝4時起きで、まずかまどに薪をくべてご飯を炊く。炊き上がりまで1時間。そのあと井戸水をくんで、たらいと洗濯板でゴシゴシ手洗い。冬は水が冷たくて手が真っ赤になるんだ。冷蔵庫もないから、魚や肉は毎日買いに行くしかない。——今とはまったく別次元の大変さだよ。

■ 「たらいと洗濯板」の世界

電気洗濯機がない時代、洗濯は完全に手作業。木製のたらいに水を張り、洗濯板(せんたくいた)の凹凸に衣類をこすりつけて汚れを落とす——これが「洗濯」の全てでした。家族5〜6人分の衣類を毎日洗うのは重労働で、主婦の家事時間は1日平均10時間以上(当時の統計)。

しかも冬場は井戸水が冷たく、手はあかぎれだらけ。「月曜日の洗濯」は、多くの女性にとって一週間で最も憂鬱な朝でした。

■ 「氷冷蔵庫」と毎日の買い物

電気冷蔵庫が普及する前、各家庭には「氷冷蔵庫」というものがありました。これは上段に氷屋さんから買ってきた大きな氷を入れ、その冷気で下段の食品を冷やすという仕組みの木箱。氷は1〜2日で溶けてしまうので、氷屋さんが荷車でやって来るのを待って買うのが日課でした。

魚や肉の長期保存は事実上不可能。だから主婦は毎朝・毎夕、八百屋・魚屋・肉屋を回って買い物をする。冷蔵庫のない生活とは、「一日2回の買い物が当たり前」ということだったのです。

📖 豆知識:「もはや戦後ではない」
1956年(昭和31年)の経済白書に登場した有名なフレーズ。この年、日本のGNPは戦前の水準を超え、復興期の終わりを告げました。「次は豊かな暮らし=三種の神器!」というムードが生まれた、まさに時代の転換点です。

白黒テレビが「夢の家電」だった時代

1950年代の街頭テレビ放送の様子(日本・昭和30年代)
1950年代の白黒テレビ放送の様子。当時は「街頭テレビ」に人々が集まって見ていた。(出典:Wikimedia Commons / PD)

三種の神器のなかで、もっとも強い憧れを集めたのが白黒テレビでした。1953年(昭和28年)、NHKが日本初のテレビ本放送を開始。しかし当時のテレビ受像機は1台およそ17万〜29万円もする、まさに「夢の家電」だったのです。

■ 大卒初任給の約20〜38か月分——それがテレビの値段

1953年当時の大卒初任給は約8,000円。つまり17万円のテレビは、初任給の約21か月分(2年分弱)にあたります。現代に置き換えると、初任給22万円×21か月=約460万円。軽自動車が新品で買えてしまう値段です。

昭和28年のテレビ受像機=約17万〜29万円(大卒初任給の約22〜38か月分)。今の感覚だと400万〜500万円の高級品

■ 街頭テレビと力道山——みんなで見た「一体感」

個人では到底買えないテレビを、国民はどうやって見たのか?答えが「街頭テレビ」でした。新宿・新橋・上野などの駅前や広場に、民放の日本テレビが広告宣伝用として無料のテレビを設置。夜になると仕事帰りのサラリーマンや近所の人々が黒山の人だかりをつくりました。

とくに1954年〜55年頃に爆発的人気を集めたのが、プロレスラー力道山りきどうざんの試合中継。体格で勝るアメリカ人レスラーを空手チョップで倒す姿は、敗戦の屈辱を晴らす「日本人の英雄」として国民的熱狂を呼び、1試合で2万人以上が街頭テレビに殺到した記録もあります。

もぐたろう
もぐたろう

今の感覚だと想像しにくいけど、「スマホで一人で見る」のとは真逆の文化だったんだ。知らない人同士が肩を寄せ合って、同じ画面を見て同じ瞬間に盛り上がる——テレビは最初、「みんなで見るもの」だったんだよ!

