

今回は神武景気・岩戸景気・いざなぎ景気について、わかりやすく丁寧に解説していくよ!高度経済成長の三大景気を一気に整理しよう!
📚 この記事のレベル:中学歴史 / 高校日本史
📖 山川出版『詳説日本史』準拠
🎯 定期テスト・大学受験(共通テスト・国公立二次)に対応
神武景気・岩戸景気・いざなぎ景気——この3つの景気、名前を見て「あれ?」と思いませんでしたか? 実は、これらはすべて日本神話に登場する神様の名前が由来です。景気が記録を更新するたびに「もっと昔の神話まで遡るしかない!」と言わんばかりに、名前がどんどん古くなっていったのです。神武天皇→天岩戸→イザナギ——日本の高度経済成長がいかに空前絶後の規模だったかが、名前だけで伝わってきます。
高度経済成長の三大景気とは?
- 神武景気(1954〜57年)・岩戸景気(1958〜61年)・いざなぎ景気(1965〜70年)は戦後日本の高度経済成長を代表する三大景気
- いずれも日本神話に登場する神様の名前が由来で、「神武天皇以来」「天岩戸神話以来」「イザナギ以来」という意味
- 1973年のオイルショックで高度経済成長は終焉を迎えた
1950年代〜1970年代初頭にかけて、日本経済はめざましい成長を遂げました。この時期を高度経済成長と呼びます。
高度経済成長の約20年間には、とくに好景気だった時期が3回あります。それが神武景気・岩戸景気・いざなぎ景気です。いずれも「日本が経験したことのないほどの好景気」だったため、経済界のジャーナリストや証券関係者は、歴史上で一番古いものに例えるしかありませんでした。
つまり「日本の歴史上、神武天皇の時代以来の好景気だ!」と名づけたのが最初です。次にそれを超える好景気が来ると、「神武天皇よりも前の天岩戸神話以来だ!」と遡り、さらにその上を行くと「もう国を生んだイザナギまで遡るしかない!」——このようにして名前が決まっていったのです。

景気に神様の名前がついてるって、よく考えたらすごいことだよね。そんなに景気がよかったの?

そうなんだ!当時の日本は年平均10%前後の経済成長を続けていたんだよ。今の日本の成長率が1〜2%くらいだから、その5倍以上のペースで経済が大きくなり続けた時代だったんだ。まさに奇跡の成長だね!
神武景気じんむけいき(1954〜1957年)とは?
テストに出るポイント①:神武景気 期間:1954〜57年 / キーワード:「もはや戦後ではない」(1956年経済白書) / 三種の神器(白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫)の普及
神武景気とは:1954〜1957年の好景気。「神武天皇以来最大の好景気」として命名された。「もはや戦後ではない」(1956年経済白書)の時代。
■ 神武景気の時期と背景
神武景気は1954年(昭和29年)12月から1957年(昭和32年)6月まで、約31ヶ月続いた好景気です。
神武景気の背景にあるのは、朝鮮戦争(1950〜53年)の影響です。朝鮮戦争中、アメリカ軍は大量の物資を日本に発注しました。これを朝鮮特需と呼びます。特需によって日本の工場はフル稼働し、企業は利益を設備投資に回して生産力を高めていきました。
朝鮮戦争が終わると一時的に景気は落ち込みましたが、投資が積み上げた生産力を土台にして、1954年末から再び景気が上向き始めます。これが神武景気の始まりです。
当時の人々は、これほどの好景気は初代天皇・神武天皇の時代以来だと例えました。つまり「日本の歴史上はじめてのレベルの好景気だ!」ということです。
■「もはや戦後ではない」の意味
神武景気の真っ只中である1956年(昭和31年)、政府が発行した『経済白書』にこんな有名なフレーズが登場しました。
「もはや戦後ではない」(1956年・経済白書)
この言葉は、「戦争で受けた打撃から立ち直るための復興はもう終わった。これからは復興に頼らない、自力での成長が問われる時代だ」という意味でした。

「もはや戦後ではない」って、「景気がいいぞ!万歳!」って意味じゃなかったの?

