一条天皇の猫愛は異常【枕草子「上にさぶらう御猫」現代語訳】

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枕草子 上にさぶらふ御猫は 一条天皇の猫愛
もぐたろう
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今回は枕草子まくらのそうしの名場面「上にさぶらふ御猫は」の全文現代語訳と、そこに描かれた一条天皇の猫愛エピソードをわかりやすく解説していくよ!品詞分解と重要語句の意味も一緒に確認しようね。

この記事を読んでわかること
  • 「上にさぶらふ御猫は」の全文現代語訳(原文対照・翁丸の帰還まで)
  • 一条天皇が猫を溺愛した史実(産養い・藤原実資『小右記』の記録)
  • 翁丸の涙は本当だったのか(動物の感情と清少納言の観察眼)
  • 命婦のおとど・犬島など難語の意味(読み方・解説つき)

「古典なんて退屈なだけ」――そう思っている人にこそ読んでほしい話があります。実は枕草子まくらのそうしには、犬を島流しにして、その犬が涙を流して帰ってくるという、まるでドラマのようなエピソードが記録されているのです。しかもこれ、作り話ではなく、平安時代の宮中で本当に起きた出来事として書き残されています。

きっかけは、ひとりの天皇の度を越した「猫愛」でした。猫に五位の位を授け、子猫の出産には貴族を呼んで祝宴まで開く――そんな天皇が、愛猫をおびやかした犬に下した処分が「島流し」だったのです。今回は、その名場面「上にさぶらふ御猫おんねこは」を原文と現代語訳で味わいながら、笑えてちょっと泣ける平安の猫物語を読み解いていきましょう。

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一条天皇ってどんな人?

一条天皇の肖像
一条天皇

この猫物語の主役のひとりが、一条天皇いちじょうてんのうです。一条天皇は986年、わずか7歳で即位した平安中期の天皇で、在位は986年から1011年まで約25年に及びました。

こんな幼い子どもが天皇になった背景には、藤原氏の権力争いがありました。一条天皇の祖父である藤原兼家ふじわらのかねいえ藤原道長の父)が、花山天皇かざんてんのうを策略によって退位させ、自分の孫を即位させたのです。幼い天皇を即位させれば、祖父である自分が摂政せっしょうとして政治の実権を握れるからでした。

ところが、傀儡になると思われていた一条天皇は、成長するにつれて立派な天皇へと育っていきます。強大な藤原氏との絶妙なパワーバランスを保ちながら、見事に政治を行いました。性格は温和で、詩を愛し、笛の名手で、勉学にも励む――まさに理想の天皇だったのです。

一条天皇の時代は、文学の黄金期でもありました。清少納言の『枕草子』と紫式部むらさきしきぶの『源氏物語』という日本文学を代表する2作品が、どちらも一条天皇の在位中に生まれています。これは偶然ではなく、天皇自身が文化や才能を理解し、大切にする人物だったからこそ実った成果でした。両作品は後に国風文化を代表する傑作として並び称されることになります。

一条天皇
一条天皇

政務も学問も笛も、すべて真剣に取り組んできたつもりだ。…ただ、ひとつだけ、どうしても理性が保てぬものがあってな。それが――猫なのだ。

そう、このパーフェクトな天皇には、ひとつだけ人間味あふれる弱点がありました。それが猫の前では理性が吹き飛んでしまうという、なんとも可愛らしい一面です。次の章では、その猫愛がいかんなく発揮された名場面「上にさぶらふ御猫は」を、原文と現代語訳で読んでいきましょう。

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上にさぶらふ御猫は|全文現代語訳

清少納言
清少納言(出典:Wikimedia Commons / パブリックドメイン)

この段は『枕草子』のなかでも特に有名なエピソードで、大きく三つの場面に分かれます。原文と現代語訳を場面ごとに対照しながら確認していきましょう。

第一段:猫に五位を授けた日(命婦のおとど登場)

上にさぶらふ御猫は、かうぶりにて、「命婦のおとど」とて、いみじうをかしければ、かしづかせ給ふが、

【現代語訳】 帝(一条天皇)のお側にお仕えする御猫は、五位ごいの位をいただいて「命婦のおとど」と名づけられた、たいそう可愛らしい猫で、帝が大切に大切にお世話なさっていたのですが――。