■ 1959年、皇太子ご成婚で家庭用テレビが爆発

テレビ普及の決定打となったのが、1959年(昭和34年)4月10日の皇太子明仁親王(現上皇)ご成婚パレードでした。美智子妃殿下の美しい姿を「どうしても自宅で見たい!」という国民の願望が、家庭用テレビの購入を一気に押し上げました。

このご成婚ブームで、家庭用テレビの需要は爆発的に伸び、ご成婚パレード直前の1959年4月には、NHKのテレビ受信契約数が200万件を突破。1960年代に入ってもその勢いは続き、街頭テレビの時代は終わって「一家に一台」の時代が幕を開けたのです。

洗濯機と冷蔵庫が女性の暮らしを変えた

テレビが「娯楽の革命」だとすれば、洗濯機と冷蔵庫は「家事労働の革命」でした。しかもその革命は、とくに女性の人生を根本から変えたのです。

■ 電気洗濯機——「月曜の朝」の重労働を解放

日本で最初に本格的な電気洗濯機を大量生産したのは、松下電器(現パナソニック)と東芝でした。1954年、松下電器は噴流式洗濯機 MW-303型を発売。価格は約28,900円でしたが、たらい洗いの重労働から主婦を解放する画期的な商品として一気に売れていきます。

当時の家電広告のキャッチコピーには「奥様に自由な時間を」というフレーズが並びました。洗濯機の普及で、主婦の1日の家事時間は10時間超から7〜8時間へと劇的に短縮。浮いた時間で内職や近所付き合い、やがてはパートタイム就業へと、女性の生き方そのものが変わっていきました。

■ 電気冷蔵庫——「毎日の買い物」からの解放

電気冷蔵庫の普及はテレビ・洗濯機より少し遅く、1960年代前半から一気に広がりました。食品を数日単位で保存できるようになった意味は革命的で、主婦は「毎日・毎食ごとに買い物に行く」生活から解放されました。

週に2〜3回のまとめ買いが可能になり、食中毒のリスクも激減。アイスクリームや冷凍食品といった新しい食文化が生まれたのも、電気冷蔵庫の普及があってこそです。

松下幸之助
松下幸之助

アメリカでは、ごく普通の労働者の家庭にも冷蔵庫も洗濯機もテレビもある…。日本の10年後は、きっとこうなる。いや、こうしなければならん。大衆に家電を届けることこそが、日本全体を豊かにする道だ!

もぐたろう
もぐたろう

松下電器(現パナソニック)の創業者・松下幸之助は、1951年に初めてアメリカを訪問したとき、一般家庭に家電がそろっている豊かさに本当に衝撃を受けたんだ。帰国後、「良い品を、どんどん・どんどん・安く大量に作って大衆に届ける」という経営哲学を突き詰めていった。これが三種の神器の大衆化を一気に進めたエンジンになったんだよ!

この時期、松下幸之助と並び立つ経営者として、東芝・日立・三洋電機・シャープなどの家電メーカーが一斉に国内市場を開拓。各社が価格競争と品質向上を繰り広げた結果、家電は「高嶺の花」から「一家に一台」へとスピーディーに大衆化していきました。

普及率データで見る「驚異の10年」

三種の神器(テレビ・洗濯機・冷蔵庫)の普及率推移:1957年→1961年→1966年
出典:内閣府消費動向調査(各年版)をもとに作成

三種の神器がどれだけ急速に普及したのか——その衝撃は、具体的な普及率データを見ると一目瞭然です。内閣府(旧・経済企画庁)の「消費動向調査」によれば、神武景気・岩戸景気を経た昭和32年から昭和40年までのわずか8年間で、三種の神器の普及率は次のように急変しました。

白黒テレビ:7.8%(1957年)→ 95.0%(1965年)
約12倍の爆発的普及。8年でほぼ全家庭に。

電気洗濯機:20.2%(1957年)→ 78.1%(1965年)
約4倍。10軒中およそ8軒に普及。

電気冷蔵庫:2.8%(1957年)→ 68.7%(1965年)
約24倍。もっとも伸び率が大きい家電。

とくに注目すべきは白黒テレビの伸びです。100世帯のうち8世帯しか持っていなかった家電が、わずか8年で95世帯まで広がった——これは現代のスマートフォンの普及ペースを上回るスピード。この背景には、所得倍増計画による国民所得の急上昇、月賦(分割払い)販売の普及、そして家電メーカーの激しい価格競争がありました。

ゆうき
ゆうき

なんで冷蔵庫だけ出遅れたの?テレビや洗濯機より安そうなのに…。

もぐたろう
もぐたろう

実は冷蔵庫はテレビより高かったんだ。1960年頃の電気冷蔵庫は約5〜8万円(大卒初任給の約5か月分)。それに「氷冷蔵庫で十分じゃん」と考える家庭も多かったんだ。でも1964年東京オリンピック前後で所得が急上昇すると一気に普及して、最終的にはもっとも急成長した家電になったんだよ!

