平安時代【藤原道長と摂関政治】

平安時代【藤原道長と摂関政治】

藤原道長の人物・生涯を簡単にわかりやすく紹介!

今回は平安時代中期、熾烈な出世競争を勝ち抜き貴族としてぶっちぎりで日本の頂点に登りつめた藤原道長(ふじわらのみちなが)について紹介します。 藤原道長って有名なんですけど何をしたのかよくわからん!っていう人も多いんじゃないかと思いますが、「約1、000年前の日本社会で、熾烈で陰鬱な出世競争を圧倒的な強さで勝ち抜いた藤原道長ってどんな凄いや...
平安時代【藤原道長と摂関政治】

源氏物語を書いた紫式部を簡単にわかりやすく紹介!【清少納言との関係とは?】

今回は、「源氏物語」の著者で有名な紫式部について紹介してみたいと思います。 以下の紫式部が書いた日記の話も合わせてどうぞ。 紫式部は謎多き女 紫式部のことを紹介すると言っておいていきなりですが、実は紫式部は謎の多い女性です。 いつ生まれたか、いつ亡くなったか、そしてその名前すらわかっていません。 ...
オススメの歴史・古典の本

蜻蛉日記が超面白い!あらすじとかをわかりやすく解説【浮気性の夫に悩む妻のはかなき物語】

今回は、蜻蛉(かげろう)日記という古典について紹介します。 蜻蛉日記は平安時代に生きたとある女性が、浮気ばかりする夫に悩みながらも夫との愛情を回顧しながら書いたちょっぴり複雑な経緯を持つ日記です。女性の名は不明。藤原道綱という人物の母ということはわかっているので藤原道綱母という呼び名で呼ばれることが多いです。 蜻蛉日記は、...
平安時代【藤原道長と摂関政治】

平忠常の乱を簡単にわかりやすく紹介【平定・鎮圧と歴史的意義】

今回は1028年に起きた関東地方の大規模反乱、平忠常の乱について解説してみようと思います。 当時の関東地方は、朝廷の力が強く及ばない無法地帯。940年頃にも平将門という人物が大規模な反乱を起こしています(平将門の乱)。平忠常の乱は、平将門の乱の後、約100年ぶりに起こった大規模反乱でした。 この記事を読む前に、平将...
平安時代【藤原道長と摂関政治】

刀伊の入寇をわかりやすく解説【藤原隆家と無能な貴族たち】

さて、藤原道長の話ということで、延々と朝廷内の権力闘争の話をしてきましたが、朝廷内の話は一度やめて、地方で起こった出来事の話をしてみたいと思います。 今回は1019年起きた「刀伊の入寇」という事件について紹介します。刀伊の入寇事件は、当時の平安貴族たちがいかに地方統治に無関心で無能だったかがわかる象徴的な事件であり、平安貴族の権...
平安時代【藤原道長と摂関政治】

平等院を建てた道長の息子、藤原頼通をわかりやすく紹介するよ【その2】

前回の記事では、藤原頼通の後宮政策の話をしたので、この記事では、藤原頼通の人柄について迫ってみようと思います。 【前回の記事】 実は長期政権だった藤原頼通 前回の記事では、どちらかというと藤原頼通についてはネガティブな話ばかりでしたが、頼通は1017年に摂政となり、それから1067年までの50年間、摂政・関白として君臨しました。道長...
平安時代【藤原道長と摂関政治】

平等院を建てた道長の息子、藤原頼通をわかりやすく紹介するよ【その1】

今回は、平安時代中期に栄華を誇った藤原道長の息子である藤原頼通(ふじわらのよりみち)のお話をしようと思います。 藤原頼通は、世間一般には、10円玉にも描かれている平等院鳳凰堂を建てた人物として有名ですが、頼通の人物像やその活躍について知っている方は多くありません。 この記事では、藤原頼通の人物像や政治の話を中心に頼通という...
平安時代【藤原道長と摂関政治】

藤原道長の「この世をばわが世とぞ・・」の意味をわかりやすく解説

前回は、悲劇の天皇、三条天皇のお話をしました。 今回は、三条天皇の次の天皇である後一条天皇の時代の話をしようと思うのですが、正直、後一条天皇ってとっても地味なんです・・・。 ということで、今回は藤原道長が詠んだ有名な一句「この世をば わが世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば」について解説しようと...
平安時代【藤原道長と摂関政治】

三条天皇の悲しき生涯を知ろう!【眼病と藤原道長との対立】

前回の記事では、三条天皇と藤原道長との対立の様子を紹介しました。この記事ではそのクライマックス、つまり三条天皇退位までの様子を紹介したいと思います。 ↓前回の記事 三条天皇の眼病とその治療 前回の記事で三条天皇の眼病について少し触れましたが、三条天皇は眼病を治療するためあらゆる手段を講じました。その様子を知ると、平安時代の人々が病気...
平安時代【藤原道長と摂関政治】

三条天皇と藤原道長の微妙な関係をわかりやすく解説してみる

1011年、賢帝一条天皇は病に伏し、そのまま崩御します。そして、即位したのが三条天皇でした。 一条天皇の在位期間は約25年。朝廷内は優秀な人物が溢れ、王朝文学が開花し、道長との関係も良好。大きな争いが起こることもない・・・というとても良き時代でした。(あくまで朝廷内の話。地方は相変わらず大変な思いをしていました。) ...