ブレトン=ウッズ会議・体制を簡単にわかりやすく解説【金本位制・IMF・IBRD・GATTをバッチリ理解しよう】

この記事は約10分で読めます。

今回は、1944年7月に開かれたブレトン=ウッズ会議・体制についてわかりやすく丁寧に解説します。

この記事を読んでわかること
  • 「ブレトン=ウッズ」って何?
  • ブレトン=ウッズ会議はなぜ開かれたの?
  • ブレトン=ウッズ会議ではどんなことが話し合われたの?
  • 会議の後の新しい国際経済体制「ブレトン=ウッズ体制」ってどんなもの?
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ブレトン=ウッズ会議の「ブレトン=ウッズ」って何?

「ブレトン=ウッズ」は会議が開かれた地名を意味しています。

1944年7月、アメリカのニューハンプシャー州ブレトン・ウッズで、第二次世界大戦後の通貨や金融の新たな枠組みを構築する国際会議が開催されました。

これを会議をブレトン=ウッズ会議と呼び、会議の中で構築された新たな国際金融・経済体制のことをブレトン=ウッズ体制と呼びます。

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ブレトン=ウッズ会議が開かれた理由

ブレトン=ウッズ会議が開かれたきっかけは、戦前に世界各国で行われていたブロック経済という経済の仕組みが大きな問題となっていたからです。

ブロック経済は、自国と植民地を中心に経済を回して、自国が得をするケースを除いて他国との貿易をシャットアウトしてしまう仕組みのこと。

この仕組みは、資源と領土の少ない国には不利な仕組みであり、日本・ドイツ・イタリアなどの国は植民地の拡大を求めて侵略戦争を始め、これが第二次世界大戦へと繋がってしまいました。

悲惨な戦争を生んでしまったブロック経済をこのまま放っておくことはできない。世界の知恵を集めて、新しい国際貿易・金融のルールをつくろうではないか。

そんな戦争への反省と戦後の新しい世界経済を見据えて、ブレトン=ウッズ会議は開かれました。

ブレトン=ウッズ会議が開かれた1944年7月は、まだ第二次世界大戦の真っ最中。当時、日本はサイパン島を巡ってアメリカ軍と戦争中であり、ブレトン=ウッズ会議には呼ばれていません。(アメリカで開かれた会議なので、アメリカの敵である日本が呼ばれるわけがないのです。)

戦争中だったのに、もう戦後の話をしていたんだね。

確かに当時は第二次世界大戦の最中でした。しかし、アメリカを中心とした連合軍は勝利の確信を掴みつつあり、すでに勝利後の世界秩序について考える段階に入っていたのです。

このアメリカの余裕っぷりを知ると、日本がアメリカに勝てる見込みは最初からなかった事が分かりますね・・・。

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ブレトン=ウッズ会議で決められたこと

ブレトン=ウッズ会議の目的は、ブロック経済に代わる新しい国際貿易・金融ルールを考えることです。

具体的には、以下のようなことが決められました。

ブレトン=ウッズ会議で決められたこと
  • 金本位制の復活
  • IBRDの創設(1946年に完成)
  • IMFの創設(1947年に完成)
  • 新しい貿易ルールの制定(1948年にGATTと言う名前で完成)

この4つの項目について、それぞれ解説していきます。

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金本位制の復活

金本位制きんほんいせいとは金(gold)を通貨価値の基準とする制度です。

金本位制には、国の通貨価値に信用を持たせる目的がありました。お金の価値が金によって担保されているおかげで、人々は安心してお金を使って貿易をすることができるようになりました。

その代わりに、国が保有できる通貨量はその国が保有する金の量によって制限されてしまいます。

金の量<通貨の量になると、通貨の価値が担保しきれなくなって、通貨はその信用を失うかもしれませんからね。(最悪の場合、信用を失った通貨はゴミ屑同然になってしまう・・・)

金本位制は世界に広く普及した制度でしたが、1929年にアメリカを発端に起こった世界恐慌によって、多くの国が金本位制の採用をやめてしまいました。

世界恐慌から自国の経済を守るため、多くの国がブロック経済を採用すると、自国の有利になるよう通貨の価値・量をコントロールしようとしますが、ここで金本位制の「国が持てる通貨の量は、その国が保有する金の量によって制限される」というルールが邪魔になったのです。