命婦のおとど(みょうぶのおとど)ってなに?
一条天皇が愛猫に与えた名前です。「命婦」とは本来、従五位以上の位を持つ女官の称号。つまり一条天皇は、人間の女官に与えるはずの官位を、なんと猫に授けてしまったのです。「おとど」は貴人に対する敬称。「五位の貴婦人さま」とでも呼ぶような、最上級の溺愛ネームでした。

ここで注目したいのは「五位の位をいただいた」という部分です。平安時代、天皇のいる内裏だいり(殿上)に上がることを許されたのは、一定以上の身分を持つ者だけ。なかでも五位以上の者は「貴族」と呼ばれる特別な存在でした。多くの官僚かんりょうたちが憧れ、生涯をかけて目指した地位です。それを、一匹の猫が容姿と愛嬌だけで手に入れてしまったわけです。

もぐたろう
もぐたろう

猫に官位を与えるって、今でいうとペットを会社の役員に任命するようなものだよ!しかも冗談半分じゃなくて、かなり本気で任命してたみたい。部下たちの困った顔が目に浮かぶね…!

第二段:翁丸の「失態」と島流し

端に出でて臥したるに、乳母の馬の命婦、「あな、まさなや。入り給へ」と呼ぶに、日の差し入りたるに眠りてゐたるを、おどすとて、「翁丸いづら。命婦のおとど食へ」といふに、まことかとて、しれものは走りかかりたれば、おびえまどひて、御簾のうちに入りぬ。
朝餉の御前に、上おはしますに、御覧じていみじうおどろかせ給ふ。猫を御懐に入れさせ給ひて、男ども召せば、蔵人忠隆・なりなか参りたれば、「この翁丸打ち調じて、犬島へつかはせ。ただ今」と仰せらるれば、集まり狩りさわぐ。

【現代語訳】 命婦のおとど(猫)が縁先に出て寝そべっていると、その世話役である馬の命婦うまのみょうぶが「まあ、お行儀が悪い。お入りなさいませ」と声をかけました。けれども猫は日向ぼっこをして動こうとしません。そこで馬の命婦は、猫をちょっと脅かしてやろうと、当時飼われていた翁丸おきなまるという犬を呼んで「翁丸、どこにいるの。命婦のおとどを食べておしまい!」と言いました。

すると翁丸は「本当に食べていいのか!」とばかりに猫めがけて走り出します。驚いた猫は御簾みすの中へ逃げ込みました。ちょうどそのとき、朝食の御前にいらした一条天皇がこの騒ぎを目撃し、たいそう驚きます。猫を懐に抱きかかえると、蔵人くろうどの忠隆・なりなかを呼び出し、こう命じました。「この翁丸を打ち懲らしめて、犬島へ追放せよ。今すぐにだ!」――こうして翁丸は、宮中の男たちに追い立てられ、捕らえられてしまったのです。

犬島ってなに?
宮中で不要になった犬を追い払った先のこと。「島」とはいっても遠い離島ではなく、都の外の野に放逐するようなイメージです。要は「犬の流刑地」。猫をおびやかしただけで犬が追放処分になるあたり、一条天皇の猫びいきの徹底ぶりがよくわかります。

ゆうき
ゆうき

「あな、まさなや」ってどういう意味なんですか?よく出てくる気がします。

もぐたろう
もぐたろう

「あな」は「ああ」「まあ」っていう感嘆の言葉、「まさなや」は「行儀が悪い・けしからん」って意味だよ。だから「まあ、お行儀が悪い!」くらいのニュアンス。次の章で品詞分解もしっかり確認しようね。

第三段:翁丸の涙と帰還

暗うなりて物食はせたれど、食はねば、あらぬものに言ひなしてやみぬる、つとめて、御けづり櫛・御手水など参りて、御鏡持たせさせ給ひて御覧ずれば、候ふに、犬の柱のもとにゐたるを見やりて、「あはれ、昨日翁丸をいみじう打ちしかな。死にけむこそあはれなれ」とうち言ふに、この居たる犬のふるひわななきて、涙をただ落としに落とすに、いとあさまし。さは翁丸にこそはありけれ、と思ふに、あはれそひてをかしきこと限りなし。