実はちょっとニュアンスが違うんだ。「戦後の復興で伸びる時期は終わった。ここから先は自分たちの力で新しい成長を生み出さないといけない」っていう、むしろ気を引き締める意味のフレーズだったんだよ。テストでもよく出るから、意味をしっかり押さえておこうね!
■ 三種の神器と消費ブーム
神武景気のもうひとつの特徴は、一般家庭の暮らしが大きく変わったことです。この時期、庶民が憧れた3つの家電製品がありました。
三種の神器:白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫
「三種の神器」とは、もともと天皇家に伝わる3つの宝物(八咫鏡・草薙剣・八尺瓊勾玉)を指す言葉です。これになぞらえて、「家庭の宝物」として白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫が三種の神器と呼ばれました。
とくに1953年のテレビ放送開始が大きなきっかけでした。テレビの普及によって、人々は皇太子ご成婚(1959年)やプロレスの試合を家で楽しむようになり、消費生活が一変したのです。

ちなみに、神武景気の最後には「なべ底不況」という景気後退が起きたんだ。鍋の底のようにジワジワ景気が落ち込んだからそう呼ばれたよ。でもこの不況は長くは続かなかった——次にやってくるのが岩戸景気だよ!
岩戸景気いわとけいき(1958〜1961年)とは?
テストに出るポイント②:岩戸景気 期間:1958〜61年 / キーワード:「投資が投資を呼ぶ」設備投資主導 / 所得倍増計画(池田勇人・1960年)
岩戸景気とは:1958〜1961年の好景気。「天岩戸神話以来の好景気」として命名。神武景気を上回る規模で、民間の設備投資が主な牽引力となった。
■ 岩戸景気の時期と背景
岩戸景気は1958年(昭和33年)7月から1961年(昭和36年)12月まで、約42ヶ月続いた好景気です。神武景気の31ヶ月を大きく上回りました。
名前の由来は天岩戸神話です。日本神話で、太陽の神・天照大神が岩戸に隠れて世界が暗闇になり、神々の力で再び光を取り戻した——あの有名な話です。「神武天皇よりもさらに前の時代(天岩戸神話の時代)以来の好景気だ!」ということで岩戸景気と名づけられました。
岩戸景気をけん引したのは民間企業の設備投資でした。鉄鋼・化学・機械などの重化学工業を中心に、企業は工場や設備を大規模に拡張していきます。
■「投資が投資を呼ぶ」設備投資主導の成長
岩戸景気でよく使われるフレーズが「投資が投資を呼ぶ」です。
これはどういう意味でしょうか。A社が新しい工場を建てると、その工場に必要な鉄鋼をB社に発注します。するとB社は注文に対応するため自分の工場を拡張し、さらにC社に機械を注文する——こうして設備投資が次の設備投資を生む連鎖が起きたのです。

たとえるなら、ドミノ倒しみたいなものだね。1つの投資が次の投資を呼び、さらにその次を呼ぶ——この連鎖が景気を加速させたんだ。
また、この時期には政府も積極的に経済成長を後押ししました。1960年には岸信介首相の退陣を受けて池田勇人が首相に就任し、あの有名な政策を打ち出します。
■ 所得倍増計画と池田勇人
1960年、池田勇人首相は「所得倍増計画」を発表しました。「10年間で国民の所得を2倍にする」という大胆な目標です。


10年で国民の所得を2倍にする!みんなが豊かになれる日本をつくるんだ!
この宣言に対して、当時は「本当にできるのか?」と懐疑的な声が多く上がりました。しかし結果的に、日本経済は池田の予想をはるかに上回るペースで成長を続け、10年を待たずに所得は2倍を超えたのです。

