今回は、平安文学の1つである伊勢物語について紹介します。
最近、平安文学に触れてみたいなぁと時間を見つけて古典を読んでいるんですが、これが実に面白い。古典というと難しいイメージがありますが、全然そんなことはありません。伊勢物語なんかはむしろ、古典を読んでみる最適な入門書かもしれません。
この記事では、そんな伊勢物語の成り立ちや簡単なあらすじについて紹介してみようと思います。
伊勢物語は作者も成立時期も不明
とても有名な伊勢物語ですが、実は作者も成立時期もわかっていません。わかっているのは、900年前後に作られたってことぐらいです。
ただ、伊勢物語の主人公が在原業平(ありわらのなりひら)という人物らしいということはわかっています。在原業平は、825年〜880年に生きた人物なので伊勢物語は亡くなった在原業平のことを伝聞した話を参考に作られたものだということになります。
伊勢物語と在原業平
伊勢物語の主人公となった在原業平とは一体どんな人物だったのかを、簡単に見ていきましょう。
在原業平は今風に言ってしまえば、女性にモテすぎて歴史に名を残してしまった偉大なる?チャラ男です。
「日本三代実録」という史料では、在原業平のことを「容姿端麗で自由奔放、漢学には疎いが和歌には優れていた。」としていて、イケメンだったこともわかっています。
しかも当時は女性を口説く時は基本和歌を詠みましたから、和歌が上手いと言うのは言い換えると女性を口説くのが上手い!ということ。つまり、在原業平は勉強はできないけど自由奔放でイケメンな口説き上手だったわけです。
在原業平は実に多くの女性と恋をし、その恋路はたびたび周囲の人たちの評判の的となり話のネタになっていました。清和天皇の妃となる予定の女性や伊勢神宮の巫女さんなど、世間には絶対にバレてはいけない禁断の恋の噂も多くあり、格好のゴシップネタになっていたのです。有名人だったんです在原業平は。
そして、在原業平のゴシップネタは在原業平が亡くなった後も尾ひれはひれが付いて語り継がれ、それが本としてまとめられたのが伊勢物語となります。
そして、多くの人に語られ続けた恋多き男の在原業平は、いつしか女性たちの理想の男とされ、「モテる男=有原業平みたいな男」ていうモテる男の代名詞的な存在になっていました。
すると、みんな「在原業平ってどんな男なんだろう?」って思うわけですよ。そこで読まれたのが伊勢物語。モテ男の恋愛本ってだけでも人気が出そうなのに、伊勢物語って短編集で1つ1つの物語も短くて、とても読みやすい本だったんです。
その話題性と読みやすさから、伊勢物語は教養人なら誰もが読むバイブル本として多くの人に読まれることになりました。もちろん女性にも大人気で、源氏物語を書いた紫式部も伊勢物語を読んでいます。伊勢物語は古代の大人気セラー本だったんです。
伊勢物語のあらすじ
次に伊勢物語の簡単なあらすじについて紹介します。伊勢物語は短編集なので、いくつか物語をピックアップして紹介していきます。
まずは、伊勢物語の最初の物語を見てみましょう!
昔あるところに、元服(成人式)をして春日の里へ鷹狩りに出かける男がいました。(これが在原業平!)
すると、その里には美しい姉妹が住んでいました。その振る舞いは寂れた里には似合わないとても優美なものであり、男は気持ちを取り乱してしまいます。
そこで男はとっさに、着ていた狩衣の裾(すそ)を切って、それに歌を書いて美人姉妹に贈ります。
(現代語訳)
春日野の若々しい紫草のように魅力的なお二人に、忍ぶ恋をした私の胸はこの狩衣の模様のように限りなく乱れております。
元服したばかりの青年、在原業平が一目惚れした美人姉妹に情熱的な恋の文を贈ったエピソードです。
狩衣の袖を切って和歌を送る・・・というのは、当時有名だった源融(みなもとのとおる)という人物が詠んだ「狩衣の模様のように心が乱れているのは一体誰のせいでしょう。釣れないあなたのせいですよ!!」という和歌からインスピレーションを得たものでした。つまり、教養人ならではの風流でシャレオツな行動ってことです。
ちなみに、この後、在原業平と美人姉妹がどうなったかは伊勢物語は残していません。きっと「その後のことは妄想して各々楽しめ!」ってことなんだと思いますw
こんな感じで、在原業平の恋バナが延々と続くのが伊勢物語です。そしてストーリーは、短編集ながら在原業平の元服から始まって、没するまでの時系列に沿っています。
さて、第1段の青年らしい元気ハツラツな恋もあれば、時代が進むにつれて失恋や禁断の恋の話も登場してきます。