【現代語訳】 追放された翌々日、ひどく腫れ上がった姿の犬が震えながら宮中をうろついているのを、人々が見つけました。「翁丸では?」と呼んでみても反応がなく、「翁丸は打ち殺されたはず。別の犬だろう」と結論づけられてしまいます。その翌朝のこと――中宮定子さまが鏡をご覧になっていると、柱のもとに例の犬が座っていました。定子さまが「ああ、昨日は翁丸をひどく打ったこと。死んでしまったとはかわいそうに」とおっしゃると、その犬は体を震わせ、ぽろぽろと涙を流しはじめたのです。これには一同びっくり。「やはりこの犬は翁丸だったのだ。昨夜はじっと隠れていたのだな」と思うと、しみじみと哀れで、それでいてなんともおかしく、感慨はこの上ありませんでした。

こうして正体が明らかになった翁丸は罪を許され、もとの身分に戻されました。一条天皇も「犬にもこのような心があったのか」と驚き、お笑いになったといいます。猫の溺愛から始まった騒動は、犬の涙という思いがけない結末で幕を閉じたのでした。

翁丸はなぜ「名前を呼ばれても無視」したのか

打ち据えられた翁丸は、ボロボロの姿で宮中に戻ってきた後も、「翁丸か?」と呼びかけられると知らぬふりをしていました。正体がばれれば、また折檻を受けるかもしれない――そんな本能的な自己防衛だったのかもしれません。人々も「これは別の犬だろう」と結論づけ、翁丸はほぼ「死んだことにされていた」のです。

ところが、中宮定子さまが「かわいそうに、死んでしまったのだろう」と本物の哀れみを込めて語りかけた瞬間、翁丸の感情の堰が崩れました。理屈ではなく、真の愛情に対して感情で応えてしまったのです。清少納言がこの場面を「あさまし(予想外で驚きあきれる)」と書いたのは、犬のふるまいが本当に予想外だったからでしょう。そしてその驚きは瞬時に「あはれ(しみじみと心打たれる)」という深い感動に変わりました。千年以上前の出来事が今も多くの人の心に響くのは、翁丸のこの「演技の崩壊」に人と動物の間を超えた何かが宿っているからではないでしょうか。

ゆうき
ゆうき

犬が涙を流すなんて、本当にあったんですか?ちょっと信じられないです…。

もぐたろう
もぐたろう

いい疑問だね!実はこの「翁丸の涙」が本当だったのかは、後の章でじっくり掘り下げてみるよ。清少納言がどんな気持ちでこの場面を書いたのか、考えると面白いんだ。

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一条天皇の猫愛、実はもっとヤバかった

「上にさぶらふ御猫は」のエピソードだけでも十分すごいのですが、一条天皇の猫愛は、ほかの史料にもしっかり記録されています。なかでも有名なのが、子猫の誕生を祝った「産養い」の話です。

猫に「産養い」を行った天皇

999年(長保元年)9月、宮中で飼われていた猫が子猫を産みました。すると一条天皇は、生まれた子猫のために産養いうぶやしないを行ったと伝えられています。「産養い」とは、本来人間の赤ちゃんが生まれたときに、三日目・五日目・七日目などに行う出産祝いの儀式のこと。乳母を付け、貴族たちが祝いの品を贈る、れっきとした宮中行事です。

それを、一条天皇は子猫のために執り行ったというのです。猫に乳母を付け、人間の赤ちゃん並みの祝宴を開く――現代の感覚で言えば、ペットの誕生に親族一同を集めてお宮参りをするようなもの。当時の人々の驚きが目に浮かびます。

藤原実資『小右記』が記録した猫騒動

この猫の出産と産養いの様子は、当時の有力貴族藤原実資ふじわらのさねすけの日記『小右記しょうゆうき』にも書きとめられています。実資は厳格で律儀な性格で知られた人物。その日記には、天皇が猫の出産にまで手厚く儀式を行ったことが、やや距離を置いた筆致で記録されています。

