三十三間堂(蓮華王院)の千手観音の歴史と見所をわかりやすく2/2

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(出典:http://sanmu39.exblog.jp/11800796

三十三間堂(蓮華王院)の見所と歴史まるわかり!では、三十三間堂の建立までのお話をしました。

次は迫力満点の1001体の千手観音について見ていきます!

 そもそも、なぜ1001体もの千手観音が造られたのか

まずは、1001体の観音菩薩像の謎に迫ります。

末法の到来

おおむね1000年頃から、世の中は末法の世に突入したと言われていました。末法とは、仏の教えが行き渡らなくなり、人々が悟りを開けなくなってしまう時代を言います。

末法については、世界遺産!京都に来たら平等院鳳凰堂へ行こうその1に詳しく書いてありますので、「末法って何?」という方は読み進める前にこの記事を見てみてください。

平等院鳳凰堂もそうですが、三十三間堂も末法思想に大きな影響を受けています。この時代は末法思想抜きには語れないのです。

そこで、仏教を深く信仰する後白河上皇は、考えました。

極楽浄土の主である阿弥陀如来の側近で人々を救ってくれる千手観音の像を1000体造れば、千手観音様が救いに来てくれるのではないか?
※阿弥陀如来と千手観音については、
京都に行く前に知っておきたい仏像の豆知識その2

京都に行く前に知っておきたい仏像の豆知識その1

に詳しく掲載しています。

ちなみに千手観音の千手とは具体的に1000本の手という意味よりも無数の手という意味合いが強いです。ここでいう1000体というのも、無数(無限)の仏像という意味が込められているのだと思います。

1000体+本尊1体を作るのは膨大な金と労力が必要です。そんなことできるやついるの?と思うかもしれませんが、それがいるんです。平清盛です。

1001体という圧倒的な仏像の数の背景には、末法思想による後白河上皇の強い想いとそれに答えれるだけの力を持った平清盛という2大巨頭の存在があったのです。

観音菩薩の33変化と三十三間堂

三十三間堂の33という数字は、観音菩薩が人々を救うために33種の姿を持ち変化するという教えに基づいた数字です。

三十三間堂は、長い廊下を活用した「通し矢」で有名ですが、これは通し矢をするために長いのではありません。

観音菩薩の33変化にあやかって、本堂の柱も33本にしようという発想によります。

観音菩薩にとって33とは数字は大事な数字なのです。

千手観音菩薩を知ろう

頭に注目

千手観音菩薩は、十一面千手観音とも言われ、顔は11個あります。頭の上にたくさん顔があります。下の画像のような感じ。

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困っている人を一人残らず探しだすため、たくさんの顔があると言われています。

手に注目

千手観音には手が左右で42本しかありません。1本の手で25の世界を救うとされ、40本×25世界で、1000つの世界を救うと言われています。

42本中の残りの2つの手は合掌している手を言い、この手には世界を救う力は備わっていません。というか、この2本が観音菩薩の本来の手になります。フルパワーモードの千手観音の時だけ手が40本増えてくるというイメージでしょうか。

また、それぞれの手はいろんなものを持っています。これは、どんな人でも救えるよう様々な道具を用意している様子を表しています。

こんな強そうな千手観音が1001体もいるなんて、すごいですよね。後白河上皇もさぞかし感動したに違いありません。

風神雷神の原点

1001体の千手観音の両脇に、風神像と雷神像が配置されています。

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【左:風神 右:雷神】

これは、鎌倉時代に造られたものとされており、風神や雷神といえばこれ!という日本の風神雷神イメージの原点となった像と言われています。

江戸時代に書かれるようになる風神雷神図も、原点は鎌倉期に造られた風神雷神の姿なのです。

風神雷神像は、廊下から近い位置に配置されているので、細かいところまで見ることができます。近くで見ると迫力ありますよ。

そのほか28部衆という仏の守護像が千手観音たちの前に立ちはだかっています。

1001体の千手観音と、28体の守護像と風神雷神像。これだけの仏像が1つの空間にあるのです。

その圧倒的な迫力をぜひ体で感じてみてください!

前:三十三間堂(蓮華王院)の見所と歴史まるわかり!1/2

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