この「驚異の8年」こそ、日本が池田勇人首相の時代に成し遂げた奇跡的な消費革命でした。そして家電の普及は、次の時代——3C(カラーテレビ・クーラー・カー)の登場へとつながっていきます。

1960年代——3Cの時代へ

初代トヨタ・カローラ(1966年・KE10型)。マイカー元年の象徴
初代トヨタ・カローラ(1966年・KE10型)。「マイカー元年」を象徴する3Cの一つ。(出典:Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0)

三種の神器がほぼ全家庭に行き渡った1960年代後半、日本人の「欲しい!」はさらに上のステージへと進みます。庶民の憧れは「生活を楽にする家電」から「豊かさ・快適さ・自由」へ——こうして登場したのが、新しい消費の象徴3Cでした。

■ 3Cとは何か——カラーテレビ・クーラー・カー

3Cとは、いずれも英語の頭文字がCで始まる次の3つの家電・商品を指します。

C①:カラーテレビ(Color TV)
白黒からカラーへ。映像がリアルな色で迫ってくる「新しい娯楽」。

C②:クーラー(Cooler)
夏の暑さから解放。「快適な室内」という新しい価値観。

C③:カー(Car=自家用乗用車)
「どこへでも行ける自由」を手に入れるモビリティ革命。

この3Cが台頭した背景には、1965〜1970年のいざなぎ景気があります。三種の神器時代の神武景気・岩戸景気を超える、戦後最長(当時)の好景気で、国民の所得はさらに大きく上昇。生活必需品を一通り手に入れた人々は、「次は楽しみのための消費」へと欲求を切り替えていったのです。

■ 東京オリンピックがカラーテレビ普及の転機

3Cのなかで最初にブームになったのがカラーテレビです。その決定打になったのが、1964年(昭和39年)10月の東京オリンピックとうきょうおりんぴっくでした。日本で初めてのオリンピック、しかも日本選手が金メダルを次々に獲得するあの熱狂を、「カラーで見たい!」という欲求が全国に広がったのです。

NHKは大会中継にあわせてカラー放送枠を大幅に拡大。女子バレーボール「東洋の魔女」の金メダル獲得シーンは、カラーテレビを持っていた家庭にも、持っていなかった家庭(モノクロで我慢して見ていた側)にも強烈な印象を残しました。

カラーテレビ普及率:1966年0.3% → 1970年26.3% → 1975年90.3%(内閣府「消費動向調査」)。オリンピック直後から一気に伸びた。

ゆうき
ゆうき

三種の神器と3Cって、何が違うの?どっちも「欲しいものリスト」ってこと?

もぐたろう
もぐたろう

いい質問!イメージで言うと三種の神器=「まず生活を楽にしたい」段階3C=「もっと豊かに、もっと楽しみたい」段階なんだ。たらい洗い・氷冷蔵庫・ラジオしかなかった時代にテレビ・洗濯機・冷蔵庫が来て、生活が一気に楽になった。そのあと「せっかくだからカラーで見たい」「夏は涼しく過ごしたい」「週末は家族でドライブしたい」——そんな一段上の欲求を満たすのが3Cだったんだよ!

📖 豆知識:「マイカー元年」
1966年は「マイカー元年」と呼ばれた年。トヨタ・カローラと日産・サニーという大衆車が相次いで発売され、庶民が自家用車を持てる時代が幕を開けた。両車とも当初価格は40万円台。大卒初任給(約2万4千円)の約20か月分で、ローンを組めば普通のサラリーマンでも手が届く水準だった。

3Cが日本人の「欲しい!」を変えた——大量消費社会の始まり

3Cの普及は、単に「便利な家電が増えた」という話ではありませんでした。日本社会そのものの姿を変える「大量消費社会」の幕開けだったのです。

■ カーの普及が街の姿を変えた(モータリゼーション)

とくに社会へのインパクトが大きかったのがカー(自家用車)の普及です。乗用車の保有台数は1960年の約44万台から、1970年代初頭には800万台を超える水準へと、わずか10年余りで急増(自動車検査登録情報協会)。これはもはや「家電の普及」ではなく、モータリゼーション(車社会化)と呼ばれる社会現象でした。

マイカーを手に入れた家庭は、週末に家族でドライブ・行楽地へ出かけるという新しいライフスタイルを始めます。都市の郊外にはニュータウン(郊外住宅地)が開発され、高速道路網・ロードサイド店舗・ガソリンスタンドが一気に整備されていきました。都市の姿そのものが、車を前提に組み替えられていったのです。

