今回は、高校の「政治・経済」の授業で学ぶ国民主権についてわかりやすく丁寧に解説していきます。
また、国民主権の話を知るために必要な天皇主権についても合わせて解説していきます。
国民主権とは 〜国民ひとりひとりが主権者〜
日本は、国民ひとりひとりが主権者です。なぜかというと、日本国憲法にそう書いてあるからです。
条文にある「主権が国民に存する」とは、「国民が国の政治の担う主要な権利を持っている」という意味。つまり、政治の主役は国民なのだと考えておけばOK!
「じゃあ、私も政治家のような権力を使えるの?」と思う人もいるかもしれませんが、残念ながら私たちが政治家のように権力を使うことはできません。
実際に権力を持つのは、選挙で国民から選ばれた議員です。日本では、私たち国民は直接権力を使うのではなくて、国民が選挙で選んだ議員に権力を預けることで間接的に権力を使うことになっています。(これを間接民主制って言います)
つまり、私たち国民が持つ主権とは、実際には選挙や国民投票に投票する権利という形で具現化されているのです。
天皇主権から国民主権へ
国民が主役の国民主権は、昔からあったわけではありません。戦争が起こる前の日本は、天皇主権という仕組みが採用されていました。
日本の主権者は天皇であり、天皇は国の全ての権限を掌握していました。それなのに、なぜ日本は国民主権の国に変わったのでしょうか。
その原因は、太平洋戦争にあります。
国民主権の仕組みはすでに述べました。でも、仕組みがわかっただけでは本当に国民主権のことが理解できたとは言えません。
「なぜ国民主権という仕組みができたのか」そこまでわかってはじめて理解できたと言うことができます。そして、その「なぜ」をスッキリ解決するため、日本が天皇主権から国民主権の国へと変わった歴史を紹介していきます。
日本軍「俺たちに指示できるのは天皇だけだぞ」
すでにお話ししたように、戦前の日本は天皇が全ての権限を握っていました。政治はもちろん、軍事についても統帥権という絶大な権力を持っていました。
しかし、1926年に即位した昭和天皇はこの絶大な権限を使いませんでした。国政をできる限り国会や内閣に任せる「君臨すれども統治せず」というスタンスをとったからです。
しかし、この「君臨すれども統治せず」を利用して、軍部が暴走を始めます。
俺たちに命令できるのは国の頂点に立つ天皇だけ。国会とか内閣の言うこと聞く必要なし!!
天皇がダメって言わない限り、俺たちは俺たちの道を貫く・・・!!
そして、天皇が何も言わないのをいい事に、軍部は独断に近い形で領土拡大を進め、日本は軍国主義への道を歩んでいきます。
この領土拡大政策は戦争を引き起こし、1939年に起こった日中戦争、そして1941年に起こった太平洋戦争(日本VSアメリカ)へと続いていきます。
太平洋戦争、原爆を落とされて敗北へ・・・
太平戦争は日本の敗北に終わります。
- 1945年8月6日広島に原爆投下
- 1945年8月9日長崎に原爆投下
- 1945年8月14日日本、降伏へ・・・
アメリカと最後まで戦う覚悟だった日本政府の心意気は、広島・長崎への原爆投下で打ち砕かれ、日本はアメリカやイギリス、中国が日本に無条件降伏を求めたポツダム宣言を受け入れました。
ポツダム宣言には日本の降伏条件として次のような内容が書かれていました。
これらの内容は、日本を根本から変えてしまうほどの大変革であり、日本が自力で実施するのは不可能なので、GHQ(連合国最高司令部)の最高司令官だったダグラス・マッカーサーという人物が日本を一時占領して、この大変革を実施しました。
国民主権の誕生
太平洋戦争が、日本へ原爆投下をしなければ終わらないほど泥沼化したのは、天皇と軍部の関係がいびつなものだったからだとGHQは考えていました。
「天皇以外の命令は聞かない」と議会や内閣を無視する軍部
権力はあるけど「君臨すれども統治せず」の立場をとる天皇
この2つが組み合わさって「天皇がNOと言わないなら何をやっても良い」という考えが生まれ、これが戦争の1つの原因になった・・・と考えたのです。
そこで、GHQは日本に対して国民主権の新しい憲法を求めます。こうして出来上がったのが、私たちにも身近な日本国憲法です。
日本国憲法には、
の三大原則が盛り込まれ、日本の主権者は国民であることが名言され、天皇は権力を持たなくなりました。
本当にサラっとですが、これが天皇主権が国民主権へと変わった理由です。今、私たちが当たり前のように受け入れている国民主権という考え方には、重い重い日本の歴史が刻まれているのです。
天皇は日本国民の象徴へ
一方、権力を持たなくなった天皇は、日本国憲法では「日本国民の象徴」として形を変えて日本に存続する事になります。
結果的に、昭和天皇の「君臨すれども統治せず」という思想が、平和な形に変わって日本国憲法にも引き継がれたのです。
一応、天皇のあり方がどう変わったのか、昔の憲法(大日本帝国憲法)と日本国憲法を比較してみます。
古い憲法(大日本帝国憲法)では天皇は神聖不可侵の国を統治すべき存在でした。なぜなら天皇は、太陽神である天照大神の血筋を持つ崇高で特別な存在だと考えられていたからです。
ここでは、深く触れませんが日本神話が描かれている古事記を読むと、天皇と天照大神の関係がわかります。昔の書物ですが、わかりやすい現代語訳にまとめた本が多く出版されています。
対して、日本国憲法では天皇に国の統治権はありません。「統治権」は「主権」という言葉に変えられて主権は国民にある(国民主権)・・・としています。
しかし、権力を持たない天皇はただの人になるのではなく、国民の象徴だと憲法では言っています。象徴という言葉がわかりにくいですが、「シンボル」って言葉で置き換えてみてください。
日本のシンボルと言えば「日の丸」「富士山」「桜」とかを思いかべる人が多いと思います。
これと同じで、日本人に「日本のシンボルってなんですか?」って聞いた時に、
「もちろん、天皇です!」と思われるような存在が天皇だと憲法では言っています。これは、まさに昭和天皇が考えていた「君臨すれども統治せず」に非常に近い形です。
GHQでは、戦争の原因となった天皇制を廃止する動きもありましたが、以下の理由で天皇制は象徴という形で残されたのです。
このほかにも複雑な政治や国際情勢があって、なんとか天皇は日本に残ることになりました。
コメント
原発を落とされて
コロニー落としのようなインパクトw
ご指摘ありがとうございます(汗。
修正しました。