池田勇人は、安保闘争で荒れた政治の空気を切り替えるために「政治の季節から経済の季節へ」をスローガンに掲げたんだ。経済成長に集中することで、国民の不満をプラスのエネルギーに変えようとしたんだね。
なお、岩戸景気が終わった直後の1962年には景気が後退し、これは「昭和37年不況」と呼ばれました。しかし政府の積極的な景気対策もあり、不況は比較的短期間で収まります。
いざなぎ景気いざなぎけいき(1965〜1970年)とは?
テストに出るポイント③:いざなぎ景気 期間:1965〜70年(57ヶ月)/ キーワード:3C(カー・クーラー・カラーテレビ)普及 / 1968年に日本がGNP世界第2位へ
いざなぎ景気とは:1965〜1970年の好景気。57ヶ月にわたり戦後最長を記録。「古事記の神イザナギまで遡るしかない」として命名された。
■ いざなぎ景気の時期と背景
いざなぎ景気は1965年(昭和40年)11月から1970年(昭和45年)7月まで、約57ヶ月(4年8ヶ月)も続いた戦後最長の好景気です。
いざなぎ景気が始まる直前の1965年には、証券市場が大混乱に陥る「証券不況」が発生していました。山一證券が経営危機に直面し、日本銀行の特別融資で救済されるほどの深刻な事態でした。
しかし、景気対策としての建設国債の発行や、佐藤栄作内閣のもとでの積極財政によって経済は急速に立ち直ります。さらに、ベトナム戦争(1965〜73年)によるアメリカへの輸出増加も追い風となり、いざなぎ景気が始まりました。
名前の由来は、日本神話で国を生み出した神・イザナギです。神武天皇よりも、天岩戸のアマテラスよりもさらに古い——日本の始まりそのものまで遡らないと例えられないほどの好景気、という意味が込められています。
■ 3Cの普及と豊かさの実感
いざなぎ景気の時代、庶民の暮らしはさらに豊かになりました。神武景気の「三種の神器」に代わって、今度は「3C」が新たな憧れの的になります。
3C:カー(自動車)・クーラー(エアコン)・カラーテレビ
3つとも英語の頭文字が「C」で揃うことから3Cと呼ばれました。神武景気の三種の神器(白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫)がまだ「生活必需品」のレベルだったのに対し、3Cは「快適さ・便利さ・楽しさ」を追求する贅沢品でした。

三種の神器と3Cって、テストで混ざりやすいんだけど……どう区別すればいい?

覚え方のコツを教えるね!三種の神器=「神武」景気で「白黒」テレビ。3C=「いざなぎ」景気で「カラー」テレビ。白黒→カラーの順番で技術が進んだと覚えれば、どっちがどっちか迷わないよ!
自動車の普及も急速に進みました。1966年にはトヨタ「カローラ」、日産「サニー」が発売され、マイカー時代が到来します。高速道路の整備も一気に進み、1964年には東京オリンピックに合わせて東海道新幹線が開通しました。

■ 1968年・世界第2位の経済大国へ
いざなぎ景気のハイライトが、1968年です。この年、日本のGNP(国民総生産)は西ドイツを抜いて、アメリカに次ぐ世界第2位となりました。
敗戦からわずか23年。焼け野原だった日本が、世界第2位の経済大国にまで成長したのです。この事実こそ、高度経済成長がいかに驚異的だったかを物語っています。
1970年には大阪万博(日本万国博覧会)が開催されました。「人類の進歩と調和」をテーマに掲げた万博には約6,421万人が来場し、日本の技術力と経済力を世界にアピールする場となりました。

いざなぎ景気は1970年7月に終わるんだけど、高度経済成長自体はまだ続いたんだ。最終的に高度経済成長を終わらせたのは、1973年のオイルショックだよ。石油の価格が急騰して、日本経済は大打撃を受けたんだ。
3つの景気の違いをまとめると?

ここまで見てきた神武景気・岩戸景気・いざなぎ景気を、横断的に比べてみましょう。テスト前の整理にも使えます。
| 比較項目 | 神武景気 | 岩戸景気 | いざなぎ景気 |
|---|---|---|---|
| 期間 | 1954〜1957年 | 1958〜1961年 | 1965〜1970年 |
| 長さ | 約31ヶ月 | 約42ヶ月 | 約57ヶ月(戦後最長) |
| 主な牽引力 | 朝鮮特需後の設備投資・消費拡大 | 民間設備投資(「投資が投資を呼ぶ」) | 輸出拡大・設備投資・個人消費 |
| 代表キーワード | 三種の神器・「もはや戦後ではない」 | 所得倍増計画・「投資が投資を呼ぶ」 | 3C・GNP世界第2位 |
| 神話の由来 | 神武天皇(初代天皇) | 天岩戸神話(天照大神) | イザナギ(国生みの神) |
| 直後の不況 | なべ底不況(1957〜58年) | 昭和37年不況(1962年) | ニクソン・ショック(1971年) |

