室町時代【南北朝の動乱期】

室町時代【南北朝の動乱期】

箱根・竹の下の戦いとは?簡単にわかりやすく紹介【新田義貞VS足利尊氏】

今回は、新田義貞と足利尊氏が戦った箱根・竹の下の戦いについて紹介します。 箱根竹の下の戦いは、後醍醐天皇と足利尊氏が決別した後の初めての戦い。1335年12月に起こりました。 足利尊氏と新田義貞、元弘の乱では共に鎌倉幕府を裏切り共闘した関係だったはずなのに、なぜ両者は戦うことになったのでしょう。 ...
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多々良浜の戦い(南北朝時代)とは?簡単にわかりやすく紹介【足利尊氏VS菊池武敏】

今回は、足利尊氏と菊池武敏が戦った多々良浜(たたらはま)の戦いについて紹介します。 多々良浜の戦いまでの経過 本題に入る前に、多々良浜の戦いまでの戦乱の経過を整理しておきます。 中先代の乱で北条時行が反乱を起こす。足利尊氏、乱を鎮圧。 足利尊氏、後醍醐天皇の帰還命令を無視して鎌倉に居座る。 後醍醐天皇、命令を背いた足利尊...
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中先代の乱とは?簡単にわかりやすく紹介!【なぜ北条時行は乱を起こしたのか】

今回は1335年7月に起こった中先代(なかせんだい)の乱について紹介します。 1333年5月、北条高時をボスとする鎌倉幕府が元弘の乱により滅亡すると、後醍醐天皇による新しい政治が始まります。いわゆる建武の新政ってやつです。 後醍醐天皇による建武の新政は、その内容があまりに急進的すぎて世の中は大混乱。...
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大塔宮護良親王とは?その性格や生涯、鎌倉での最期をわかりやすく紹介してみる

今回は、鎌倉幕府滅亡の際に大活躍し、悲劇の死を遂げた護良親王(もりよししんのう)について紹介します。 護良親王は後醍醐天皇の息子であり、元弘の乱ではエース級の大活躍をし、鎌倉幕府滅亡の大きな原動力になった男です。護良親王無くして、鎌倉幕府滅亡はまずありえないと言っても過言ではありません。 しかし、そんな活躍...
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建武の新政とは?簡単にわかりやすく紹介!【建武の新政が失敗に終わった理由とは?】

今回は、1333年〜1336年にかけて行われた後醍醐天皇による建武の新政(けんむのしんせい)について紹介します。 1333年、元弘の乱によって後醍醐天皇の長年の悲願だった「鎌倉幕府ぶっ倒す!」が実現。後醍醐天皇は遂に理想の政治を行えるようになりました。しかし!!その政治(建武の新政)がそれはもうグダグダすぎて目も当てられない有り...