多くの国が自国経済を優先し、金本位制によらない独自の通貨制度を模索し始めます。

つまり、金本位制の廃止は第二次世界大戦を引き起こしたブロック経済を後押ししたわけです。ブレトン=ウッズ会議では、「金本位制を復活すれば、同じ過ちを繰り返さなくて済むのでは?」という話になり、金本位制が復活しました。

金本位制・ブロック経済がよくわからない方は、まずは以下の記事から読むのがオススメです。

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新しい金本位制 〜ドルの時代〜

しかし、昔そのままの金本位制ではダメです。1929年の世界恐慌と似たようなことが起これば、また同じ結果になってしまいますからね。

そこで、ブレトン=ウッズ会議では、「金との価値を直接比較するのはアメリカの『ドル』だけ」といルールが決められました。

以前までの金本位制は、各国が通貨の価値を金と比べていました。

昔の金本位制の具体例
  • 日本:1円=金○○g
  • イギリス:1ポンド=金○○g

と言う具合です。新しい金本位制のルールでは、各国の通貨と金を直接比較せずに、間にドルを挟みます。

新しい金本位制の具体例
  • 日本:1円=△△ドル=金○○g
  • イギリス:1ポンド=△△ドル=金○○g

具体的には金1オンス=35ドルと決められます。オンスは質量の重さを示す単位で、1オンスは約28g。

1ドルの価値に換算1ドル=金1.25gです。この基準をもとに各国の為替相場が決められ、円の場合は1ドル=360円となりました。

つまり、360円=1ドル=金1.25gという関係です。円は直接金と交換はできなくなりますが、ドルを経由して、間接的にその価値が金によって担保されています。

さて、ここで1つの疑問が生まれます。

各国の通貨と金の交換のため、ドルが必要になったのはわかった。

でも、これに何の意味があるの?

各国が自国経済を優先して通貨価値をいじくり回した結果、金本位制の廃止に至り、それがブロック経済を助長した過去があります。

そこで、新しいルールでは、各国が自国だけの判断で通貨政策をすることを制限しました。通貨と金の交換の間にドルを挟んで、アメリカがドルと金の交換比率を調整しながら、世界経済のバランスをとることにしたのです。

こうなると、それ以外の国はアメリカの舵取りに合わせるしかありませんよね。

アメリカがこの重要な役割を担ったのは、当時、アメリカが世界最強の経済大国だったからです。(これは現在まで続いています)

戦前まで、経済大国と言えば「イギリス」が代名詞でしたが、第二次世界大戦で世界のパワーバランスが大きく変わり、アメリカが台頭したのです。

今の通貨制度はブレトン=ウッズ体制の頃とは大きく異なります。しかし、「ドルが経済の中心にある」という点は、現在も変わっていません。

アメリカは、世界経済のバランスを見ながら通貨の価値をコントロールします。しかし、アメリカはあくまでバランスをとっているだけで、世界全ての国がハッピーになるような通貨政策をすることはできません。

世界各国の中には、新しい金本位制の導入によって「財務情勢が思わしくない」「資金が足りない」などの問題が山積している国も多くありました。そんな国に対しフォローをする組織として設立されたのがIMFIBRDと呼ばれる2つの機関です。

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IMF(国際通貨基金)

IMFは、

International(国際)

Monetary(通貨)

Fund(基金)

の略称です。3つの英単語の頭文字をとってIMFです。

新しい金本位制を安定に保つため、各国には平価(日本だと1ドル=360円)の上下1%以内で為替相場を維持する事が求められました。

その支援をするのがIMFです。

経常収支の悪化・国家財政の行き詰まりなどの問題のある国に対して、資金を融資して通貨価値の安定化を支援します。

どこかの国で大幅な為替変動が起こると、連動して多くの国にも影響を与えます。なので、特定の国を支援することが、そのまま国際経済の秩序を守ることに繋がるのです。

IMFは1944年7月のブレトン=ウッズ会議の中で構成が決まり、1945年12月に29か国で創設されます。1947年3月から実際の業務が始まり、国際連合の専門機関となりました。

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IBRD(国際復興開発銀行)

IBRDは

International(国際)

Bank(銀行)

for Reconstruction and Development(復興と開発のための)

