法隆寺の魅力を楽しむ豆知識を紹介!の第2弾です。
第1弾はこちら↓
八頭身の華麗なる仏像 ~観音菩薩立像(百済観音像)~
法隆寺に行ったら、必ず見てほしいのが観音菩薩立像。個人的には、法隆寺の中で一番おススメの国宝です。別名「百済観音像」とも言われています。
観音菩薩立像は、大宝蔵院という建物の中にあります。
観音菩薩立像は、誰が、どこで、いつ作ったのか、すべてがわかっておらず、その見た目も日本に存在する多くの仏像とは大きくかけ離れたものとなっており、すべてが謎に包まれた不思議な仏像です。
なぜ、個人的に一番おススメかというと、その見た目の美しさです。
うまく口では表現できませんが、ぜひ法隆寺に行ったら見てみてください。私は、見とれてしまうようなスタイルと木造とは思えないほどの繊細な仏像の造りに魅了されてしまいました。
1400年前の絵を見よう!玉虫厨子(たまむしのずし)
教科書などでも有名な玉虫厨子。もちろん国宝です。観音菩薩立像と同じく大宝蔵院の中にあります。
「厨子」とは、仏像を室内で安置するために作られる工芸品のことを言います。ミニチュアサイズのお寺と言った感じでしょうか。
玉虫厨子の何がすごいかというと、今から約1400年前の飛鳥時代に描かれた絵が奇麗な形で残っているということです。少しだけ紹介したいと思います。
それにしても、五重塔や玉虫厨子のことを書いていて思うのは、当時の仏教信仰への想いは相当なものだったということです。
現代の人々も熱心に仏教を信仰すべきだ!とは思いませんが、仏教における様々な思想というのは、形を変えて現代に生きる人々に還元できるんじゃないかなぁと思ったりはします。
昔の人々が、強烈な想いで信仰していたのが仏教です。多くの人を魅了した仏教の思想の中には、人生を豊かに生きる秘訣がたくさん込められているのではないかと考えています。
須弥山(しゅみせん)世界図
仏教では、世界は下図のような天動説に近いようなものだと考えられていました。
須弥山は、世界の中心にある聖なる山。私たち人間が住むのは須弥山の周りにあるたくさんの島の1つだと考えられていました。
その須弥山の様子を描いたのが須弥山世界図です。真ん中に須弥山があり、左右には太陽と月、頂上には建物が建てられています。頂上には、帝釈天が住んでいると考えられていました。(帝釈天については、京都観光の前に知っておきたい仏像の豆知識その3をどうぞ)
このほか、お釈迦さまの前世を表した捨身飼虎図(しゃしんしこず)という絵もあります。ちょっと内容が過激なので、ここでは触れられませんがとても興味深いのでぜひ見てみてください。
聖徳太子の眠る場所、夢殿
法隆寺の中は大きく東西に分かれていて、五重塔のあるエリアは西、夢殿がある場所は東になります(入り口も西側なので、入ってまっすぐ行けば、五重塔が見えます。)。
夢殿は、聖徳太子亡き後の奈良時代に行信という僧が、聖徳太子の遺徳をしのび建立された八角形のお堂です。夢殿がある場所は、聖徳太子が生前に住んでいた場所でした。
みんなに愛されている聖徳太子、奈良時代にはすでに聖徳太子信仰が始まっていました。法隆寺は聖徳太子信仰の聖地として当時の人々から絶大な人気を誇っていました。(聖徳太子の人気について気になる方は、聖徳太子はなぜ有名?わかりやすい聖徳太子物語最終話もどうぞ!)
夢殿も国宝指定されています。夢殿の中には、夢殿を造った行信の像も安置されています。
こんな人。怖い(汗)。行信像も国宝です。
夢殿の中には、春と秋の年2回しか公開されていない秘仏、救世観音増が安置されています。少し紹介します。
秘仏の救世(ぐぜ)観音像
救世観音像は、春と秋の年2回しか公表されない非常にレアな仏像です。自分も見たことがありません。これも国宝。
救世観音像は、聖徳太子をモチーフにしたものとされており、その大きさは聖徳太子の等身大サイズと言われています。
フェノロサに感謝!救世観音にまつわる豆知識
上の人物、アーネスト・フェノロサと言います。時代は明治時代。
明治維新により王政復古が行われ、明治時代には天皇を頂点とした新しい国づくりが目指されていました。
そんな中、仏教は異国から持ち込まれた野蛮なもので日本人は天照大神を頂点とした日本の神を信じるべきだ!という強い思想が生まれ、仏教は強く弾圧されました。(これを廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)と言います。)
このとき、廃仏毀釈の影響により甚大な量の寺院や仏像が破壊され、仏教は窮地に追い込まれました。
そんな時代に、フェノロサは日本にやってきました。フェノロサは、日本人の美的感覚に感銘を受け、自分自身も仏像や庭園、絵画などを深く愛するようになっていきます。
そこで、フェノロサは、廃仏毀釈により破壊されつくした日本の仏教美術を復興しようと運動を開始します。
その運動の中、フェノロサは法隆寺の救世観音像に出会います。当時、救世観音像は秘仏とされ、年2回どころかそもそも外に公開されることがありませんでした。フェノロサは、救世観音像の公開をお願いしました。
最初、法隆寺は拒みます。秘仏なのだからだめだ!というのと、廃仏毀釈の流れの中、公開すると救世観音像も破壊されかねません。
しかし、フェノロサの必死のお願いで遂に救世観音像が公開されることとなりました。救世観音像は、それまでずーっと秘仏として建物の中で安置されてきたため、非常に保存状態が良く、今でも金箔が多く残っています。
このフェノロサの物語は、廃仏毀釈後の仏教復興を象徴する話としてとても有名です。
聖徳太子像を見てみよう。
法隆寺の中には、聖徳太子を祀るために聖霊院という建物が建立されています。これも国宝。
その聖霊院の中に、上の聖徳太子像が安置されています。きりっとしていますね。
現代に至るまで1000年以上もの間、人々に親しまれてきた聖徳太子、その像を生で見てみてはいかがでしょうか。
ところで、聖徳太子は何をした人?
難しい質問です(汗)。聖徳太子は有名なのですが、何をした人なのかいまいちわからない人が多いと思います。
そんな人のために、実は、聖徳太子の話を記事にしています。聖徳太子にスポットを当てるのではなく、歴史の流れの中で聖徳太子はどのような人物だったのか?に焦点を当てて記事を書いています。
本格的な歴史の話になってしまいますが、気になる方はぜひご覧になってみてください!
法隆寺観光専用の電子書籍(Kindle)を出版しています
法隆寺を観光する方向けに、観光前に絶対に知っておきたい法隆寺の歴史や仏教の知識について書いた本になります。「法隆寺に行くけど、法隆寺のことなんて何も知らないよ!」っていう方にはぜひご一読していただきたい一冊です。何も知らない方でもわかりやすいよう書いたつもりです。このサイトでも法隆寺について書いていますが、電子書籍(Kindle)ではより詳しく解説を行なっています。色々と知ってから法隆寺を訪れると、観光が一層興味深いものになることでしょう。
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