つまり、一条天皇の猫愛は『枕草子』という文学作品だけでなく、貴族の日記という別系統の史料にも裏づけられているわけです。一人の作者の誇張ではなく、複数の記録が同じ方向を指している――だからこそ、この猫愛は「本当にあった話」として信頼できるのです。

あゆみ
あゆみ

大臣まで巻き込んで猫の産養いをやるなんて…。当時の人たちから見ても、さすがにやりすぎだと思われていたのかしら?

もぐたろう
もぐたろう

そうなんだよね。実資みたいな堅物の貴族の日記に淡々と記録されてること自体が、「ちょっと珍しい出来事だった」証拠とも言えるんだ。当時の貴族にとって猫はまだ珍しい高級ペットだったから、天皇の溺愛ぶりは話題になってたみたいだよ!

翁丸が登場する舞台は、清少納言が仕えた中宮定子のサロンでした。定子のもとでは犬も猫もサロンの一員のように愛されており、翁丸の追放は人々にとって小さくない喪失だったのです。だからこそ、翁丸が涙を流して帰ってきた場面が、これほど感動的に書き残されたのでしょう。

翁丸の涙は本当だったのか?

清少納言の肖像
清少納言(出典:Wikimedia Commons / パブリックドメイン)

この物語のクライマックスは、なんといっても翁丸が涙を流す場面です。では、犬が本当に涙を流すことなどあるのでしょうか。少し立ち止まって考えてみましょう。

現代の動物行動学では、犬が人間のように「悲しみ」や「同情」で涙を流すかどうかは、はっきりとは解明されていません。犬の目から液体があふれることはありますが、それは目の刺激や体調によるものが多いと考えられています。つまり、翁丸が「自分への同情を理解して涙を流した」とまで科学的に断定することは難しいでしょう。

しかし、ここで大切なのは「本当に涙だったか」という事実検証だけではありません。むしろ注目すべきは、清少納言がその瞬間をどう見つめ、どう書き残したかという点です。彼女は、ひどく腫れ上がった犬が定子の言葉に震えて涙を落とす様子を、「あさまし(驚きあきれる)」「あはれ(しみじみと心打たれる)」という言葉で丁寧にすくい取りました。そこには、動物のささやかなしぐさに心を寄せる、平安人の繊細な感性が表れています。

一条天皇
一条天皇

犬にも、これほどの心があったとは…。あれほど厳しく罰した私が言えた義理ではないが、翁丸の罪は許してやろう。もとの暮らしに戻してやるがよい。

平安時代の人々は、動物にも「物の心」――つまり感情や情趣を解する心があると感じていました。翁丸の涙は、その世界観を象徴するエピソードです。事実かどうかを超えて、「動物にも心が通う」と信じた当時の人々の優しいまなざしが、この一段を時代を超えて愛される名場面にしているのです。

あゆみ
あゆみ

清少納言自身は、翁丸が泣いているのを見て、本当に涙だと信じていたのかしら?

もぐたろう
もぐたろう

清少納言は「あさまし(驚きあきれた)」って書いてるから、自分でも半信半疑だったのかもしれないね。でも、信じたい気持ちと、見たままを書きとめる観察眼の両方があったからこそ、こんなに生き生きした場面になったんだと思うよ。そこが清少納言のすごさなんだ!

あゆみ
あゆみ

そもそも、なぜ平安時代の天皇がここまで猫に夢中になったのかしら。当時、猫ってそんなに珍しい存在だったの?

もぐたろう
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いいところに気づいたね!猫はもともと中国から経典などを鼠から守るために連れてこられたとされていて、平安時代にはまだ貴重な舶来ペットだったんだ。だからこそ宮中で大切にされて、なかでも一条天皇は格別の溺愛ぶりだった、というわけ!

