義政
室町時代まとめ / STEP 3
STEP 3 / 1428〜1467年
将軍の時代と東山文化
6代義教の独裁と嘉吉の乱による横死、そして8代義政のもとで銀閣寺・書院造・侘び茶・水墨画(雪舟)に象徴される東山文化が花開いた。一方で守護大名の対立が応仁の乱へと向かっていく39年間。
1441
嘉吉の乱
1489
銀閣寺完成
1467
応仁の乱勃発
1438
永享の乱
1441
嘉吉の乱
1457
銀閣寺造営
1485
山城国一揆
1467
応仁の乱
Phase I — 義教の独裁と嘉吉の乱
1428〜1441年
1438
権力集中
6代将軍・足利義教の独裁 — 「万人恐怖」の時代
くじ引きで選ばれた6代将軍・義教は強圧的な政治で「万人恐怖」と恐れられました。永享の乱(1438年)で関東公方・足利持氏を滅ぼし、鎌倉府を廃止。守護大名への弾圧を強め、幕府の専制強化を図りますが反感を買います。
足利義教
永享の乱準備中
1441
将軍暗殺
嘉吉の乱 — 播磨守護・赤松満祐が将軍を暗殺
弾圧を恐れた播磨守護・赤松満祐が宴席で義教を暗殺した嘉吉の乱(1441年)。幕府は赤松氏を討ちますが、将軍が守護大名に殺されたことで幕府の権威は大きく失墜。下克上の先駆けとなる衝撃的な事件です。
嘉吉の乱準備中
赤松満祐準備中
Phase II — 東山文化の開花
1449〜1467年
1457〜
文化
銀閣寺・書院造・東山文化 — 義政が育んだ「侘び」の美
8代将軍・足利義政は政治を顧みず、東山山荘(銀閣寺)の造営に熱中。書院造・枯山水・侘び茶(村田珠光)・連歌(宗祇)・水墨画(雪舟)が花開いた東山文化は、現代の「和」の美意識の原点です。
▶ 深く読む
東山文化とは?北山文化との違い・書院造・侘び茶・雪舟を解説
「北山 vs 東山」の対比で入試頻出。侘び・寂びの美意識はどこから来たのか。
1485
民衆自治
山城国一揆 — 国人が守護大名を追放した自治の実現
南山城の国人・農民が畠山氏の両軍を国外に追放し、8年間にわたって国人自治を行った山城国一揆(1485年)。守護大名を実力で排除した画期的な事件で、下克上・戦国時代の到来を予感させます。
国一揆
山城国一揆準備中