日本の税の歴史!租・調・庸とは?日本の税の由来とは?

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今回は税の歴史の話。

前回(菅原道真の左遷と学問の神様になった理由【昌泰の変】3/3)までは、平安時代のうちだいたい900年頃までの話をしていました。800年代に入ると、それまでの日本の税制は崩壊します。そして、地方では治安が悪くなり武力行使で身を守る時代へ突入します。(これがざっくりとした日本での武士登場の背景でもあります。)

こうして、平安末期の源平合戦の時代へ突入していくのですが、当時の税の話を知っていないとその経過がなかなか理解できません。

そして税金の話は土地の話とも密接に関わっていて、なかなか難しいですが、今回はその点を数記事に渡ってなるべくわかりやすいよう解説していきます。

祖・調・庸とは?

税の歴史といっても遡るとキリがありません。今回は奈良時代まで遡ることにします。

奈良時代の日本は、唐を見本として他国に負けない国造りを目指していました。そこで、唐から持ち込まれたのが律令制度(律令という今でいう法律に基づく国家制度)。

そして、唐の律令制度に盛り込まれていた税制が祖・調・庸(そ・ちょう・よう)というもの。

租・調・庸とは、簡単に言うと・・・

租は、米を収めること。

調は、繊維製品(麻とか絹とか)を収めること。

庸(+雑徭)は、労役(肉体労働・出仕)。

こんな感じ。この唐の税制が、昔からあった日本の文化と融合して日本独自の税制度が出来上がっていきます。

いきなり「唐にならって税金とるからお前ら納めろよ!」とはなりません。祖・調・庸の税を導入するには、民衆の批判が起こらないよう、既存の仕組みを利用して批判が起こらないようこっそりと行う必要があります。

この考え方は、現代の税制についても当てはまります(これが、官僚たちが国民にわかりにくい税制を作る理由の1つ!)。

次に租・調・庸それぞれについて詳しく見ていきます。

租とは何か?

租は、田んぼでとれた稲の一定割合を税として納めるというもの。

奈良時代以前の昔から日本では、集落ごとにその年の最初に収穫された稲穂の一部を神に捧げるという儀礼がありました。これを初穂儀礼と言ったりします。

神に捧げられた稲穂は、無事に収穫できたことを神に感謝する意味合いと、何かあったときや冬季に、集落で利用する非常食的な意味合いもありました。

朝廷は、この神への捧げものを租という税へとすり替えてしまいます。

しかし、ほとんど同じ仕組みのまますり替えてしまったので、当初は税と言いつつも朝廷が好きなように使える財源はごく一部に限られました。

租のほとんどはそれまで通り神への捧げもの・非常食として機能したため、人々からそれほど強い抵抗はなかったようです。

というのは「当初は」のお話。租によって集落に納め続けられていた稲は次第に貯まっていくこととなりますが、神捧げたはずだった租は、次第に国のトンデモ理論により改悪され、少しずつ国の財源へと変わっていきます。

(租の変貌ぶりは、本当に鬼畜すぎるレベル。詳しくは、平安時代の農民が税金で苦しんだ理由とは【鬼畜すぎるその手口】で紹介します。)

調とは何か?

調は、朝廷への貢物を意味します。主に繊維製品。

実は、奈良時代以前から日本には地方から朝廷へ貢物をする制度がありました。まずは、これを調に置き換えます。

さらに、神への捧げものとして儀式に用いる生糸も含まれていました。儀式に用いる生糸とは、天皇の着る儀礼服や幣帛(へいはく。神社によくある白いギザギザのやつ)に使われました。

儀式用の生糸が調の対象となった背景には、「朝廷が代表して国民の代わりに収穫を祈ったり感謝する儀式をしているんだから、それぐらい納めて当然でしょ?」という発想があるものと思います。

庸・雑徭とは何か?

庸・雑徭は、いわゆる肉体労働です。律令では成人男性は、「年に10日間ただ働きしろ。それが税だ」という決まりがあります。

また、奈良時代以前から日本では、地方から朝廷へ出仕する形で人質を送るという仕組みがありました。

この出仕するという部分も庸・雑徭の一部となっていきます。

まとめ

庸・雑徭を除き、律令国家の税のルーツには神様への捧げものという意味合いが強く含まれていました。朝廷も当初は、その意味合いを引き続き含めた形で税制を作り上げたため、そこまで強い反対はなかったようです。

しかし、結果的に朝廷は時間をかけながら、「神への捧げもの」という部分を骨抜きにして朝廷が自由に使える無機質なただの税へと変貌させていきます。(神の捧げものだと国で好き勝手に使いにくいですからね。)

次回は、その変貌の第1歩として、神への捧げものだった租が国から搾取されていく様子を見ていきます。

次:平安時代の農民が税金で苦しんだ理由とは【鬼畜すぎるその手口】

前:菅原道真の左遷と学問の神様になった理由【昌泰の変】3/3

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