奈良県

国宝多すぎ!法隆寺の魅力を楽しむ豆知識を紹介!【聖徳太子】その2

法隆寺の魅力を楽しむ豆知識を紹介!の第2弾です。 第1弾はこちら↓ 八頭身の華麗なる仏像 ~観音菩薩立像(百済観音像)~ 法隆寺に行ったら、必ず見てほしいのが観音菩薩立像。個人的には、法隆寺の中で一番おススメの国宝です。別名「百済観音像」とも言われています。 観音菩薩立像は、大宝蔵院という建物の中にあり...
奈良県

法隆寺の見所と豆知識を簡単に解説!【五重塔と金剛力士像】その1

この記事では、聖徳太子ゆかりのお寺で有名な法隆寺について紹介します。 突然ですが・・・法隆寺は、とにかく見どころが多い!法隆寺に行くときは、時間に余裕を持っていくことをお勧めします。 法隆寺には数多くの国宝が存在しています。1つのお寺にこれほど国宝がまとまって存在しているお寺には、東寺が挙げられますが、それ...
飛鳥時代

聖徳太子は何をした?聖徳太子が有名な3つの理由【わかりやすい聖徳太子物語最終話】

今回で聖徳太子物語は最終話となります。 【いままでのおさらい】 第1話:聖徳太子登場の裏には、どろどろとした皇位継承問題があった。 第2話:遣隋使派遣してみたら隋にフルボッコにされた。 第3話:隋を見習って国づくりを改めよう。17条憲法と冠位十二階の制定 第4話:2回目の遣隋使を派遣したら隋皇帝がブチ切れた ...
飛鳥時代

遣隋使の目的・内容は?小野妹子って?簡単にわかりやすく

今回は、600年と607年の2度派遣された遣隋使の話をしようと思います。当時は推古天皇が即位していた時代で、十七条の憲法の制定や冠位十二階制など様々な政治改革が行われました。詳しくは以下の記事を。 遣隋使はなぜ派遣されたのか 日本では、600年に約130年ぶりとなる遣隋使の派遣が実施されました。なぜこのタイミングで...
京都観光を100倍楽しむ豆知識

祇王寺の苔庭が美しすぎる!【白拍子の悲しき過去が眠る寺】【京都観光】

祇王(ぎおう)寺は、人で混雑することも少なく、ひっそりと哀愁を感じるお寺です。上の写真は祇王寺の苔庭。哀愁漂う様子がわかると思います。 祇王(ぎおう)という女性の儚(はかな)く、そして悲しい想いが祇王寺には込められています。 以下、祇王について語ります。短編小説だと思って読んでください。 ぜひ最後まで読んでいただき、...
コラム

十七条の憲法の条文の意味をわかりやすく!【現代語訳】

聖徳太子が制定したことで有名な十七条の憲法。今回は、そんな十七条の憲法の各条文の内容を1つ1つ現代語訳で紹介してみようと思います。 十七条の憲法は604年に制定され、朝廷内の官僚たちが守るべき規律を十七条の条文に整理したものです。最初に本当に簡単ですが「十七条の憲法とはそもそも何なの?」っていう話をしておきます。 十七...
飛鳥時代

十七条の憲法の制定理由や内容、目的をわかりやすく【聖徳太子の謎】

以下の記事で十七条の憲法は、「蘇我馬子を牽制しながら天皇主導の国を造り上げるために、十七条の憲法の制定と冠位十二階制の導入が行われた」という話をしました。 今回は、そんな十七条の憲法の内容や目的について紹介しようと思います。 十七条の憲法はなぜ制定されたのか 十七条の憲法が制定された背景には、同時期に行われた冠位十二...
飛鳥時代

聖徳太子は何をした?フルボッコの遣隋使【わかりやすい聖徳太子物語第2話】

聖徳太子と言えば、法隆寺。というわけで、写真を昔に撮った法隆寺にしてみました。今回の記事にはあまりでてきません。はい。 いつか、奈良の東大寺・法隆寺・興福寺あたりの記事を書きたいなぁと思っています。 さて、本題へ。 第1話のおさらい (1)ドロドロとした皇位継承者問題。蘇我馬子の目論見通り (2)推古天皇・聖徳太...
飛鳥時代

聖徳太子は何をした?聖徳太子誕生の裏話。【わかりやすい聖徳太子物語第1話】

聖徳太子は、その人物像のみをピックアップして語られる機会が多いです。しかし、ピックアップしすぎてしまうと、「聖徳太子は○○をしたんだ!」ということはわかっても「なぜ○○をしたのだろう?」という点がわからなくなりがちです。 ここでは、あまりピックアップしすぎることはせず、歴史の文脈の中で聖徳太子がどのような人物だったのかを語ろうと...
古墳時代

丁未の乱とは?蘇我馬子と物部守屋の対立をわかりやすく【崇仏論争の結末】

蘇我稲目と物部尾輿の間で起こった仏教や政治をめぐる対立は、次世代に引き継がれ、次はそれぞれの息子だった蘇我馬子と物部守屋が対立することになります。 蘇我馬子と物部守屋との対立は、587年に起こる丁未の乱にまで発展し、蘇我馬子の勝利で幕を閉じることになります。今回は、そんな丁未の乱について紹介します。 反蘇我派の敏達(び...