表で見るとわかりやすいね!景気が長くなるたびに名前もどんどん古い神話に遡ってるんだ。

そうだね!ポイントは「神武→岩戸→イザナギ」の順番と、「三種の神器→3C」の対応だよ。この2つをセットで覚えておけば、テストでもバッチリだね!
もうひとつ押さえておきたいのは、3つの景気のスケールの違いです。神武景気(31ヶ月)→岩戸景気(42ヶ月)→いざなぎ景気(57ヶ月)と、景気の持続期間がどんどん長くなっている点に注目してください。日本経済の体力そのものが、回を追うごとに大きくなっていたことがわかります。
景気に神話の名前がついた理由
ここまで神武景気・岩戸景気・いざなぎ景気を見てきましたが、そもそもなぜ景気の名前に日本神話の神様が登場するのでしょうか。
この命名には、昭和の経済人・証券関係者たちの驚きと興奮が詰まっています。
1954年に始まった好景気があまりにも大きかったため、日本経済新聞社や証券アナリストたちは「日本の歴史を遡っても、こんな好景気は前例がない」と考えました。そこで、日本で最初の天皇である神武天皇の名を借りて「神武景気」と呼んだのです。
ところが、その記録をさらに超える好景気が1958年にやってきます。神武天皇よりも前の時代を探すと、天岩戸神話の時代しかない——というわけで「岩戸景気」と名付けられました。
そして1965年、さらに長い好景気が到来すると、天岩戸よりもっと古い時代、日本の国土そのものを生み出した神・イザナギにまで遡って「いざなぎ景気」と命名されたのです。
つまり、景気が新記録を更新するたびに、名前もどんどん古い神話へ遡っていったのです。これは「前例がないほどすごい」ことを表現するために、歴史のさらに奥へ奥へと言葉を探した結果でした。
命名の時系列:神武天皇(初代天皇・紀元前660年即位とされる)→ 天岩戸神話(天照大神が岩戸に隠れた話・神武天皇より前)→ イザナギ(国生みの神・日本の始まりそのもの)。景気の名前がどんどん古くなるのは、それだけ日本経済の成長が「想定外」だったことを意味しています。

景気が良くなるたびに神話の神様を召喚していたわけね……昭和の経済人たち、なかなかユニークな感覚だわ。

まさにそれ!日本経済がここまで成長するとは誰も予想していなかったから、表現するための言葉が足りなくなっちゃったんだね。ちなみに、いざなぎ景気のさらに後に好景気が来たら何て名付けるんだろう?って当時は話題になったらしいよ。
ちなみに、2002〜2008年の好景気は「いざなみ景気」と呼ばれました。イザナギの妻であるイザナミまで登場し、神話の登場人物がまた1人召喚されることになったのです。
試験に出るポイント(テスト対策まとめ)
ここからは、定期テストや入試で狙われやすいポイントを整理します。
特に出題されやすいのは「三種の神器と3Cの違い」です。どちらも家電が含まれますが、時代が異なります。
よくある出題パターン①:「三種の神器」に含まれる家電を3つ答えよ → 白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫
よくある出題パターン②:「3C」に含まれるものを3つ答えよ → カー(自動車)・クーラー(エアコン)・カラーテレビ
よくある出題パターン③:「もはや戦後ではない」と記された文書は何か → 1956年の経済白書(正式名称:昭和31年度年次経済報告)

三種の神器と3Cって、テストでどっちがどっちか混ざるんだよね……。いい覚え方ない?

