

今回は打製石器・磨製石器について、作り方・時代・用途の違いをわかりやすく丁寧に解説していくよ!
📚 この記事のレベル:中学歴史 / 高校日本史
📖 山川出版『詳説日本史』準拠
🎯 定期テスト・共通テスト対応
「日本に旧石器時代はなかった」——。戦前の日本ではそう信じられていました。
ところが1946年ごろ、群馬県の畑でアマチュア研究者が拾い上げた1つの打製石器が、日本史の常識をひっくり返すことになります。
実は旧石器時代の人たちは、思ったよりもずっと「賢く」「器用」でした。鋭く割れる黒曜石を100km以上離れた産地から運び、用途に応じて石器を使い分けていたのです。
この記事では、打製石器と磨製石器の違いを「作り方・時代・用途」の3点でスッキリ整理したうえで、テストに出るポイントから、ちょっと意外な「旧石器人の賢さ」まで、まるっと解説していきます。
打製石器・磨製石器とは?3行でまとめると
打製石器は、石を別の石や骨で叩き割って作った道具のことです。割れ口が鋭くなるように形を整えただけで、表面はゴツゴツしています。
一方、磨製石器は、打ち欠いて形を整えたあとに、砂や砥石でじっくり研ぎ磨いて仕上げた石器のこと。表面がツルツルで、刃もなめらかです。

「打製」と「磨製」、漢字ややこしい…。テストでどう覚えればいいの?

「打つ」から打製、「磨く」から磨製で覚えよう!「打製=ガンガン叩いて作る」「磨製=ゴリゴリ磨いて作る」ってイメージだよ◎
この「叩いただけ」と「磨いて仕上げた」という違いが、そのまま時代の違い・技術レベルの違いにつながっていきます。
打製石器の作り方・種類・用途
打製石器は、日本で最も古くから使われた道具です。約3万8千年前の旧石器時代から登場し、縄文時代まで使われ続けました。
■ 打製石器の作り方

打製石器の作り方は、大きく分けて次の2ステップです。
STEP1:硬い石(黒曜石・チャートなど)を別の石(ハンマー)や鹿の角で叩く
STEP2:割れた破片(石片)のうち、鋭い刃の部分を選び、細かく打ち欠いて形を整える
このように、石を「叩く・割る」ことで鋭い刃を取り出すのがポイントです。時間はそれほどかからず、割と手軽に作れるのが特徴です。

ただ叩いて割るだけなら、誰でも簡単にできそうだけど……?

ところが意外と難しいんだ。叩く角度や力加減を間違えると、使いものにならない形になっちゃう。旧石器人はちゃんとコツを持ってたんだよ!
■ 旧石器時代の主な打製石器
旧石器時代の打製石器は、狩りの道具がメインでした。テストでよく出るのは次の3つです。
- 打製石斧(だせいせきふ):木の柄に縛り付けて、木を切ったり獲物を解体したりする大型の斧
- ナイフ形石器:細長い石片の片側に刃を付けたもの。切る・削るに使用
- 尖頭器(せんとうき):木の棒の先に付けて槍にする。ナウマンゾウなど大型動物の狩りに使用
- 細石器(さいせっき):旧石器時代の終わり頃に登場。小さな石片を組み合わせて槍や銛に付ける
ナウマンゾウやオオツノジカといった大型動物を倒すには、先のとがった尖頭器が必要だった、というわけです。
■ 縄文時代の打製石器(石鏃・打製石斧)
縄文時代になると、磨製石器が登場します。でも、打製石器が消えたわけではありません。縄文人は打製と磨製の両方を使い分けていました。
縄文時代の代表的な打製石器がこちら。
- 石鏃(せきぞく):弓矢の矢じりのこと。縄文時代に弓矢が普及すると大量生産された
- 打製石斧:土を掘る、木を切るなど粗っぽい作業用
- 石匙(いしさじ):動物の皮を剥ぐ・肉を切るのに使った、取っ手つきのナイフ

あ、よくひっかけ問題で出るやつだ!「弓矢の矢じり(石鏃)は磨製石器?」って……。

正解は打製石器!矢じりみたいな小さくて鋭いものは、打ち欠く方が早くて量産できるんだ。磨いたら逆に時間の無駄だからね。
磨製石器の作り方・種類・用途
磨製石器は、縄文時代から本格的に登場する「研ぎ磨いた石器」です。時間も手間もかかるぶん、切れ味が鋭く、長持ちしました。
■ 磨製石器の作り方
磨製石器は、打製石器と同じように「叩いて荒く形を作る」ところからスタートします。ポイントは、そのあとに仕上げの工程があることです。
STEP1:玄武岩・安山岩・蛇紋岩などの硬い石を、打ち欠いて大まかな形にする
STEP2:砂や砥石に水をつけて、表面と刃の部分をひたすらこすり磨く
1つの磨製石斧を仕上げるのに、数時間〜数日かかったとも言われています。そのぶん、割れにくく・鋭く・美しい刃が得られました。

現代の包丁研ぎみたいに、ひたすら磨くのね……。それは大変!

