ブッダ出家の時代背景を知る。バラモン教と仏教の宗教事情【仏教の歴史】

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ブッダは、四門出遊というエピソードを通じて出家を決意しました。詳しくはブッダの出家!四門出遊の意味とエピソードをわかりやすくという記事で説明しています。

今回は、ブッダが出家を決意したころのインドの宗教事情について説明しようと思います。

ブッダがいた時代のインドは、バラモン教という既存宗教と、バラモン教に反対する新しい思想とが混在するある意味宗教の転換期と言っても良いかもしれない時代でした。

バラモン教とは?

ところで、バラモン教ってなんでしょうか?

あまり知っている人は多くないでしょう。知っているのはドラクエ3にでてくるバラモンぐらいだと思います。(ちなみに、ドラクエのバラモンもバラモン教が起源です。多分)

サーっとバラモン教について見ていきます。内容的には学校の授業的な中身でつまらないかもしれない・・・!

インド地方に侵入したアーリア人

時代は紀元前1500年にまで遡ります。ブッダが生まれる1000年前です。

中央アジア(今でいうイランあたり)のほうからアーリア人という人種の人々がインド地方へ進出してきました。(なぜ進出してきたのかまではすみません。勉強不足でわかりません・・・)

日本人と似ているアーリア人の宗教観

アーリア人は、自然を神と崇める多神教でした。この信仰は日本人ととてもよく似ています。日本人が山や川、太陽を崇拝するのと同様のことをアーリア人は行っていました。

日本人は、太陽神を重要視しましたが、アーリア人は軍神や火の神を特に重要視していました。

アーリア人が信仰していたこの自然崇拝が、インド地方に住んでいた原住民の信仰と融合し、長い時間をかけてバラモン教が作られていきます。

バラモン教の始まり

アーリア人のインド地方侵入によりバラモン教の下地が作られていったわけですが、紀元前800年になってようやくバラモン教が開花します。

紀元前800年頃のインドでは、強い自然崇拝の信仰は、次第に祭りや儀式を重要視する方向へとシフトし、これらの祭式を執り行う神官階級の人たちが力を持つようになっていきます。この神官階級の人(神官)のことをバラモンと呼び、バラモンたちが信仰した宗教のことをバラモン教と言います。

ちなみにドラクエ3に登場するバラモンは姿が神官っぽいので、バラモン教が由来のモンスターなんだと思っています。

ヴァルナ制度

バラモン教の社会は、人々の階級が固定された社会でした。

一番偉いのは神官(バラモン)、次に王族や武士階級、次に庶民、最後に奴隷という4つの階級で人々は明確に分けられてしまいました。これをヴァルナ制度と言います。

後に生まれるヒンドゥー教のカースト制度の前身となる制度と言えます。

なぜヴァルナ制度が生まれたか。バラモン教の輪廻思想

バラモン教は、自然界における万物の変化を特に重要視しました。雨が降り、土が潤い、そこから草木が生まれる。そして、その草木を食べる動物、さらにその動物を食べる動物が生まれる。さらに、生を受けた動物たちは必ず死に、そして生命を失った動物は土に還り、再びその土から草木が生まれる・・・といった「万物は流転す」の感覚を大事にしていたのです。

その感覚は、バラモン教の輪廻(生まれ変わり)の思想へと繋がっていくことになりました。「万物は移ろいゆく」というのと「私たちは、生まれ変われを繰り返している」。似ている感じがしますよね!

さらに、バラモン教では、前世の行いによって今生きる現世の我々の運命は既に定まっている!と考えました。この思想が、次第に「前世の行いにより、現世の身分が定められていく」と考えらるようになり、ヴァルナ制度へと発展したと考えられています。

仏教の教えの中にも六道輪廻という輪廻思想がありますが、これはバラモン教の教えを仏教仕様にして引き継いだものになります。しかし、仏教の輪廻思想はバラモン教と大きく異なる点があります。バラモン教では「現世は前世によって定められている」と考えるという話をしましたが、そうすると、現世が既に決まっているのだから来世も既に決まっていることになり永遠に定められた運命から抜け出せないことになります。バラモン教というのは強烈な身分格差を認める宗教なのです。

しかし、仏教の輪廻思想はバラモン教と違って「現世の行い次第で、自らの来世は変えることができる!」という輪廻思想でした。バラモン教と比べとても寛容な輪廻思想だったのです。

バラモン教の終わり

「自然を崇め、聖典(「ヴェーダ」と言います。)に基づき祭式を行うことこそが、人々が幸せになる方法である」というのがバラモン教のざっくりとした考え方。

しかし、インドの経済が発展すると次第にバラモン教への信仰心は薄れていきます。経済の発展に伴い貨幣が流通するようになると、「自然を崇めて意味あんの?金がないと何もできないっしょwww」といった感じの風潮が強まり、ヴァルナ制度の頂点に立つバラモンの力が衰え始めてきます。逆に商工業に携わる者の力が強くなってきました。

バラモン教の祭式は、多くの人々から納金や供え物を強要するものであり、これも人々のバラモン教離れを加速させていきます。

新しい思想の始まり「沙門(しゃもん)」

こうした社会変化に対応するため、インドの宗教にも新しい風が吹き始めます。衰え始めたバラモン教に代わり、バラモン教を否定する新しい思想が次々と生まれました。

そして、この新しい発想を持った宗教家の人たちのことを「沙門(しゃもん)」と言います。当時の最先端の思想を持った人たちが沙門というわけです。現代でいうベンチャー企業的な位置づけだと思います。

沙門の思想

沙門は、バラモン教を否定する立場の場合が多いですが、主に次の2点についてバラモン教を否定します。

・バラモンの伝統と、祭式に基づく権威の否定

・ヴァルナ制度による格差社会を否定し、人間平等の立場に立つ

そして、これら2つを実現するためには、輪廻(生まれ変わり)から抜け出す必要があり、そのためには瞑想や断食などの修行を行う必要があると考えられていました。祭式などの伝統行事よりも修行こそが輪廻から抜け出すために必要であり、輪廻から抜け出すにはヴァルナ制度の階級は関係ない!ということです。

沙門の登場により、多様な思想が生まれたことで多くの宗教集団が生まれました。

ブッダも沙門の1人

ブッダが生まれた紀元前500年というのは、ちょうどバラモン教が衰退し多くの沙門の人々が登場した時代。そして、ブッダ自身も沙門の1人であり、仏教は数ある沙門の思想のうちの1つということになります。

まとめ

シッダールタは、四門出遊により出家を志したわけですが、当時はちょうどバラモン教の衰退と沙門という多様な思想家が登場した時代であり、新興宗教が発展する下地が整っていたと言えます。

シッダールタは出家後、1人の沙門として輪廻から抜け出し(解脱)するための長い長い修行生活を送ることになります。

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