高貴な女性との駆け落ちの話「芥川」
こんな話もあります。
ある時、在原業平は何年もの長い間求婚し続けてきた高貴な女性と念願の駆け落ちに成功しました。女性を館から盗み出し、暗い夜の芥川の辺(ほと)りに連れ出したのです。
しかし、この駆け落ちは館の知るところとなり、女性と逃げる在原業平に追手が迫ってきます。
天気は大荒れ。雨と雷の中、その女性は、草の上の露(つゆ)を見て「あれはなに?」と男に尋ねます。雷の閃光に輝いた露を見て尋ねたのでしょう。
女性を抱えて必死に逃げる在原業平と比べ、女性は随分とのん気なものです。一方、追手から逃げるので精一杯の在原業平はこれに答える余裕がありませんでした。
雨も酷くなってきたので荒れ果てた蔵に女性を入れ、在原業平は戸口で構えています。
「早く夜が明けないかな・・・」と思っていると、女性が鬼にかっさらわれてしまいます。女性は「ああっー!」と声を出しますが、激しい雨音で在原業平には聞こえません。
夜が明けて、蔵の中を見ると女性がいなくなっていたのを見て在原業平は泣き崩れ、こう歌を詠みました。
(現代語訳)
「あのキラキラしているのはなに?真珠かしら?」と女性が尋ねてきた時、「あれは露ですよ」と答えて私も儚く消えてしまえば良かったのになぁ(女性は連れ去られ、私一人残されてしまった・・・)
このストーリーに登場する高貴な女性は、実は清和天皇の母である藤原明子に使える女御。館から脱走するなどトンデモナイ事件です。そして、鬼は明子を取り返そうとやってきた追手のことを言っています。
このストーリーは「芥川」と呼ばれ、教科書になんかにも載るほど有名な一文です。鬼が愛する女性をさらった!って話なので印象に残っている人も多いかもしれません。
当時、高貴な女性は大切に邸宅で育てられ、外の世界を見る機会はほとんどありません。きっとこの女性が「私も外の世界を見てみたいわ・・・」とかなんとか言ったのを在原業平がその気になって、夜にこっそり女と共に館を抜け出したのでしょう。
ただ、いくら大切に育てられたとは言っても流石に草の露ぐらいは邸宅の庭とかで見たことあるはずです。だから「あのキラキラしたのはなぁに?キャー、真珠みたいで超かわいー!!(*´ω`*)」みたいな発言は十中八九ブリッ子です。
在原業平もぶりっ子なのはわかっていたことでしょう。しかし、意中の男性に好かれようとぶりっ子をするその姿もまた、在原業平にとっては愛おしく思えたのでした。
伊勢物語の最後、在原業平の辞世の句
次は伊勢物語の最後の段。在原業平の辞世の句を見てみます。
昔々、ある男が病気になって気分が悪くなり、今にも命絶えるだろうと思ったので歌を詠みました。
(現代語訳)
死への道は最後に行く道と聞いていたが、まさか昨日今日にもそんな日がやってくるとは思いもしなかった・・・
多くの女性を甘い和歌で落としてきた在原業平にしては、随分質素な辞世の句です。私はこの辞世の句、結構好きです。
偉人たちの多くの辞世の句には、ほとんどの場合「憎しみ」「恨み」「後悔」みたいな感情が込められているんですが、在原業平の辞世の句にはそんな負の感情が一切ありません。淡々と自らの最期を受け入れています。
在原業平は官僚としては、決して恵まれていた生涯を送ったわけではありません。それでも自らの境遇や時勢を受け入れて、その中で自分らしく生きぬこうと努力した在原業平らしい、シンプル故に美しい、そんな辞世の一句です。
こんな風に最期を迎えられたら、幸せですね。
伊勢物語を読もう!
伊勢物語は、長短含めて125の段からなっています。ここで紹介したのはそのうちのわずか3つ。
「1000年以上も前に生きていた男と女の色恋話をもっと知りたい!」
「1000年以上前のモテ男ってどんな人なんだろう!?」
少しでも伊勢物語のことが気になったのなら、ぜひ一度伊勢物語を読んでみて欲しいです。今では、わかりやすい現代語訳や解説がセットになっている本も多いので、初心者でもお手軽に伊勢物語を楽しむことができます。
ちなみに、伊勢物語を読んでいると在原業平はとっても几帳面でマメな男であることがわかります。モテる男の条件は今も昔も変わらないのかもしれませんね。
伊勢物語をわかりやすく紹介した本は数多くありますが、以下の2冊がわかりやすく値段も安いので初心者にオススメです。
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