■ 「欲しい!」が経済を引っ張るエンジンになった

冒頭のフックでも触れたとおり、「高度経済成長が家電を普及させた」のではありません。むしろ逆で、家電と3Cへの「欲しい!」という消費意欲が、経済成長を引っ張るエンジンでした。

庶民が家電を買う → メーカーが増産する → 工場が忙しくなり労働者の給料が上がる → もっと家電が買える——この好循環のスパイラルが、1955〜1973年の約18年間にわたって続き、日本のGNP(国民総生産)を世界第2位(当時)にまで押し上げました。

あゆみ
あゆみ

じゃあ今の日本で「欲しい!」ってエネルギーが弱くなってるのは、経済が伸び悩んでいる原因でもあるのかしら?

もぐたろう
もぐたろう

鋭い指摘!経済学的にもそう言われていて、モノが一通り行き渡った成熟社会では、「欲しい!」の熱量が下がりやすいんだ。昭和30〜40年代の日本は「たらい洗い→洗濯機」「氷冷蔵庫→電気冷蔵庫」みたいに、生活の質が目に見えて変わる商品が次々に出てきた。だからみんな借金してでも買った。今は「あったら便利」は多くても、「生活が一変する!」というレベルの商品はなかなか出にくいんだね。

📖 補足:「新三種の神器」の変遷
・1970年代:カー・クーラー・カラーテレビ(3C=新三種の神器)
・2000年代前半:デジカメ・DVDレコーダー・薄型テレビ(デジタル三種の神器)
・2010年代:食洗機・ロボット掃除機・ドラム式洗濯乾燥機(新・家事三種の神器)
・令和:スマートフォン・ワイヤレスイヤホン・タブレット端末(令和の三種の神器)
時代が変わるたびに「あったら人生が変わる3つのもの」を『神器』と呼ぶ文化が続いている。

もぐたろう
もぐたろう

「三種の神器」っていう言葉が今も生きているのが面白いよね。iPhoneが出たときも「令和の三種の神器」って呼ばれた。時代ごとに「これがあったら人生が変わる!」っていう3つのものを『神器』と呼ぶ——この日本独特の感覚は、1950年代の白黒テレビからずっと続いている文化なんだ。だから三種の神器・3Cを学ぶことは、「日本人の欲しい!の歴史」を学ぶことでもあるんだよ!

高度経済成長の理解を深めるおすすめ本

もぐたろう
もぐたろう

三種の神器・3Cの背景にある高度経済成長について、もっと深く知りたい人におすすめの1冊を紹介するよ!

①高度経済成長の全体像を1冊で理解したいなら|この1冊がベスト入門書

テストに出るポイント

中学歴史・高校日本史どちらのテストでも頻出のポイントを、短くまとめておきます。ゆうきと一緒に最終チェックしておきましょう!

テストに出やすいポイント
  • 三種の神器=白黒テレビ・電気洗濯機・電気冷蔵庫(1950〜60年代に普及)
  • 3C=カラーテレビ(Color TV)・クーラー(Cooler)・カー(Car)(1960年代後半〜1970年代に普及)
  • 背景となった好景気:神武景気(1954〜57年)→岩戸景気(1958〜61年)→いざなぎ景気(1965〜70年)
  • 1964年東京オリンピックがカラーテレビ普及の大きな転機
  • 三種の神器→3Cの変化は「生活必需品の時代」から「豊かさ・娯楽を求める時代」への移行を象徴する
  • 高度経済成長は1955年頃から1973年の第一次石油危機まで続いた、戦後日本の奇跡の経済発展
ゆうき
ゆうき

テレビ・洗濯機・冷蔵庫、カラーテレビ・クーラー・カー…!これなら覚えられそう!景気の名前(神武→岩戸→いざなぎ)も順番に覚えとく!