の略です。4つの英単語の頭文字をとってIBRDです。

IBRDはその名のとおり、各国の経済的援助を目的に設立されました。

戦争によって多くを失った国の中には、戦後復興をしようにも、財政難によって復興がままならない国も多くありました。

そんな国が経済的に自立する為にIBRDはお金を貸し付けます。貸付条件は緩く、無償もしくは譲渡率が高い為、お金が足りない国にとってはまさに天の恵みです。

IBRDも1944年7月のブレトン=ウッズ会議の時に構成が決まり、1946年から業務を開始しました。

IMFとIBRDはお金を出すという点が似ていて紛らわしいですが、両者の違いは以下のようにまとめられます。同じ資金融資でも、「貿易安定用」と「経済復興用」で財布をIMFとIBRDの2つに分けているわけです。

IMFとIBRDの違い
  • IMF:経常収支が悪化した国が貿易や為替の安定を図れる為に融資する
  • IBRD:経済復興の為に積極的にお金を融資する
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GATT(関税及び貿易に関する一般協定)

GATTとは、

General(一般)

Agreement(協定)

on Tariffs and Trade(関税と貿易に関する)

の略称です。4つの単語の頭文字をとってGATTです。

1947年10月30日にジュネーヴにおいて署名開放されました。

GATTは、ブロック経済を防ぐために考えられた貿易に関する国際ルールのことです。

具体的には、「自由」「無差別」「多角性」の3つの原則が決められます。

自由

不当な関税の引き上げをしないこと。

非関税障壁(輸入の数量を制限や検疫の手続きを厳しくして関税以外で不当な制限をかける事)をしないこと。

無差別

GATT加盟国はどこかの国を優遇したり差別せずに平等に扱うこと。

例えば加盟国内である特定の国だけ有利な貿易条件を与えず、他の国にもその条件を適用すること。

多角性

二国間で貿易上の問題が起きた時に、二国間同士で話し合わず第三国等も交えて話し合いをすること

ドルを中心とする金本位制・IMF・IBRD・GATT、これらの組織・ルールによって戦後の世界経済の秩序を守ろうとする体制のことをブレトン=ウッズ体制と言います。

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ブレトン=ウッズ体制の問題点

ブレトン=ウッズ体制には大きな問題点がありました。

・・・それは金の保有量分しかお金(ドル)を擦れない点です。

IBRDなどの支援もあって、荒廃したヨーロッパやアジアの国々が戦後復興を遂げると、世界全体の経済規模(お金が動く量)が大きくなります。

経済規模が大きくなれば、お金がたくさん必要になります。・・・しかし、金本位制には「お金の量は金の量によって制限される」という根本的な問題があります。

すると、世界最大の経済国であるアメリカでも、世界経済に対応する金を保有することができなくなってしまいます。ブレトン=ウッズ会議で決めた「ドルによってコントロールされた金本位制」の維持が困難になったのです。

アメリカの金保有量が限界を迎えると、1971年8月、アメリカ大統領ニクソンが、突如としてドルと金の交換を停止。(金本位制を停止)

そしてドルの通貨価値を切り下げる事を宣言します。ドルの価値が変わると、世界各国の通貨価値も連動して変わるため、世界中に激震が走りました。このことをニクソンショックと言います。

このニクソンの宣言によってブレトン=ウッズ体制はその役目を終えることになります。

その後、金本位制によらない新しい体制(スミソニアン体制)の試みるもうまくいかず、1973年には、「通貨価値は、需要と供給の市場原理によって定められる」とする変動為替相場制に移行することになります。(これは今でも継続中!)

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ブレトン=ウッズ体制と日本

ちなみに、日本はブレトン=ウッズ体制で大きな恩恵を受け、戦後日本の奇跡的な復興を後押ししてくれました。

ブレトン=ウッズ体制の恩恵
  • 固定相場制により、貿易計画を立てやすくなった。
  • 1ドル360円と、円安相場に固定してもらったおかげで、輸出すればする程日本は儲かるようになった。
  • IBRDの融資を受けることができて、重工業の復興や高速道路や新幹線の建設にあてることができた。

日本は、ブロック経済の影響を受けて戦争に踏み切った代表的な国の1つです。

日本がブレトン=ウッズ体制の中で奇跡的な大復興を遂げたというのは、まさにブレトン=ウッズ体制の理念を象徴する成功事例の1つかもしれません。

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この記事を書いた人
もぐたろう

教育系歴史ブロガー。
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