枕草子をもっと楽しむためのおすすめ本

もぐたろう
もぐたろう

枕草子をもっと深く楽しみたい人に、入門書を2冊紹介するよ!現代語訳で読むと、清少納言の個性がびっくりするくらい伝わってくるんだ。

①読みやすい現代語訳で通読したいなら|2024年刊行の最新新訳

枕草子(光文社古典新訳文庫)

清少納言(著)、佐々木和歌子(訳) 著|光文社


②原文と現代語訳を対照しながら精読したいなら|最新研究反映の注釈付き

新訂 枕草子 上 現代語訳付き(角川ソフィア文庫)

清少納言(著)、河添房江・津島知明(訳注) 著|角川書店

よくある質問

「上にさぶらふ御猫は」で始まる段です。段の番号は底本(写本)や注釈書によって数え方が異なるため、テキストごとに番号が変わる場合があります。「命婦のおとど」「翁丸」が登場する有名な章段として覚えておくとよいでしょう。

「みょうぶのおとど」と読みます。「命婦」は本来、従五位以上の位を持つ女官の称号で、「おとど」は貴人への敬称です。一条天皇が愛猫に授けた名前で、猫に人間の女官と同じ位を与えていたことを意味します。

世話役の馬の命婦にけしかけられ、愛猫「命婦のおとど」に走りかかって御簾の中へ追い込んでしまったためです。猫を溺愛していた一条天皇がこれを目撃して激怒し、翁丸を「犬島」へ追放するよう命じました。翁丸自身に悪意があったというより、命じられて猫を追っただけの、いわば「とばっちり」でした。

古文の「あさまし」は「驚きあきれる」が中心の意味です。良いことにも悪いことにも使え、予想外のことに直面したときの驚きを表します。この段では、犬の翁丸が涙を流す思いがけない場面で使われ、人々の驚きを伝えています。現代語の「あさましい(見苦しい)」とは意味が異なる点に注意しましょう。

『枕草子』に「かうぶり(位)にて」と明確に記されています。さらに、猫の出産を祝う「産養い」の様子は藤原実資の日記『小右記』にも記録されており、一条天皇が猫を破格の待遇で可愛がっていたことは、複数の史料から裏づけられています。

清少納言せいしょうなごんは平安中期の女流作家で、一条天皇の中宮・定子に仕えた女房(女官)です。『枕草子』は日本最古級の随筆文学で、宮廷生活のできごとや四季の情趣を、鋭い観察眼と機知に富んだ筆致でいきいきと描いています。この猫と犬の物語も、そんな彼女の観察力が光る一段です。

まとめ:犬を島流しにした天皇の猫愛と、翁丸の感動の帰還

枕草子の名場面「上にさぶらふ御猫は」を、原文・現代語訳・品詞分解とあわせて読んできました。猫に五位を授け、子猫の出産には貴族まで動員して祝う――そんな一条天皇の度を越した猫愛と、その巻き添えで島流しにされながら涙とともに帰ってきた犬・翁丸の物語。笑えて、少し泣けて、平安の宮廷が一気に身近に感じられる一段だったのではないでしょうか。

一条天皇と猫・翁丸エピソード 年表
  • 986年
    一条天皇が7歳で即位
  • 990年代
    猫「命婦のおとど」に五位を授ける
  • 990年代
    翁丸が猫を追い「犬島」送りに → 涙の帰還で罪を許される
  • 999年
    猫の出産に「産養い」を行う(『小右記』に記録)
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以上、枕草子「上にさぶらふ御猫は」のまとめでした!古典って堅苦しいイメージがあるけど、こんなに人間(と動物)くさいエピソードが詰まってるんだよ。下の記事で枕草子のほかの名場面や、清少納言・平安時代の宮廷文化もあわせて読んでみてね!

参考文献

Wikipedia日本語版「一条天皇」「枕草子」「命婦の御許」(2026年6月確認)
コトバンク「命婦」「産養い」「翁丸」「清少納言」(デジタル大辞泉・日本大百科全書、2026年6月確認)
清少納言『枕草子』(岩波文庫)
藤原実資『小右記』(2026年6月確認)

記事の誤りを発見された場合はお問い合わせください。確認後、修正します。

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この記事を書いた人
もぐたろう

教育系歴史ブロガー。
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