よくある質問

三種の神器・3Cについてよく寄せられる質問にお答えします。

白黒テレビ・電気洗濯機・電気冷蔵庫の3つのことです。1950〜60年代に急速に普及した3つの家電製品を指します。「神器」という名は皇室に代々伝わる三種の神器(鏡・玉・剣)になぞらえた当時の造語で、「庶民にとっての最高の宝物」という意味が込められていました。

3Cとはカラーテレビ(Color TV)・クーラー(Cooler)・カー(Car)の3つで、いずれも英語の頭文字がCで始まる商品です。三種の神器が1950年代の「生活を楽にする家電」だったのに対し、3Cは1960年代のいざなぎ景気のなかで「豊かさ・娯楽・移動の自由」を求める欲求を反映した商品群で、大量消費社会の幕開けを象徴しました。

内閣府「消費動向調査」によれば、昭和32年(1957年)時点で白黒テレビ7.8%・電気洗濯機20.2%・電気冷蔵庫2.8%だったものが、昭和40年(1965年)にはテレビ95.0%・洗濯機78.1%・冷蔵庫68.7%と約8年で劇的に普及しました。とくにテレビは約12倍、冷蔵庫は約24倍という爆発的な伸びでした。

天皇家が代々受け継いできた「三種の神器」(八咫鏡・八尺瓊勾玉・天叢雲剣)になぞらえた命名とされています。「庶民にとっての最高の宝物」という意味合いで、1950年代の新聞・週刊誌・家電メーカーの広告で使われ始め、流行語として定着しました。明確な命名者の特定は難しく、メディアと消費社会が生み出したキャッチコピーと言えます。

1964年の東京オリンピックは日本初のカラーテレビによる本格中継が行われた大会で、「東洋の魔女」のバレーボール金メダルなど感動のシーンを「カラーで見たい!」という庶民の欲求がカラーテレビ(3Cの一つ)の購入を爆発的に加速させました。三種の神器の時代から3Cの時代への転換点となった、歴史的なイベントといえます。

まとめ——三種の神器と3Cが変えた日本人の暮らし

戦後の焼け野原からわずか20年で、日本人はたらい洗いの朝から、カラーテレビを見ながら冷蔵庫で冷やしたビールを飲み、週末はマイカーで家族旅行に出かける暮らしを手に入れました。三種の神器と3Cは、その劇的な変化を象徴する言葉です。

三種の神器・3Cのポイントまとめ
  • 三種の神器=白黒テレビ・電気洗濯機・電気冷蔵庫。1950年代に「生活を楽にする家電」として急速に普及
  • 3C=カラーテレビ・クーラー・カー。1960年代に「豊かさ・娯楽・自由」を象徴する商品として登場
  • 家電の普及は高度経済成長の「結果」ではなく、消費意欲が経済成長を引っ張った「エンジン」でもあった
  • 1964年東京オリンピックがカラーテレビ普及の最大の転機となった
  • 洗濯機・冷蔵庫の普及は女性の家事労働を大幅に軽減し、社会進出の土台となった
もぐたろう
もぐたろう

以上、三種の神器と3Cのまとめでした!高度経済成長期の日本人がどれだけ「豊かになりたい!」という夢を持っていたか、伝わったかな?下の関連記事で、神武景気〜いざなぎ景気所得倍増計画など、この時代のほかのトピックもあわせて読んでみてください!

三種の神器・3C 関連年表
  • 1953年
    NHK・日本テレビが白黒テレビ放送を開始
  • 1954年
    神武景気はじまる(〜1957年)
  • 1957年
    三種の神器普及率:テレビ7.8%・洗濯機20.2%・冷蔵庫2.8%
  • 1958年
    岩戸景気はじまる(〜1961年)
  • 1959年
    皇太子ご成婚パレードのテレビ中継で家庭用テレビ普及が加速
  • 1960年
    池田勇人内閣が所得倍増計画を発表
  • 1964年
    東京オリンピック開催・カラーテレビ本格放送→3Cの時代へ
  • 1965年
    いざなぎ景気はじまる(〜1970年)・3C普及が本格化
  • 1966年
    カローラ・サニー発売=「マイカー元年」
  • 1973年
    第一次石油危機(オイルショック)→高度経済成長の終わり

📅 最終確認:2026年4月 / 参照:山川出版社『詳説日本史』(2022年版)・Wikipedia「三種の神器(電化製品)」・コトバンク・内閣府「消費動向調査」

参考文献

Wikipedia日本語版「三種の神器(電化製品)」(2026年4月確認)
コトバンク「三種の神器」「高度経済成長」「いざなぎ景気」(デジタル大辞泉・日本大百科全書)
山川出版社『詳説日本史』(2022年版)
内閣府「消費動向調査」主要耐久消費財普及率データ(2026年4月確認)
自動車検査登録情報協会「自動車保有台数統計」

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この記事を書いた人
もぐたろう

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