祇王寺の苔庭が美しすぎる!【白拍子の悲しき過去が眠る寺】【京都観光】

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祇王(ぎおう)寺は、人で混雑することも少なく、ひっそりと哀愁を感じるお寺です。上の写真は祇王寺の苔庭。哀愁漂う様子がわかると思います。

祇王(ぎおう)という女性の儚(はかな)く、そして悲しい想いが祇王寺には込められています。

以下、祇王について語ります。短編小説だと思って読んでください。

ぜひ最後まで読んでいただき、祇王寺へ足を運んでもらえれば幸いです。

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儚き栄華

時代は1100年頃、平清盛が栄華を極めていた時代。祇王という運命のいたずらに翻弄された儚き女性の物語。

祇王は、近江(今の滋賀県)に生まれた。父は早くに亡くなり、祇王は白拍子となり母と妹の生計を立てていた。身分は高くなかったようだ。白拍子とは、歌姫のこと。J-POPなどない時代、琴や笛などの音に合わせ今様と呼ばれる短歌のような歌を歌っていた。

白拍子は、貴族などの位の高い人の前で舞を披露することも多く、祇王もその1人であった。また、位の高い貴族に気に入ってもらい、寵愛(ちょうあい)を受けることができれば、大出世ができる魅力的な仕事だった。

ある日、祇王の舞が当時の最高権力者である平清盛の目に留まった。平清盛は、その美貌と舞の美しさに一目ぼれした。祇王は、平家の館に迎えられ深い寵愛を受けることとなった。

これにより貧しい生活から脱出し、平家の館で平清盛の寵愛を受けながら、大変裕福な生活を送ることとなりました。母や妹も平清盛の庇護をうけることができ、多大な援助を受け取ることができました。

祇王の人生は栄華を極めました。

捨てられた祇王

栄華を極めた祇王の平家生活も3年が経過した頃、館にある1人の若い白拍子がやってきました。名は仏御前(ほとけごぜん)と言った。

仏御前は、祇王のように平清盛から寵愛を受け、人生の勝ち組になりたいと強く願っていた。祇王は有名人だったのだ。白拍子はみな祇王に憧れていた。

しかし、平清盛はこう言って仏御前を追い出そうとした。「白拍子は呼ばれてくるものだ。それに俺には祇王がいることも知っているはず。それなのに自分からやって来るとは何事か!」

続けて、仏御前の気持ちに共感した祇王が次のように言った。「そう言わずに会ってみてはいかが?私には仏御前の気持ちがわかりますし、若さゆえに思い立って行動してしまっただけです。」

これを聞いた平清盛は、仏御前を館に入れ、舞を披露させた。これが祇王の人生の分岐点となった。

次第に清盛は、仏御前の美しさに惹かれ、いつしか祇王は不要の存在となっていた。そして遂に、平清盛から「お前はもう用済みだから出ていけ」と追い出されてしまいます。なんと移ろいやすい情でしょうか。

祇王は、涙を流しながら襖(ふすま)に次の歌を書いて、館を去っていったのです。

萌え出(い)づるも 枯るるも同じ 野辺(のべ)の草 いづれか秋に あはで果(は)つべき

芽生えた草(仏御前)も枯れる草(祇王)も、野草と同じ。秋になれば枯れてしまうものよ。

複雑な女心

祇王に降りかかる悲劇は、さらに続きました。平清盛から「仏御前の元気がない。仏御前のために館に戻って舞を披露してくれ」と屈辱的な命を受けます。

最高権力者の命は、簡単に逆らうことはできません。最初に仏御前が館にやってきたころと全く逆の立場で、祇王は舞を披露します。女性にとってこれほど屈辱的なことがあるでしょうか。

昔祇王が住んでいた最高級の部屋には、今では仏御前が住み、案内された部屋はボロボロの部屋でした。

「なぜ私と仏御前でこんなに違う想いをしなければならないのでしょうか」と想いを込めて歌を歌いましたが、平清盛には届くことはなく、清盛は無慈悲な一言を発します。

「仏御前の機嫌をとるため、これからも館に来て舞いなさい」

祇王は、これ以上の屈辱にはもう耐えられないと自ら命を絶とうとした。しかし、母や妹までもが命を絶とうとしているのを見て、祇王は思いとどまります。

一命はとりとめたものの、祇王は2度と俗世に戻ることはありませんでした。出家したのです。このとき祇王は21歳。この若さで俗世を捨てたのです。

出家した祇王と母と妹は、嵯峨野にある往生院に身を落ち着け、念仏と唱える日々を送ります。

往生院が、明治時代に復興され、今の祇王寺となっていきます。

祇王と仏御前の友情

念仏三昧の日々を送っていると、一人の女性が訪れてきました。仏御前です。仏御前はこう言いました。

「昔に祇王様がおっしゃった、歌の意味。今になってわかりました。罪償いのため、一緒の念仏させていただけないでしょうか。」

祇王はこれを受け入れます。祇王と仏御前はライバルでもあり友でもあったからです。

こうして、祇王と仏御前は念仏を唱え、祇王寺のあるこの地で一生を終えたのでした。

ーおしまいー

これらの話は、平家物語に載っているものです。

祇王の儚い人生は、昔から多くの人に語り継がれ、今でも多くの人々を魅了しています。

祇王寺の見どころは?

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まずは、苔庭です。どの時期に行ってもきれいです。(上は入り口の写真。新緑の時期は、幻想的な雰囲気が味わえます!)

そのあと、仏間の祇王像を見て、当時の祇王に想いを馳せ、お墓の前で一礼をするというのが通な楽しみ方!

行く前に注意すること

祇王寺には、最寄りのバスが少ないため、最寄り駅から15~20分程度歩いていく必要があります。

祇王寺は嵐山の近くなのでおススメは、天龍寺や桂川、竹林を堪能しつつ、その足で祇王寺へ赴くのコースです。

天龍寺から、祇王寺まではひたすら田舎道。風情がありますよ。

竹林の辺りで、団子でも買って、のんびり歩いていけば祇王寺まではあっという間。

今回は、祇王寺を穴場スポットとして紹介しました!

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コメント

  1. waterlily より:

    はじめまして。私も数年前祇王寺を訪れ祇王像を拝んできた者です。
    なんとなく足を運んだ祇王寺。
    後から平家物語で有名な場所と気づき、遠方より思いを馳せました。

    不思議な風景に魅了されたのは覚えています。
    素敵な場所ですね。

    最澄、空海の事を調べていましたらこちらのサイトに辿り着きました。
    当初スマホで閲覧していましたが、このページだけ表示が出来ず
    PCからコメントを残しています。
    変にアクセス数が多くなってないか気になり念のためコメントしました。

    歴史をわかりやすく解説されているこちらのサイトはとても読みやすかったです。

    • mogutaro より:

      このブログを読んでいただき本当にありがとうございます。そして、コメントありがとうございます。
      アクセス数的にサーバーに負荷がかかるようなアクセスはないはずなのですが・・・(それはそれで悲しいのですが)。一時的な不具合でしょうかね。
      私も、昔、嵯峨野の方へ行ったついでに軽い気持ちで寄ったのですがとても良い場所でした。
      京都の観光地はどこに行っても混んでますが、祇王寺は人もそこまで多くなくて、緑と静穏に包まれた良いところですよね。正直、あまり多くの人に知られたくない・・・という気持ちもあったりします。
      自分の記事を読んでいて、文章とか内容とか至らぬ点も感じておりますが、今後もチマチマと更新していきますので、何かありましたらまたご覧いただければと思います。