南北朝
室町時代まとめ / STEP 1
STEP 1 / 1336〜1392年
南北朝の動乱
後醍醐天皇と足利尊氏が対立し、朝廷が南朝(吉野)・北朝(京都)に分裂。建武の新政の崩壊から観応の擾乱を経て、足利義満による南北朝統一まで57年の動乱期。
1336
南北朝分裂
1350
観応の擾乱
1392
南北朝統一
1333
鎌倉幕府滅亡
1334
建武の新政
1336
南北朝分裂
1338
尊氏が将軍
1350
観応の擾乱
1392
南北朝統一
Phase I — 建武の新政と崩壊
1333〜1336年
1333
幕府滅亡
鎌倉幕府の滅亡 — 後醍醐天皇の倒幕と元弘の乱
後醍醐天皇の倒幕運動(正中の変・元弘の乱)を経て、1333年に足利尊氏が六波羅探題を攻略、新田義貞が鎌倉を陥落させ北条高時が自害。150年続いた鎌倉幕府が滅亡します。
後醍醐天皇準備中
楠木正成準備中
新田義貞準備中
1334
天皇親政
建武の新政 — 天皇親政の復活とその矛盾
後醍醐天皇が「建武」と改元し、天皇親政を復活(建武の新政)。記録所・雑訴決断所を設置しますが、武士への恩賞が不十分で不満が噴出。公家優遇・武士軽視の姿勢が足利尊氏ら武士の離反を招きます。
建武の新政準備中
足利尊氏準備中
Phase II — 南北朝の対立
1336〜1392年
1336
朝廷分裂
南北朝の分裂 — 建武式目制定と後醍醐天皇の吉野行幸
足利尊氏が光明天皇(北朝)を擁立し「建武式目」を制定、室町幕府の基礎を築きます。一方、後醍醐天皇は吉野に逃れて南朝を開き、以後60年近く南北両朝が対立する時代が続きます。
建武式目準備中
南朝・北朝準備中
1338
幕府開設
足利尊氏、征夷大将軍就任 — 室町幕府の成立
足利尊氏が征夷大将軍に任命され、室町幕府が正式に成立。管領・侍所などの機構を整備しますが、南朝との戦いが各地で続き、武士たちはどちらにつくか迷いながら「半武半南」の動向をとります。
室町幕府のしくみ
管領準備中
1350
内紛
観応の擾乱 — 尊氏vs直義、幕府を二分した兄弟対立
足利尊氏の執事・高師直と弟の足利直義が対立し、幕府が真っ二つに割れた内乱(観応の擾乱)。直義は南朝と手を結ぶ異常事態となり、1352年に直義が毒殺されて収束。この内乱が幕府の権威を大きく損ないます。
観応の擾乱準備中
高師直準備中
1392
統一
南北朝の統一 — 足利義満が57年の動乱に幕
3代将軍・足利義満が南朝の後亀山天皇を説得し、「両統迭立(南北交互に天皇位を継ぐ)」を条件に南朝が北朝に合流。57年に及んだ南北朝の動乱が終結し、義満の権力確立へとつながります。
室町幕府のしくみ
足利義満準備中