そうなんだよ。だから縄文人は「ここぞ」という道具だけ磨製にして、消耗品の矢じりなんかは打製のままにしてたんだね!
■ 縄文時代から登場した磨製石器
縄文時代に登場した代表的な磨製石器がこちらです。
- 磨製石斧:木を切り倒す・加工する「森の万能ツール」。縄文の竪穴住居の柱も、これで作った
- 磨石(すりいし)・石皿:ドングリやクルミを粉にすりつぶすための石器(セット使い)
- 石棒(せきぼう):まつりごと・祈りに使われたと考えられる縦長の磨製石器
特に重要なのが磨製石斧です。森を伐り拓いて集落を作り、木の柱で家を建てる——縄文人の定住生活は、この石斧があってこそ成り立ったのです。
■ 弥生時代の磨製石器(石包丁)
弥生時代になると、稲作が広まり、磨製石器の主役が交代します。主役になったのが石包丁(いしぼうちょう)です。
📌 石包丁は、半月形の磨製石器で、背側に1〜2個の穴があいているのが特徴。穴にひもを通して指にくくりつけ、稲の穂(いね)をつみとる「穂摘み(ほつみ)」用の道具。
ただし弥生時代の後半には、鉄器や青銅器(金属器)が大陸から伝わり、石器は徐々に役割を終えていきます。「石器時代のラスボスは石包丁、そこから金属器にバトンタッチ」と覚えておくとわかりやすいです。
打製石器・磨製石器の違いを3点で整理する
ここまでの話を、テスト対策用に3点で整理しておきましょう。以下の表をまるっと覚えれば、定期テストの比較問題はだいたい解けます。
| 比較項目 | 打製石器 | 磨製石器 |
|---|---|---|
| 製法 | 叩き割って形を整える | 叩いたあとに研ぎ磨く |
| 使われた時代 | 旧石器時代〜縄文時代 | 縄文時代〜弥生時代 |
| 主な材料 | 黒曜石・サヌカイト・チャート | 玄武岩・安山岩・蛇紋岩など |
| 表面・刃 | ゴツゴツ・鋭いが欠けやすい | ツルツル・なめらかで長持ち |
| 代表的な種類 | 石鏃・尖頭器・ナイフ形石器 | 磨製石斧・石包丁・磨石 |

テストで聞かれたら、この3行を思い出そう。
①製法(打つか磨くか)
②時代(旧石器〜縄文 or 縄文〜弥生)
③切れ味・精度(ゴツゴツ or ツルツル)
もうひとつ大事な注意点。「磨製石器=縄文時代から」は正解ですが、「縄文時代=磨製石器だけ」は間違いです。縄文人は、用途によって打製と磨製を使い分けていました。この点はテストのひっかけ問題でよく出るので要注意です。
旧石器時代と縄文時代・弥生時代、石器はどう変わった?
では、なぜ縄文時代になると急に磨製石器が登場したのでしょうか。答えは気候変動にあります。
📌 なぜ縄文時代から磨製石器が登場したの?
約1万年前、最後の氷河期(最終氷期)が終わって地球が温暖化。ナウマンゾウなどの大型動物が姿を消し、シカ・イノシシ・木の実中心の生活にシフト。森を伐り拓き、ドングリを加工し、長く使える石器が必要になった——これが磨製石器誕生の背景。
■ 旧石器時代(約3万8千年前〜1万6千年前)
氷河期の日本は今よりずっと寒く、草原が広がっていました。人々はナウマンゾウやオオツノジカを追いかけながら、移動生活を送っていました。
道具は打製石器オンリー。大型動物を仕留めるための尖頭器や、肉を切るナイフ形石器が中心でした。磨いている時間はなく、とにかく「鋭く割れる」ことが最優先だったのです。
■ 縄文時代(約1万6千年前〜紀元前4世紀ごろ)
温暖化で森が広がると、人々は定住を始めます。縄文時代のスタートです。
この時代の石器は、打製+磨製のミックス。弓矢の矢じり(石鏃)は打製、森を伐り拓く磨製石斧、ドングリをすりつぶす磨石と石皿——用途ごとの「使い分け」が始まります。

磨製石器の方が優れてるなら、旧石器人も磨製にすればよかったんじゃない?