さっきも教えたけど、もう一度整理するね!「白黒テレビ=三種の神器=神武景気」「カラーテレビ=3C=いざなぎ景気」——テレビが白黒からカラーに進化した順番を思い出せば、景気の順番もセットで覚えられるよ!
もうひとつ、「所得倍増計画=池田勇人=1960年」のセットも頻出です。池田勇人は安保闘争後の混乱を収めるために「政治から経済へ」と方針を転換した首相だ、と覚えておくと記述問題にも対応できます。
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よくある質問(FAQ)
神武景気は1954年(昭和29年)12月から1957年(昭和32年)6月まで、約31ヶ月続いた好景気です。朝鮮戦争後の設備投資拡大と消費ブームに支えられ、「神武天皇以来の好景気」として命名されました。この時期に白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫の「三種の神器」が普及しました。
岩戸景気とは、1958年(昭和33年)7月から1961年(昭和36年)12月まで約42ヶ月続いた好景気です。民間企業の設備投資が「投資が投資を呼ぶ」形で連鎖し、神武景気を上回る規模に達しました。天岩戸神話にちなんで「天岩戸を開くほどの好景気」として命名されました。1960年には池田勇人首相が所得倍増計画を発表しています。
いざなぎ景気の名前は、古事記に登場する国生みの神・イザナギに由来します。神武天皇よりも、天岩戸のアマテラスよりもさらに古い——日本の始まりそのものまで遡らないと表現できないほどの空前の好景気だった、という意味が込められています。期間は1965〜1970年の57ヶ月で、戦後最長を記録しました。
高度経済成長期の「三種の神器」とは、白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫の3つの家電製品を指します。1950年代後半(神武景気の頃)に庶民の憧れとなり、急速に普及しました。天皇家に伝わる三種の神器(八咫鏡・八尺瓊勾玉・草薙剣)になぞらえて、「庶民にとっての宝物」という意味で名付けられました。
3Cとは、カー(自動車)・クーラー(エアコン)・カラーテレビの3つです。いずれも英語の頭文字が「C」であることから3Cと呼ばれました。1960年代後半のいざなぎ景気の時代に新たな消費の象徴となり、三種の神器(白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫)に次ぐ「第二世代の憧れ家電」として普及しました。
3つの景気の主な違いは時期・期間・代表キーワードです。神武景気(1954〜57年・31ヶ月)は「もはや戦後ではない」と三種の神器、岩戸景気(1958〜61年・42ヶ月)は「投資が投資を呼ぶ」と所得倍増計画、いざなぎ景気(1965〜70年・57ヶ月)は3CとGNP世界第2位が特徴です。景気の期間が長くなるにつれ、名前もより古い神話に遡っていきました。
1973年の第一次オイルショック(石油危機)によって終わりました。第四次中東戦争をきっかけに石油価格が約4倍に急騰し、日本経済は戦後初のマイナス成長(1974年)に転じました。以降、日本は年平均4〜5%程度の「安定成長」の時代へと移行します。
まとめ

以上、神武景気・岩戸景気・いざなぎ景気のまとめでした!高度経済成長の流れをつかめたかな?下の関連記事で高度経済成長の全体像や、池田勇人・安保闘争・オイルショックなど同時代の出来事もあわせて読んでみてね!
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1954年神武景気はじまる(〜1957年)
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1956年経済白書「もはや戦後ではない」
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1958年岩戸景気はじまる(〜1961年)
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1960年池田勇人首相が所得倍増計画を発表
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1964年東京オリンピック開催・東海道新幹線開通
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1965年いざなぎ景気はじまる(〜1970年)
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1968年日本のGNPが世界第2位に(西ドイツを抜く)
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1970年大阪万博開催・いざなぎ景気終了
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1971年ニクソン・ショック(ドルと金の交換停止)
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1973年第一次オイルショック・高度経済成長の終焉
📅 最終確認:2026年4月 / 参照:山川出版『詳説日本史』(2022年版)
Wikipedia日本語版「神武景気」「岩戸景気」「いざなぎ景気」「高度経済成長」(2026年4月確認)
コトバンク「神武景気」「岩戸景気」「いざなぎ景気」(デジタル大辞泉・日本大百科全書)
山川出版社『詳説日本史』(2022年版)
経済企画庁『昭和31年度年次経済報告(経済白書)』
記事の誤りを発見された場合はお問い合わせください。確認後、修正します。
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