鋭い質問!理由は時間と必要性。移動生活の旧石器人は何日も磨いてる暇がなかったし、大型動物を倒すだけなら「鋭く割る」打製で十分だったんだ。定住して森を管理するようになって、初めて磨製の「長持ちする刃」が必要になったんだよ!
■ 弥生時代(紀元前4世紀ごろ〜3世紀)
弥生時代になると、大陸から稲作が伝わります。主役の磨製石器は石包丁に交代し、稲の穂を摘むための必須アイテムになりました。
しかし同時期に青銅器・鉄器が伝わると、石器はだんだん姿を消していきます。こうして日本の石器時代は、長い長い歴史に幕を下ろすことになったのです。
打製石器の材料・黒曜石と旧石器人の交易ネットワーク
打製石器の話で絶対に外せないのが、黒曜石(こくようせき)という石です。

黒曜石は、火山の溶岩が急に冷えて固まったガラス質の石。真っ黒でツヤツヤしていて、割ると断面がカミソリのように鋭くなるのが特徴。現代の医療用メスにも使えるほど切れ味が鋭く、旧石器人にとっては「最高級の素材」だった。
ところが黒曜石は、どこにでもある石ではありません。火山地帯にしか産出せず、日本では長野県・和田峠、北海道・白滝、伊豆諸島・神津島、九州・姫島などが有名な産地です。
■ 旧石器人は100km以上離れた産地から黒曜石を運んでいた
驚くべきことに、旧石器時代の遺跡から出てきた黒曜石を分析すると、100km以上離れた産地から運ばれたものが見つかっています。なかには、海を越えた神津島(伊豆諸島)から本州に運ばれたものまであります。
神津島と本州の間には、今も昔も海が広がっています。つまり旧石器人は、丸木舟や筏で海を渡って黒曜石を手に入れていたことになります。これは日本最古級の「航海」の証拠でもあります。


え、旧石器人が船で海を渡ってたの!?イメージが完全に変わるんだけど……。

そうなんだよ!「原始人=なにも考えてない人」みたいなイメージがあるけど、黒曜石の交易を見ると、旧石器人はかなりネットワーク社会を作ってたことがわかるんだ。思ったより賢いんだよ!
黒曜石の交易は、縄文時代になるとさらに広がります。長野・和田峠の黒曜石は、東北地方の遺跡でも見つかっており、500km以上の流通圏があったと推定されています。

——さて、旧石器人が打製石器をこれほど工夫して使っていたにもかかわらず、かつて日本では「旧石器時代はなかった」と信じられていました。その常識を覆したのが、次の章で紹介する岩宿遺跡の発見です。
岩宿遺跡の発見——日本に旧石器時代があった証拠

実は戦前の日本では、「日本列島に旧石器時代は存在しなかった」と信じられていました。関東ローム層(火山灰が積もってできた赤土の地層)の下からは、人が暮らしていた痕跡など出てこない——これが学会の常識だったのです。
この常識をひっくり返したのが、相沢忠洋(あいざわただひろ)という在野の考古学者(行商をしながら独学で研究)でした。

アマチュアの人が学会の常識をひっくり返したの?なんか映画みたいだね!

そうなんだよ!行商(ぎょうしょう)をしながら独学で考古学を勉強してた人が、歴史の教科書を書き換えたんだ。ロマンあるよね!
■ 1949年、群馬県の赤土から出てきた打製石器
相沢は行商の合間に、群馬県みどり市(当時の笠懸村)の切通しで赤土(関東ローム層)の崖を観察し続けていました。そして1946年ごろ、その赤土の中から打製石器らしき石片を発見します。
1949年、明治大学の調査隊と合同で正式な発掘調査が行われ、関東ローム層の中から槍先形の打製石器(尖頭器)が出土。これが日本で旧石器時代の存在を証明した最初の遺跡——岩宿遺跡(いわじゅくいせき)です。
📌 岩宿遺跡ってどこにある?
群馬県みどり市笠懸町。JR両毛線・岩宿駅から徒歩圏内。現在は「岩宿博物館」が併設されていて、出土した打製石器や当時の復元模型が展示されている。日本考古学の「聖地」のひとつ。

たった一人の発見で、それまでの歴史の教科書が書き換わったってことよね……すごいドラマね。

テストでは「岩宿遺跡=群馬県・相沢忠洋・1946年(発見)・1949年(発掘調査で正式確認)」で覚えておこう。教科書によっては「1949年」だけ載っているものもあるよ。
打製石器・磨製石器|テストに出るポイントまとめ
ここまでの内容を、定期テスト・入試頻出ポイントとして整理しておきましょう。テスト前の見直しに使ってください。

テストで『磨製石器を使ったのはいつ?』って出たら、なんて答えるのが正解?

「縄文時代から」が正解!「縄文時代・弥生時代」って答えてもOK。旧石器時代は使ってないってところがテストのポイントだよ。
もっと深く知りたい人へ|おすすめの入門書
石器時代・縄文時代についてもっと深く知りたい方向けに、中学生・高校生から社会人まで楽しめる入門書を紹介します。
よくある質問(FAQ)
A. 一番の違いは「作り方」です。打製石器は石を叩き割って形を整えただけのゴツゴツした石器、磨製石器は叩いたあとにさらに砥石(といし)で研ぎ磨いたツルツルの石器です。作り方が違うので、使われた時代(旧石器〜縄文/縄文〜弥生)・材料(黒曜石/玄武岩など)・切れ味も変わってきます。
A. 弓矢の矢じり(石鏃/せきぞく)は「打製石器」です。黒曜石やサヌカイトなど割ると鋭くなる石を、細かく剥離(はくり)させて小さな三角形に仕上げます。縄文時代に弓矢が広まりますが、矢じりは消耗品なので磨く時間をかけず、打製のまま使われました。テストでのひっかけ頻出ポイントです。
A. はい、使われていました。縄文時代は「打製石器と磨製石器の両方を使用した時代」です。弓矢の矢じり(石鏃)や狩猟用のナイフ形石器は打製、森を伐り拓く石斧やドングリをすりつぶす磨石は磨製——用途によって使い分けられていました。「縄文=磨製石器だけ」はテストのひっかけ問題なので要注意です。
A. 日本では約1万6千年前、縄文時代のはじまりごろから本格的に作られるようになりました。氷河期が終わり温暖化して森が広がると、人々は定住を始め、森を切り拓く石斧や、ドングリを加工する磨石など「長く使える道具」が必要になりました。これが磨製石器誕生の背景です。
A. 群馬県みどり市(当時の笠懸村)で発見された「岩宿遺跡」の打製石器です。在野の考古学者・相沢忠洋が1946年ごろに関東ローム層から石器を発見し、1949年に明治大学と合同で正式な発掘調査が行われて旧石器時代の存在が確認されました。それまで「日本に旧石器時代はない」と考えられていた学説を覆した、日本考古学の記念碑的な発見です。
A. 黒曜石は火山活動によって生まれるため、日本では火山地帯でしか産出されません。代表的な産地は長野県・和田峠、北海道・白滝、伊豆諸島・神津島、大分県・姫島などです。旧石器時代の遺跡からは、100km以上離れた産地から運ばれた黒曜石が出土しており、当時すでに広範囲の交易ネットワークがあったと考えられています。
まとめ|打製石器・磨製石器の違いを3分で復習
最後に、この記事のポイントをまとめておきます。テスト直前にここだけ読み直せばOKです。
-
約3万8千年前旧石器時代はじまり・打製石器の使用開始
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約1万6千年前縄文時代はじまり・磨製石器の登場(打製石器も継続使用)
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1946年ごろ/1949年岩宿遺跡:相沢忠洋が発見(1946年)→明治大学が発掘調査で証明(1949年)
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紀元前4世紀ごろ弥生時代はじまり・磨製石器(石包丁)が稲作で活躍
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3世紀〜金属器(青銅器・鉄器)の普及で石器が衰退

以上、打製石器・磨製石器のまとめでした!下の記事で旧石器時代・縄文時代の生活もあわせて読んでみてください!
📅 最終確認:2026年4月 / 参照:山川出版『詳説日本史』(2022年版)
Wikipedia日本語版「打製石器」(2026年4月確認)
Wikipedia日本語版「磨製石器」(2026年4月確認)
Wikipedia日本語版「岩宿遺跡」(2026年4月確認)
コトバンク「打製石器」「磨製石器」「岩宿遺跡」(デジタル大辞泉・日本大百科全書)
山川出版社『詳説日本史』(2022年版)
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